【第十三話】 女剣士エクウス
剣に手をかける、なんだかやる気満々の女剣士。
周りがざわつく。
子供たちがおびえた表情を浮かべる。
これはまずい、止めなければ。
キトラは穏やかにお断りする言葉を模索した。
「いやでも、こんなところで良くないですよ……子供とかいっぱいいるし」
「丁度いい見世物になる。問題ない」
「いやいやいや! 問題なくないですって!」
「遠慮するな。そちらから先に来ても良いぞ」
「遠慮とかそういうのないですから!」
どうやら相手は少々「面倒くさい」タイプらしい。
上手く納得して断らないと剣を抜いてしまうだろう。
それはいろいろな意味で御免こうむりたい。
この展開をどうしたものか。
そう思っていると、バウアーとプラジアーナの声が聞こえた。
「キトラー! ケーキ買えたよ!」
「見ろよすげーでかさだぜ!」
そうだ。
オレは時間がない。
そう思ったキトラは、買ったものを掴むと、その場から逃げ出すことにした。
「すいません! オレ、急いでるんで!」
「あっ、こら貴様!」
「御縁があったらまた今度!」
そういえば、そろそろ一時間くらい経つ。
テェアヘペロが早く起きて待っているかもしれない。
キトラはプラジアーナとバウアーに向かって「帰るぞ!」と怒鳴った。
「遅刻したら置いてかれる! 急ぐぞ!」
「えっ、まだ平気じゃないの?」
「良いから走れ!」
後ろを振り向くと、案の定、さっきの仮面女が追いかけてきていた。
どうやら怒らせてしまったらしい。
その剣は鞘から抜かれていた。
「きーさーまー! 敵に背を向けて逃げ出すなどそれでも男か! その股間のものは風鈴か何かか!」
「なっ、藪から棒に何ですかソレ!」
「腑抜けが! 神妙に勝負いたせ!」
「に、逃げるぞ!」
キトラは何が何だかわからない様子のプラジアーナとバウアーを連れて逃げ出した。
剣を振り回す仮面の女を見て、市場の人々が悲鳴を上げる。
王宮前のターミナルまでは直線距離にして五百メートルほど。
ダッシュで逃げ切れない距離でもない。
その道を、キトラは必死に走った。
プラジアーナとバウアーもなんだか妙にでかい買い物袋を手に走ってついてきた。
「どうしたのよキトラ! 何で私たちがケーキ買ってる間に知らない人とケンカしてるの!」
「しかもあの人女? ものすごい下品な事言ってたぜ?」
「知らないよ! オレは一方的にケンカ売られたの!」
王宮前はエアカーの優先道路。
クラクションを鳴らされながら、三人はその車道を大きく横切った。
車通りに阻まれて追ってこられないか。
そう思っていると、仮面の女は幅二十メートルはあるかという車道を一気に飛び越え、こちら側に降り立った。
「うわぁあああ! 跳んだ―!」
「危ないではないか貴様ら! 車道への飛び出しは州法違反だぞ! ていうかさっさと止まれ!」
「すいません、ゴメンなさい、でも止まりません!」
「こんのイカレポンチがぁあああ! 根元からスパッとぶった切ってくれる!」
「またなんか下品なこと言ってるし!」
追ってくる仮面女は重い具足をつけながら、全く息を切らしていない。
まさに馬並みの体力だった。
キトラは走って走って、どうにか王宮の庭までやってきた。
そのまま天空船のターミナルに走り込む。
前方には離陸体制になった天空船。
そして、なぜか二十人ほどの人だかりができていた。
キトラはその中にテェアヘペロを見つけ、手を振って大声で呼んだ。
「テェアヘペロ! ごめ、遅れて、早く、り、離陸っ……!」
「まだ早いよ! ていうか、その人……!」
「しっ、知らな……うわぁっ!」
「うわっ、危ない!」
不意に何かに躓いた。
そこにあったのは、夜の飛行のための誘導灯。
悪い事に、転んだキトラに躓いてプラジアーナとバウアーまでもが思い切りつんのめった。
身体全身を思い切り地面に叩きつけられ、痛みが走る。
キトラが顔を上げると、真上から馬の仮面が見下ろしていた。
