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【第十九話】 動き出したもの


 ギヨナ村の朝は冷え込んでいて、部屋の中も思わず寝床の中から出るのを躊躇するようなキンとした空気に満ちていた。

 湿気が濃く、むわっとした森の中に慣れ切っていた身体がその寒さに抵抗する。

 夢現のキトラはまだ、傍にアーガの人々がいるような錯覚の中にいた。

 だんだんと、その寒さと呼気の白さを自覚するにつれてここが森の外れ、北の村なのだという事を思い出す。

 すると、何となく心細さが込み上げてきた。

 あの人たちは今、どうしているのだろう?


 身体を起こして窓から外を覗くと、既に眠っていていい時間はすぎているようだった。

 中央政府軍のエンブレムが描かれた天空船が草地に停泊し、大勢の兵士が村にやってきている。

 それを総出で迎える村の人々の顔には緊張の色。

 キトラ達を迎えてくれた時のようなにこやかさはなかった。

 その中で、テェアヘペロとユピテルが見るからに軍の重役という雰囲気を纏ったルーデンス族の男と話をしていた。


 自分たちも早く行かなくては。

 キトラはまだ寝息を立てていたバウアーを叩き起こした。

 それから隣の部屋のプラジアーナとエクウスに声をかけると、夜のうちにまとめて置いた荷物を担ぎ、外に出た。

 テェアヘペロはキトラ達に気が付くと、さっき窓から見た男に起きてきた仲間を紹介した。

 キトラ達がぎこちなくあいさつするのを男は硬い表情で聞いていた。


「皇帝府直属部隊の隊長、モリアンビーだ」


 背が高く、四角いメガネをかけた彼はそう名乗った。

 短く切られた癖の強い赤毛と、緑色の目、引き締まった薄い唇。

 若くして要職を任されたモリアンビーは皇帝の第三皇子。

 帝都で皇帝の代理を務める皇女ノヴァの兄だった。

 彼は時間がないと言い、挨拶もそこそこのうちにキトラ達を天空船へと促した。


「面倒な挨拶は省略でいい。すまないが、急いで船に乗ってくれ。詳しい話は中でしよう」


 キトラ達が天空船に乗り込むと、船はすぐに出発した。

 モリアンビーは現在、皇子でありながら皇帝府直属部隊のトップを務める。

 軍部とは別行動を取り、直接将軍の指示で動く組織だ。

 しかし、実態は皇帝の雑用部隊なのだとモリアンビーは自分を卑下して言った。


「父から私や兄たちの無様なエピソードは聞いているはずだ。森で訳の分からないものに憑りつかれて以来廃人同様さ。ようやく動けるようになったのは最近だ。おかげでまだこの程度の仕事しかできん」

「そのような。復帰されて間もないお体で部隊長を務められるなど、皇帝陛下は皇子がご無理をなさっているのではないかと心配されていたと伺いましたよ」

「何を言うかテェアヘペロ。心配しているならこんなにこき使われたりするか」


 フン、と鼻を鳴らすモリアンビーをテェアヘペロがクスクスと笑った。

後でキトラが聞いた話では、モリアンビーはテェアヘペロと同い年で軍学校の同級生だという。

 その頃からテェアヘペロは「御学友」としてモリアンビーと親しく付き合い、今でも仲がいいらしい。

 テェアヘペロが若くしてノヴァの護衛隊長に抜擢されたのも、モリアンビーの信頼が厚いからだという事だった。


「ところでモリアンビー様、皇帝陛下が皇后ネイリア様と北州の王都でお待ちと伺ったのですが……」

「うむ。そうだな。実は、ちょっと厄介な事になっているのだ」

 

 天空船内には中央政府軍と北州軍の者が入り乱れて乗船している。

 中にはまだ、今起きている事の事情を敢えて知らされていない者たちもいた。

 モリアンビーは出口の近くに座っていたユピテルに船室のドアを閉めさせ、同乗している他の者たちに聞かれないように声を落とした。

 

