表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/32

【第八話】 謁見

【第九話 謁見】


 とうとう皇帝に謁見するその日がやってきた。

一行はまだ暗いうちに出発し、南州軍の天空船で向かうことになった。

 キトラ達が乗り込んだのは中央のメインデッキで、窓から船の大きな翼が見える位置だった。


 硬質の樹脂素材でできた船の翼は気流や風の強さに応じて形が変わる仕組みで、右ウィング・左ウィングそれぞれに二人ずつの操縦士がいる。

 四人の操縦士はそのポジションが専任で、船尾近くにいる舵を担当する操縦士とあわせて「副操縦士」とも呼ばれる。

 彼らは船の先頭部にいる「船長」や「第一操縦士」と呼ばれるリーダーの指示に合わせ、息を合わせて船を動かす。

 これは巨大な天空船に見られる特徴で、小型の天空船の操縦は全部一人ですることが多い。

 キトラはメインデッキの小窓から操縦士たちが真剣な表情で操作を行っているのを見た。

 人一人がようやく体を収める事ができる小さな椅子に座って少しも乱れもなく機械を操る様は、まるで操縦士自身が船の一部になってしまったかのように見えた。


 軍用の天空船は旅客用の船よりも少しシャープな作りで、天井が低くなっている。

 旅客用の船が最大で五百人乗りであるのに対し、軍用は多くても六十人ほど。

 人がゆったりとくつろいで座れるスペースはなく、ほとんどがエンジン部分かもしくは荷物や燃料を積むスペースになっている。

 軍用天空船は戦うための船。

よりスピードを出し、短時間で移動できるような設計になっているのだとパレンキアーノが説明した。


「一般客を乗せる大きい船は二階建てとか三階建てでコロンとした形になっているでしょ? あの形だとたくさん人や荷物は乗るけど、飛ぶ速度がうんと遅くなってしまうんだ」

「じゃあ、これはホントに戦場に行く船なんだね」

「何かあった際にはね。もっとも、まだこれが開発されて二十年くらいしか経ってない。戦場に行った事はまだないんだ」

「そうなのか。昔はどうしてたの?」

「そうだね……キトラ君や僕が生まれるくらいまでは空軍自体をまだどこの州も持ってなくて、戦場には陸軍が戦車でガラガラ乗り出して行ってたらしいね」


 キトラが聞いたところによると、パレンキアーノはミイレンの秘書なのだという。

 年齢はキトラと同じ。

 そのため、彼はキトラにかなり親近感を持っていた。


「僕もキトラ君がウェフリー教授に教わってるみたいに、大佐の生徒みたいな感じで仕事してるんだ。僕はこの翅のせいで戦場には出られないでしょ? だから事務系の仕事は何でもできないといけないからね」

「翅?」

「蝶の翅は傷つきやすいから、南州軍では武官になっちゃいけない事になってるんだ。激しく動くと鱗粉が剥げちゃうし、銃弾が当たればすぐに穴が開くからね」

「その翅、そんなにデリケートなの?」

「すっごく脆いよ。嫌になっちゃうほどね」


 ピスカ族の中でも、蝶の翅を持つ者は特に身体が弱いとされている。

 その美しく薄い翅は傷つきやすく、乱暴にすればすぐに破れてしまう。

 そのため、蝶の翅を持って生まれたピスカ族の多くは若いうちに落としてしまう。

 パレンキアーノも今まで何度も翅を落とそうと考えていたと話した。


「本当は武官になりたかったからね。でも、入隊の面接のときにそれを言ったら、ミイレン大佐に止められたんだ」

「ミイレンさんに?」

「親からもらった身体を傷つけなければ入隊できないような奴は戦場に行ってもだめだって。そうしなくても貴様にはできる事があるだろう、ってね」


 パレンキアーノによれば、翼を落とす手術は技術が確立していて、痛みもなくすぐに終わってしまうという。

 日常生活は問題なく、キトラもそこまで酷い不調を訴える者には会ったことがない。

しかし、翼を落としたピスカ族は大きく体力が落ちてしまう事も多い。

軍人など体力を消耗する職務に就くのに、翼を落としたピスカは適さないのだ。


「で、僕は筆記試験の成績は良かったから秘書に任命されたんだ。今では大佐の言うとおりにしておいてよかったと思ってるよ。文官でも十分大変だもん」

「あはは。そうみたいだね」

「それに、この仕事ならミイレン大佐のお傍にずっといられるから」

 

