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【第五話】 密談

 プラジアーナとの二人旅に、ミガトが加わる事になった。

 水がないと生きられないという弱点のあるダーガーン族。

 しかし、水さえあればミガトは相当逞しい男だった。

 頼もしい旅の道連れ。

 キトラは嬉しく思う反面、プラジアーナと二人きりでいられなくなった若干の残念さも感じていた。


「二人とも、移動手段はどうする? 天空船ターミナルのある『ロロ副都心』まではここから徒歩で三日くらいだろう?」

「キトラ、行きはどうしたの?」

「オレはずっと歩いてきたよ。個人馬車か……小型天空船をチャーターすればなら早いけど、その分ものすごく高いもんね」


 キトラはミガトの持っていた地図を前に腕を組んだ。

 アバソ市から帝都までの道のりは長い。

 途中の大きな街に着けば、そこから大型の「天空船」や長距離列車である「エネレール」といった交通手段もある。

 だが、そこまでは個人的に馬車や小型天空船などを手配するか、もしくは徒歩で途中の街や村を渡り歩くしかない。


 三人は宿賃と食費、その他雑費の分を多少は持ち合わせていた。

 だが、個人馬車の貸切りや天空船のチャーターはかなり高額になる。

 行きにキトラがやったような「無茶」をするのは避けたいが、もしものことを考えてできるだけ手持ちは残しておきたいところだ。

 話し合った結果、結局歩いていくことになった。


「ところでミガト、陸地を歩いても大丈夫なの?」

「暑いと辛いんだがな……一日歩きとおすくらいなら問題ない。ダメになったら川にでも飛び込めば回復するしな」

「じゃあ、川沿いの道を行こう。ちょっと遠回りだけど、そんなに変わらないしね」


 キトラは行きとは違う、渓流沿いの道を選んで次の目的地、「エニシダ村」を目指した。

 道に沿って流れるクリタ川は、エニシダ村のある山中に水源を持ち、あちこちの川と合流しながら最終的には海に注いでいる。

 つまり、道中は上流に向かう道。

 そのため、かなり起伏の激しいルートになっていた。


「プラジア、疲れたら言ってよ?」

「全然平気よ。私、体力あるもの」

「ミガトは?」

「私も体力的には問題ない。キトラも随分足腰が丈夫なようだな。鍛えているのか?」

「少し、帝国体術をね」

「ほう。武術の心得があるのか」


 ミガトはキトラの話に興味を持っていた。

 どうやら、彼もダーガーンの一族に伝わる武術を体得しているらしい。

 海を住処とするダーガーン。

 その生活は、日々危険と隣り合わせだったようだ。


「花の海は穏やかだが、その分肉食の厄介な奴が住み着いている。子供や年寄りをそいつらから守るのが男の務めだ」

「うわぁ、カッコいい」

「カッコいい事はないぞ。そうしなければ死んでしまうだけだ」


 ミガトはまた、知識も豊富だった。

 キトラの知らない海の知識を山ほど持っており、知りたがり屋のキトラとはすぐに意気投合。

 夢中になって話をしていると、会話に入れないプラジアーナがやきもちを焼いた。


「二人とも酷いわ。私だけのけ者にして」

「ミガトの話が面白いんだもん」

「私も入れなさいよ」

「ハハハ。確か、プラジアーナは考古学が専門だったな」

「専門っていうか、ユピテル先生の手伝いをしてたから詳しくなったのよね」

「そういえば……花の海には古代の遺跡が沈んでいたな」


 ダーガーンの一族が暮らす花の海。

 その海底には未だ手つかずの海底遺跡が沈んでいるという。

 そこはかつて陸の人々が暮らした街といわれていた。

