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【第十二話】 北へ

 

 この世界で航行している「船」には三種類ある。

 一つは海や川、湖などに浮かぶ水上船。

 これは最も古いタイプの船と言われている。


 二つ目が砂の上を走る陸上船。

 動物に引かせて進むタイプが主で、主に赤の砂漠で使われている。


 そして三つ目が空をゆく天空船である。

 発明されてまだ百年くらいしか経っておらず、最も新しいタイプの船だ。

 動力は主に風や空気で、離着陸時、もしくは加速時にのみ化石燃料を使ってエンジンを起動させる。


 キトラはうろ覚えの知識を引き出しながら目の前の大きな船を見上げた。

 皇帝専用の大天空船。

 ミイレンが乗せてくれた南州軍の船の倍はあった。

 その周囲にはまだ足場が組まれ、ところどころにシートが張られている。

 まだ組み立てている最中なのだとテェアヘペロが言った。


「部品をあっちこっちの優秀な職人に作らせて、一気にここで仕上げてるんだ。もう少し明るくなったら作業員が出勤するはずだよ」

「そっか、まだ朝早いのか」

「僕もいつもなら寝てるよ」


 テェアヘペロは大きな欠伸をし、目薬をさした。

 朝起きて、キトラ達が連れて来られたのは宮殿から二キロほど離れた場所にある皇帝専用の空港。

 丈の短い草がびっしりと生えた大地に、何十隻もの船が並んでいる。

 出発時間を待つ間、プラジアーナやバウアーは興味津々で見学していた。

 特に、職人であるバウアーは船の細工や構造が気になって仕方がないらしい。

 これから危険な旅に出るのも忘れた様子で大はしゃぎしていた。


「あっちにすげえ船があったぜキトラ! あれ、きっと皇帝のプライベート船だ!」

「どこまで行ってきたの?」

「ん? プラジアに抱っこしてもらって、空港内を空から一周」

「だ、抱っこ?」

「あいつ見た目に寄らずすごい力あるよな。オレ、けっこう重いのに」

「いや、重いとかじゃなくて抱っこって」

「まだ時間あるわよ、バウアー。この大きい船、もう一回じっくり見て来ましょ?」

「おう!」

「おう、って! えええええ?」


 はたで見ているとかなりおかしな構図だが、二人ともあんまり気にしていないらしい。

 プラジアーナはバウアーを横抱きにすると、大きな翼を広げて空へ舞いあがった。

 オレンジ色の羽が陽光に陰る。

 その様子を、テェアヘペロは口をあんぐり開けて見ていた。


「あの子、ピスカ族だよね? 随分たくましいな」

「あはは。強いよ、プラジアは。ミガトから聞かなかった?」

「一応聞いたけど……炎を操るんだっけ」


 プラジアーナは強い。

 男を一人抱えて飛び回るくらいで驚いてはならない。

 紅蓮の炎を操り、百人のアーガ族を相手にしても決して怯することなく戦う力。

 その戦闘力は、恐らく南州軍全部の兵力にも匹敵するだろうとミガトは言っていた。

 そんなピスカ族はこの世界に恐らく二人といない。


「キトラ君」

「何?」

「彼女、今回の事が終わったら皇帝陛下に仕えてくれないかなぁ」


 テェアヘペロはぼんやりとそんな事を口にした。

 同じような事はミイレンも言っていた。

 軍に関わる者にとってプラジアーナはどうやら、かなり大きな即戦力に見えるらしい。

 きっと、彼らにはプラジアーナが若い娘ではなく、火炎放射器か何かに見えているに違いない。

 キトラは心の中で笑った。


「軍人か……プラジアに向いてるかな。テェアヘペロの期待通りに行くかは分からないよ?」

「そんな事ないって。それに軍がだめなら護衛として仕えてもらってもいいと思うよ。皇帝陛下か、皇后様かもしくは、ノヴァ様に。まだ彼女がどんなことができるか分からないけど、聞く限りすごい子だもんね」