「……貴様ら、コメディアンのようなこけ方をするな」
「う、うわぁあああ……!」
「エクウス、そのくらいで勘弁しておあげなさい」
人だかりの中から張りのある女の声がした。
そこにいたのは、真っ白なコートに身を包んだ女。
琥珀色の瞳に、長い睫毛。
白い肌にはやや皺が刻まれているが、それでも凛とした美しさを湛えている。
艶やかな黒髪は三つ編みに編まれ、右肩に垂らされている。
仮面の女はその足元に跪いた。
「申し訳ありません、ネイリア様」
「全くもう、この子ったら。今度おイタが過ぎたらその剣は没収ですよ。いいわね?」
「はっ」
皇后、そして北州の女王であるネイリア。
宮殿にあった肖像画や商店で見た写真よりも若干年を取っていたが、まさに本人であった。
キトラやプラジアーナも慌ててその場に跪く。
女王はそのぎこちない様子を見てクスクス笑った。
「良いわよ、楽にして。膝を見せなさい」
「こ、皇后陛下……あの」
「あらあらこんな擦りむいて。すぐにきれいにしましょうね」
ネイリアはキトラの頬に触れた。
出血して傷む頬に優しい手の感触。
すると、痛みが嘘のように消えてなくなった。
「あ……」
「おまじないよ。もう痛くないでしょう?」
女王は同じようにしてキトラの膝にも触れた。
水のように溶けてなくなる痛み。
おまじない、というよりもむしろ魔法のようだとキトラは思った。
「そっちのお嬢さんたちは大丈夫かしら?」
「は、はい陛下」
「テェアヘペロ、出発を一時間延長なさい。ちょっと話があるの」
女王はキトラ達を宮殿に招き入れた。
宮殿は大理石で作られ、どこもかしこも白い。
だが中に入ると、そこはやさしい飴色の光に包まれていた。
光の正体は、天井に吊るされたシャンデリア。
キラキラ光るクリスタル部分は赤の砂漠で産出されるあの赤い宝石でできていた。
キトラ達が案内されたのは食堂。
女王はコックに命じて、キトラ達が市場で買ったものを王宮の食材でアレンジして食事を用意してくれた。
そして、自分も同じ食卓についた。
「こんなににぎやかな食卓は久しぶりよ。このところずっと忙しくて、帝都に帰っていなかったものだから一人じゃご飯がおいしくなくって」
「皇后陛下とお食事できるなんて、光栄です」
キトラがそう言うと、女王は嬉しそうな顔をした。
テェアヘペロも皇后と食事する経験はなかったらしく、緊張した顔をしている。
同席する事を許されていないのか、仮面の女エクウスの姿はなかった。
暫く歓談して場が和んだ後で、女王は口を開いた。
「朝早くね、ノヴァから連絡があったのよ。若い人たちがテェアヘペロと一緒にそっちに行くから、助けてやってくれって」
「そうでしたか……皇女が」
「コゴミの街での話も聞いたわ。たくさんの人を守ったそうね」
女王はキトラ達の活躍をノヴァ通じて既に知っていた。
どうやら「アーガに襲われた街の住民を救った者たちがいる」という話が噂となって世界中を駆け巡っているらしい。
特に炎を纏ってアーガの群れを蹴散らしたプラジアーナの話はかなり有名になっていた。
「炎を操るピスカの娘は、あなたね?」
「は、はい」
「あなたの力を見せて欲しいわ。良いかしら?」
「え、えっと……どうしたら」
「あそこの暖炉に火を」
女王は昨シーズンの古い燃えさしがそのままになった炉の中を指差した。
プラジアーナは一礼して、暖炉の前に立った。
そして指先を僅かに擦り合わせると、難なく火を起こして見せた。
赤々とした炎が上がり、部屋の中には松の木が焦げる匂いが広がった。
女王はプラジアーナの顔を見て、深く頷いた。
「ありがとう。これで納得したわ。ノヴァが言っていたの。プラジアーナさんは恐らく、私と同じような人間だって」
「私が……皇后陛下と?」
「そうよ。これをごらんなさい」
ネイリアはそう言うと、左の袖を肩まで捲って見せた。
