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【第七話】 六族の王

 目が覚めたとき、キトラはどこか静かな部屋で寝ていた。

 清潔なシーツの匂いがし、窓からは真昼の陽が差し込んでいる。

 キトラがベッドから体を起こすと、ちょうどドアが開き、プラジアーナが顔を出した。


「良かった。そろそろ起きた頃じゃないかと思ってたの」

「ここ……どこ?」

「やだ、寝ぼけてるのね。ロロ副都心の、南州軍の施設よ」


 どうやら、かなり長い時間眠ってしまっていたらしい。

 目が覚めて来ると、だんだん昨日あった事を思い出した。

 コゴミの街をアーガ族が襲撃。

 自分たちは彼らと戦ったのだ。


 アーガ族が撤収したあと、すぐに南州の陸軍がコゴミの街にやってきた。

 事情を把握した軍は直ちに負傷者の救護を開始。

 街の者から「ものすごく強い奴らがアーガ族を撃退してくれた」という話をしたため、派遣部隊のトップの男は「詳しい話を聞きたい」とキトラ達にロロ副都心の施設まで来るように言った。

 そしてその日のうちに軍用の天空船で一っ飛び。

 治療も兼ねてこの施設に連れて来られたのだ。


「ミガトと、バウアーはもうとっくに起きてるわ。今、向こうの部屋で話を聞かれてるの」

「街の事……聞いた?」

「……酷いわ。もう、話すのも辛いくらい」


 プラジアーナはそう言って目を伏せた。

 コゴミの街では、街の四分の一もの人間が犠牲になった可能性があるという。

 商店や工場はめちゃめちゃに壊され、多くの者が一家の稼ぎ頭を失った。

 再開の見通しの立たない老舗、悲しみに暮れる人々、活気を失い静まり返る職人街。

 想像すると、胸が痛んだ。

 やはり、キトラ達以外に戦えた者はいなかったのだ。


「せめてもう少し私が食い止められてたら……」

「プラジアだってあの数は無理だったよ。それよりもっとオレ達が早く鐘を鳴らせてたらよかったんだ。あれでアーガ族はみんな撤退したんだから」

「そうね。キトラたちがあそこで頑張ってくれたからこの程度で済んだんだわ。もしあれが鳴らなかったら……私たちは全滅してたかもしれない」


 プラジアーナはそう言って、キトラの体に巻かれた包帯を巻きなおした。

 肩の傷はもうすっかり処置されており、一晩寝たために体力も回復し、動くことは問題なかった。

 暫くすると、ミガトが疲れきった顔で入ってきた。


「起きていたか。調子はどうだ」

「疲れてただけだし、もう平気だよ。ミガトは?」

「私も大事ない。だが……もう少し重体のフリをして寝ていればよかったかもな」


 ミガトはため息をついた。

 彼は出身地からコゴミにいた理由、コゴミで何をしたかをそれこそ時間単位、分単位で詳しく聞かれてすっかり疲れてしまったらしい。

 もちろん、彼がダーガーンであることも、仲間の捜索要請のために皇帝に謁見しに行く途中であることも。


「南州の軍人というのはみんなあんなにねちっこいものなのか? ろくすっぽ人の話を聞かない東州の奴らとは大違いだ。足して二で割ればちょうどいいものを」

「オレもいろいろ聞かれるのかな……」

「バウアーの話が終わったらここでキトラの話を聞くそうだ。疲れているならまだ寝ているほうがいいぞ」


 ミガトはそう言って、キトラのベッドに横になってしまった。

 どれだけしつこく聞かれるのかとキトラが身構えていると、やがて青い蝶の翅を持ったピスカ族の男が部屋にやってきた。

 