「ノヴァが……妹が宮殿から連れ去られてしまったんだ」

「……ノヴァ様が? 連れ去られた……ですと?」

「ああ。さっきの村では口に出せなかったが、つい一昨日の事だ」


 テェアヘペロの顔色が一気に変わるのをキトラは見ていた。

 モリアンビーによれば、公務の合間に宮殿のテラスで休んでいたノヴァは突然襲われ、そのまま連れ去られたという。

 警護していた警備兵たちが駆け付けるも銃で撃たれ、ほぼ全員が即死。

 一番近くにいた護衛役のミガトも重傷を負い、まだ意識がないとのことだった。


「ミガトがやられた……? そんなの、間違いです!」


 キトラは思わず叫んでいた。

 狂暴なフレア・ガーを素手で何匹も仕留め、アーガの戦士を前にしてもひるむことなく戦ったダーガーンの戦士・ミガト。

 彼が襲われて重傷を負ったなど、信じたくなかった。


「犯人は、銃を持っていた。しかも、ノヴァを人質にしていたんだ。ミガトにもどうしようもなかったのだろう」

「でも……!」

「起きてしまったのは事実だ。受け入れるしかない」


 モリアンビーがキトラを落ち着かせるようにそう言った。

 一対一の素手の勝負には強いミガト。

 だが、銃などの文明の利器には慣れていなかったのだ。


 そして、ノヴァやミガトを襲ったのは信じられない人物だった。

 元皇太子のセルシャンデ。

 心身を病み、宮殿で療養中のノヴァの長兄だった。


「そんな……どうしてセルシャンデ皇子がノヴァ様を……!」

「詳しい事は分からん。分かっているのは、兄上……いや、兄上としか思えぬ人物が警備兵や護衛隊長のミガトを蹴散らし、ノヴァをどこかへ連れ去ったという事だけだ」

 

