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<挿話> 東州・災害対策本部にて

(皇帝ガイオス語り)


 通信を切った後、何故かどっと疲れた感じがして思わず寝台に横になった。

 皇帝に就任してから今まで、無茶な命令は死ぬほど出してきたつもりだ。

 でも、若い奴らに危ない事をやらせるのは、何でか知らないがいつになっても慣れない。

 画面が消える前の、あいつらの不安げな表情が心に刺さった。

 無理もないよな。

 奴らにとって重すぎる任務なのは、誰が見ても分かる事だ。


「皇帝陛下、お休みでいらっしゃいますか」


 幕屋の外から若い女の声がした。

 ん、ビエルフィアか。

 重たい体を起こして大きく欠伸をする。

 薄い布の向こうで、ピンと飛び出た耳がピコピコ動いていた。


「起きてるよ。どうした?」

「ご報告申し上げます。南州の王都が、アーガ族に襲撃された模様です」

「何だと……? ついにあいつら中枢にまで突っ込んできやがったのか」


 一気に眠気が冷めた。

 最近あっちこっちで面倒を起こし続けているアーガ族。

 コゴミの街が襲われた以降、暫く報告が上がっていなかったことから油断していた。

 チクショウ。

 やっぱまだ治まってなかったか。


「我が軍からの応援は既に向かっています。被害状況は現在のところ、死者は一般市民を含め五〇人以上、負傷者は南州軍関係者だけで一五〇を越えるとの事です」

「第一報の時点でそれじゃ、今頃もっと増えてんだろうな。アーガの奴らはどれくらい来てるって?」

「約三千。コゴミ襲撃の時の倍です」

「三千だと? おいおいビエルフィア、その数字合ってんのか?」


 寝台を降り、幕屋の布をめくると、そこには敬礼する若い女。

 栗色の巻き毛を長く伸ばしたクウォール族とルーデンス族のハーフの姉ちゃんが妙に緊張した顔で立っていた。

 歳は確か、二十三くらいだったか。

 まだまだ子供っぽさの残るその瞳は青く澄んでいた。


「そりゃおかしいぜ。どう考えてもアーガ族の人数は全部で一〇〇〇ちょっとだ。ちゃんと確認しろよ? 向こう、混乱してるかもしんねえからなぁ」

「はい、陛下。しかし、報告では八〇〇です」

「何なんだぁ?」


 首をかしげるオレを前に、ビエルフィアは困った顔をしていた。

 三千ていう数はいくらなんでもおかしい。

 アーガ族の連中がそんなに森に住んでるわけがない。

 最新のデータだと、千二百ってなってたはずだ。

 まぁ、報告を受けて持ってくるだけのビエルフィア困らせても仕方がない。

 オレは彼女を連れ、陣営本部に向かった。


「ムリオッキは起きてるか?」

「はい。奥で指揮をとっておられます」

「ちょっと呼んできてくれ」

 