「おや。ミガトさんはどうされました?」

「えっと……あの、彼、ちょっと疲れちゃったみたいで」

「では、ゆっくり休憩してていただきましょうね。キトラ君、君は来られるかな?」


 男はそう言ってキトラを部屋から連れ出した。

 宝石のような青い輝き。

 そして、傷一つない美しいフォルム。

 キトラは思わずその翅に見とれた。

 軍人なのに、どうしてこんな繊細な翅を美しく保っているのだろうか。

 男はまた、その美しい翅が似合うような繊細な容姿をしていた。


「類人種と話をするのは初めての奴が多かったからね。しかもミガトさんはかなりの事情を抱えていたようだから、そのせいで話が長くなってしまったんだ。キトラ君にはそこまで細かく聞かないよ」

「そうですか……よろしくお願いします」

「そういえば、自己紹介してなかったね。僕はパレンキアーノ。キトラ君とは同い年みたいだね。リラックスして話をしよう」


 パレンキアーノは自分を「文官」だと言った。

 厳しい戦闘訓練をしたり、戦地に行ったりする兵士ではなく、事務処理などに携わる非戦闘員。

 だからその自慢の翅をボロボロにしてしまうようなことはしないで良いのである。


 キトラはパレンキアーノに、アーガ族が襲撃して来たときの事から順に話をした。 

 街の人々を地下へ誘導した事。

 バウアーと共に鐘楼へ登ってどうにか軍を呼ぶことに成功した事。

 だがそれらは既にミガトやバウアーが話していた事らしく、パレンキアーノはふんふんとただ聞いているだけだった。

 だが、アーガ族が人語を喋ったと話すとピクリと眉を動かした。


「ロクゾクノオウ……と言ったのか」

「はい。オレはそう言ってたと思います。ロクゾクノオウがコゴミにあって、それを探してるって」

「……なるほどね。もう少し詳しく。できるだけそいつが言った通りに思い出してくれるかな?」


 パレンキアーノはキトラの言葉を紙に書き写した。

 文官の仕事は「正確さ」を要求されるらしい。

 細かいメモを取りながら、次の質問へと移った。

 

「プラジアーナさんに、砂漠の集落からミイラが盗まれた話を聞いたんだけど、そのミイラの状態をもう一度教えてもらえないかな」

「墓の奥に洞窟があって、そこにありました。翼が、パレンキアーノさんみたいな蝶の翅と、プラジアみたいな鳥の翼と、それからアーガと同じコウモリの翼、もう一枚はトンボの翅が生えたミイラです。王の衣を着て、身体全体が樹脂みたいな透明なもので包まれていました」