 モリアンビーは首を振った。

 目撃者の証言によれば、さらったのは間違いなくセルシャンデ皇子だという事だ。

 実際に宮殿にあるセルシャンデの部屋はもぬけの殻になっており、彼は行方不明だという。

 誰もが首をかしげる事態だったが、ノヴァの誘拐が彼によるものなのは間違いなかった。

 そして、時を同じくして他にもさらわれた者がいるとモリアンビーは言った。


「妹が連れ去られる数時間前、父上のお傍に仕えている軍人見習いの娘がいなくなっている。名は、ビエルフィア。テェアヘペロ、君の実の妹さんで間違いないな?」

「何ですって……ビエルフィアまでが……そんな……」

「自首的な失踪か誘拐かはまだ分からないがな。ノヴァの事件との関連も考えられる。着いたらすまないが、君にも妹さんに関して話を聞かせてもらう」

「ああ……一体、何なんだ……!」


 テェアヘペロはその場に崩れ落ちた。

 彼の立場に同情したのだろう。

 モリアンビーは大きくため息をつき、屈み込んでテェアヘペロの肩を抱いた。

 キトラも事態がよく飲み込めなかった。

 ノヴァ皇女の誘拐と、テェアヘペロの妹の失踪。

 これが一体何を意味するのか。

 モリアンビーに支えられ、肩を震わせるテェアヘペロに対し、部屋にいた者たちはかける言葉を見つけられなかった。


 王都に着くと、城の周辺には大勢の兵士たちが集まっていた。

 皇帝が来るとなれば、平常時よりも警備が厳重になるのだろう。

 そして、深刻な事態を慮ってか、キトラがミイレン達と帝都の宮殿に入った時のようなファンファーレの演奏はなかった。

 警備の者たちは誰もかれも皆暗く押し黙っていて、キトラ達はその異様な雰囲気の中を城に入った。


 応接の間に待っていたのは皇帝だけだった。

 自分の息子による娘の誘拐に動揺したネイリア皇后は取り乱してしまい、今は別室で休んでいるのだという。

 皇帝ガイオスは冷静だったが、やはり硬い表情をしていた。

 そして、部屋に入ってきたユピテルに近づくと腕を伸ばし、姿の変わってしまった彼をぎゅっと抱きしめた。


「よく戻った、ヴト」

「皇帝陛下、この度は……」

「堅苦しい挨拶はいい」


 友の生還をその手で確かめるように、ガイオスはユピテルを強く抱きしめた。

 ユピテルもそれに応え、「御心配をおかけしました」と小さな声で言った。

 ガイオスはただ、大きく頷いて見せた。

 そして、キトラ達の方へやってくると、一人一人の肩を叩いたり、深く握手をして労を労った。


「テェアヘペロ、キトラ、プラジアーナ、バウアー、それからエクウス。お前らも良く戻ってくれた。無事に帰ってくれたことを嬉しく思う」

「ありがとうございます、陛下」

「まずは、今までの話をもう一度聞かせてくれ。テェアヘペロに話させるのはちょっと辛そうだ。キトラ、頼む」

「……かしこまりました」


 テェアヘペロはすっかり憔悴しきっていて、話ができる状態ではなかった。

 キトラはユピテルやプラジアーナに何度も確認しながら今まで森で会ったことをガイオスに話した。

 モリアンビーはガイオスの傍らに座り、秘書のように話をメモしていた。

 話を聞いている者は他に何人かおり、気になるキーワードが出てくる度、手元の小型通信機で外の者に連絡を取ったり、廊下に出入りしたりしてかなり慌ただしかった。

 キトラも話しながら何度も「それは確かなのか」「正式名称は?」などしつこいほど確認された。

 軍や関係省庁、それから場合によっては各州にも通達を出さなければならないため、いい加減な情報は許されないのだ。


 特に詳細な説明が求められたのは、アーガの集落の奥にあったあの「神」なる謎の装置についてと、ユピテルが見たJプロジェクトの研究所についてだ。

 ガイオスはユピテルに、何度も研究所の内部について質問し、モリアンビーに詳しい情報を記述させた。

 ユピテルは図を描いたりしながら時間をかけて話をした。


「改めて聞いても、簡単に信じられる話じゃねえな」


 皇帝はため息交じりに言った。

 その顔には疲労の色が濃く、白目には赤く血管が浮き出ていた。

 緊張と気合で何とかこの状況を乗り切ろうとしているのだろう。

 あまり眠っていないような顔だった。


「だが、ヴトが嘘言う訳はねえ。しかも、その研究所が実在するなら今まであったいろんなことが一個にまとまりそうだ」

「陛下、それはどういうことでしょう?」

「ノヴァとビエルフィア……オレが思うに、二人がいなくなった理由は一緒だ。あいつらは、あの『腕輪』をしてたから連れてかれちまったんだよ」

「腕輪……?」

「そこにいる、プラジアーナと同じだ。あいつら二人も、番号の入った腕輪をしてたんだ」


 ガイオスは、誘拐をJプロジェクトのメンバーによるものと断言した。

 ユピテルによれば、ハシダテ集落で彼を襲った「ルケンテル」こと「リョウ」は、ミイラだけではなく、「腕輪」を持つプラジアーナをも標的にしていた。

 母・ネイリアから受け継いだ「J‐3093」を持つノヴァと同じく、テェアヘペロの妹・ビエルフィアも「J‐2911」という番号の腕輪を持っていたとガイオスは言った。


「どうやら、兄貴はそれを知らなかったみたいだけどな。なぁ、テェアヘペロ」

「……はい、陛下」

「とにかく、だ。うちの娘とビエルフィアが連れてかれた原因はあの腕輪。でもって、犯人はユピテルを襲ったり、アーガの族長に悪さしてるって奴らだ。セルシャンティも森に行ってからおかしくなってる。だから……あいつ一人の思いつきでノヴァを連れてったんじゃないだろう」