「プラジアが陛下に? 大げさじゃないかなぁ」

「多分、そうした方が良いと思うよ。給料もきっと、僕の倍は貰えるはずだ」

「いや、でも」


 プラジアーナはそんな気はないんじゃないかな。

 キトラがそんな事を言おうとしていると、整備係がテェアヘペロを呼んだ。

 天空船の準備ができたらしい。

 大きな船のマスト付近をふらふら飛んでいたプラジアーナ達を見つけて大声で呼び、呼ばれた方へ向かう。

 そこにあったのは、小さな五人乗りの船だった。

 どうやら操縦はテェアヘペロがするらしい。

 傍らにはミガトが立っていた。


「テェアヘペロ殿、キトラ達を頼みます」

「こちらこそ。ノヴァ様をよろしくお願いします」

「はい」


 二人は固い握手を交わす。

 ミガトはまだ、少し不安げな顔をしていた。

 キトラは彼に近づき、その肩を叩いた。


「絶対大丈夫。オレも応援してるから」


 そう言うと、ミガトは無理やりに笑顔を見せた。


「お前にそう言われては、頑張るしかないな。お前やプラジアーナが無事に帰ってくるのを待っている」

「うん。またね、ミガト」

「キトラ」


 ミガトはキトラの額に手を当て、何かキトラの知らない言葉で呟いた。


「サン・テ・ダリア・ノ・エレ・エレ・メウサリード」


 ダーガーンの祈りの言葉だという。

 戦士を戦いに送り出すときのまじないなのだとミガトは言った。


「これで大丈夫だ。お前達は無事に帰ってくる」


 ミガトに背中を押され、キトラは船に乗り込んだ。

 後部の二席にプラジアーナとバウアー。

 キトラは助手席に座り、テェアヘペロの隣についた。

 エンジングリップをMAXまで回し、点火。

 静かな動作音と共に船体が浮き上がる。

 左右のウィングロックを解除すると、船の脇にたたまれた翼が広がり、しなやかに空気を叩く。

 キトラは窓から、ミガトや見送りに来た者たちに手を振った。


「じゃ、上がるよ!」


 テェアヘペロが操縦桿をゆっくりと手前に引く。

 船体が大きく揺れ、一気に上昇する。

 体が浮き上がる感覚と、胃を押しつぶすような重力。

 大きな船に乗った時にはない感覚に、キトラは思わず目を瞑った。


「適正温度帯確認、高度七〇五六、誤差はマイナス二十九……よし、こんなもんか」


 後部に摘んだ荷物がゴトン、と音を立てる。

 振り返ると、バウアーがプラジアーナにしがみ付いて固まっていた。

 船は左右に二度大きく振れた後、ようやく安定飛行に入った。

 操縦桿を固定し、自動操縦に切り替えると、テェアヘペロはふう、と息を吐き出した。


「ごめんね、みんな。酔っちゃったかな?」

「オレとプラジアは何とか……バウアー大丈夫?」

「な、何か胃がひっくり返りそうな感じだ……」

「朝は空気が冷えてるからこうなるんだ。もうこの後は揺れないから大丈夫だよ」


 外を見ると、そこは雲の上だった。

 青空の下に、見渡す限り雲の海が広がる。

 飛行ルートは帝都から東州の上空を通って海の上を飛び、北の大森林の西にあるギヨナ村を目指すコース。

 景色を見ながら飛ぶうちに、酔いかけていたバウアーも落ち着いたようだった。


「すごいな、雲がこんなにびっしり。あ、でもプラジアはいつも見てんのか」

「私が住んでるところは砂漠の真ん中だから、こんなにすごい雲はないわ」


 プラジアーナが飛び慣れている砂漠の乾いた空。

 生まれ育った集落の辺りとは全く違った風景に、彼女も興味を持ったらしかった。

 おもむろにドアを開けると、プラジアーナはそのオレンジ色の翼を広げて飛び立った。


「ちょっと! 何やってんの!」


 操縦席のテェアヘペロが慌てて声をあげた。


「止めなよキトラ君! 外は氷点下だよ! 空気も薄いし……! いくら飛べるからって危ないよ!」

「平気だよ。ほら、見て」


 赤い炎の球体が雲の塊を突き破り、眼下で跳ね上がった。

 完璧なバリアである。

 プラジアーナは気持ちよさそうに真っ白な海を泳いでいる。

 空の高い場所は地上では考えられないほど冷えている。

 防寒なしに身一つで空に行けば、寒さで死んでしまうほどの寒さだ。

 だが、炎に守られたプラジアーナにとっては全く問題ないようだった。

 テェアヘペロは驚きのあまり息が止まってしまったかのような顔をした。


「飛べるって、すごいよな」


 後部座席でバウアーが呟いた。


「オレ達なんもないもんな。翼があったらって、いつも思うよ」

「そうだね」


 キトラは額に手をかざし、朝日の中を飛ぶプラジアーナを見た。

 翼を降ろし、空を捨てたピスカ族は多い。

 一度、友人の翼のないピスカに「もったいないんじゃないの?」と聞いて、「お前は翼の手入れの大変さを知らないからそんな事が言えるんだ」と予期せぬ怒りを買ってしまったことがある。