「調べていたのはアーガ族のハーフの考古学者だったね」

「はい。ヴト・ユピテル氏です。フリーで研究をされていました」

「君は、帝都大学の学生だよね。専攻は?」

「人類学です。リン・ウェフリー教授の研究室で」

「リン・ウェフリー? あの有名な?」

「はい」

「そうか……あの女性教授についているのか」

「そうです」

「うーん……。ちょっと、待っててくれるかな。すぐ戻るから」


 パレンキアーノは立ち上がり、少しの間部屋を出た。

 そして、十分ほどして戻ってきた。


 キトラには彼が一人で戻ってきたように見えた。

 だが、何故かパレンキアーノはドアを大きく開けていつまでも廊下の方を見ている。

 そして、誰もいない空間に向かって敬礼した。

 その瞬間、空間に色が現れ、ゆっくりと人の姿を成した。

 キトラはあっ、と声を立てた。

 現れたのは大柄なセピア族の女。

 女は目を丸くするキトラを見て、にやりと口に端を釣り上げた。


「足音がしたろうに、私が来たのに気づかなかったかい?」

「あ、あの」

「これは特殊な軍服でね。これを着ていれば、裸じゃなくても我々セピアの身体能力を発揮できるというわけさ」


 セピア族にはほかの種族にはないある特殊能力がある。

 彼らは全身の色素を変化させ、空気に溶けるようにして体を透明にする事ができるのだ。

 キトラはそのセピア族が透明になるのをかなり久しぶりに見た。

 子供の頃、かくれんぼをして遊んだ時以来だった。


「パレンキアーノ、廊下には誰もいないか?」

「おりません」

「よし」


 女はキトラの前にどっかりと腰を下ろした。

 彼女はパレンキアーノの上官らしかった。

 青白く、透明感のある無毛の肌。

 くっきりとした二重に、金色の瞳。

 やや先の尖った形の良い耳。

 広い肩幅に、軍服の上からでも分かる豊満な胸。

 自分への自信を感じさせる引き締まった口元……。


 種族ごとに「美人」の基準はやや異なるが、ルーデンス族のキトラにも女がセピア族の中でかなりの美人の部類に入るのが分かった。

 どこか深海の生き物を思わせるような、無機質で不思議な美しさだ。

 セピア族は顔に年齢が出にくいためよく分からないが、声の感じからするとリンと同じくらいの年だろう。

 堂々としたその振る舞いは、彼女がただの軍人でない事を表していた。


「南州陸軍大佐のミイレンだ。君はリンの教え子なのか」

「は……はい」

「パレンキアーノ、貴様は少し外せ。この子と話がある」


 パレンキアーノは「はっ」と敬礼し、部屋を出て行った。

 大佐。

 その役職についてキトラは詳しくはない。

 だが、とりあえず「すごく偉い人」が来てしまったのは分かった。

 ミイレンはキトラの前に座ると、ずい、身体を前に乗り出し、キトラの顔をじっと見た。

 セピアには体毛というものがなく、当然眉毛やまつ毛もない。

 つるりとした丸い頭の下に、きりりとした大きな目がついている。 

 その顔、その人相で迫られる状況は否応なく緊張を強いられた。


「なるほど……リンが好きそうなタイプだ」


 かちかちに緊張したキトラの顔をまじまじと見てから、ミイレンはクスリと笑った。


「実は私は彼女と高校時代からの友人でね。いわゆる悪友というやつかな」

「そ……そうでしたか」

「でもって、大学時代から『変わった彼氏』と付き合ってたのももちろん知ってる」

「へ?」

「アーガ族の血を引く青年だ。ヴト・ユピテル。そんな名前だったかな」


 椅子を引き、ミイレンはその長い脚を組み替えた。

 キトラの口からリン・ウェフリーやヴト・ユピテルの名が出た事。

 それが大佐である彼女がわざわざキトラに会いに来た理由のようだった。


「彼があんな砂漠の辺境地で死んだと聞いて驚いたよ。リンは今頃、相当落ち込んでいるだろうな」

「ユピテル先生の事を……ご存知でしたか」

「ああ。あいつらは相当変てこなカップルだったからね。まぁ……その分仲が良かったわけなんだけども」


 ミイレンはリンの親友だった。

 高校卒業後リンは帝都大、ミイレンは帝国軍人養成大学に進学。

 お互い忙しく、なかなか会う事はできなかったが連絡だけは取り続けていた。

 ミイレンがリンに恋人の事を打ち明けられたのは大学二年の時。

 相手が類人種のハーフという事で、ミイレンは当初、交際には大反対した。


「あの頃は私も今ほど類人種に理解があった訳じゃないからねえ」


 ミイレンは昔を思い出したのか、喉の奥で笑いながら話した。

 類人種に対し、強い差別意識を持つセピア族。

 かつてのミイレンも、その例外ではなかったのだ。


「元々変わり者だったリンも、とうとう完全にイカれたと思い込んでね。あいつとは絶交寸前の大喧嘩をした」

「先生とケンカ……すごそうですね」

「ハハハ、すごかったとも。帝都のカフェで深夜まで怒鳴り合って、しまいには警察を呼ばれかけたよ」


 しかし、散々やりあったものの、ミイレンは最後にはリンを理解することになった。

 リンは真剣にユピテルとの将来を考えていた。

 本気で彼を愛し、人生を共に歩むことを望んでいた。

 そんな彼女を、親友として応援しないわけにはいかなかったのだ。


「私らセピア族にとっては、類人種は動物も一緒だってとこがある。だけど、実際に会ったヴトという青年はなんていうか……そう思う事を許さない何かがあってね」

「ユピテル先生に、ですか?」

「この男にならリンを任せられる。っていうか、今この男がいないとリンはダメかもしれないって、そう感じたんだ」


 それでもミイレンはまだユピテルを全面的に受け入れられたわけではなかった。

 類人種と恋に落ちる事を、リンの家族はどう思うだろう。

 もし結婚するとして、生まれた子供はどう扱われるだろう。

 いや、そもそも子供なんてできるのだろうか。

 二人の今後を思うとあまり明るい考えは浮かばなかったし、リンに他の男が見つかるならその方が良いとも思っていた。

 だが結局、二人が幸せに過ごせるうちは静かに彼らを見守ることにした。


「二人と会う度にね、『運命の相手』ってのはこういうのを言うんだなって思わされたのさ。絶対に離しちゃだめなんだろうなって」

「運命の相手……ですか」

「奴らとの出会いは、私の類人種への見方も大きく変えたよ。ヴト君はいい奴だった。彼と出会って、私は人を人種や立場じゃなく……『個人』として見るべきだって思うようになったんだ」


