【第四話】 ミガト
集落の坂を下り、畑まで来ると、遠くから砂煙が近づいてくるのが見えた。
あれが迎えの砂船に違いない。
キトラは荷物を担ぎ、木の根とむき出した岩のでこぼこ道を飛び下りるようにして集落の外を目指した。
砂漠を行く「船」は、大きなソリのような乗り物だった。
木でできた半月状の大きな刀が二つ並び、その上に人を乗せる箱が乗る。
それを、二頭のオオトカゲに引かせて進むのだ。
オオトカゲはこの辺りの地域で「ニュートラゴン」と呼ばれる四足の爬虫類で、大人しく人に慣れやすいため砂漠の移動手段として使われてる。
キトラが森を抜けると、二頭のニュートラゴンは泉の水を飲んでいるところだった。
ドラゴン使いの男はキトラを見ると、依頼人だと気付いて手を振ってきた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。準備はもうできてるかい?」
「はい。あと、女の子が一人来るんでちょっと待ってください」
「ゆっくりでいいよ。こいつらにまだもう少し水を飲ませなきゃいかん。今日は 暑いからな」
「そうですね」
気温は、キトラが砂漠を越えてきた日よりもずっと暑かった。
ニュートラゴンは砂漠の生き物だが、彼らでも十分な水を蓄えた状態でないと途中でへばってしまうという。
キトラが見ている前で、トカゲたちの腹はどんどん膨れていった。
彼らには胃が五つあり、その二つが水分を蓄えるタンクの役割をしているとの事だ。
ここでたっぷり水を飲んでおけば、炎天下の砂漠を一気に走り続け、三時間くらいで抜けてくれるだろう。
ドラゴン使いとそんな話をしていると、プラジアーナが大きな荷物を背負って坂を下りてきた。
「ごめんなさい、遅れて」
「もう行ける?」
「少し待って。みんなが見送りしたいって言ってるの」
振り返ると、まだ夜が明けて間もないにも拘らず、集落の者たちが大勢ゾロゾロと坂を下りてきていた。
キトラが短い滞在期間中に顔見知りになった者たちが大人も子供も、そして老人たちもみんな手を振りながらこちらへやってくる。
正直、ひっそりと旅立つつもりでいたのに、これは予想外。
集落の住民全員が出てきてしまったのではないかというほどの人出にキトラは戸惑った。
だが、プラジアーナ曰くこれは珍しい事ではないらしい。
若者が都会に出るときはみんなこうやって見送るのだという。
今まで一度もここを出たことのないプラジアーナが旅に出る。
特に、彼女を小さいころから知る年配の住民たちはみんな心配していた。
「これ、二人で食べなさい。ほら、プラジアの好きなやつ」
「ありがとう、おばさん」
「気を付けるんだよ。都会は危ないから、キトラさんのいう事をよく聞いてね」
プラジアーナの手を握り、腰の曲がった老婦人が声を震わせた。
少しここを出て、都会を見に行ってくる。
大学に送ったユピテルの荷物を点検するのが主な目的だ。
プラジアーナは皆にそう説明していた。
だが、集落の者たちはプラジアーナが集落を出たきり帰ってこなくなるのではないかと思っているようだった。
特に、キトラが一緒なのがそう思わせた原因らしい。
都会から来た若者についていき、向こうで一緒になる気かもしれない。
キトラは否定したが、中にはそう信じ込んでいて態度がよそよそしくなった者もいた。
ハシダテ集落の者たちに、プラジアーナが旅立つ本当の目的は絶対に言えなかった。
これからキトラとプラジアーナは帝都に行き、皇帝の管轄下にある役所で「北の大森林」に入るための許可をとる。
許可証を取得後に森に入り、アーガ族のところへ行く。
そしてアーガ族に会って、どうして外の集落を襲い、殺戮を行わなければならないのかをこの目で確かめる。