 だが、ミガト曰く、ただの街というにはあまりにも違和感があるということだった。


「建物はほとんどが円柱を横にしたような形で、四角い窓が横並びについている。それでもって、どこを探しても入り口がないんだ」

「入り口がないの?」

「ああ。壊れた窓から中に入ることができるんだが、ドアらしきものは何もない。しかも、不用意に中のものを触るとガスがあるらしく、爆発する事があってな」

「うわー、怖い!」

「子供の頃から近づかないようにキツく言い聞かされて育った。まぁ、そんなのは散々破って遊んでいたんだがな」


 遺跡は水深100メートル以上の深い海にあり、ダーガーンの他は海の生き物でなければ近づくことはできないという。

 そのため、未だ誰にも調査されたことがない。

 ミガトのそんな話に、プラジアーナも目を輝かせた。


「すごい! 海の中の遺跡なんて、ユピテル先生も知らなかったわ」

「陸の考古学者が我々のところに来ることなんてなかったからな」

「じゃあ、私が行く! いつかミガトに案内してもらう!」

「プラジアーナなら歓迎する。ピスカ族を見たことのない者も多いから、みんな喜ぶだろう」


 話をしながら歩いていくと、道は大きな橋にさしかかった。

 石で作られた立派なアーチ状の橋。

 だがそこに近づくと、キトラは何か違和感を覚えた。

 橋の周辺の草木が、火を放ったように焼けただれているのである。


「野焼きの跡かな。でも、こんな真夏なのに」

「そうね。野焼きって、普通冬にしかやらないわ。山火事でもあったのかしら」

「山火事にしては規模が小さい。それに……水気の多い生の草木がこんなに焼けているとは……」


 三人は不気味に思いながらも橋の上に足を踏み入れた。

 その時だった。

 橋の遥か下、水底に大きな影が揺らめいた。

 そして、その影が見えたかと思うと、何か大きなものが飛びあがり、一番端を歩いていたプラジアーナめがけて跳びかかってきた。

 とっさにそれを避けたプラジアーナはバランスを崩し、キトラの上に倒れ込んだ。


「きゃああっ!」

「なっ、何、何が……!」

「お、お魚! すっごい大きなお魚が! お魚が跳びかかって……!」


 キトラとミガトは橋の下を覗き込んだ。

 すると、やや濁った水の中をぐるぐると泳ぐ、数匹の大きな魚影が見えた。

 尖った顔に鋭い尾びれ。

 鉄を打って造ったようなその身体は、陽の光にぎらぎらと反射していた。


「な、何だあの馬鹿でかい魚は!」

「まさか……『フレア・ガー』か?」


 ミガトが顔をしかめた。

 すると、泳いでいた魚の一匹がまたパァン、と飛び跳ねた。

 そして、口からゴォッと何かを吐いた。

 青色の火炎。

 その炎がミガトの服を焦がした。


「くっ……! やっぱりか!」

「何なの、この魚!」

「こいつら、胃の中にため込んだガスを使って火を吐くんだ! 早く橋を渡れ!」


 ミガトの言っている意味はよく分からなかった。

 だが、キトラとプラジアはとにかく急いで橋を渡り、向こう岸に逃げた。

 フレア・ガーは十数匹の群れを成していた。

 彼らはキトラ達が安全な場所に逃げた後も、まだあきらめきれない様子で口を開け、こちらに向かってぎちぎちと歯を鳴らしていた。

 もう少し気づくのが遅ければ危なかったかもしれない。

 ミガトはそう言っていた。


「普通は海水にいる魚だ。まさか……こんな場所まで来てあいつらに出くわすとは」

「さ、魚が火を吐くなんて」

「食べたものを胃の中で腐らせ、その腐敗ガスに摩擦熱を引火させてああやって吐くんだ。そうして陸の獲物を水の中に引きずり込み、あの鋭い歯で一撃というわけだ」

 