 陣営本部は騒然とした雰囲気だった。

 オレが中に入っていけばすむ話だが、皇帝が中まで入っていくと、現場の者たちが緊張してしまって業務が滞る。

 ビエルフィアに現場の責任者を呼びに行かせ、幕屋の入り口で待つことにした。


 案の定、寝ずの番をしている者たちがオレの姿を見て顔色を変え、一斉に敬礼する。

 彼らに仕事に戻るよう言っていると、ビエルフィアが奥で指揮をとっていた男を連れて来た。

 額に深い皺のあるこの男は陸軍大将・ムリオッキ。

 中央軍最強と言われるセピア族の軍人は敬礼をし、ややしわがれた低い声を発した。


「お休みのところ、申し訳ございません陛下」

「ビエルフィアが言ってたアーガ族の数だが、三十の間違いじゃねえのか」

「私もそう思いまして、ただ今確認をさせております」


 奥にいた若いクウォールの男がやってきて、ムリオッキにメモを渡す。

 そこには襲撃の状況について再確認した数字。

三千とされていた数が、さらに「三千二百前後」に改められていた。


「何だよムリオッキ。増えてんじゃねえか」

「陛下、時差があるとはいえ、南州もまだ夜が明けておりません。現場が混乱し、正確な数の確認が取れていない可能性があります」

「かもなぁ……」


 アーガ族の戦士の数を、中央政府では上限で四五〇と見積もっていた。

 昔、森が今より大きかった時には数万のアーガがいたらしいが、今はいろいろあって北の大森林も小さくなっている。

 森に住む事の出来るアーガ族の数は食料の確保等を考えて二〇〇〇人くらいまで。

 しかし、アーガ族は森を食いつぶさないためいたずらに一族の人数を増やすことを良しとせず、多くても一二〇〇程度に抑えて生活しているといわれる。

 そしてその中で、戦士の割合は四割強とされる。

 それ以外の人数が多いのは、戦士は基本的に戦い意外の事を行わず日夜訓練に明け暮れているせいで、食物の採取とかその他もろもろ、彼らの生活の世話をする者が必要だからだ。


 だから、報告の数は明らかにおかしい。

 単純にこちらの予想以上に森にはたくさんの数のアーガ族が住んでいたのだと結論を出してしまえるならそれでいいのかもしれない。

 だけど、長年の間中央政府が得てきたアーガ族のデータに照らし合わせるとそれには違和感を覚えざるを得ない。

 その考えは、ムリオッキも同じらしかった。


「戦士が三千以上となると、表に出てこない女や子供、老人まで含めたアーガ族全体の人数が四千近い可能性があるという事になります。あの森にそんな数を養う資源はありません」

「それで養いきれなくなって外に出てきた、って言いたがる連中もいるだろうけどな。今のところそんな傾向はねえだろ」

「はい。アーガ族に土地の占拠、食物の略奪等の行動はなく、奪われた物は南州で発掘された遺跡の出土品のみです」

「今回も、目的はそれなんだろうな」

「はい。その可能性が高いかと」


 テェアヘペロからの報告で、アーガ族の長・アゴラテルがミイラを集めているという事が確実になった。

 その正体について、テェアヘペロは驚くべき報告をした。

 この世界に住む、六種族の最初の王。

 そして、異星人によってつくられた最初の人間たち。

 神ではないものの手で作られた、人工の生命体―――。


 話をさらっと聞いただけでオレもまだ要領を得ていないが、いろんな分野の学会が大さわぎになりそうな話だった。

 かつて森に行って帰ってきたニトー先生。

 あの人が持って帰らなかったアーガ族の秘密を今テェアヘペロやあのキトラっていう大学院生は目の当たりにしているのだ。


 オレも東州の現場がこんなになってなければすぐに行って詳しい事を知りたい。

 だが、地震でめちゃめちゃになった現場ではまだ行方不明者の捜索も続いている。

 こっちを優先と決めた以上、オレはここを動けないのだ。

 何ゆえに、アゴラテルはその遺体を集めるのか。

 それを確かめる役目を、オレはあいつらに与えた。

 この話はあいつらに任せるしかない。


「ムリオッキ」

「はっ」

「報告はこれからもガンガン入ってくるだろう。南州から応援要請があれば、追加で兵を送れと帝都に伝えろ。ただし、人道支援中心だ。殺し合いをあんまり長引かせるよりはアーガに欲しいものをくれてやった方が良い。南州の連中には意地を張るなと、そう言っておけ」


 アゴラテルは恐らく、ミイラさえ手に入れば良いんだろう。

 なら、渡してしまった方がいい。

 人の命よりも大事なものなどない。

 オレは南州の連中に向けて、「無理するな」という命令を伝えさせた。

 御意、とムリオッキは応えた。

 だが、別れ際に見たその顔には何か言いたくて言わずにいるものが見え隠れしていた。


(そうは申しましても陛下、南州には南州のプライドがございます。彼らがやすやすと連中の言いなりになる事はないのではありますまいか? いえ、きっとそうに違いありません。薄汚い類人種どもに負けたなど、末代の恥でございます!)