昨晩までにプラジアーナと話し合ったこの計画を、キトラは喉の奥に隠したまま集落の者たちと握手を交わした。
もしもこんな無謀な計画を話せば、恐らく集落の者たちはプラジアーナに旅立つことを許さないだろう。
集落の住民たちにとって、アーガ族との接触は「死」を意味する。
ユピテルを失った悲しみの癒えぬ間にプラジアーナまでもが危険な目に遭う。
きっと、心優しい彼らには耐えられないに違いない。
現に、プラジアーナが旅に出るというそれだけでもう涙ぐんでいる者がいるくらいなのだ。
キトラもまた、本当はプラジアーナの旅立ちに賛成ではなかった。
森に入る、そして全くの未開民族であるアーガ族に会うなど、一体どうなるか。
ユピテルは彼らの中にはこちらの話が分かる者や、外の世界の事情に通じている者がいると言っていた。
だが、会ってみるまでちゃんと会話が成り立つかすら分からないのだ。
警戒され、敵とみなされてたちまち八つ裂きにされてしまうかもしれない。
もちろん、キトラはプラジアーナに思いとどまるように話した。
プラジアーナのしようとしていることがいかに危険な事か。
そして、外界の接触をアーガ族とコミュニケーションを取ろうとすることがいかに無謀な事か。
しかし、プラジアーナの意思は固かった。
キトラが賛成しなくてもいつか一人で行く。
ユピテルがなぜ、仲間であるアーガ族に殺されなければならなかったのかを必ず確かめる。
プラジアーナは強い口調でそう言った。
そこで、キトラはひとまずプラジアーナを帝都まで案内することにした。
「北の大森林」に入るには、いずれにせよ帝都でその許可を取ることが不可欠である。
勝手に一般人が森に入れば、アーガの攻撃に遭うだけでは済まない。
森の周辺には北の大森林を管轄する「北州」の軍がいる。
もしも許可を得ずに森に近づけば、彼らは間違いなく銃口を向けてくるだろう。
キトラは密かに、帝都の許可が下りない事や、途中で北州軍に止められる事を期待していた。
自分の力が及ばない大きな存在に止められれば、きっとプラジアーナも自分のしていることがいかに無謀かを理解せざるを得ない。
それでダメなら、リンに説得してもらうのもありだろう。
できることなら何とかプラジアーナに森に入るのを思いとどまって欲しい。
それが今のキトラの正直な気持ちだった。
「じゃあ、そろそろ行くぞ」
「それではみなさん、行ってきます」
「気を付けるんだよ!」
「絶対無事に帰ってくるんだからな!」
ヒュッ、と風を切る鞭の音がして、ニュートラゴン達は歩き出す。
集落の者たちは船の姿が見えなくなるまでずっとこちらに手を振っていた。
ずんぐりむっくりした見た目とは違い、トカゲたちの足は速い。
船は砂しぶきを上げ、ビュンビュンと砂漠を進んで行った。
屋根があるおかげで、キトラが行きで苦しめられた直射日光は避ける事が出来た。
だが、暑いのは相変わらず。
ドラゴン使い達はピスカ族であるプラジアーナが平気な顔をしているのを見て驚いていた。
「アンタ、強いんだな。ピスカって、暑さ寒さにはめっぽう弱いっていうじゃね えか」
「そうですか?」
「ああ。この間、マツシマ集落までとあるご令嬢を送ったんだが、途中でぐった りしちまってな。大変だったぜ」
ピスカはあらゆる種族の中でもかなりデリケートなほうだといわれている。
そのため、寒冷地や砂漠地帯を裂けて快適な都会に住んでいる者が多い。
キトラもハシダテ集落でプラジアーナ以外のピスカ族を見なかった。
だが、プラジアーナはそれに対してあまりピンとこないようだった。