 パレンキアーノはそう言ってチラリとデッキの前の方を見た。

 ミイレンがミガトと話をしている。

 セピア族はダーガーン族や他の類人種を嫌うというが、ミイレンはそういう人間ではないらしい。

 むしろミガトに積極的に話しかけ、彼らの事をよく知ろうとしているようだった。

 そんなミイレンに送られるパレンキアーノの視線……。

 その手の話にうといキトラさえも「ははぁん」と思わせる様な明らかな熱を持っていた。


「……好きなんだね、大佐さんの事」

「いっ、いやぁ……そんなんじゃないんだけど」

「そんなんじゃなくなさそうだけどなぁ」

「うー……ダメだよキトラ君。僕、我慢してるのにハッキリ言っちゃ」

「そうなの?」

「だってさ、身の程知らずじゃないか」


 パレンキアーノはあっさりその気持ちを認めたものの、困った顔で俯いてしまった。

 上官に恋してしまうなど、愚かな事だと思っているらしい。

 さらにはミイレンは南州軍の「花」として男どもの憧れのまなざしを一身に受ける存在とのこと。

 気弱なパレンキアーノは初めから全く望みがないものと諦めてしまっていた。


「ここだけの話、南州王の第八王子がミイレン大佐にご執心らしいんだ。お年も近いし、そのうちご正室になるだろうって言われてるんだよ」

「王子様? うわっ、すごいね」

「でしょ? 同じ軍人とか一般人とかならまだしも、王子様がライバルだもん。僕じゃなくても諦めるって」

 