 だが、それでも自分の力で飛ぶことのできないキトラは大空を自由に泳ぐことのできるピスカに羨望を覚えずにはいられなかった。

 そう話すと、テェアヘペロは苦笑いした。


「ピスカには多分、君たち純粋なルーデンスを羨ましく思っている人が多いよ」

「え?」

「ルーデンスが多分、この世界で一番自由な人種だからさ」


 キトラは子供の頃、「一番体の特徴が少ないのがルーデンス族です」と教わって育った。

「一番何も持っていないのがルーデンスです」と教える大人もいた。

 だからキトラは、他の種族が羨ましかった。

 ピスカには美しい翼が、クウォールには冬でも寒くないふわふわの毛皮が、そしてセピアには空気に溶け込んで透明になることができる特殊な皮膚がある。


 でも、ルーデンスには何もない。

 しかも、子供の頃は勉強の成績ではピスカに負け、運動では身軽なクウォールに負け、遊びでは勘のいいセピアにしてやられた。

 何もないからこそ良い事もあるのだと知ったのはもう少し大人になってからだった。


 将来の進路を決めるに当たり、他の種族には比較的制限が出てくる。


 体の弱いピスカ族は体力を必要とする仕事ができず、クウォールは「製品に抜け毛が入る」という理由で飲食業界からは嫌がられる事がある。


 身体を透明にできるセピアは試験の際などに密かに盗み見を行うことができるため、大学や企業の入社試験で他の種族よりも厳しい課題を与えられることが多い。


 その点、ルーデンスは楽に世を渡っていくことができる。

 生き方の制限も比較的ない。

 努力さえすれば何でもできる。

それが唯一通用するのがルーデンスなのだ。


「まぁ、みんなないものねだりで生きてるから仕方がないんだけどね」


 テェアヘペロは茶色の耳を伏せた。

 ルーデンスとクウォールのハーフである彼。

 自分にもいろいろあったのだと、何も言わぬ横顔が語っていた。


「持つ者の悩みと持たない者の悩み……人は誰でもこの事から逃れては生きていけないんだ」


 暫く経って、プラジアーナが外からドアを叩いた。

 風に乗って潮の香りが吹き込む。

 どうやら下は海で、プラジアーナは「花の海の上を飛んだ」と興奮気味に話した。


「すっごいの! 海の上が一面真っ白の花畑なのよ! ミガトが言ってた通りだわ!」

「本当?」

「じゃあ、海面近くまで下りてみようか。みんな、安全ベルトを着けて」


 テェアヘペロは船体を大きく傾け、旋回しながらゆっくりと高度を下げていった。

 雲を突き抜けると、そこにはプラジアーナが言った通りの風景が広がった。

 穏やかな凪の上に広がる真っ白な花畑。

 あれがミガトの話していた海に花開く「フラワーケルプ」の群生に間違いなかった。

 天空船が近づくと、そこから驚いた水鳥の群れが飛び立った。


 目を凝らすと、花畑には半身を水に浸かり、大きな籠を海面に浮かべて花を摘む人々が見える。

 恐らく、あれがダーガーン族なのだ。

 もっと沖の方に目をやると、数隻の海船が西へ向かうのが見えた。

 テェアヘペロがそれを、東州の船だと言った。


「ノヴァ様の命令で捜索隊が動き始めたんだ。きっとそうだよ」


 ミガトの思いがようやく叶ったのだ。

 キトラは早くこの海にいなくなった人々が戻ってくる事を祈った。

 海を越えると、見えてきたのは連なる山々、そしてその向こうに広がる深い森だった。

 森には霧が立ち込め、濃い雲となって覆いかぶさっている。

 北へ行くほどに濃い緑になり、遠くは黒く見えるほどだ。


 まさにそれは、北に広がる緑の海。

 飛行機は早くも「北の大森林」に近づいたのである。

 森は地平線の彼方まで続く。