 恐らく、ムリオッキはそう言いたかったに違いない。

 セピア族のムリオッキは、同族の他の者と同様に類人種への差別意識が強い。

 もし奴が応援部隊として派遣されれば、最新鋭の武器を大量投入してアーガの戦士たちを根絶やしにするような戦術をとる事だろう。

 それゆえ、オレは奴が戦術に長けている事を知りながら、ムリオッキを直接アーガ族の対策を行う部隊から外し、今回は災害復興の現場に回した。

 

 帝都に残り、応援要請に備えて待機しているメンバーには穏健派ばかりを揃え、強硬手段をとらないタイプの者をトップに据えている。

 恐らく南州の奴らはオレの命令を素直に聞き、ミイラは最終的にアーガ族の手に移ることになるだろう。

 今回はそれでいいのだ。


「南州の連中よか、アーガの奴らの方がアレを何なのかよく知ってるらしいしな……」


 オレは誰も聞いてないような顔で一人そう呟いた。

 部屋に戻ると、通信機が点滅していた。

 呼び出しは北州の王宮から。

 ネイリアだ。


 応答すると、見慣れた妻の顔が画面に映った。

 いつもはもう寝支度をした格好で連絡してくるはずの皇后。

 だが、ネイリアはまだ執務の時の恰好のままで、張りつめた表情をしていた。

 何かあったのだ。


『あなた、起きてらしたのですね』

「おう。あと三十分遅ければ寝てたけどな」

『南州が襲われたとか』

「今聞いた。あんまり死人出すなって言ったとこだ」

『森に入った子たちから、今連絡がありましたの』 


 ノヴァが送り出した一団に、ネイリア子飼いの女軍人だというアーガ族の娘、エクウスも加わっているらしい。

 恐らく、ネイリアに連絡したのはエクウスだろう。

 ネイリアもまた、テェアヘペロがオレに話したのと同じような情報を受け取っていた。


『私がノヴァに継いだあの腕輪が、我々をこの星に連れて来た人間の痕跡だと聞きました。陛下、あなたはこの事を知っていらしたのですか?』

「いいや」

『正直におっしゃってください、あなた。アーガ族の研究をなさっていたあの学者の先生から聞いて、既に知っていたのではありませんか?』


 皇后の表情は引きつっていた。

 こんな顔してる時に、あいつは決まって体調を崩す。

 血圧が上がって調子が狂うのだ。

 また、いつかのように寝込まれるようなことがあっては困る。

 オレは穏やかにネイリアの考えを否定した。


「何も聞いちゃいなかったよ。もしかしたら、聞けば教えてくれたかもしれないけどな」

『私は……あの子が心配なのです』


 ネイリアは両手で顔を覆った。


『あの子が言葉を覚え始めた頃、その賢さを私は心から喜びました。ノヴァはきっと将来、私よりもずっと優秀な女王になると。でも、その賢さがあの子の子供らしい生き方を奪ってしまっているのです。その事も気づかずに、私たちは……!』

「ネイリア、よせ」

『陛下、どうかすぐに帝都にお戻りになり、あの子の傍についてやってくださいまし! それができないなら、私が今から北州を立ちます!』

「落ち着け、ネイリア」


 取り乱すネイリアに、ついいつい強い口調になった。

 北州の連中には落ち着いて取り乱す事などない女王だと思われているネイリア。

 だけどオレは知っている。

 うちの母ちゃんはとんでもないパニック体質なのだ。


「その話は何度も繰り返したはずだ。オレだって本当ならまだノヴァがお人形遊びだのナントカごっこだのだけして遊んでくれてればいいと思うさ。けど、あいつはそういう普通の子供じゃないんだ」