「死んだパパもママも、暑さが辛いなんて言ってなかったわ。寒いところに行っ たことはないから分からないけど」
「へぇ? アンタ、ハーフじゃないのかい?」
「純血なはずよ」
「じゃあ、すんげぇ珍しいよ。都会に行ってみな。アンタみたいにたくましい子 は一人もいないさ。みんな真っ白な肌して、暑いだの寒いだの言って引きこも っちまってる奴らばっかりだ」
ドラゴン使いがそう言うのを聞いて、キトラは笑いが込み上げてきた。
ピスカ族は確かに弱い者が多い。
おしなべて頭もいいし、運動神経も悪くない。
大学での成績の上位争いにはいつもピスカばかりの名があがっていた。
だが、とにかく外的要因に対する抵抗力がないのだ。
いつだったか、帝都に長雨が降ったときにはキトラ達ルーデンスや、クウォール、セピアの者たちは元気なのに、ピスカ族だけが次々に体調を崩した。
しまいには教授まで休んでしまい、授業が休講になる始末。
リンに言わせれば、そういう事は昔からあるらしく、彼女らが学生だった頃は「ピスカ休講」などと呼ばれていたそうなのだ。
「とにかく、暑いのが平気なのは何よりだ。ここからもう少し我慢が続くから な」
ドラゴン使いは水筒の水をぐい、と一口飲むと、トカゲ達に軽く鞭を加えた。
船は揺れが大きく、キトラは何度も舌を噛みそうになった。
何とかそれに慣れてきたときには今度は船酔い。
プラジアーナは平気そうな顔をしていたが、キトラはみるみる顔色が悪くなっていった。
「大丈夫?」
「ちょっと辛いかも……快適に乗せてもらってて、わがまま言っちゃいけないは ずなんだけど……」
「少し横になったらいいわ。ほら、こっちに頭向けて」
「ごめん」
キトラが体を倒すと、柔らかい感触が頭を受け止めた。
それは、プラジアのむっちりとした太腿。
予想外の「膝枕」という事態にキトラは困惑したが、プラジアーナはさも当然という顔をしていた。
「目的地が見えてきたら起こすわ。少し寝て」
「……ありがとう」
濡れタオルを額にかけられると、少し気分がよくなり睡魔が襲ってきた。
よく覚えていないが、多分すぐに眠ってしまったのだろう。
目が覚めると、船は止まっていた。
目的地かと思うと、そうではなかった。
ドラゴン使いが船を降り、誰かに声をかけていた。
見ると、砂漠の中に人が倒れていた。
「おい、兄ちゃんすっかりしろや! おい、おいったら!」
キトラもプラジアーナと一緒に船を降りた。
倒れていたのは青白い色をした肌の男。
一見、セピア族のようだったが彼にはセピアにはない青い髪があった。
空の色が透けているようなその青は染めているような色合いではなく、地毛。
そして、着込んだ袖の間から見える腕には鱗のようなものが生えていた。
「こいつは類人種だな……しょうがねえ。お客さん、一緒に乗せて構わないか い?」
「ええ、もちろんです」
「悪いね。オレぁこういうのはほっとけない性質なんだ」
ドラゴン使いは男を運転席のすぐ後ろに寝かせた。
差別意識の強い者の中には、「人間」とみなされない類人種を酷く扱う者もいる。
たとえ行き倒れを見つけても、「捨て置け」と言われればドラゴン使いは客のいう事を聞いたかもしれない。
暑い砂漠を歩き回って熱中症になってしまったのだろうか。
類人種の男は荒い息をし、身体がかなり火照っていた。
その肌はしっとりと濡れ、海水の匂いがした。
「ダーガーン族」かもしれない、とドラゴン使いは言った。
「ダーガーン、ってどこの種族ですか?」
「オレもよくは知らないが、確か……東の『花の海』に住む奴らだ」
「花の海?」
「青い海一面に花が咲き乱れる、それはそれは綺麗なとこだぜ。この兄ちゃんが ダーガーンだとすれば助けて正解だ。ダーガーンは、花の海に住む『海神様の 使い』なんて言うモンもいるからな」