 そして月日は流れ、ミイレンは南州の陸軍に入隊。

 リンは大学院に進み、学者への道を歩み始めた。

 高校時代からよきライバルであった二人はお互い負けたくない、という一心からそれぞれの場所で努力し合った。

 その結果、リンは若くして大学の教授陣に加わり、ミイレンは軍で昇進。

 ついには大佐となり、今日に至るのだ。


「本当ならリンはとっくにヴト君と結婚していてよかったはずなんだ。それがどうにも、こじれてしまったようでね」

「オレ、ウェフリー先生からもユピテル先生からもそんな話は聞いた事なかったんですけど、別れちゃったんですか?」

「その事については……ちょっと控えさせてもらうよ」


 ミイレンは視線を落とした。

 何か事情を知ってはいる。

 だが、彼女の口からは言えないようだった。


「職業柄、人に話せない機密情報は山ほど知っているが、親友の秘密っていうのはそれ以上だからね」

「……そうですね」

「まぁ、君たちの話から察するに、別々の場所で暮らしていても、随分親密にしていたようだからね。私が考えるほど二人の溝が深かったわけではないようだが?」


 ミイレンはパレンキアーノが残した用紙をぺらぺらめくった。

 そこには、ミガトやプラジアーナの話をメモしたものもある。

 特にプラジアーナはユピテルについて知っていることをかなり詳細に話したようだった。


「君たちが砂漠の集落で見つけたミイラを、ヴト君は『王のミイラ』だと話したんだな?」

「はい。ウェフリー先生にも画像を送って確認してもらっています。史料も調べて、二人とも、服装とか墓にあったレリーフの内容から間違いないって言ってました」

「なるほど」


 ミイレンは腕を組んで押し黙った。

 そして、暫くして口を開いた。


「実はね。君たちが見たようなミイラが、他にも南州から出土しているんだ。今までに三体ね」

「あれが……三体も見つかったんですか?」

「ああ。同じように樹脂のようなもので包まれ、王の衣を身に着けていた」

「……それって、もしかして一つはダーガーン族のミイラだったりしますか?」

「何だと? 君、それをどこで聞いた」


 エニシダ村で村長が話していたダーガーンのミイラ。

 その形状もハシダテ集落のミイラと同じようなものだった。

 そう話すと、メイレンは舌打ちをし、複雑な表情を浮かべた。


「全く……うかつな連中だ。一般人に極秘情報を聞かれるなど」

「極秘?」

「ああ。実はミイラが発見された事は、南州政府が極秘として扱っている。南州王の命令でな」


 理由は、ミイラが王の服を身に着けている事だった。

 エニシダ村の村長が話していた通り、その一族にかつて広域を治めた王がいるという事になれば、それは現在に生きる者たちの様々な権利・主張に関わってくる。

 一族の過去に王がいれば、自分たちが由緒正しい一族であることが証明されるからだ。


 さらには、現在の王も自分にその血が流れている以上、自分の祖先である王の一族を軽んじる事は出来ない。

 自分の血の正統性を保つため、自分の先祖がそれを穢す存在でない事を証明しなければならないのだ。

 そうなれば、現在「類人種」とされ、公式に人間として認められていない一族が新たに「人間」に加わる可能性が出てくる。

 彼らを人間として扱わねばならなくなるよう、法律も改正されるだろう。

 

 しかし、そうなれば当然、反発する者も現れる。

 ダーガーンを嫌うセピア族は少なくとも黙っていないだろう。