 オレは画面越しの妻の顔を見ながら諭すように言葉を続けた。

 ネイリアは目に涙を溜め、唇を噛んでいた。

 新婚の頃から変わらない。

 ケンカの度にあんな顔をするのは卑怯というものだ。


 とくに、末娘のノヴァの事に関してオレ達はこうやって幾度もぶつかってきた。

 目に入れても痛くないほどかわいい娘。

 だがあいつはオレ達の頭を悩ますとんでもない「障害」を持っているのだ。


「あいつの脳みそは、ノヴァの身体の何倍ものスピードで成長しちまってる。そのせいで混乱して、何度もおかしくなりそうになってるの、お前も見てるだろ?」

『はい……陛下』

「ノヴァにオレの代わりをやらせてるのは、それを落ち着かせるためだ。常人には理解できないが、ああやってるのが一番ノヴァを落ち着かせる方法なんだ。その証拠に、あいつは今まで一度も政務で間違いをしたことがない。恐ろしいくらいに正確な仕事をしてる。下手をすれば、オレ以上にな」


 八歳にして皇帝代理。

 それは、普通の人間にはできないことだ。

 しかし、ノヴァはオレがそれを命じて以降、何の問題もなくそれを遂行している。

 もちろん、何かあった時のためノヴァの周囲には優秀な大臣や部下たちが控え、あいつを補佐する体制が整っている。

 だが奴らの出番はほとんどない。

 オレが玉座に座っている時と同じように、ノヴァは堂々と政務を執り行い、今までそれに関して全く問題は起きていない。

 それどころか、時にはオレでもできたか分からないような難しい判断を下す事さえあるのだ。


「あいつが帝都で完璧に仕事してなかったら、オレは今ここでこんなに呑気にやってられねえよ。即位してから、今が一番楽してるかもしれねえくれえだ」

『あなた……』

「そうやって頼ってやるのが、あいつにとっては一番なんだ。もし今オレ達が変にあいつの仕事を取り上げれば、ノヴァが自信を失って傷つくだけだ」


 オレがノヴァに皇帝代理を命じた時、あいつはその真っ白な頬を赤らめ、心から嬉しそうな顔をした。

 それはクマのぬいぐるみや可愛らしいドレスをプレゼントされた時よりもずっと喜びに満ちた表情だった。

 ノヴァのその表情を見た時、オレは正直怖くなった。

 自分の娘はいったい何者なのだろう。

 ひょっとしたら、人間ではないのかもしれない。

 一瞬、そんな考えが頭をよぎった。

 しかしそんな時、ある男がオレにこう助言した。

 どんな子供であっても自分の子は自分の子だ、と。


「ネイリア、あいつに連絡は取ってやってるんだろ?」

『はい……毎日朝と晩、欠かさずに声を聞いていますわ。他の子供たちも』

「今が大変な時なのを、あいつらも分かってる。いたずらに心配するより、留守ばっかしてるどうしょもない両親を許してくれてる子供たちに感謝してやろうや。な?」

『そうですわね』


 ネイリアは鼻をすすった。

 やれやれ。

 どうにかいつもの顔になった。


『取り乱して申し訳ありませんでした、陛下。私はこれで。あなたもはやくお休みくださいまし』

「全部終わったらみんなでまたゆっくりどっか行こうな。じゃあ、お休み」

『ごきげんよう』


 画面がプツン、と暗くなり、幕屋の中が静かになる。