赤の砂漠から遥か北の方角にある海。
このダーガーン族はそこからどうやってここまで来たのだろう。
男の口元に水筒を近づけてやると、水を飲む力は残っていた。
ドラゴン使いはキトラに水筒を渡し、ニュートラゴンに鞭を加えた。
「急ぐぜ! あとちょっとだから、介抱を頼む!」
前方には砂漠の出口、「アバソ市街」が見えていた。
巨大な湖を有する、この辺りの地域で一番大きな街である。
船はその外れにある「ターミナル」に向かって駆け込むようにして入った。
ターミナルでは係員が船を待っており、ドラゴンたちを餌でおびき寄せて停船位置まで誘導した。
「よう! 随分慌ててるじゃねえか。どうした?」
「行き倒れを拾ったんだ! 救護室、いや、シャワー室借りるぜ!」
「はぁ?」
ドラゴン使いは類人種の男を抱え上げると、そのまま建物の中に入っていった。
キトラ達が荷物を下ろして様子を見に行くと、男は服を全部脱がされ、頭から水をかけられていた。
「良いんですかこんな事して」
「さぁな。けど、水ん中で生きてる奴らだって話だ。問題はないだろう」
「そうですかね」
「お客さん、重ね重ね悪いが、時間があったら少し様子を見といてくれ。オレは トカゲどもにも水をやんなきゃいけねえんだ」
外では何だか怒鳴り声が聞こえた。
類人種を連れ込んだことでよく思わない者がいるらしい。
ドラゴン使いは「てめえらには血も涙もねえのか!」と言い返していた。
だが、いずれにせよこの男にとってここはあまりいい場所ではなさそうだった。
どうしたものか。
そう思っていると、男がゆっくり目を開いた。
「ここは……」
「アバソ市です。気分はどうですか?」
「すまない……さっきよりはよくなってきた」
男の目は青とも緑ともつかない美しい海の色をしていた。
耳にかかるくらいで切り揃えられた髪は艶やかな濃い群青で、顔立ちはかなりの美青年。
手には水かきがあり、首から下にはびっしりと鱗があり、胸の辺りには魚のえらのようなものが男の呼吸に合わせて動いていた。
ダーガーンという種族なのかとキトラが尋ねると、男は小さく頷いた。
「普段はセピアとルーデンスのハーフで通しているが……こう全身を見られては 隠すことはできまいな」
「オレ、キトラと言います。キトラ・センバ」
「私はミガトだ。ファミリーネームはない」
キトラがミガトと話していると、プラジアーナが外からドアを叩いた。
街に出て、ミガトに合いそうな服を買ってきてくれたという。
着替えるように言うと、ミガトはすまない、と言って頭を垂れた。
「故郷を出てから……こんなに人に親切にされた事はなかった」
ターミナルでは相変わらずドラゴン使いと係員たちが揉めていた。
プラジアーナはそれを見て、どこかに宿をとって休んだ方が良いと言った。
キトラもそれに賛成だった。
ドラゴン使いにその事を話しに行くと、彼は「悪い」と言ってミガトの分の宿賃を出してくれた。
「ここの連中は頭が固いんだ。オレの話なんざ全然聞きやしねえ」
類人種と分かると宿屋も入れてくれない可能性があったため、ミガトは厳重に体を隠して街に出た。
具合が悪い者がいると話すと、幸い近くのホテルが部屋を用意してくれた。
部屋に入った後も、ミガトは暫くバスタブの中に浸かったままだった。
ミガトはキトラより二つ年上で、旅をしている途中だという。
しかし類人種の一人旅は困難が多く、彼はトラブルに巻き込まれてあの場所にいたと言った。
「訳があって帝都に行く天空船に乗っていた。だが、類人種だとばれた途端、砂 漠の真ん中で降ろされてあの通りだ」