そこにはプラジアーナと同じ銀色の腕輪。
「J‐3092」という文字が刻まれていた。
プラジアーナは驚きの表情を浮かべた。
「これはね、私のお母様の家系に伝わるものなの。そして、私の次の番号である『J‐3093』は次期皇帝になる娘のノヴァが継いでいるわ」
「皇女もこの腕輪を……」
「代々、一番上の女の子が継いでいくものなんだけど、プラジアーナさんの家もそうじゃない?」
「全く……同じです」
「あなた、南州軍のミイレンさんていう方とお話ししたでしょう?」
ネイリアが言うには、ミイレンも同じ腕輪を所有しており、「J‐2869」の文字を継いでいるという。
ミイレンはキトラ達に内緒でプラジアーナを呼び出し、腕輪の話をしていた。
その事が後日ノヴァに伝わり、ネイリアの耳にも入ることになったのだ。
腕輪の所有者がこれでネイリアを入れて四人。
驚くキトラ達の顔を見て、ネイリアは穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、今度は私の力を見せてあげましょう」
女王は赤々と燃える暖炉の火に向かって手を翳した。
すると、火はみるみるうちに小さくなり、煙も立たなくなった。
そして燃えて黒くなっていた松の木片がじくじくと水気を帯び、そこから緑の芽が伸び、あっという間に若い枝となって暖炉から突き出した。
まるで時間を巻き戻すかのような現象。
部屋にいた者たちは言葉を失った。
「再生能力よ。物でも人でも細胞でも、少しでも生きる力が残っていれば私はそれを助けてあげる事ができるの」
「では、さっき陛下に見ていただいた傷は?」
「もう跡形もないでしょう。後ろの鏡を見てごらんなさい」
キトラが部屋の姿見を振り返ると、怪我をしたはずの頬には何も残っていなかった。
ネイリアに触れられ、嘘のように消えた痛み。
だが、女王が消したのは痛みだけではなかったのだ。
この力で今までに何人もの命を救った。
ネイリアはキトラ達にそう言った。
「でもね、私にも助けられない人もいるわ」
女王は悲しげな表情を浮かべた。
「私の子供たちは、森に入って心を病んでしまった……特に一番上の子はもう外に出るのすら怖がっているわ。あんなに頼もしいお兄ちゃんだったのに」
「皇后陛下……」
「ノヴァも本当はとてもショックを受けているはずよ。あなたは傍で見てたから分かるわね、テェアヘペロ」
テェアヘペロは深く頭を下げた。
まだ幼いノヴァ皇女。
兄たちの身に起こったことは相当なショックだったに違いない。
しかし、その事を全く顔に出さず、皇帝代理として職務を続けているのだ。
それはノヴァがただ、たまたま天才に生まれたからできる事だと周囲の者たちは思っている。
偉大なる皇帝ガイオスと女王ネイリアの子だからだ、と。
だが女王はそれは違うと言った。
「あの子にもね、『力』が備わっているんだと思うの。私たちと同じように」
「ノヴァ皇女にも、ですか?」
「言葉を話し始めた頃には私たちが教えていないことまで知っていたり、やったことがないはずの礼儀作法が完璧だったり……そうとしか考えられないの」
さらに、ノヴァには「人の心を読む能力」が備わっているとネイリアは言った。
その人物を前にすると、相手が嘘を言っているのか本当の事を言っているのか、ノヴァにはすぐに分かってしまうのだ。
キトラはそれに心当たりがあった。
先日、謁見の間でミガトがノヴァの前で話をした際、ノヴァはミガトが自分の本心を隠している事を見抜いた。
「親としては……かわいそうだと思う事も多いのだけれどね」
ネイリアは複雑な表情を浮かべた。
人より天才に生まれ、幼くして大人の世界が分かってしまうとはどういうことか。
幼い皇女には他人には分からない苦しみがあるのだとネイリアは言った。
「皇帝の代理の話も、本来ならば私がやれば良い話なの。北州は大臣や議会の議長に任せれば留守にしても何とかなるわ。それでも若いあの子が皇帝の代理をするのは……あの子のためなのよ」
