柘榴博士の憂鬱〜テイロンにて
今回は前々話の補足的な内容の二話分凝縮。一部戦闘あと雑談。
エンゼル級降下の前日…
帯電霧とは違う正体不明の霧と雲に覆われた旧高知県のどこかに、全長300m級の艦艇…レクーゼウⅦこと柘榴艦が音も無く浮かんでいる。
柘榴艦の近くには政府軍の艦隊が防備を固め、偵察ZW部隊や復興部隊等が忙しなく出入りしているが、すぐ近くに浮かんでいる柘榴艦には気付かない様子である。
しかし、僅かな数の影が柘榴艦に向かっていくのが確認できる。
「………」
天から様子を見ていた柘榴博士は、作業の手を止めずに影の対処を行い、柘榴艦に向かっていた複数の影が消える。
「宇宙海賊の柘榴君、調子はどうかね?」
影が消えた直後、柘榴博士が浮かんでいる無間空間にジャウキルの声が浮かび上がっては消えていく。
「…ジャウキルか、拙者がここに居ることを知っていて泳がすとは…相変わらず意地の悪い真似をしおる」
ジャウキルの声にさして驚いた様子も見せずに柘榴博士はいう。
「…先日の交戦から2日も経っていないのにわざわざ私の艦隊が居る場所に堂々と降りたった君に言われたくはないがねぇ」
柘榴博士の言に対し、ジャウキルは少し声にドスを効かせながら言う。
「…拙者に何の用だ?再戦希望なら受けて立つぞ」
柘榴博士は余り興味がなさそうに言う。
「…分かっていてよく言うねぇ、休戦の誘いだよ、数分前なら再戦だったかも知れなかったがねぇ」
ジャウキルは若干呆れた様な口振りで言う。
「…ほう、貴様にしては早いな」
ジャウキルの誘いを聞いても、柘榴博士は余り興味がなさそうな感じで、何かを創造する事を止めない。
「…状況が状況だからだよ、それに君たちと戦いを続けても誰も得をしないからねぇ、そろそろ矛を収めないとこちらとしてもやり難くなる、久々に…ゆっくりと話し合いたいのだが、どこか良い場所を知らないかね?」
ジャウキルも柘榴博士の態度に若干呆れつつも、徐々に真面目になりながら言う。
「…よかろう、だが貴様らしくないな、ジャウキルよ」
「そうかね?」
「ふん、仏の嘘は方便、軍人の嘘は軍略ではなかったのか?」
「…ふふ、戯言も大概にしたまえ、あまり度が過ぎると…ねぇ」
「そうだな、珍しく早く休戦を呼びかけてきたのだ、拙者の固執は置いておこう、で…この悪戯小僧どもの躾はどうして欲しいのだ?」
柘榴博士は先程消した影達の姿とデータをジャウキルに送りつける。
「…相変わらず人間を辞めているねぇ、君は」
それを見たジャウキルの表情が僅かに強張るが、全員が生存していることを確認すると、元の表情に戻しながら柘榴博士に言う。
「笑止な、太古の知識を僅かに得て実践しているだけのことだ」
「…異空間の創造と行き来ができる上に神の視点を持つ君は、私を含む他人から見れば人間を辞めているのだよ、…仕方がない、休戦を実効とし手を引かせる、未遂に終わったのだ、部下達を放してやってくれないかね?」
ジャウキルは柘榴博士の言に少し驚きつつも、何が起きているのか分かっていない様子の部下達の姿を見て嘆息しながらいう。
「…よかろう、拙者とて無駄な殺生はしたくないのでな」
「…(ぐっ、身体が動かない…!どうして…!?)」
「君達、身体に異変を感じただろう?それは呪いだよ。触らぬ神に祟りなしという、すぐに帰還したまえ」
「で、ですが…」
『汝、人間の分際で土地神の領域を踏み荒すか、我らの怒りに触れる前に引き返せい』
「…(…土地神の声!?)」
柘榴博士が影達の頭の中に直接語りかけると、影達の身体が一斉に動き、瞬く間に柘榴艦から退出していく。
「…ふふ、土地神様に授業料を払わされたねぇ」
「…よく言いおる」