 フレア・ガー達は橋の下に住みつき、そうやって橋を渡る人や動物を襲っていたのだろう。

 周囲の焼け焦げた跡は彼らの狩りの痕跡だったというわけだ。

 キトラはもうこんな危険な場所からは離れたかった。

 だが、何を思ったのか、ミガトは突然服を脱いで水に入る準備を始めた。


「ちょっと! 何してるの!」

「こいつらを放っておけばまた人を襲う。何とかしておかねばと思ってな」

「ダメだよミガト! 危ないって!」

「なぁに。水の中なら負けはせん」


 ミガトはそう言ってにやりと笑った。

 そして、キトラとプラジアーナが止めるのも聞かず、水の中に飛び込んでしまった。

 パンツ一枚で飛び込んだミガト。

 フレア・ガーはその後を追い、一斉に水に潜った。

 これはまずい。

 キトラは荷物をひっくり返し、あのブッシュナイフを引っ張り出した。


「キトラ! あなたまで何してるの!」

「助けなきゃ! ミガトが危ない!」

「だからって……!」


 慌ててナイフを箱から出し、キトラが自分も服を脱いで水に飛び込もうとした時だった。

 ぼん、と何か大きなものが水から飛び出し、河原の上で跳ねた。

 それはキトラの身長よりもずっと大きなフレア・ガー。

 凶悪な顔をした巨大魚が大きな口からカミソリのような歯を見せ、ぐったりとして伸びていた。


「あれ……」

「もしかしてミガトが……やったのかしら」


 キトラとプラジアーナが口をあんぐり開けている前で、巨大魚は次々と打ち上げられた。

 河原に築かれる魚の山。

 そして、川岸が市場のようになったところでようやく静かになり、ミガトが満足そうな顔で水から上がってきた。


「やれやれ、しつこい奴らだ。十七匹もいたぞ」

「け、怪我はない……?」

「二回くらい噛まれたがな。まぁ、かすり傷だ」


 フレア・ガーは頭が弱点だという。

 彼らはそこにミガトの強烈な蹴りとパンチを食らい、脳震盪を起こしたのである。

 キトラもプラジアーナも開いた口が塞がらなかった。


「ミ、ミガトがこんなに強いなんて思わなかった……」

「まぁ、水の中ならな。キトラ、ちょっとナイフを借りるぞ」


 パンツ一枚のままのミガトはキトラのブッシュナイフを一本持つと、伸びているフレア・ガーの腹を手慣れた様子でさくさくと切り裂いた。

 そこには、麦の粒ほどの大きさの真っ黒な卵がぎっしり詰まっていた。

 夏はフレア・ガーの産卵期だという。

 ミガトは卵を腹から取り出し、キトラの手の上に乗せた。


「いい卵だろう。これはいい金になるぞ」

「うわっ、ぷにぷにしてる。これ、何なの?」

「『ガー・キャビア』というのを聞いたことがないか? こいつは相当高値で取引される、高級食材だ。どこかで売って旅費の足しにしよう」


 キトラは言われるままにミガトを手伝い、六匹のメスから五キロほどの卵を取り出した。

 そして、「腐ってしまわないように」と、急いでエニシダ村に向かった。

 村の市場に持ち込んで魚屋に見せると、ミガトが言った通り卵は驚くような値段で買い取られた。


「まさかあんたら、あの橋の下にいる奴を仕留めたのかい?」

「ええ……まぁ」

「いやぁ、すごいじゃないか! 何人もが挑戦したんだが、全然歯が立たなくて諦めてたんだ。助かるよ!」


 フレア・ガーは産卵期に海から川に向かって遡上する魚で、普通は海や河口付近、中流域までで見られる魚だという。

 しかし、今年は何故か川の上流まで上っており、あの橋の下に巣食ってしまっていた。

 そのため、ミガトが言った通り犠牲者も何人か出ていたらしい。

 卵を買い取った魚屋が騒いだため、キトラ達三人の噂は一気に村中に広まってしまった。


「ガー・キャビアは一年に一度お目にかかれるかどうか、って代物らしいじゃねえか! どうやって獲ったんだい?」

「えっと、獲ったのはオレじゃなくてミガトで……」

「村長が会いたいって言ってたぜ。行ってきなよ!」

 

 村人に促され、キトラ達は何だかよく分からないまま、何故か村長の家に呼ばれる事になった。

 ダーガーンなのがばれては困るとミガトは嫌がった。

 だが、「ほらほら」と引きずられるようにして連れて行かれ、三人は村長に会わされた。


「あなたがフレア・ガーを仕留めたミガトさんですね。何でも、東の地域から来た凄腕の漁師なんだとか」

「……ええ、まぁ」

「村の代表として歓迎しますよ。今夜はうちにお泊りください」

 