 オレも明日、ノヴァや王宮にいる他の子供たちに連絡をとろう。

 あんまり顔を見ていないと、知らない間にグレているかもしれない。


 そう思っていると、幕屋の外に誰かの気配がした。

 オレに声をかけようとして躊躇している影。

 ビエルフィアだった。


「お前さん、そこで何してんだい?」

「いっ、いえ皇帝陛下。お休みになっているかと、確認をさせていただいていただけでございます!」

「何か用があんならいいぜ?」

「そのような! 申し訳ございませんでした! 私はこれで……!」

「兄貴の事が気になってんだろ?」


 オレがそう言うと、シルエットしか見えないビエルフィアはあからさまな反応をした。

 全く、ガキみたいな奴だよなこいつは。

 つい、おかしくなって笑いながら手招きをする。

 ビエルフィアはきまり悪そうな顔で幕屋の中に入ってくると、敬礼ではなく、謁見の時のようにその場に跪いた。


「立ち聞きはダメだぜ。ここは機密情報の海みてえなもんなんだからな」

「申し訳ありません……ご無礼な真似をいたしました」

「良いよ。お前さんを呼ぼうと思っていたとこだ」


 えこひいきは基本的にはしない主義だ。

 本人も喜ぶとは限らないし、周囲の奴らと気まずくなってしまうのも逆に気の毒なのはオレのオヤジを見ていて学んだ。

 だが、ビエルフィアは特別だ。

 オレはこいつの兄貴にとんでもない仕事を任している。

 そして、ビエルフィアも理由があって傍に置いている。

 周りに人がいないのを確認して、オレはテェアヘペロの事を話してやった。


「兄貴は今、森の真ん中らへんにいる。流石はあいつだ。うまくアーガ族と接触して、あいつらに迎えられたらしいぜ」

「そうでしたか……よかった」

「良い仲間が一緒に行ってるからな」


 そう言ってやると、ビエルフィアは安心したような顔をした。

 テェアヘペロが森にいるなんて言ったら、多分あいつの両親は卒倒してしまうだろう。

 ビエルフィアには話さないように念を押してある。


 オレはテェアヘペロに聞いた話を一通りざっとビエルフィアに伝え、最後に本題に入った。

 奴はオレに前から気になっていた事を伝えてきた。

 ビエルフィアにも関わる事だった。


「そういや、お前の腕輪の正体が分かったぜ」

「私の……腕輪の?」

「おう。お前のはJの……何番だったっけか」


 オレにそう言われると、ビエルフィアはおずおずと軍服のジャケットを脱いだ。

 シャツの腕をまくり上げたそこにあるもの。

 銀の腕輪と、「J‐2911」の文字だった。


「お前、兄貴はこれを知らないって言ったな」

「はい。幼い頃から養成所の寮に入った兄とはほぼ別々に育ちましたので」

「こいつはお前さんがこの星で最初のクウォール族と繋がってる証だってさ」


 銀の腕輪と、謎の文字と数字。

 これは実は、ノヴァや母親のネイリアにもある。

 ビエルフィアが同じものを持っているのを見て、オレは最初驚いた。

 最初は王家かどこかの血を継いでいるのかと思ったが、そうではないらしい。

 ビエルフィア曰く、代々伝わるお守りのようなものなのだそうだ。

 