「酷い……ターミナルの人たち以上だ」
「私たちは普段、よほどの事がない限り水から離れないからな。あの時君たちの 船が通りかかってくれなければ、一時間ももたずに死んでいただろう」
キトラが見ている間に、ミガトの体はぐんぐんとバスタブの水を吸い込んでいた。
乾きかけ、ガサガサとしていた鱗に艶が戻り、虹色がかった光沢が現れる。
そうなると、彼はすっかり元気になった。
服を着て出てきた彼を見て、キトラは今更ミガトがかなりの高身長だと気付いた。
「ミガトは、どうして帝都に行くの?」
「実は、皇帝陛下にお会いしなければならないのだ」
「陛下に?」
「ああ。私のような類人種は本来ならお目通りは叶わぬところだがな。どうして も会わねばならぬ」
ミガトは目を伏せた。
何やらただならぬものを抱えている雰囲気だった。
「実は、オレたちも帝都に行くところなんだ」
キトラは言った。
「『北の大森林』に入る許可を取るんだ。めったにない申請だから、陛下の住ん でる宮殿まで行かなきゃいけなくなると思う」
「本当か」
「うん行く場所が一緒みたいだし、よかったら、ミガトが帝都に行く理由、教え てくれない?」
その問いに、ミガトは暫く黙っていた。
だが、荷物の中から地図を取り出すと、ベッドの上に広げてある場所を指で示した。
そこは東西に広がる海の外れに位置する海域で、小さな範囲が赤く塗られていた。
「ここが、オレ達の住む『花の海』だ。半年前、ここは大津波で壊滅状態になっ た」
「津波?」
「ああ。原因は、『北の大森林』で起きた大爆発だ」
「爆発って……」
「森の一部が吹っ飛ぶくらいの大規模な爆発で、北州や東州のほうでは地震の被 害も出ている。そうか……この辺の人間はあの事件を知らないんだな」
爆発の原因は分からないという。
だが、その余波はかなり広範囲にまで広がり、各地で大地震を起こし、花の海には津波となって押し寄せた。
そして、たくさんのダーガーンがその犠牲になった。
「その中にはオレの婚約者もいた。オレ達はその時、まさに結婚式を挙げている 最中だったんだ」
「そんな……」
「オレは近くにいた仲間に助けられて無事だったが、花嫁……メリーエルダは未 だ行方知れずだ」
ミガト曰く、ダーガーンは水中ではかなり強い種族だという。
そのため、例え大津波で流されたとしてもどこか遠い海に流れ着き、生きている可能性がある。
ミガトは妻・メリーエルダの生存を信じ、今も諦めていなかった。
そして現に、津波から何カ月もたって戻ってきた者たちもいた。
だが、今も数多くのダーガーン族は行方不明のままである。
実は、彼らには生きていても戻ってこられない理由があるのだ。
「我々ダーガーン族の一族には唯一の弱点がある。生まれた海をうんと離れる と、海水の匂いが違うせいで方向感覚が鈍り、動けなくなってしまうんだ」
「ダーガーン族は、海水の匂いを頼りに泳いでるの?」
「普段はそうだ。津波に流されたとき、太陽や月の動きを見て戻れた者もいるが 僅かだ。ダーガーンには花の海を出たことがなく地理に疎い者が多い。知識の ない者が誰の助けもなしに戻ってくるのは無理だ」
「それで、泳げる人も帰ってこられないのか」
「情けない話だが、いわゆる方向音痴という状態になってしまうわけだ。そこで 我々は、『東州王』に協力を要請した」
この世界は皇帝が頂点に君臨し、その下に東西南北の四州を統治する四人の「州王」がいる。
赤い砂漠周辺を統治するのが「南の州王」、北の大森林周辺を統治するのが「北の州王」、西の帝都を除く地域を統治するのが「西の州王」、そして花の海を含む地域は「東の州王」が統治している。