 パレンキアーノはため息をついた。


「だからいいんだ。僕は今、一番お傍にいられる立場だからね。それで十分満足なんだ」

「そういうものかなぁ……」

「いいんだよ、僕は。あ……見て、キトラ君。帝都が見えてきたよ」


 太陽が完全に登りきる頃、天空船は帝都の上空にさしかかった。

 時間は旅客用の天空船の十分の一。

 行きの長旅を思い出すと、「あれは何だったんだろう」と思ってしまうほどの早さだった。

 久しぶりに見る帝都。

 そこまで長く離れていたわけではないのに、何故か懐かしく感じる風景。

 今頃、大学の仲間はまだ寝ている頃だろうか。

 ずっと留守にしているアパートの部屋は大丈夫だろうか。

 キトラがぼんやりと外を眺めていると、ミイレンがこちらにやってきた。


「あと十分で着陸する。今のうちに降りる準備をしておけ。あと、迎えにリンを呼んでおいたぞ」

「え、先生を?」

「あいつは朝が苦手だからな。もしかしたらいないかもしれんが……」


 天空船は帝都上空を一周回った後、ターミナルに降り立った。

 敬礼して出迎える兵士たちは南州軍ではなく、帝都や皇帝を守る「中央政府空軍」の制服を着ていた。

彼らの後ろでリンは待っていた。

 リンは表情を硬くし、じっと何かを堪える様な顔をしていた。

 ミイレンは彼女に歩み寄ると、黙ってリンを抱きしめた。

 今までに見たことがないほど弱ってしまった様子のリン。

 キトラは何を言っていいか分からず、黙って下を向くしかなかった。


「すぐに来てやれなくて悪かった。ちゃんと食ってるか?」

「ありがとう……もう平気よ」

「お前の愛弟子は無事に帰って来たぞ。ほら、ちゃんと出迎えてやれ」


 リンはミイレンに促され、キトラの方へ歩いてきた。

 彼女の華奢な腕がキトラをぎゅっと抱きしめる。

 キトラがリンにそんな事をされるのは初めてだった。

 縋るように抱きしめたその身体は震えていて、泣くのを堪えているのが分かった。

 何だか、キトラは自分が泣きたいような気分になった。


「お帰り、センバ君」

「ただ今……帰りました」

「うん」


 体に回された腕には柔らかさではなく、骨の感触があった。

 やつれてしまったのだ。

 あの日の電話以降ずっと落ち込んでしまっていたのだと思うと、キトラは胸が酷く痛んだ。

 リンは暫くの間大学を休んでいると話した。

 ユピテルが死んだショックで、とても講義など続けていられなかったのだ。

 昨日まで自宅にこもり、外にも出なかったらしい。

 だがキトラがミイレンに連れられて帰ってくるという連絡を受け、何とか出迎えにやってきたのだ。


「プラジアーナっていうのは、あなた?」

「はい、そうです」

「……ヴトから聞いてたわ。娘みたいに可愛がってたって」

「ウェフリー先生……」

「ありがとう……ヴトがずっと……お世話に……っ」


 リンはプラジアーナの顔を見ると、ついに堪えきれない様子で涙を流した。

 その身体を抱き留め、プラジアーナもわっと泣き出した。

 キトラもつられて泣きそうになり、バウアーの背中に顔を隠した。

 だが、今はあまりこうしていられる時間もない。

 ミイレンがそっと一行を促した。


「行こう。宮殿まで、中央軍の車が送ってくれるそうだ」


 皇帝の住む宮殿は帝都の中心部にある。

 そこまでは、南州軍の兵士が運転する軍の専用車で向かった。

 数年前から都市での利用が増え始めたエアカー。

 客人用の車内は運転席と後部座席が仕切られており、プライベートが確保された仕様になっていた。

 暫く大通りを走り車に揺られると気持ちが落ち着いてきたらしく、リンは自分とユピテルの事をキトラやプラジアーナに話して聞かせた。


「ヴトと私は、大学にいる間ずっと同棲してたの。あの人、最初はとんでもないボロボロのアパートに住んでて、見かねた私が自分の部屋に引っ張り込んだのね」


 同じ教授の下で学んでいたユピテルとリン。

 友人同士の関係からいつしか互いに想いを通わせるようになった二人は学生時代から夫婦同然に暮らしていた。

 お互いの研究のために協力し合い、公私ともに良きパートナーであった。

 リンの両親は二人の関係に反対していたが、いずれは結婚するつもりでいた。

 しかし、あることがきっかけでその関係が変わってしまった。

 それは、リンがまだ講師だったの頃の事だった。


「私、あの人の子供を産んだの。目がくりくりして大きくて、とってもかわいい子だったわ」


 二人は子供の誕生を大いに喜んだ。

 子供が少し大きくなったら仲間を呼んで結婚式をしようと考えていた。

 だが、子供は生後二週間も経たないうちに死んでしまった。


「体の弱い子だったのね。お乳も全然飲まなくなって……あっという間だったわ」


 診察した医師は、父親が類人種だからだと言った。

 類人種とルーデンス族の血が合わなかったため、弱い子が生まれたのだと。

 リンは当然、根拠のない差別発言だ、ユピテルへの侮辱だと猛抗議した。

 ユピテル自身がアーガ族とルーデンスのハーフ。

 その子が「血のせいで死んだ」など、医学的根拠のある診断などとはかけ離れた、医者自身の偏見に満ちた悪意の塊のような発言である。

 ユピテルを愛し、子供を産んだリンにとっては何よりも許しがたい言い分だった。

 しかし、ユピテルはリンを静かに諭した。


「あの人は言ったわ。これが現実なんだって。こんな風に言われてしまうなら、私たちの子はちゃんと育っても幸せにはなれなかっただろう、って」

 