 テェアヘペロは天空船を森の端に沿って進めた。


「これ以上森に近づくと危険だからね。アーガ族の見張りがいるんだ」

「皇帝陛下の、三人の皇子が行ったのはこの辺り?」

「もう少し先だよ」


 森を北に見ながら、テェアヘペロは進路を市街地の方へと逸らした。

 上空からでは分かりづらかったが、この周辺は地震が起き、かなり家屋が倒壊した場所だという。

 恐らく、皇帝が視察に訪れているのはこの辺りだ。

 そう思っていると、テェアヘペロが前方を指差した。


「あそこ、見て。分かる?」

「森?」

「森の一部が陥没してるでしょ」


 キトラは双眼鏡を取り出し、言われた方角を見た。

 茶色い地層が露出し、高い木々が無残に倒れている。

 旋回してみると、その奥までもがはっきり見えた。

 森林に大きく穴が開き、その中心が真っ黒になって焦げている。

 その規模、直径にして少なくとも二キロメートルはあった。

 明らかにそこは大爆発の起きた場所だった。


「これ以上近づくのは危険かも。行こう」

「惨いな……なんか」

「僕も画像でしか見てなかったけど、こうやって見ると痛々しい光景だね」


 豊かな森林が突如として抉られ、大きく口を開いた大地の傷。

 遠くに目視する事はできても近づくのは無理なのだとテェアヘペロは言った。

 皇帝に派遣された皇子たちは陸路でその爆心地への接近を試み、怪現象によって三度も撤退を余儀なくされた。

 それ以降、怖がって近づく者はいない。

 後部座席を見ると、プラジアーナが何だか青い顔をしていた。


「なんか……すごく怖い」


 プラジアーナは両手でぎゅっと自分自身を抱きしめた。

 その身体は僅かに震えているようだった。


「何だかわからないけど、あそこに近づいたらすごく大変な事が起きる気がするわ」


 天空船はギヨナ村に着く前に一度、燃料の補給のために州都に降り立った。

 州都の外れには森を背に、大きな白い建物が建っている。

 帝都の宮殿によく似たその建物は、皇帝の妃であり、ノヴァ皇女らの母である北の州王が住む王宮だという。

 その前庭から少し奥まったところには天空船の停泊するターミナル。

 テェアヘペロがそこに船を降ろすと、待っていた北州の兵士たちが集まって来た。


「お待ちしておりました、テェアヘペロ様」

「久しぶりだね。燃料の補給、どれくらいかかるかな」

「ギヨナまではまだ遠いです。満タンにするには二時間くらいかかります」

「そっか、じゃあけっこう寝れるな」


 テェアヘペロはそう言うと大きな欠伸をした。

 まだ昼前である。

 だが、操縦担当には休憩が必要だった。


「キトラ君、僕疲れたからちょっと寝かせて。時間あるから街に出て、ご飯買ってきてほしいな」

「分かった。三〇分前には戻るよ」

「携帯の通信端末は持ってってね。何かあったら呼ぶから」


 キトラはプラジアーナとバウアーと一緒に州都の散策に繰り出した。

 今は夏だが、州都は肌寒かった。

 そこで三人は衣料品店に入り、コートなどを買い込むことにした。

 旅費についてはノヴァ皇女、そしてミイレンも軍費からいくらか用立ててくれていた。

 だが、この街の物価の高さはキトラ達に衝撃を与えた。


「ものはよさそうだけど、靴とか帝都の倍くらいするね」

「コゴミとくらべるとそんなもんじゃないぜ、キトラ。少なくとも五倍だ」

「どうする? キトラとバウアーは買うの? 私正直、地元に帰ったらコートとか使い道ないんだけど……」

「ごめんねぇ、お客さん。北州は税金が高いんだよ」


 ぶつくさ言いだした三人に対し、店主の女は苦笑いだった。

 年を取ったクウォール。