「…だからだよ、これで先日の件はいくらか大目に見ることができる、君がレジスタンス達を匿った事は不問にしておくとして、避難民に食料を提供し、地下の最上階級の組織を気取った腰抜け共を説得し、空いた大区画に住まいと職を提供してくれた事は感謝している、安芸氏を逃してくれたことにもな。さっきの件は私の悪評が流れていた事に対する報復だがねぇ」
「ふん、何を言っておるのだ貴様は、貸しに対する利子をつけただけだ」
「ふふ、何を言っているのか聞こえづらいねぇ、こちらのノイズが酷くなったようだ、そろそろ切らせてもらうとしよう、…また会おう」
「…ふん、まだ引きずっておるのか、養えず、帰せずでやむを得なかったアレを」
ジャウキルの通信が切れると、柘榴博士は昔の事を思い返しながら呟く。
「…もう奴らが来る頃合ではないか、戻って応対くらいはせねばなるまい」
柘榴博士は無間空間から宇宙空間に移転して星の位置から時間を割り出すと、ある約束が頭を過ぎり、急いで意識を元の身体に定着させ、異空間に切り離して退避させていた柘榴艦内部を通常空間へと戻していく。
通常空間に戻っていくにつれて柘榴博士の視界が急速に狭くなっていき、やがて完全に闇に包まれる。
そして…
「お戻りになりましたか、総統閣下」
柘榴艦の総統室の椅子で口端から少し涎を流して眠っていた柘榴博士が目覚めると、副官の桔梗が穏やかな口調で言いながら茶を差し出す。
「ふむ、状況は?」
柘榴博士は桔梗から茶を受け取り、艦内でメンテ中の白銀のZWと弐閃、ガン・ゼーヴァル、蓮華達が乗る量産型クラネオンⅢ、自身が作ったスカル・ネオンを見ながら言う。
「ユーリス氏との交渉は無事に済みました、暫くは行動を共にしてくれて構わないとの事です」
「そうか、御苦労であった」
桔梗の言に柘榴博士は不在間の更新データに目に通しながら言う。
「総統閣下、斎達がすぐそこにいるのにお気付きですか?」
「…気づいておる、案ずるでない」
桔梗は表情を柔らかくしながら言うや、柘榴博士は一瞬だけ斎達に視線を向けたあと、桔梗の方を見ずに言う。
「私は退室します、後はごゆるりと」
桔梗は含んだ笑みを見せながら言い、素早く退室する。
「………」
「………」
総統室に柘榴博士と斎、彌真奈、紗綾が取り残され、無言のまま時が過ぎていく。
「…拙者に何か用があるのか?」
斎達三人が居る空間に少し居辛さを感じたのか、柘榴博士は先に切り出す。
「…先日、あの子達とやりあったのだが…あの子達から負遺物の力に似た力を感じた、貴方はこの事に気付いて私を向かわせたのか?」
「…そうだ、貴様には説明するより直接感知してもらった方が容易いからな」
斎は先日の交戦で感じた手応えを元に言い、柘榴博士は眼を鋭くさせながらいう。
「…という事は、あの子達が貴方の理想的な切り札の対となる、現実的な切り札という事ですか?」
斎は髪の隙間から覗く蒼紫色の眼で柘榴博士を射抜くように見ながら問う。
「ふむ、だが…まだ心許ない。現段階ではヴィクスもハルツィスもヤツレイも数ある手札の中の一つに過ぎん、お前と子供達も数多ある保険の内の一つ。切り札にするか否かは今後の成長次第よ」
「…場合によっては、私達はあの子達に与しますよ」
柘榴博士の言に、斎は鋭い口調でいう。
「…構わん、その時はその時だ」
斎の言に柘榴博士は嘗ての事を思い出して容認する。
「…斎、いい加減にしなさい」
斎と柘榴博士の僅かな表情の変化を見逃さなかった紗綾は、何かを言いかけた斎の肩に手を置いて言う。
紗綾の手が斎の肩に触れた瞬間、斎は落ち着いて口を閉じる。
「………、…まだ話はあるのか?」
紗綾と彌真奈の悲痛な表情を見て、柘榴博士は前大戦で両親を、ベヘモス戦争で夫と子を失った二人の心中を察しつつ言う。
「…特にない」
「斎に同じ」
「…否」
「…ならば退室せよ、拙者も忙しい身なのでな」