 大きな混乱を招くかもしれない。

 南州王はそれを懸念しているのだ。


「しかもね。今まで見つかったのはダーガーン族とセピア族、それからアーガ族のミイラなんだ」

「アーガの王がいたという事なのですか?」

「ああ。だから、南州政府は今、けっこうな大混乱だよ。そんなものはこっそり捨てるべきだ、なんて言いだす奴もいてね。まぁ、それは流石に王様が怒ったけど」


 州政府では臨時の議会が開かれ、その結果、皇帝に伺いを立てる事になった。

 そこで皇帝が「ダーガーンとアーガを人間の一族として認める」という命令を下せば、晴れてこの二種族は類人種ではなくなる。

 しかし、花の海で静かに暮らしているだーがん族とは違い、アーガ族についてはまだ皇帝に進言するのを反対する者も多いという事だった。


「今まで政府軍が何度も衝突を起こしてる一族だ。市民は多分、そう簡単に受け入れられないよ。恐らく、皇帝陛下も相当驚かれるだろう」

「……そうですね」

「しかもアーガが問題を起こしていない時にならまだしも、よりによってこれだけあっちこっちに迷惑をかけまくっている時に、となるとな。さらには、アーガ族はどうやら発見されたミイラを狙っているらしい。君も聞いただろう? 奴らが『六族の王』と言うのを」


 キトラは頷いた。

 ミイレンによれば、南州政府は同じようなミイラが全部で六体あると考えているらしい。

 それらは、今もこの世界に存在するルーデンス、ピスカ、クウォール、ダーガーン、アーガ、セピアの六種族の王。

 その根拠は、南州王家に伝わる言い伝えによるものだった。


「この世界はかつて、今のように東西南北の四州ではなく、それぞれの民族ごとに五州に分かれていた。この話、君は聞いた事あるかい?」

「いえ……全くないです。初めて聞きました」

「五州はそれぞれ別の民族に支配され、民族ごとに別々の文化を築いていた。そしてその五州を、天空に住む『神の一族』が監視していたんだ」

「神の一族?」

「ああ。地上の五族を造ったという、『創造主』の一族だ。南州王家の言い伝えでは、現在のルーデンスの祖先とされている」

「ルーデンスが神の一族……なんか、あんまりピンとこないですが」

「そして、今回問題になっている『六族の王』のミイラは、南州ではこの創造主と、創造主が作り出した最初の王たちのミイラではないかと考えているんだ」


 南州の言い伝えでは、神の一族はピスカ、クウォール、ダーガーン、アーガ、セピアを作り、地上に住まわせ、彼らが争うことなく平和に暮らせるように監視していた。

 しかしあるとき、神の一族の住む天空の国に災いが起こる。

 住処を失った神の一族は地上に降り立ち、地上の五族に交じって生活するようになった。


 すると、五族の王たちは神の一族との繋がりを根拠に自分たちの優位を主張し始めた。

 神の一族の血が自分の血に交じったことにより、「自分たちは神に等しい存在」になったとして、世界を統治する権利があると考えるようになったのである。


 その結果、五州の民族は互いに争い、大きな戦乱が勃発。

 長きにわたる戦いの末にルーデンス族の皇帝が立ち、新たに東西南北の「四州」を設立する事により秩序が戻った。


「その時に皇帝は、戦乱を治めるにあたって、かつての五州の王の血を引く四人を州王に任命した。そして自分と州王の一族を「人間」、それ以外を「類人種」とした。ダーガーン族とアーガ族は人の輪から弾き出されてしまったんだ」