 では、この腕輪は何なのだろうか。

 オレはビエルフィアを自分の目の届くところに置き、調べてみる事にした。

 ルーデンス族のノヴァと、クゥオール族の家に生まれたビエルフィア。

 二人が持っているなら他の種族にも腕輪の持ち主がいるんじゃないか。

 そう思ったのがきっかけだった。


「最初の……クウォール族」


 ビエルフィアは小さな声で呟き、目を伏せた。


「ではやはり、私が継ぐにはふさわしいものではなかったのですね」

「あん?」

「私は純粋なクウォールではありません。だから、私も母も親戚の者たちには散々疎まれて。ああ、こんな事なら早く従姉妹の誰かに渡してしまったらよかった」


 この腕輪を持つ者は、純粋なクウォールの子として産まれた女の子。

 ビエルフィアの一族では代々そうしてきたらしい。

 しかし、一人娘として生まれたビエルフィアの母が選んだ夫はルーデンスの男。

 生まれた子はクウォールとルーデンスのハーフであるテェアヘペロとビエルフィアだった。


 結果、ビエルフィアが母の腕輪を継ぐことになったとき、親戚たちは皆怒った。

 伝統に則り、純粋なクウォールの娘が継ぐべきとし、ビエルフィアの従姉妹に渡せと迫った。

 しかし、ビエルフィアの母は頑なに拒み、ビエルフィアを兄と同じように全寮制の学校に行かせた。

 あいつの母ちゃんは、は何があってもビエルフィアに腕輪を継がせるべきと考えていたのだ。


「またそう言うか。ったく、母ちゃんがお前にふさわしいっていうんなら、それでいいじゃねえか」


 オレは俯くビエルフィアの頭に手を置き、ぐしゃぐしゃに撫でてやった。

 この娘は気立てはいいがネガティブで困る。

 可愛らしい顔をしているのにくよくよしてばかりなのは損だ。

 そのうち男に嫌われて嫁に行くのも困るようになるかもしれない。

 オレはビエルフィアが傍にいる間にこの欠点だけはどうにかしてやるつもりでいた。


「それに、お前をうるせえ親戚から守ってやろうとして、高い帝都の学校に入れてくれたんだろう? そうやって変に卑屈になる前に、自分を愛してくれる人間に感謝してやった方が良い」

「……陛下」

「そうじゃねえか?」

「はい、陛下……申し訳ございません」

「お前は優秀なのに、時々頑なに自分を否定したがるからな。もったいないぜ」


 若干そう説教してやると、ビエルフィアは頷いた。

 その顔はほんのりと上気し、瞳が心なしか潤んで見える。

 ああ、まずい。

 とっさにそう思い、オレは手を引いた。

 

 この純粋な娘に「よくない期待」を抱かせてしまうのは罪というものだ。

 ビエルフィアは軍の中では見習いも見習いで、本来ならこうやって馴れ馴れしくオレに近づいてよい身分ではない。

 夜分一人で幕屋を訪れるなどしていれば、例えオレが許しても上官であるムリオッキからは「控えろ」などとチクリと釘を刺される事だろう。


 しかし、誰もそれを咎めようとしない。

 その理由の一つが、軍の者に「皇帝陛下がビエルフィアを見初めた」と勘違いされている事だった。

 本妻であるネイリアから長く離れている間の慰めとして、若く穢れない乙女を傍に。

 オレがそういう理由でビエルフィアを呼んでいるのだと思われているのだ。

 そして、ビエルフィアもまた周囲がそんな風なので、少なからず「その気」にさせられているらしい。

 これは母ちゃん一筋のオレにとっては困った展開だった。


「そういや、お前さん、最近は例の『夢』は見るのかい?」


 あんまり夜に引き留めて長くここに居させるのもよくない。

 そろそろ話を終わりにしよう。

 オレはビエルフィアの傍を離れ、寝台に上がった。


「そういや、最近聞いてねえよな」

「はい」

「あんまりここじゃゆっくり寝れねえけどな。どうだい?」

「夢は見ました」


 ビエルフィアは顔を上げ、ためらいがちに言った。

 このビエルフィアという娘は、時々不思議な体験をするらしい。

 自分の未来に起こる光景を夢に見るというのだ。


「しかし、いつもの夢と同じかどうか分からないのです」

「ほぉ」

「今回はただの夢かもしれません。あまり訳の分からないのは質の違うものかもしれないから、あんまり気にしない方が良いと母に言われていますので」


 ビエルフィアが見るのはいわゆる「予知夢」の類である。

 オレはこれを聞くのが面白くて、用があって呼んだ時はこうやって聞くことにしている。

 彼女によれば、母親も同じような夢を見る人物らしい。

 どうやら夫にルーデンス族を選んだのもそうするべきと夢に見たからだとのこと。

 当たることも当たらないこともあるらしい。

 だが、的中率が上がればこの先何かの役に立ってくるはずだ。

 オレは何となくビエルフィアにそんな期待をしていた。


「六人の男の人が出てくる夢を見たんです」


 ビエルフィアは言った。


「みんなとてもきれいな顔をしていて、背が高くて。何だか、この世界の人じゃないような気がしました」

「ふぅん? で?」

「私は、その中の一番背の低い人に手招きされるんです。低いって言っても、陛下と同じくらいで、かなり背の高い人なんですけど」

「ハハハ。じゃあ、他の奴らは巨人だな」

「私はその人が怖くて。逃げたいんですけど、逆らえないんです。それで、ふらふら近づいていくと、その人は私を金属の変な乗り物のところに連れて行くんです。なんか、エアカーの尖ったやつみたいな……それが斜め上を向けられて三角の台の上にありました」