斎達は即答するや、柘榴博士は斎達に退室するように促す。
「では…後で来る娘と巽君を宜しく頼みます」
斎はそう言うと、速やかに退室していく。
「それじゃ」
「失礼しました」
斎が退室すると、彌真奈は少し沈んだ口調で言いながら退室し、紗綾は丁寧にお辞儀をして退室する。
「………、…拙者は進むのみよ、我が代で負遺物どもを滅ぼし、戦火を鎮めて万民を慰撫する。それが志半ばで倒れた友との契約よ」
室内に一人残された柘榴博士は、三人が退室したのを見届けると、総統椅子にあるパネルに触れて何かを作動させ、部屋が医務室と喫茶店を混ぜたような部屋に変貌していく。
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岡豊の撃沈から少しあと、テイロンから離れた弓菜と巽は、旧高知県東部にある廃墟都市に向かっていたが、単体で動き回っていた汚染獣に足止めされる。
「ちっ、賊の代わりに汚染獣かい、全く…政府のお偉いさん方は何やってんだかね!」
「…30m級の人型…重歩兵級か、こちらの消耗も激しい、自滅を誘うぞ弓菜」
「わかってるよ巽」
「◆◆◆◆◆!!」
-ズゥゥン-
弓菜の/ネオンプラス4型に重歩兵級汚染獣が大きな目を見開き、形容し難い雄叫びを出しながら鈍器のようなものを振り下ろすと、大地が容易く抉れ飛ぶ。
弓菜と巽は同時に跳躍して回避しており、ハイブリッド・ライフルの照準を重歩兵級汚染獣の眼の部分に合わせる。
「「先ずは眼!」」
-ズガァン-
-バキィィィン-
「!?!?!?」
次の瞬間には二機同時に放たれたハイブリッド・ライフルのリニア弾が重歩兵級汚染獣の眼の部分を撃ち抜き、重歩兵級汚染獣が蹌踉めく。
「「次は…」」
-シャン-
「「肩!」」
-バシュゥゥッ-
「◆◆◆◆◆!!!」
流れる動きで二機同時にハイブリッド・ライフルをしまい、次に腰の両刃型プラズマ・シュナイダーを抜剣し、重歩兵級汚染獣の真上から急降下して両肩部の関節部分を切断し、腕を動かす為の腱を綺麗に切り落とす。
「「膝!」」
-ズバァァァッ-
-ズゥゥン-
「◆◆◆◆◆!!!」
続いて二機同時に両刃型プラズマ・シュナイダーを払って重歩兵級汚染獣の膝関節を綺麗に切断し、膝関節を斬られた重歩兵級汚染獣は攻撃しようとしてバランスを崩し、転倒する。
「弓菜」
「残弾1、エネルギーは帰りの分しか無いね」
「◆◆◆◆◆!!!!!」
「始まった、離れるぞ!」
「あいよ!」
ライフルの残弾と機体エネルギーの残量を確認した弓菜と巽は、すぐにジャンプ飛行して重歩兵級汚染獣から距離を取り、転倒した重歩兵級汚染獣を仕留めるタイミングを見計らう。
「◆◆◆◆◆◆◆!!」
左右の眼と手脚を失った重歩兵級汚染獣が精神侵食波の叫びを出しながら転倒し、傷口から触手の様なものを出して切断された眼と手脚を縫合させようとするが、触手同士が攻撃し合って互いを喰らい始める。
「◆◆◆◆◆◆◆!」
喰らった箇所が次々と触手と化し、重歩兵級汚染獣が精神侵食波の悲鳴に似た叫び声を出しながらもがき、触手同士の喰らいあいで眼の部分が消滅し、両手足が骨だけになって胴体のみになってしまう。
時間経過と共に重歩兵級汚染獣の身体が触手に喰われ、多くの肉を喰らった触手の形状が次々と変化していく。
変化した触手はそれぞれの部位の骨に根を張ると、それを取り込み、他の部位の触手達と喰らいあい、競争に勝ち残った触手が動かなくなった重歩兵級汚染獣の死骸をも喰らい、更なる成長の為に変態を行おうとするが…。
「逝きな!」
「逝け!」
-ビシュゥゥゥン-
「ピキェェェェ!?」
-シュン-
弓菜と巽が同時にハイブリッド・ライフルを放ち、レーザーが変態中の「触手だったなにか」を貫通すると、次の瞬間には僅かな湿気と化して消滅。