「戦争で手柄を立てなかったためですか?」

「それについては伝承されていない。皇帝陛下にとって、あまり都合のよい存在ではなかったのかもしれんな」


 これらの言い伝えは一般にはあまり知られていない事であった。

 しかも、現在語られている歴史とかなり大きなずれがある。

 特に、かつて各民族がそれぞれの国に別れて暮らしていたという話はキトラも今まで聞いたことがなかった。


「古代帝国期以前から、各民族は一緒に暮らしていたとオレは教わりました。まさか各種族が別の国を作っていたなんて」

「もちろん、南州以外じゃこんな話はしてないだろうね。でも、考えてもみたまえよ」


 ミイレンは言った。


「そんなに長い間各民族が混ぜこぜに暮らしていたなら、私たちはいつまでもこんなに何種類もの民族に別れていたと思うか?」

「確かに……そうですね。もっと、ハーフばっかりになっていたはずです」

「私は歴史だの人類学だのの専門家じゃないが、各種族のアイデンティティーってものは、その種族だけのコミュニティーがあってこそできるもんじゃないかな。恋愛対象としてルーデンスはルーデンス、セピアはセピア、って同族を選ぶことが多いけど、この傾向も我々の先祖が一度そういう時代を経験してなきゃ成り立たないと私は思うよ」


 政府は「歴史」というものの扱いに対して厳しい制限をかけている。

 現在の皇帝の地位を肯定するような史実でなければ扱ってはならず、それに異を唱える、もしくはその可能性のある内容は処罰の対象になるのだ。

 恐らく、南州王家も中央政府の咎めを受ける事を恐れ、言い伝えについてはずっと公にしてこなかったのだろう。

 ミイレンも慎重な言い回しで話をした。


「政府が認めている歴史では、初代皇帝がこの世界に降り立ち、全ての民族をお造りになったとされている。今回見つかった『六族の王』はその前提に背く可能性があるからな。それゆえにいたずらに情報が漏れ出ては困るんだ」

「でも、おかしいですよね? 南州王家の言い伝えによれば、六つの民族は別れて暮らしてたんでしょう? それなのにどうしてミイラが全部南州で見つかったんですか?」

「それはかつての地理の関係で片付く。五つの国が存在した時代、『赤の砂漠』はちょうどそれぞれの国の境にあったと考えられているんだ」


 砂漠は五つの国の国境で五分割されていたという。

 そして、ミイレンの話を現在の地図に落とし込むと、五つの国の中心付近に位置しているのがピスカ族のミイラが見つかったあのハシダテ集落だった。

 それぞれの王家はミイラをよい状態で保存するため、死者の遺体をみんな砂漠地帯に運んだのだろう。

 ミイレンはそう言いながら、メモの裏に簡単な図を描いて説明した。


「だから、残りの二体のミイラもこのエリアにあるだろうと考えている。南州に任命された考古学者たちが現在、あたりをつけて捜索しているはずだ。ユピテル氏がもし生きていれば、協力依頼をしていたかもしれないな」