 夢の中の不可解な光景。

 ビエルフィアはそれを自分の脳が作られた全くの夢の世界だと思っているらしかった。

 しかし、隣で聞いているオレにとってはあまりにリアルで異様な夢だった。


「そいつの顔を、覚えてるかい?」

「濃い茶色の髪をすごく長く伸ばしてて、顔は……クウォール族の顔でした。でも、身体はクウォールじゃなかったです。何か、クウォールとルーデンスの『クウォーター』の人みたいな」

「純粋じゃなくて、ちょっとルーデンスが混ざってる感じな?」

「はい」

「他の四人は?」

「よく覚えてませんが、全部別の種族の人でした。セピア族の人と、ルーデンス族の人と……あと、すごく不思議な人がいました」

「どんな奴だい」

「翼が六枚もあるピスカ族の男の人です」


 今、何て言った。

 オレの記憶の中にあるデータが反応した。

 翼が六枚あるピスカ族。

 それは、まさしくハシダテ集落から出てきたミイラの姿だ。


「夢の続きは、どんなだった?」

「金属の変な乗り物に連れて行かれたところから先は曖昧で分からないんです。思い出せないだけかもしれないですが」

「そうか」


 きっとこれはただの夢ではない。

 オレは直感的にそう思った。

 

 何となく思っていたのだが、「腕輪」と「妙な能力」がセットなのかもしれない。

 ネイリアは触った相手の傷を治す変なハンドパワーみたいなものを持っている。

 ノヴァにはとんでもない頭脳が備わっている。

 そして、ビエルフィアには多分……予知能力がある。

 やはり、もっとこの件については調べるべきだと思った。


「じゃあ、オレはもう寝る。また呼んだら話を聞かせてくれ」


 ビエルフィアを下がらせて、寝床の中で一人ぼんやりと考えた。

 五体のミイラと、夢の五人の男。

 そいつらは一体何者なのだろう。

 そして、金属の乗り物……ビエルフィアの夢とは――――。


 考えているうちに、いつしか眠りについていた。

 疲れがたまっているらしく、夢も見ずにあっという間に朝だった。

 目を覚ますと、なぜか周囲が騒がしい。

 幕屋の外に出ると、若い兵士が駆け寄ってきた。


「おはようございます、皇帝陛下」

「おはよう。どしたい?」

「あの、陛下、ビエルフィアは昨晩陛下のお傍におりましたでしょうか?」

「寝る前に帰ったぜ」

「左様でございましたか」

「何かあったのか?」

「早朝の演習を無断欠席し、以後も姿が見えないのです」

「ああん?」


 ビエルフィアがいなくなった。

 オレは何を言われているか分からなかった。

 昨日はあの後ビエルフィアに「早く寝て、何か夢を見たらまた知らせろ」と言って帰した。

 彼女は少し名残惜しそうな顔をしながらも、「お休みなさいませ」と言って幕屋を去ったのだ。

 あれきりいなくなったと言われても、起き抜けの頭では理由を考えようにも思いつかない。


 陣営の周辺の森は森閑として、夏鳥が縄張りを主張として鳴くのと虫の声だけが響いている。

 捜索に行かせるべきか。

 オレが迷っていると、ムリオッキが奥から出てきた。

 昨日と同じ服装のまま、一睡もできなかったような顔だった。


「陛下、ご報告申し上げます。東州の海上にてダーガーン族の捜索に当たっている中央政府軍及び南州軍の船が何者かに襲撃された模様です」

「襲撃……だと?」

「両軍合わせて七隻の船が沈み、行方不明者は多数。直ちに反撃したため敵は十数分で退散したとの事ですが……」


 東州の海上の船が襲われた。

 その知らせは寝耳に水だった。

 南州の州都が襲われる事は想定していた。

 アーガ族の襲撃地点の多くが南州に集中していたことから、その中枢が狙われるのは時間の問題という考えの下、要請があればすぐに救援に駆けつける用意もできていた。

 しかし、海上でダーガーン族の捜索をしている船は人道支援の最中だ。