 ノヴァを連れ去ったセルシャンティも、何らかの形で彼らの影響を受けていたと考えれば説明がつく。

 そしてその目的についても今までに分かったことから推理できるとガイオスは言った。


「大昔に死んだ男どもが六人……新しい身体で再出発しようと厄介な企みを仕組んだ。そして、同じ『J‐』の文字を持つ若い娘をさらっている。恐らく、奴らはまだ『研究』を続ける気なんだ」

「そうですね」


 モリアンビーがメモを取る手を止め、頷いた。

 皇帝によく似たその横顔。

 レンズの分厚いメガネがきらりと光った。


「各種族の娘たちが受け継いできた腕輪や文字ですが、私が思うに、Jプロジェクトとやらを組織していた研究者が被験体の『個体識別番号』として用いていたのではないかと」

「個体識別番号?」

「私は大学に在学していた際、戦場でのストレスが兵士にどのような影響を与えるのかを研究していました」


 モリアンビーは軍学校の大学過程で、研究室に所属していたという。

 そこで扱っていた動物。

 彼らの事についてモリアンビーは話した。


「そこでは、研究室の実験動物に番号をつけていました。頭文字に、研究室を表すアルファベットをつけた、生体を識別する番号をね」

「……それじゃあ」

「はい、父上。奴らにとっては、『六族の王』もマウスやラットのような扱いだったのかもしれません」


 マウスやラット。

 その言葉を聞いたエクウスが複雑な表情を浮かべた。

 プラジアーナもどういう反応をしてよいか分からない様子でじっと下を向いている。

 無理もない、とキトラは思った。

 自分たちが受け継いだ番号。

 それが、自分の先祖を実験動物として扱った者によってつけられたものだったのだ。

 ショックに違いなかった。


「プラジアーナ、腕輪をした娘はあと他にいるか?」

「……私が知っているのは、南州陸軍のミイレン大佐です」

「お前たちを宮殿に連れて来た女軍人だな」


 ガイオスの問いに、プラジアーナは深く頷いた。

 そして、さらにもう一人の腕輪の所有者がガイオスに報告されていた。

 ミガトの妻・メリーエルダだった。


「ダーガーンの捜索部隊に報告されてた情報だと、メリーエルダはダーガーンの巫女で、腕に赤い珊瑚の腕輪をしてたらしい。そこに番号が入ってて、『J‐2887』だったってのをメリーエルダの側近が中央政府軍に証言してる」


 軍の報告によれば、メリーエルダはミイレンの船に保護されたという。

 皇女失踪の影響で情報が錯綜しており、二人が今どこにいるのかはよく分からない。

 だが、見つかり次第帝都に連れて帰るようガイオスが命令を出したという事だった。


 これで、腕輪を持った六人の所在が確認された。

 そうなれば、ガイオスが皇帝としてすべきことは何か。

 それは、これ以上被害者を出さない事だった。


「なんにせよ、二人だけでも無事に保護できてよかったよ。プラジアーナ、エクウス。お前たちの事は、このオレのプライドにかけて守る」


 皇帝は立ち上がり、傍らに立っていた男に黙って頷いて見せた。

 男は静かに頭を下げると、足早に部屋を出ていった。

 軍への出撃命令だ。

 キトラは直感的にそう思った。


「お前たちは暫くここで休め。ご苦労だった、もう仕事は終わりだ」


 ガイオスは最後にそれだけ言い残すと、モリアンビーに後を任せて王都を出ていった。

 キトラ達は食事を振る舞われ、城の中にある部屋を宛がわれた。

 好きなだけ滞在し、後はもう好きにして構わないという。


 部屋の中で、キトラはぼんやり窓の外を見ていた。

 そして、暫くしてからようやく知覚した。

 自分たちの仕事は、もう終わったのだ、と。


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