 フレア・ガーを倒したのはよほどの事だったらしい。

 夕食には手に入れたガー・キャビアを含めた豪華な食事が振る舞われ、宿泊も村長の家の一番いい部屋を宛がわれた。

 至れり尽くせりの歓迎。

 プラジアーナは無邪気に喜んでいたが、ミガトは複雑な顔をしていた。


「歓迎されるにしても少し大げさだ。もしかしたら……何か理由があるのかもしれん」

 

 キトラは最初、ミガトの言っている意味がよく分からなかった。

 類人種なのがばれて天空船を叩き出されたトラウマもある。

 だから大歓迎には警戒心を覚えてしまうのかもしれない、などと思っていた。

 だが夕食後、ミガトの予想は当たる。

 頃よく酒が回ったタイミングで村長がこう切り出した。


「実は村人には黙っておったが……ミガトさん、あんた、ダーガーン族だろう」

 

 ミガトの顔は強張った。

 正体がバレぬように、ミガトは身体の鱗を服で隠し、普通の人が見ればセピアとルーデンスのハーフのように振る舞っている。

 だが、村長は話を聞いた時から彼の正体を見抜いていたと言った。


「やはりな。あの狂暴な魚どもを残らず仕留めるなど、ダーガーン族でなければできない事だ」

「……それを分かっていて、何故私をここへ?」

「警戒なさるな。理由はこれじゃ」

 

 村長は自分の上着をめくり上げ、わき腹の辺りを見せた。

 そこには僅かな鱗の跡とえらのような筋。

 ダーガーンの証があった。


「村の者には内緒にしておるが、私にもダーガーンの血が流れているのだ。父親がセピアで、母がダーガーンだった」

「ダーガーンと……それを忌み嫌うセピアの子ですと?」

「ああ。生まれてからずっと、妻以外には誰にも話したことがなかったがな」

 

 セピア族は、民族意識が強い種族として知られている。

 自らの血を重んじ、「人間」であることに強いこだわりを持つ。

 そのため、セピアには類人種を嫌う者が多い。

 文化的に差別意識が強く、類人種に情けをかける事は恥だという教えが長く教育されてきた歴史があるのだ。

 そして彼らが特に嫌うのは、自分たちと「血が近い」とされる種族だった。


「セピアとダーガーンは同じ親を先祖に持つという。だから普通のセピアはダーガーンに近づかない。しかし私の父はダーガーンである母と恋に落ち、私が生まれた」

「左様でございましたか」

「ああ、だが私の話はいい。あなた方をここへ呼んだのは、私の昔話をするためではないのだ」


 村長は水を飲んで落ち着くと、改まった態度で口を開いた。


「実は先日……この辺りを統治される『南の州王』の使者が村に滞在された」

「州王陛下の使者が?」

「村にとって王の使者は特別なお客様。今宵のあなた方と同じように我が家へ招き入れ、あの部屋にお泊めした」


 使者は「赤い砂漠」のさらに南にある「州都」から旅をしてきており、酷く疲れていた。

 だが、どうやら重大な任務を抱えているらしく一睡もせずに夜通し部下たちと話をしていた。

 使者やその部下たちが疲れていないか気になった村長の妻がお茶を煎れようと部屋に近づくと、彼らの話している内容が聞こえてきた。


「話していたのは、とある遺跡から発掘された『王のミイラ』の事だった」

「王のミイラ……?」

「ああ。洞窟の奥に、透明な樹脂のようなものに包まれた奇妙なミイラがあったという。使者たちはそのミイラが……王族の衣に身を包んだダーガーン族だったというんだ」


 それは、キトラ達がハシダテ集落で見つけたあのピスカ族のミイラの状態に極めて似ていた。

 南の州王の使者が騒いでいたのは、未だ「人間」として認められていないダーガーンが過去に王国の『王』として君臨していた可能性があるという理由からだった。


「南の州王は皇帝にその事実を伝え、ダーガーン族が類人種ではなく『人』として認められるべきだと進言するつもりのようだった。使者はそのプレゼンのため、徹夜で打ち合わせしていたんだ」

「では……我々ダーガーンの立場が変わるかもしれないというのですか」

「ああ。王位についた事のある者の一族を、州王は人でないなどという事はできんのだ。彼らには、歴代の王の血が受け継がれている。その身体に、『人でないものの血』が流れているなどということは不名誉以外の何ものでもない。第一、昔の王様と言えば……もう神様に等しい存在だからな」