「触手だった何か」が根を張っていた重歩兵級汚染獣の亡骸は枯死したかの様に硬化し、やがて石化して崩れていく。
そして、崩壊した亡骸が砂の様になり、その中に含まれる物質が何かに引き寄せられる様にして集められ、ある文字を形成していく。
「…周辺に敵影無し、機体を置く場所は…用意されてるね」
「…(…単体で活動していた汚染獣は目印のつもりか、俺達の動きを計算しての事なら、無駄に芸が細かいというか、相変わらず何を考えてるのか分からん御仁だ)」
弓菜は直感で巧妙に隠された機体置き場を見つけ出し、巽は汚染獣の亡骸からできた砂が「機体置き場→」の形になっているのを見るや、若干呆れた様な表情になる。
用意されていた機体置場にネオンプラス4型を置き、わざとらしく用意されていた大型バイクに乗った弓菜と巽は、目的地のある廃墟都市に向かって走り出す。
因みに運転は弓菜、ケツは巽であるが、これは極阿時代の頃から決まっており、戦闘時にも共通する二人のポジションであった。
二人の乗るバイクが一台…廃墟都市を堂々と走っている…。
いつもであればガトリングガンとミサイルランチャーを搭載した装甲バイクに跨ったモヒカン頭かスキンヘッドの賊徒達が丘の上で群がり、弓菜達のバイクに向けて機銃の掃射とミサイルの二、三発はお見舞いしているところであるが、政府軍の四国征伐で四国全域が戦場になったせいか、それがなくなっていた。
先程汚染獣の襲撃を受けたこともあってか、弓菜は豪快に見えていつもより周囲を警戒しつつ進んでいき、巽は弓菜の隣にあって周辺の景色を注意深く見ながら進む。
巽は景色に隠されたアピールをいくつも発見するや、既に柘榴博士の術中にはまっている事に若干困惑しつつ、さり気なく弓菜を誘導し、廃墟都市の中央部に到着する。
「…ったく、こんな面倒な真似をするしかないなんてね」
弓菜は、義腕である左腕で地面を複数回叩くと、3回目で地面が光って変形し、中から箱型の構造物が浮かび上がり、更にそこから四角形の小型ブロックが浮かび上がる。
「…またいつものロックがされているな、行けるか弓菜」
「もうやってるよ、早くしな」
弓菜はブロックにある掌状の窪みに掌をはめ込みながら言い、巽は弓菜の手を添えて二人の掌が重なると、ブロックは二人の指紋と血液と網膜認証を瞬時に済ませ、弓菜の左腕からの信号を受けたブロックが青く光る。
「「…アンロック…」」
巽と弓菜は同時に解錠の意を唱えると、次の瞬間には診療所の中の部屋らしき場所に転送されていた。
「来たよ柘榴の爺さん」
「………」
転送されるなり、弓菜は大きな声で言い、巽は弓菜に握られた手を握り返す。
「むぐむぐ…、ふっふ、久しいな弓菜、巽」
「「………」」
直前まで好物のいなり寿司を食べていた柘榴博士がシメのうどんを片手に言う。
その姿を見た弓菜と巽は、体から緊張感が抜けていくのを感じる。
「相変わらずマイペースなジジイさね」
「ズズッ…来るのが少々遅かったのでな、先に…昼飯にさせていただいておるぞ、貴様らの昼飯も用意してある」
呆れながら言う弓菜に対し、柘榴博士はうどんをすすりながら言い、弓菜と巽に手作りの料理を渡す。
「…俺と弓菜の食べる量と必要な栄養バランスがよくわかりますね」
「常連客を持て成すのだ、このくらい当然の事よな」
絶妙なバランスで整えられた柘榴博士の手料理を見た巽は感心した様に言い、柘榴博士は当然のことの様に言う。
「だったら酒は?爺さんならアタシの飲む酒と量くらい軽くわかるんじゃないかい?」
弓菜は冗談混じりに酒を要求する。
「ほう、苦痛を肴に酒を飲むつもりか?」
「はは、それもいいけど、勘弁さね」
柘榴博士は少々呆れつつも、少し脅す様な口振りで言うが、弓菜は少しも動じずに言う。