 もしもユピテルが生きていれば。

 キトラは胸が痛くなった。

 あの王墓はやはり、すごい発見だったのだ。

 長年苦労を重ね、こつこつと一人、研究を行ってきたユピテル。

 それがようやく認められるかもしれないチャンスだったのに……。

 俯いたキトラを見て、ミイレンは小さく咳払いをした。


「だいぶ話が長くなってしまったな。キトラ君、実は君に頼みたいことがあるんだ」

「オレに、ですか?」

「ああ。それから、一緒に来てもらった他の三人にもだ」


 重要な話をするときの癖なのだろう。

 ミイレンはまたキトラの方に身を乗り出した。

 そして、内緒話をするようにやや声を落としてこう言った。


「ダーガーンの青年の話では、君たちは北の森に行きたいらしいな」

「は、はい。それで……皇帝陛下の許可をいただきたいと思っていたんですが」

「もし、南州政府に協力してくれるなら、南州王の名で許可を取得してやろう。その代わり、アーガ族に奪われたミイラを取り戻し、我々に譲り渡して欲しい」

「ミイラを……南州政府にですか?」

「ああ。歴史的事実かどうかはともかく、伝説によれば六人の王たちのミイラは、南州王に繋がるご先祖様とされているからな。それぞれに霊廟を立て、王家を守る先祖神として祀る事になるだろう」


 政府は恐らく、一般人がいくら頼んでも北の森に入る許可など出さない。

 だが、南州王の名で依頼すれば、いくつかの条件付きで許可が発行される事になっている。

 もし、キトラや他の三人が自分たちに協力し、ミイラを引き渡すなら森に入るためにその許可を取得してやってもいい。

 ミイレンはそう言った。


「君たちは最近の若者に珍しく、けっこう勇ましいそうじゃないか。特にあのピスカ族の子なんかは、わが軍にぜひ欲しい逸材だ」

「プラジアーナは特別なんです。でも、オレは大したことなくて……」

「何を言うか。君だってなかなかのもんだぞ」


 ミイレンはおもむろに手を伸ばし、キトラの肩や胸の辺りを触り始めた。

 帝国武術を習い始めてからトレーニングは欠かしていない。

 その質の良い筋肉の感触に、ミイレンは満足そうに喉を鳴らした。


「鐘楼でアーガのボスを倒したのは君らしいじゃないか。引き締まった無駄のない身体……ふふ。学生にしておくのはもったいない」

「えっと、あの」

「随分良いナイフを持っているみたいだしな。回収した奴が羨ましがっていたぞ」


 ミイレンはにたりと笑ってキトラの顔を見た。

 ばれていたのか。

 キトラは黙って下を向いた。


「花の海の捜索についても、南州の管轄ではないが、東州政府に何らかの働きかけをすることはできるだろう。どうだ?」

「でも……ミイラを奪い返すなんて。オレ達にそんな事ができるかどうか」

「何を今更。ダメ元でやるつもりだったんだろう? 少なくとも、あのピスカ族の娘は一人でも森に行く覚悟でいるぞ」

「……オレは」

「まぁ、他の連中と話し合ってから決めればいい。君は即決するのが得意ではなさそうだからな」


 これからまだ仕事があるといい、ミイレンは慌ただしく部屋を出て行った。

 南州王に協力する。

 それがどういうことを意味するのか。

 キトラは一人考えた。


 南州王はミイラを集め、先祖の神としてそれぞれに霊廟を立て、祀るつもりだという。

 だがそれは結局、政治的利用のためだ。

 ユピテルが生きていれば、学者としてそういう事には反対したかもしれない。

 少なくとも、学術的調査が十分になされることを望んだだろう。

 キトラも正直あまり気が進まなかった。


 考古学であっても人類学であっても、歴史的遺産というものは世間の人々のためのものであって欲しい。

 一部の権力者がその成果を独占していいものではない。

 しかし、一方でこういう、研究者の側が折れなければならない場合も多い事もキトラは知っていた。

 時としてその権力に頼らなければ研究が成り立たない事もある。

 それを教えてくれたのは、他ならぬキトラの師であるリンだった。


「嫌な奴の言う事を聞くのも、時には戦法だと考えなきゃ」


 リンはあるとき、そんな事を口にしていた。

 彼女は我の強い性格だ。

 しかし、時には自分を殺し、相手の顔を立て、譲り、従う事で現在の地位にまで上り詰めた。

 そうでなければ、リンが若くして女教授になることなどできなかっただろう。

 