 州王はその権威を高く保つため、自分の体に歴代の王たちの血が確かに流れているという事をアピールしている。

 かつての州王たち。

 その存在は神格化され、『神』として崇拝の対象にもなっている。

 そして、州の民たちはその事を以て州王が誉れ高き王の証だと信じている。

 それゆえ、その先祖の王が今の法律で「類人種」とされている事は由々しき事態なのだ。


 王は先祖にダーガーン族がいる以上、すぐにでもその地位を認めさせなければならぬと焦っているようだった。

 使者はその翌朝すぐに出発し、村を出て行ったという。

 村長はこの話をどうにか母の血縁である遠い花の海のダーガーン族に伝えたいと思った。


 だが、自分は高齢で村を動くことができない。

 おまけに、花の海と外界とでは連絡手段がほとんどなく、手紙を送ることも不可能だ。

 そのため今回偶然村にやってきたミガトを家に招き、打ち明ける事になったというわけなのだ。

 しかし、公式に発表されていない情報をむやみに流すことは法に反し、罰せされる事もある。

 フレア・ガーの事を口実にミガトを家に家に招いたのは、あくまでこっそり伝えるためでもあった。


「皇帝陛下がダーガーンを類人種から人に昇格させてくだされば、我々は自分の立場を隠さずに生きる事が出来る。ミガトさんの故郷のお仲間も、きっと喜ばれる事であろう」

「ありがとうございます、村長。しかし……」


 ミガトは顔を曇らせた。


「今現在、我々はこの事を手放しに喜んではいられないのです」


 花の海での大津波。

 その行方不明者が多数見つかっていない今、目下の問題はまずそこにある。

 ミガトは村長に対し、自分は皇帝に仲間の捜索を直訴しに向かうつもりなのだと話した。


「なるほど……そんな事になっていたとはな」


 村長は腕を組んだ。


「だが、そうなればなおのことだ。今度の件でダーガーンの立場が変わるとなれば、皇帝陛下もすんなりと動いてくださるかもしれん」

「……そうでしょうか」

「元来、今の陛下は慈悲深く、あらゆる種族に情けあるお方と聞く。どうか、希望を持ちなされ」


 村長の言葉に、ミガトは強く勇気づけられたらしい。

 その夜、彼は誰よりも早く眠りについた。

 だが、キトラは逆に眠れずにいた。

 

 ハシダテ集落で見つかったピスカ王のミイラ。

 そして、村長の話していたダーガーン王のミイラ。

 その奇妙な形態と、それらが見つかったこのタイミング。

 偶然というにはできすぎている。

 キトラにはそう思えてならなかった。


「キトラ、眠れないの?」

 

 二階のバルコニーに出て星を見ていると、プラジアーナが起き出してきた。

 彼女も眠れないようだった。


「何だか……いろいろ気になっちゃって。不謹慎だけど、なんだか興味が湧いて止まらないんだ。オレはもしかしたら、歴史のすごいところにいるんじゃないか、って思って」

「実は、私もそうなの」

 

 プラジアーナはそう言って小さく笑った。


「ユピテル先生だったら、きっとこんな時、いろんなことを徹底的に調べてたと思うわ。それに何だか、先生が私に自分の意思を継いでほしいと思ってる気がして」

「先生の、意思?」

「私、今回の事、全部知りたい。そのためにも、北の大森林に行かなきゃ。それから、先生が見つけたあのミイラも取り戻すの。亡くなった先生の跡を継げるのは、きっと私しかいないわ」

 

 キトラはその言葉に、彼女の強い決意を見た。

 プラジアーナはユピテルの意思を継ぎ、自分も考古学の道を歩むことに使命を感じているのだ。

 これはもう、北の大森林行きを止めることはできないかもしれない。

 キトラは諦めなければならない事を悟った。

 しかし、同時に新たな気持ちが湧いてきた。

 こうなったらとことん、プラジアーナに付き合うべきではないか、と。


「……だったらオレも、覚悟を決めないとな」

 