少し後に柘榴博士は弓菜の眼を見るや、少し溜息混じりにかぶりを振る。
「ふん、貴様も段々と祖父母や母親に似てきおったな、NDに目覚め、NEON計画の内部に組み込まれたというに」
柘榴博士は弓菜の顔を見て斎の面影を重ねつつ、後には怒りとも悲しみともつかない口調で言う。
「NDだの計画だのとウダウダうるさいジジイさね、そもそもアタシがNDになったのは極阿シティの皆がベヘモスの奴らの都合で殺されたからさ、それに…アタシもキレちまったのさ、アタシらの前で見捨てられたシィルの事、小鳥と優花が目の前で自爆させられた事、怪物に襲われた皐月と結依菜と柊の事、影死神に殺されたルマードのオッサンと加賀崎のオッサンの事もあったからね」
「………」
弓菜は最初豪快な感じで言うが、次第に凄みを帯びた口調になってくる、その後に起きる事を察した巽は弓菜の肩に手を置いてこれ以上言うのを制する。
「…貴様の祖父母は初のND。斎はNDとしては最高級の素質を持ち、その血を継ぐ貴様ら兄妹も生まれつき高過ぎる適性を持っておった。拙者は貴様ら親子を極阿(レクーゼウⅡ)に遷し、奴らから遠ざけさせたつもりだった、だが…これが極阿の皆を巻き込む波乱を呼ぶ結果になった」
「………」
柘榴博士は少し苦悩した様な表情をしながら言い、弓菜と巽は真剣な表情になって聞く。
「一部の負遺物どもは何処からか拙者の思念を読み取り、極阿に向かう餌を追って星に降り立ち、それらが極阿の保護を消すべく星を歪めて世界を表裏陰陽を切り分けた後にベヘモスとなり、不安に揺れる民の心に浸透して傀儡とし、戦争を引き起こした。拙者の浅慮が星を割り、戦火に包んだ一因よ」
柘榴博士はどこか遠い目をしながら語る。
「…大戦末期、負遺物どもは食べ頃になった餌に群がり、お前は喰われかけた、拙者の見通しが甘かったが故にな。だが…左腕だけで済んだのと肉を齧られんで済んだのは不幸中の幸いだった、肉の味を占められては拙者の施した負遺物避けの境界線が水泡に帰したであろうからな」
柘榴博士は更に目付きを鋭くして言った後に元の表情を見せる。
「…爺さんがアタシ達を救い、アタシの腕を作ってくれた事や後の面倒を見てくれた事は感謝してるよ、負遺物どもの存在はアタシの直感でも分からなかったしね」
「その事に関しては俺からも改めて礼を言わせてもらいます、ですが、この話はここまでに」
「ふむ…すまんな巽、弓菜、寄る年波には拙者も抗えぬ様だ」
巽は弓菜と柘榴博士の間に入って言い、前大戦時の話を終わらせると、柘榴博士は己の老いと至らなさを恥じながら呟く。
「さて…弓菜、昼食が済んだら腕を診る、…くれぐれも酒は飲むなよ」
「…あいよ」
柘榴博士は弓菜に釘を刺してから席を離れ、弓菜は飯を食べながら手を振って返事する。
その後、弓菜は柘榴博士に左腕を診てもらい、無事に調整と更新を終えてテイロンに帰投する事になる。
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一方…
如水壁攻防戦で大暴れしていた驍公と久我睦美は、門徒衆を駆逐し終えると、政府軍の捜索を避ける為にステルスを展開して身を潜める事を決意するが…
『…お腹すいた…』
驍公の中にある六畳一間の部屋の中で、大の字になって寝転がっている睦美が空腹を訴える。
陽世界から脱出した日の前日から何も食べていない事に気づいた睦美は、先程の取り決めを少し後悔しながら天井をじっと眺めている。
天井には周辺の動向が映されており、復興作業中の人々が一区切りをつけて昼食中であった。
皆と一緒に昼食を摂る光景に睦美の腹が更に鳴ってしまう。
『…ねえ驍公、向こうに行けば私にも食を分けてくれるかな?』
『…ならぬぞ睦美、儂らは異世界の者だ、安易に外へ出て騒ぎを起こす様なことをしてはならぬ』