 学者であれば上司、学長、大学。

 あるいは王家、政府、そして皇帝。

 それら権力と上手く付き合うことで、一介の研究者の力だけでは成し得ない成果が上げられることもあるのだ。

 ユピテルがいない今、もしミイラが取り返せたら、南州政府に引き渡す方が管理や保管などの面ではいいのかもしれない。

 キトラはプラジアーナ達のいる部屋に戻り、ミイレンに言われた事と、それに対する自分の考えを話した。


「確かに……考古学者の人がちゃんといるならその方が良いかもしれないわ」


 プラジアーナはそう言った。


「王様のミイラだもの。きっと粗末には扱わないわ。私も政治に使われるのは反対だけど、今はそうするしかないと思う」

「そうかな」

「それに、ダーガーンの人たちを探すのにも協力してくれるっていうんでしょう? 私は、そのミイレンっていう大佐さんの言うとおりにすべきだと思うわ」

「ミガトは、どう思う?」

「私も、とにかく今は少しでも仲間を捜索する手立てが欲しい。それに、キトラの恩師とその大佐が知り合いだというなら、悪いようにはしないだろう。協力すべきだと思うが」

「あのさ」


 三人が話をしていると、傍にいたバウアーが口を開いた。


「オレも、アンタらと一緒に行っていいか?」


 彼の手には、あの大きな槌が握られていた。

 傍らには仕事道具の入った鞄。

 バウアーは自分の店を閉め、長期間留守にするつもりでコゴミの街を出てきていた。


「オレの中には、皇帝陛下と一緒に戦った軍人の血が流れてる。足を引っ張るようならすぐに追い返していい。だけど、行けるところまでお前らと一緒に行ってみたいんだ。頼む、連れてってくれ」

「でも、ご先祖様の事はいいの? アーガ族と戦ってはいけないって言われてるんでしょう?」


 プラジアーナは心配そうな顔でバウアーを見た。

 今回、戦い慣れている彼女でも苦戦した。

 アーガ族の本拠地である北の大森林に踏み込めば、もっと大変な事態になるのは必至。

 だが、バウアーはそれでもついていきたいと言った。


「今回たくさん人が死んだ。オレの知り合いはけっこう助かったけど、その家族とか……暫く立ち直れない人も大勢いる」


 バウアーは真剣な顔をしていた。


「このままじゃ納得いかない。それに、北の大森林はオレの先祖が最後に戦った場所だ。だから、何か運命のみたいなものを感じるんだ。もしかしたらちゃんとオレの目で本当の事を見て来なきゃいけないのかもしれないって、そう思うんだ」


 槌を手に躍り出たバウアーは勇ましかった。

 自分の体より大きなアーガ族を倒し、その姿は他の職人たちに勇気を与えた。

 日々の仕事で鍛えた実力。

 その戦闘力はキトラやミガトと比較しても引けを取らないものだった。

 一緒に連れて行くべきかもしれない。

 キトラはそう思った。


「確かに、さっきミイレンさんもオレの他の『三人』もって言ってたんだ。なんかもう、バウアーも数に入れられちゃってるみたいだね」

「そうなのか?」

「正直、オレたちもこれからどうなるか分からない。それでも良ければ、一緒について来てくれるかな」

「もちろんだ。よろしく、キトラ」


 バウアーはキトラの手をぎゅっと握った。

 その手はがっしりとしていて固く、たくましさを感じさせた。

「それにさ、キトラ」

「何?」

「それ、パワーアップしたくないか?」


 バウアーはキトラの手元に放ってあったナイフを指差した。


「ブッシュナイフは武器じゃない。そのままじゃ、本来の用途と違ってやり辛いだろ? オレがそれを、キトラにぴったりの『すげえの』に生まれ変わらせてやるよ」


 そう言って笑ったバウアーの目は職人としてのやる気に満ち溢れていた。

 こうして、旅にはまた新しい仲間が加わった。


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