 口に出してしまうとスッキリした。

 目の前にあるのは、自分の頭の中だけではどうにもできないとてつもなく大きくて、奥深いもの。

 だったらもう、飛び込んでしまうしかないのだ。


「オレも北の大森林に行って、アーガの人たちに会おう。それで今度は……できれば戦わずに、ちゃんと話がしたい」


 アーガ族と、話を。

 それは無謀な事なのかもしれない。

 だが、「類人種」という存在をキトラはほとんど今まで知らずにいたのも事実だ。

 ダーガーン族という種族についても、ミガトに会うまで存在すら知らなかった。

 もしかしたら、アーガ族についても少し勘違いをしているのかもしれない。

 勇気を持とう。

 キトラはそう思った。


「ユピテル先生だって言ってたもんね。アーガ族はただの野蛮な類人種じゃない。少なくとも一族の中心にいるのは頭が良くて、ちゃんと教育を受けた人たちだって」


 ユピテルを殺したことは許せない。

 ミイラを奪った事は理解できない。

 だが、そんな相手にも何か言い分があるはずだ。

 それを全く聞くことなく暴力で相対するなど、それこそ獣じみているのではないだろうか。

 キトラの中には、そんな思いが芽生えていた。


「きっと、何かアーガ族の人とコミュニケーションをとる方法があるはずなんだ。最初からダメって決めつけたら何にも出来ないもんね。ユピテル先生が森から出てちゃんと生活できたんだ。オレ達が森に入ったって、ちゃんとアーガの人たちと仲良くなれれば何とか……」

「やっぱり強いのね、キトラは」

「えっ」

「初めて会ったときから、思ってた」


 決意を新たにするキトラを見て、プラジアーナはそんな事を言った。

 

「ナイフ二本握り締めて、体一つで大勢のアーガ族を相手にするなんて……あんな男の人、初めて見たもの」

「いや、あの時はああするしかはなくて……。それに、戦うならプラジアだって」

「キトラ、私あなたに謝らなくちゃ」

「謝る? どうして?」

「今回の事。私きっと、キトラが一緒に来てくれなかったらこうやってあの集落を出て来られなかったと思う」


 アーガに会って事実を確かめるのだと、強い眼差しで言っていた彼女。

 だが、その胸の中にはやはり不安があったようだ。

 その事について、ぽつりぽつりと語り始めた。


「私、実は少しだけ迷ってたの。アーガ族に会って、どうしたらいいのかって。もしかしたら、初めから戦いに行くべきなのかもしれないのかもって」

「そう……だったのか」

「先生が死んで、私、かなりカーッとなってたのね。だんだん冷静になってくると……どんどん怖くなって。キトラが止めてくれた時にどうして意地張っちゃったのかなって、正直ちょっと後悔してたの。自分で言い出したのに、なんか、バカよね」


 何故ユピテルは死なねばならなかったのか。

 悲しみが衝動に代わり、プラジアーナを突き動かし、ハシダテ集落を飛び出させた。

 だが、時間が経てば冷静にもなる。

 冷静になれば、事実が見えてくる。

 怖いと思わなかったものが怖くもなる。

 

 もしや、プラジアーナはもう引き返したいと思っているのではないか。

 しかし、そう思いかけたキトラにプラジアーナはこう言った。


「でも、キトラが一緒なら私、絶対大丈夫だと思う。つき合わせちゃってごめん。だけど、行けるところまで、一緒に行ってほしいの」

「プラジア……」

「キトラの言う通りよアーガ族はきっと、ただの野蛮な一族じゃない。今回の大爆発でミガトやダーガーンの人たちと同じように困ったことがあって、そのせいで狂暴になってしまったのよ。それをちゃんと、確かめに行かなきゃ」


 アーガを敵視し、攻撃する発想は簡単だ。

 しかし、相手にも事情があると考えるべき時もある。

 静かに森の奥で生きてきた一族が今になって暴力的手段に出た理由は何か。

 それを自分の目で見極め、理解したいと思いはじめたキトラに、プラジアーナは頼もしさを感じているようだった。

 その信頼に、キトラも応えたいと思った。


「一緒に行こう、最後まで」

「ありがとう、キトラ」


 差し出されたプラジアーナの手。

 キトラはその手を包み込むように握りしめた。


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