 リンはそんなユピテルを意気地がないと責めてしまった。

 父親なのに自分の子供の立場を肯定してやれないのか、守ってやれないのか、と。

 ユピテルは何も言わなかった。

 それから暫くして、ユピテルは大学を辞めて帝都を出て行った。

 退職には様々な理由を付けた。

 だが、一番の理由はリンと距離を置くことだった。

 お互いがお互いをまだ愛していた。

 それでもわだかまりは解けなかった。


「私が悪かったの。ちゃんと話し合って……二人でいられるようにすればよかったんだわ。そうじゃなかったら、ヴトはあんな事には……」

「……先生」

「それは違うぞ、リン」


 リンの震える肩をミイレンはそっと抱いた。

 そしてやや強い口調でこう言った。


「過去の事で自分を責めるんじゃない。ヴト君もお前にそんな事を思って欲しくないはずだ」

「でも……っ」

「ほら、しっかりしろ。お前がそんなだとキトラ君たちが困っているじゃないか」


 キトラの隣で、プラジアーナもまた涙を流していた。

 最愛の娘の死。

 それはあまりにも辛い出来事だ。

 もしかしたら、ユピテルはプラジアーナをその死んだ自分の娘と同一視していたのではないだろうか。

 キトラは何だかそんな風に思った。


「南州軍のミイレン大佐ですね。お待ちしておりました」


 宮殿に到着すると、皇帝の直属部隊が一行を出迎えた。

 真っ白な石の外壁に、皇帝を守る数々の守護神・守護獣の彫刻が施された巨大な宮殿。

 山のように聳えたその頂には金色の屋根。

 帝都から一番遠い西州からも見る事ができる一番高い塔とその周囲を取り囲む東西南北の建物、さらにはその他の敷地を全て合わせると帝都全体の十分の一の面積になるという。

 真下から見るとその巨大さはさらに果てしなく感じられ、塔の最上部は雲を被っていた。


 皇帝の住居と国会議事堂を兼ねたこの『中央宮殿』は、まさに世界の中心である。

 その入り口に真っ白な軍服を着た兵士たちが並び、敬礼をして立っている。

 ミイレンを先頭に入っていくと、楽隊が一斉に管楽器を吹き鳴らし、南州軍の行進曲で出迎えた。

 まるで式典が始まったかのような騒ぎである。

 その光景に、キトラは緊張を覚えずにはいられなかった。


「パレンキアーノ君、オレたちも敬礼した方が良いの?」

「軍人じゃないキトラ君たちは普通に頭下げればいいよ。これは、どこの場所に行ってもある儀式みたいなものだから」

「は、はぁ」


 あまりに大げさなこの「儀式」は、どこの州の者が来たかを宮殿全体に知らせるためにやっている事らしい。

 だから、州を代表してやってきた者はある程度の地位があれば誰でもこんな感じで迎えられてしまうのだ。

 キトラは落ち着かない気分で宮殿へと入った。


 宮殿の中は天井の高い長い廊下が続き、案内の者が一行を先導した。

 キトラ達一般人にとっては、学校の教科書以外ではほとんど見た事のない宮殿の内部。

 壁や天井、床に至るまで職人がありったけの贅を尽くし、持てる技術の全てをかけて作ったと思われる立派な仕事がなされていた。


「す……すげえぞキトラ、ここのタイルとか壁の装飾とか、全部目ん玉が飛び出るくらい高いの使ってる。あっちの柱もちらっと見たら、コゴミじゃ『神』って呼ばれてる人の紋章が入ってたぜ! やっぱり、ここは世界が違うぜ」