睦美は物欲しそうな目で言い、驍公は我慢するように言う。
『ん…でも、あれだけ暴れておいて今更な気もするけどね』
睦美は如水壁の戦いで原住民達から好感を持たれている事と異世界の者が出入りしてようが大して問題になっていない事を知っており、今更気にすることではないように言う。
『…全てはお前が撒いた種だ、自重せい。それ以前に…だ、この部屋はお前に合わせて最適化してある。仮にお前が儂の中から出たとすると、異世界の掟を受けて力を消耗することになる。…今のお前は空腹で更に力を消耗しておる故、瞬時に動けなくなるだろうな』
驍公は厳しい口調で睦美に言う。
『うぅ…なら驍公が食料を調達してくれるの?』
睦美は驍公に尋ねる。
『出来ることならそうしたいが、生憎と持ち合わせが無くてな、しばらく…』
驍公は身体を探るような仕草をしながら言うが、言い終わる前に睦美が驍公の中にある襖を開けて廊下に出る。
『…(今からじゃ復興作業中の人達の邪魔になるし、さっき映っていた綺麗な川に行って何か採ってこよっと)』
待っている間に下調べしていた睦美は、食料調達が出来そうな大体の位置を把握しており、素早い動きで廊下を抜けた先にある玄関の形をした情報体を開け、表に出る。
しかし…
『ゔっ!?』
『ぬゔっ!?』
表に出た途端に睦美の表情が青ざめ、驍公と共にその場に倒れこむ。
『………』
身体から急速に力が抜けていき、睦美は意識が遠退いていくのを感じながら何かを言おうとしている。
『…忠告を無視するからだ馬鹿者め、これに懲りたら少しは落ち着く事だな』
『…(…御……免……驍……公…、………助……け……て………)』
『…やれやれ、授業料を払わせるつもりが睦美に死なれては洒落にならんな、…助けを呼ぶ故、しばらく辛抱せい…睦美…』
睦美の意識が遠のいてしまった影響で休眠モードになった驍公は、睦美を保護するフィールドを構築しつつ、驍公の眼に映る星々に対して何かを念じ始める。
『…ほう、これはなかなか良い星だ、この星に睦美を繋げるとしよう』
少しすると、驍公の眼に複雑な星座らしきものが描かれた星々が眼に留まり、その星座らしきものの中に睦美の星を繋ぎ合わせる。
『…あとは…巡り会うのを待つのみぞ』
星座に組み込む際に僅かに残った力をほぼ使いきった驍公は、後々の展開に望みを託す様にして眼を閉じる。
「…そちらはどうか」
「…異常なし、機器の点検を提案する」
横たわっている驍公の付近には政府軍のZW・ネオンプラス5型とリグイースⅢと調査班が展開していたが、彼らは近くに驍公と睦美がいる事に気付かず、更に驍公と睦美だけを避ける様にして動いていた。
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3時間後…
「…(結依菜が記した不審な黒点とはこの辺りの筈だが…)」
四国西部の如水壁攻防戦の騒ぎの後、光牙は結依菜からとある報告を受け、フライトネオンプラス4型に搭乗して如水壁の跡地へと急行する。
「…激戦区になった平野部はすっかり荒れてしまっているな、農地や河川が壊滅しなかったのが奇跡的なくらいだ」
四国征伐戦、門徒衆駆逐戦で四国各地は荒れていたが、政府軍と四国反政府連合双方の努力で農地や河川は壊滅せずに残り、ネオンプラス5型と量産型クラネオンⅢが各種復旧作業に適した換装形態になって四国各地の復旧作業と交通整備を行なっているのがネオンプラス4型のモニターに映っている。
「…(門徒衆、人知れずこのような物を建造していたとはな…、俺が駆逐した奴らは陽動だったか…)」
光牙は破壊された如水壁を見て思案する。
「そこのネオンプラス4型、どこの所属の者だ、この地に何か用があってきたのか?」