 北国出身の女クウォールらしく、帝都にいる者よりも長い毛をしていた。


「住民の医療費とか、あとは大学までの学費を全部タダにしてるからね。あたしらは承知してるけど、よそから来た人はみんなびっくりするよ」

「そういえば、北州は皇后陛下が王なんですよね」

「ネイリア様ね。ここだけの話、たまーにお忍びでこの店にも来てくれんのさ」


 現皇帝の妻、皇后ネイリア。

 六人の子供を産んでなお北州を率い、皇帝を支える精力的な女性である。

 店の奥には、店主夫妻と子供たちがネイリアと一緒に写る古い写真があった。

 ふわふわの茶色い一家に囲まれている写真の皇后はやはり、ノヴァによく似ていた。


「これは、お祭りの日の写真。街に出てね、運が良ければこうやって子供と一緒に写ってくださるのさ」


 皇后はやはり、皇帝キオスと同じく気さくな人物らしい。

 店で買い物を済ませると、三人は店主に勧められた市場マーケットに行ってみることにした。

 新鮮な果物や野菜、そしてパンやケーキなどが比較的安く買えるという。

 市場は祭りの日のような賑わいで、たくさんの買い物をする市民や大道芸を行う者もいた。

 荷物運搬用のエアカーの荷台を大きく開き、野菜や果物を並べているのは周辺の村や町からやってきた農民である。

 プラジアーナやバウアーは、やはりここでもはしゃぎ始めた。


「すっごーい! いつも行ってる市場はこんなにいろんなもの売ってないわ!」

「キトラ、この農具、園芸用なのにめちゃくちゃいい鋼使ってるぜ! コゴミじゃ武器にしかしてないのに!」

「そ、そうなの? オレには分からないけど……」

「あっ、あのケーキ美味しそう!」

「あ、プラジアーナ、オレも食う!」

「こっ、こら勝手に行くなってば!」


 キトラは走って行ってしまった二人を慌てて追いかけた。

 気分は家族サービスをする休日の父親である。

 ケーキの屋台には長い列ができており、キトラが自分とテェアヘペロの分の食料を手に入れた後もまだ列に並んでいた。

 暫く戻ってこないだろう。


 キトラは二人が買い物を終えるまで近くのベンチで待っていることにした。

 日が昇ってくるにつれて、だんだん温かくなってくる。

 子供たちはキトラを見て、指差してしきりに何か言っていた。

 どうやら背中の双剣が気になったらしい。

 大人たちもチラチラとキトラを見ては、ひそひそと何か囁き合う。


 確かに、御禁制の武器を堂々と携帯する者は珍しい。

 皇帝の公認印が入っているが、これがなければただの危険人物である。

 こういう場所ではしまっておくべきか。

 キトラがそう思っていると、誰かが声をかけてきた。


「そこの男、貴様は軍人か」

「えっ?」

「皇帝の印を持つ貴様だ。軍人かと聞いておる」


 振り返ると、馬の顔を模した覆面をした人物が真後ろに立っていた。

 その腰には一振りの剣。

 鞘にはコウモリの翼を持った逆さまの龍のエンブレム。

 北州の印章があった。


「一応……身分上はそういうことになるかと思いますがね」


 キトラは自信がないままに答えた。

 許可された武器を持って、皇帝代理のノヴァの許可を受け、南州軍のバッジをもらって動いている。

 立ち位置は複雑だが、公式にはそう名乗ってよいような立場である。

 それを聞くと、馬の覆面の人物はおもむろに腰の剣に手をやった。


「相当の使い手と見た。ぜひ、手合わせを願いたい」

「え?」

「案ずるな。時間は取らせぬ」


 仮面のうちに籠ったその声は落ち着いているが、トーンが高い。

 明らかに女だった。


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