 職人の街・コゴミ出身のバウアーは黙っていられなかったらしく、そっとキトラに耳打ちしてきた。

 幼い頃から職人たちの最高技術を見聞きして育ったバウアーにはキトラに見えていないものが見えているらしい。

 思わずふらふらと列から離れてしまいそうなのを、ミガトに首根っこを掴んで引き戻されていた。


 控えの間に通されると、そこには先に三人の男が待っていた。

 初老のルーデンスの男、蜻蛉の翅を持つ若いピスカの男、そして、普通より少し体格のいいクウォールの男。

 恐らく、彼らがエニシダ村に滞在した大使たちなのだろう。

 こっそり夜中に仕事の話をして村長の妻に話を聞かれてしまった件の「うっかり三人組」である。

 彼らはミイレンを見ると、敬礼ではなく普通の立礼を返した。


「これはこれはミイレン大佐、ご苦労様です」

「大使タクティカス殿、こちらがご連絡を差し上げた者たちです」

「了解いたしました。では早速、打ち合わせに入りましょう」


 一行は大使のタクティカス、ミイレンを含めて一度に皇帝の間に入り、順に話をするという手順になるらしい。

 キトラ達の「北の大森林」行きについての話は他の用件が済んだ後になる。

 話はミイレンがするといい、キトラ達は黙って跪いていればいいということだった。


「恐らく、君たちが行ってもガチガチに緊張して何も言えなくなるだけだろう。大筋は私が話し、それをリンに補足してもらう。恐らく、三十分くらいで終わるだろうな」

「先生、大丈夫ですか?」

「もう落ち着いたわよ。センバ君、くれぐれも粗相のないようにね」


 リンはもう、泣いていなかった。

 顔を洗い、化粧をし直すと大学にいるときのようなしゃんとした彼女に戻っていて、キトラは正直ほっとした。

 だが、これは自分のために無理をしてくれているのかもしれない。

 そう思うと、自分の不甲斐なさに申し訳なくなった。

 暫くすると、案内係が一行を呼びにやってきた。


「謁見のお支度をお願いいたします」


 タクティカスら三人が先頭に立って並び、続いてミイレンとリン。

キトラはミガトやプラジアーナ達とその後ろについて部屋を出た。

 廊下に出ると、向こうから西州の紋章を付けた一行がやってきた。

 キトラ達と同じ、皇帝に謁見しに来た者たちである。

 その先頭の男はタクティカスとすれ違うと、小さく会釈してこう言った。


「……大事なご用のようだが、日を改められた方が良いかもしれませんぞ」


 それは、辛うじて聞き取れるくらいの小さな声だった。

 いったい何があったのか。

 西州の男はすれ違った後も、こちらに聞こえるくらい大きなため息をついていた。

 タクティカスはちらりと後ろを振り返り、メイレンに「陛下のご機嫌がよくないのかもしれません」と言った。


 後で聞いた事だが、各州の使者が謁見した際、皇帝の機嫌次第で話が通ったり通らなかったり、という事があるらしい。

 現皇帝は普段は話の分かる人物として知られている。

だが、感情の起伏が激しい性格のため、時々とんでもなく機嫌の悪い時があるのだという。

 そんな時、先に謁見した大使は他の州から来た顔見知りにその事をさりげなく教えるのが慣例になっている。

 だからタクティカスもこの時、西州の大使の言葉の意味をいつも通りそういう風に受け取ったのだ。

 だが、ミイレンは構わない、と口にした。


「ここまで来てしまったならお会いしないで帰るわけにもいかん。タクティカス殿、頼みます」

「お任せください」


 タクティカスは大きく深呼吸した。

 その襟足には白いものが混じる。

 秘密の話を一般人に聞かれてしまうなど若干うかつなところはあるが、タクティカスはベテランの大使だという。

 州王に怒鳴られても皇帝に怒鳴られても動じずに話をするタフな心臓の持ち主なのだ。

 一行は彼を先頭に謁見の間の扉の前に立った。


「南州大使タクティカス様、南州軍大佐ミイレン様、帝都大学教授リン・ウェフリー様……キトラ様、ミガト様、プラジアーナ様、バウアー様」


 扉が開くと同時に、一行の名前が読み上げられた。

 まさか自分の名前までが呼ばれると思っていなかったキトラの緊張は一気に高まった。

 謁見の間は細長い部屋で、その一番奥に人一人分くらい高くなった場所があり、そこに皇帝の玉座がある。

タクティカスはその真下まで敷かれた長いじゅうたんを真っ直ぐに進み、一番端まで来るとそこで跪いた。

 一同はそれに倣い、同じように頭を垂れてひざを折る。

 玉座はまだ空だった。


「間もなくいらっしゃいます。そのままでお待ちを」


 張りのある年配の女の声がして、衣擦れの音が右から左へと動く。

 ガタン、と左の扉の開く音。

 そして、何者かが入ってくる足音が聞こえた。

 

 その時、キトラは「おや?」と思った。

 聞こえてきた足音が妙に小さいのだ。

 皇帝は体格のよい大人の男のはず。

 しかし聞こえてきたのは、まるで幼児の足音だった。

 そして、続いて聞こえてきた声にまたキトラは驚いた。


「面を上げなさい」


 小鳥がさえずるような可愛らしい声が部屋に響いた。

 顔を上げると、そこには顔より大きな冠を被った小さな女の子が玉座から足をぶらぶらさせて座っていた。

 耳の下あたりで切り揃えられたサラサラの黒髪。

 僅かに紅を帯びた雪のように白い肌。

 幾重にも重なったピンクのフリル。

「まるでお人形のような」という表現がそのまま当てはまる美しい少女がそこにいた。


「十五代皇帝キオスの第二皇女、ノヴァです」


 少女は幼いながら張りのある声でそう言った。


「父上に代わり、本日は私があなたたちの話を聞きます。大使タクティカス、まずはあなたから要件を話しなさい」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