ミガトはダーガーンの長の命令で嘆願書を手に「東の王宮」に向かい、王に対し、どうか軍隊を派遣し花の海とその周辺を捜索してもらえるよう願った。
しかし、類人種の行方不明者の捜索など、州王は聞き入れない。
そのため、共に州王のところへ向かった者たちはすぐに諦めてしまった。
「だが、オレは引き下がる事などできなかった。州王がだめなら、その上の皇帝 に願い出るまでだ。仲間は反対したが、一人で帝都を目指すことにしたんだ」
皇帝はかつて、花の海を訪れたことがあるという。
花の海に生える海藻「フラワーケルプ」は春から夏にかけて一斉に花をつけ、凪の海には真っ白な花畑が現れる。
海域が「花の海」と呼ばれるのはこのフラワーケルプの群生が由来。
その一年で一番美しい光景を見にやってきた皇帝を出迎えたのは、ミガト達ダーガーンの一族だった。
一族は美しい声で歌い、踊りを披露して皇帝一行を大いに楽しませた。
皇帝は彼らの歓迎を喜び、ダーガーン一族を褒め称えた。
そして、いつかその時の礼をしたいと言って帰っていった。
「陛下ならば……我々の願いを聞き届けてくださるはずだ。万が一それが叶わな くとも、あの方の口から我々など助けるには値しないと、そう言っていただか ねば私の気は収まらん」
ミガトは膝の上でその拳を固く握りしめていた。
花の海を襲った大津波。
その原因となったという、「北の大森林」で起こった謎の大爆発。
恐らく、地震や津波を起こすほどの爆発ならば森のかなり広い部分を吹き飛ばしたことだろう。
森の民族であるアーガ族が最も嫌う、森林の破壊。
アーガ族が最近狂暴化し始めた原因もそこにあるかもしれない。
そして、ユピテルが殺され、ミイラが奪われた事にも関係があるかもしれない。
キトラはこのミガトという男に不思議な縁を感じた。
それは隣でじっと話を聞いていたプラジアーナも同じようだった。
「ミガト、あなたの奥さんを飲み込んだ大津波と、私がこれから知りたいと思っ てることと……もしかしたら関係があるかもしれないわ」
プラジアーナはミガトに、ハシダテ集落がアーガ族に何度も襲われ、ユピテルがアーガに殺された事を話した。
「私の先生は優しい人だった。だから北の森にいるアーガの一族も、今回の事が なければ狂暴化なんかしなかったかもしれないわ。だからせめて、何があった のか知りたいの」
「君は類人種と共に生きてきたのか……なるほど。それでこんなに私に親切にし てくれるのだな」
ミガトはそう言って笑顔を見せた。
「君を見ていると、いなくなった妻を思い出す。顔は全く違うが、彼女も君のよ うに意思の強い目をしていた」
「ミガト、私たちと一緒に帝都に行きましょう。爆発が原因で困っている人は、 私たち以外にもたくさんいるはずよ。そう言って訴えれば、皇帝陛下も動いて くれるはずだわ。ねぇ、キトラあなたもそう思わない?」
「そうだね。オレ達と一緒に行こう。その方が良いはずだ」
キトラはまだ、プラジアーナに北の森へは行って欲しくないという思いがある。
だが、ミガトの真剣な顔を見ていると、自分が今直面している事態があまりにも大きいという事が感じられた。
世間一般に、類人種のコミュニティーにおける情報は伝わりにくく、何かあっても見過ごされてしまう事が多い。
しかし、ダーガーンの一族にたくさんの犠牲者が出ている事態は無視してよい事ではない。
皇帝や、帝都に置かれた政府機関に被害情報を提供するだけでもきっと意味があるだろう。
プラジアーナとミガトの二人が、何とか謁見できるように努力してみよう。
キトラはそう決意した。
「すまない。では、よろしく頼む」
ミガトはそう言ってキトラとプラジアーナの手を握った。