 妨害されるいわれなどない。


「アーガ族の奴らか?」


 このタイミングではその可能性が高い。

 しかし、ムリオッキは否定した。


「襲撃したのは別の者と思われます。アーガ族の姿は目撃されていません」

「じゃあ誰なんだよ」

「私の見解ですが、セピア族の者の仕業でしょう」


 会場で襲われたのは、軍の上位の者たちが乗る大きな船ばかりだったという。

 それらは操縦システムを破壊され、夜の闇の中、真っ黒な波間へと次々に沈んだ。

 しかし、襲われた者たちが言うには彼らは襲ってきた者の姿をほとんど見ていないらしい。

 目に見えない敵に襲われ、海に叩き落された。

 そんな事を言っているというのだ。


「夜の闇の中とはいえ、船の中は明るい。そんな中で『見えない』などといわれるのは我が一族しかいないでしょう」


 ムリオッキはそう言って左腕を上げて見せた。

 一瞬のうちにその腕は透明になり、背後の森の風景に溶けていく。

 セピア族のみが使えるその能力。

 ムリオッキは続けて言った。


「恐らく、類人種への介入に反対する者たちの仕業です」

「介入だと?」

「アーガ族がトラブルを起こしている今、政府はダーガーン族への支援を決めた。保守的な者たちの中には必ず反発する者がいる。陛下も懸念されていた事です」


 一歩こちら側に突っ込んだ言い方。

 皇帝によるダーガーン族救援の命令を「人間でないもの」への余計な介入だという。

 ムリオッキのその無礼な物言いに、周りの者たちに緊張が走った。

 だが、オレは黙って聞いてやった。

 表面上従っているこの男の胸の中にこういう考えがあるのはもうとうに知っている。

 ここで「控えろ」と言っても今更なのだ。


「慈しみ深きノヴァ皇女様のご命令ですが、ここは我が軍の者たちの命を守るべきです。何者かはわかりませんが、大胆にも軍艦を標的にし、被害を与えようという賊どもです。甘く見るべきではありません」

「それがお前さんの考えか」

「はっ」


 ムリオッキは真っ直ぐにオレの目を見ていた。

 オレが反論しないと思っているのだろう。

 皇帝と言えど、軍事に関しては口を出しきれない事も多い。

 それが分かっていてこういう事をいうのだ。


 恐らく、奴はこの機会を待っていたのだと思われる。

 自分たちの嫌う類人種への支援。

 それで何か起きれば、こうやってここぞとばかりに強く出てやろう、と。

 しかし、ムリオッキのその考えはあまりにも子供だった。

 オレは大きく息を吸い、そして言った。


「大将ムリオッキ、一個謝らなきゃいけないことがある。お前さんが忙しくしてたんで、言い忘れてたんだがな」

「何でございましょう、陛下?」

「お前さんの上官がつい先日交代したんだわ。『中途採用』だから今のところノヴァのとこで研修させてるけど、そのうちガンガン現場に顔出すからそのつもりでな」

「は……」

「今回の救援活動はそいつへの『貸し』ってとこだな。自分の一族を助けてやる代わりに、全部終わったらこっちにもめいっぱい奉仕してもらう」

「で、ではまさか……!」

「そういう事だ」

 

 凍りつくムリオッキ。

 オレは「してやったり顔」を浮かべ、奴の肩を叩いた。

 こちとら腐っても皇帝。

 簡単にやられてやる様な優しい男ではないのだ。


「ここの仕事が終わったら宮殿で顔合わすだろう。名前はミガト、ったな。仲良くしろよな?」


 ムリオッキは開いた口が塞がらないような顔をしていた。

 そんな奴はとりあえず置いといて、オレは傍にいた者に対して指示を出した。

 やることはたくさんある。

 さぁ、忙しくなりそうだ。

 そんな予感がした。


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