「皇女のため?」
「私達には分からない感覚なのだけれど、あの子は何もしていないと、早すぎる知能の発達に押しつぶされてしまうのよ」
天才に生まれついた苦悩。
凡人のキトラ達にはよく分からない話だった。
プラジアーナは女王の話を聞きながら、自分の腕にはまった銀の腕輪をずっと触っていた。
アルファベットと数字が入った銀の腕輪。
それをはめていたのはプラジアーナとネイリアだけではない。
ハシダテ集落で見つけたあのミイラ。
そこから血を継ぐ者と、彼女らが持つ特殊能力。
これらが意味するものは一体何なのだろうか。
出発の最終確認が終わり、一行は再び船に乗り込んだ。
バウアーが船に酔いやすいらしく、ここまで来るまでに気分が悪くなったと言ったため、キトラが場所を交換する事にした。
操縦席にテェアヘペロ、隣にバウアー。そして、その後ろにキトラとプラジアーナ。
さらに、もう一人メンバーが増えた。
あの馬の仮面の女剣士、エクウスである。
彼女を連れて行けと言ったのは北州女王・ネイリア。
その理由は、エクウスの「出自」であった。
「この子は荒っぽくて少々至らない点の多い娘ですが、剣の腕は確かです。必ずや皆様のお役にたつでしょう。さぁエクウス、仮面を脱いでご挨拶なさい」
エクウスは女王の命令に従い、仮面を脱いだ。
現れたのは艶やかな黒い肌と、カラス貝の光沢を持つ大きな巻角。
その瞳は大きく、金色に輝いていた。
見たこともない種族の容姿にキトラが戸惑っていると、テェアヘペロが「アーガ族の女の人ですね」と言った。
「体格がいいのでもしやと思っていましたが、お顔を隠されていたのはそういう事ですか」
「アーガ族って、でも男のアーガ族と顔が全然……」
「女の人はほとんど森の外に出ないから、キトラ君が知らないのも無理はないよ」
エクウスは女にしてはガッチリした体型だ。
だが、アーガ族の戦士たちに比べれば遥かに華奢で、背中には翼もない。
思わずまじまじと見てしまっていると、エクウスはキトラを見て怪訝な顔をした。
「いやらしい奴だな、そんなにじろじろ見るな」
「あ、ご、ごめん。なんか、意外に綺麗な人だったから驚いちゃって」
「なっ! 意外にとは何だ! 貴様、斬って捨てるぞ!」
「エクウス! すぐにカッとなるのはおやめなさい!」
「申し訳ありません、女王陛下」
エクウスは女王に一喝され、その場に大人しくなった。
だが、どうやら本気で怒った訳ではないらしい。
キトラが改めて謝罪し、手を差し出すと素直に握手に応じた。
「からかうつもりはなかったんだ。オレはキトラ。これからよろしく」
「……エクウスだ。これから世話になる」
「じゃあ、行こう」
飛び立った天空船を、女王ネイリアはいつまでも見送っていた。
プラジアーナの隣になったエクウスは彼女の質問攻めになっていた。
どうやらエクウスは孤児で、アーガ族に知り合いはいないようだった。
「私はアーガ族に捨てられた子だった。州境の警備兵に拾われて、ずっとルーデンスの家で育ったんだ。だから、角が生えてくるまでは自分を色の黒いルーデンスだと思っていた」
「そうだったの。女王様に仕えるようになったのはいつから?」
「八つの頃からだから、十五年だな。最初はメイド見習いとして働いていたんだ」
十歳の頃に額にしこりができ、医者に見せると角のようなものが生えてきていると言われ、エクウスがアーガ族であることが判明した。
通常、類人種が王宮に仕える事は許されない。
エクウスはすぐにクビになることが決まった。
しかし、それを聞きつけたネイリアはメイド長を咎め、エクウスを自分のところへ呼んだ。
「私は小さい頃から力が強く、ネイリア様はその事を知っておられた。だから私に、その特性を生かした道に進みなさいと言ってくださったんだ」
「特性を生かした道って、それが剣士だったの?」
「ああ。正確には軍人見習いだな」
エクウスが幼い頃、北州には名高い女将軍がいた。
彼女は女王の話を聞き、エクウスを養女にした。
女将軍は幼いエクウスを連れ歩き、剣術と共に軍人としての生き方を教え、厳しく教育した。
「エクウス」というのも、元々彼女の名だった。
エクウスが十八の頃、女将軍は軍を引退し、エクウスに自分の名前と使っていた甲冑を授けた。
そして、女王の傍に仕える者として再び王宮に送り出したのだ。
「義母上はネイリア様に仕えるため、結婚もせずに王室に尽くした。私もそうするつもりだ」
「厳しいのね、軍人さんて」
「それくらいでなければ女が将軍になどなれないからな。まぁそれに、大概の男どもは私を怖がって近づかんし」
エクウスはちらりとキトラの方を見た。
キトラは何も言えず、ただ笑って返すしかなかった。
確かに、エクウスにはただの女にはない覇気がある。
だがそれは決して、男性的な「怖さ」ではない。
女王や女軍人といった者のもつ、「迫力のある美しさ」なのだ。
例えば、あの南州陸軍大佐ミイレンや女王ネイリア、そしてリンも同タイプである。
きっとよほど自分に自信のある男か強い女が好きな男しかエクウスには近寄ろうとしないだろう。
キトラはそんな事を思った。
「けど、軍人が二人もいるのは心強いな」
助手席のバウアーが顔を出した。
親の名を継いでいるのはバウアーも同じ。
彼はエクウスに親近感を持ったようだった。
「もちろんキトラやプラジアもかなり強いけどな。軍人はいろんなことに慣れてそうだし。テェアヘペロしかり」
「どういう意味だいバウアー君?」
「男女のイチャコラを間近で見ても何とも思わないとか、並の心臓じゃないだろ。まぁ、男としてはどうかと思うけどなぁ」
「別に、僕は不感症な訳じゃない。プロ意識がそうさせるのさ。いざとなったら僕だってオスの本能バリバリで獣になれるよ」
「おー? 顔に似合わないこと言っちゃって」
「二人ともー、女子が二人もいるんですけどー?」
「イテェよキトラ! 耳引っ張んなって!」
「まぁ、確かに場馴れはあるかもしれないな」
下品な話をし始めた前列の二人をキトラが小突いていると、エクウスは笑いながら腕を組んだ。
「テェアヘペロ殿は知っておられるだろうが、北州は最近特に反政府勢力の動きが活発化している。その対策が忙しくてな」
「反政府勢力?」
「放っておけばクーデターや何かを企てる様な過激派だ。だからむしろ、うちのほうではアーガ族の騒ぎよりもこのあいだの地震のことや反政府ゲリラの対策のほうが問題なんだ」
「確かに……半年前まではしきりに帝都でも話に上ってたな」
「公にはしていないが、今年に入ってから私もネイリア様の身辺で何人か斬った。だからできればネイリア様には北州ではなく、帝都にお戻りになり、皇帝陛下やご家族の傍にいていただきたいんだ」
この世界は、皇帝を頂点に置いた絶対君主制で成り立っている。
皇帝の命令で法律がつくられ、皇帝の命令で罪人が裁かれる。
そんな体制に反対する者は少なからず存在する。
彼らの主張は一様ではない。
民主政治を唱えた思想家のもとに集まる者たちもいれば、宗教を根拠に「真の支配者」を祭り上げようとする者たちもいる。
だから常に争いは絶えない。
エクウスの腕には既に塞がった傷がいくつもあった。
「まぁ、ゲリラどもは森のアーガ族ほど勇敢ではないからちょっと脅せばすぐに逃げてゆく。蹴散らせば済むことなのだがな。キトラ、貴様はアーガ族の戦士と戦ったのだろう?
あいつらは強かったか?」
「強いよ、すごく。武器も持たないのに、全然怯まずに向かってくるんだ。すっごい力だし、空からくるしね。あんな怖い相手はいないよ」
「フフ、そうか。それは楽しみだ」
同じ種族と戦うことに抵抗はないのだろうか。
クク、と喉を鳴らし、エクウスは不敵に笑った。
相手にとって不足はない。
そんな表情だった。