「こちらジャウキル艦隊テイロン所属の者だ、この地へは調査に来た、上司が例の不審な黒点を気にしていらしてな」
地上のネオンプラス5型から光牙のネオンプラス4型へ通信が入り、光牙は返答する。
「ああ、さっきの通信で来ると言ってた奴か、今日で他所の所属の者が三十回くらい調査に来てるが何もなかったそうだ、無駄足にならない様に調査データを編集してあるからそれを持ってすぐに帰っても良いんじゃないか?」
担当の兵がネオンプラス4型に過去の調査データを編集したものが入ったデータをネオンプラス4型のデータベースにインストールしながら言う。
「いえ、そう言うわけにもいきませんよ、見落としがあるかもしれないので念入りに調査させていただきます」
光牙はインストールされた過去の調査データを見ながら、共通する調査の見落としルートがあるのを確認しながら再調査する旨を伝える。
「仕事熱心だな、まあ頑張れよ若いの」
「はい(思念波…広域索敵…)」
ネオンプラス5型の兵がそう言い、光牙が返答すると通信回線を切る。
光牙は自分の思念波動をネオンプラス4型のVNFSとVNWS、擬似思念波駆動システムに繋ぎ、三つのシステムを同時に使う事で広域索敵を行う。
三つのシステムと光牙の思念波動能力が同調してネオンプラス4型の視界範囲を飛躍的に拡大・繊細化していく。
「…(…!?)」
すると、思念波動による広域索敵にすぐ反応し、光牙はすぐにその方向を向いて移動する。
ネオンプラス4型のレーダーとモニターに思念波索敵に反応した物体が各種カメラの倍率に応じた拡大画像を多重に表示し、光牙が一番見やすいと感じた画像が大きく表示される。
「…行き倒れの…人…なのか?」
光牙は通常のカメラでは映らない存在を捉えている思念波索敵の反応があった形を脳内に再生しながら呟き、その付近に近づいていく。
「…認知能力撹乱フィールドが張られているか、これ以上進むのは難儀しそうだが…ヤツレイが使っていた交信を試してみるか…」
通常のカメラでは映らないが、思念波索敵では行き倒れた人を中心に半径100mがノイズで包まれた様なフィールドを張っており、ベヘモス戦争で同様の現象を見ていた光牙は、それを認知能力撹乱フィールドと断定して距離を取り、ヤツレイとの思念波交信で三種の交信手段の使い方を会得していた光牙は、行き倒れの人に向けて思念波交信を送る。
『大丈夫か、生きているなら答えろ』
光牙の思念波がネオンプラス4型の擬似思念波駆動システムとVNFSを介して最適化され、行き倒れている人らしき存在に向けて放たれると、すぐに返事が返ってくる。
『…お腹…空いた…』
『待っていろ、粥なら食わせてやる』
『…わかった…』
光牙は人らしき存在から切実な反応を感じ取ると、ネオンプラス4型のVNFSが反応してインスタント粥パックを即座に調理して光牙の手元に渡される。
光牙はネオンプラス4型を操縦して行き倒れの人らしき存在の近くに向かっていき、付近に着いた際にコクピットから出て行き倒れの人らしき存在を介抱し、粥パックの蓋を開け、スプーンを用いて適温に冷ましてから人らしき存在の口に少しずつ流し込んでいく。
『ん…美味しい…』
『…飢民用の粥だ、食べてから一時間もすれば復活する』
光牙は少しずつ介抱する角度を変えて人らしき存在の脈や身体に異常がないか確かめつつ、徐々に粥を食わせていく。
その手の介抱には慣れたものであり、人らしき存在は噎せたり苦しんだりもせず、しばらく光牙に介抱されていた。
「…(…身体は俺達と変わらん様だが…頭に獣耳、変わった服装、ふかふかの尻尾が9本、その中心に悪魔の様な尻尾が一本…、そして…近くから感じる巨大な存在感…、明らかに別世界から来た者達だな)」
光牙は人らしき存在を触診している最中に別の大きな存在感から放たれる感情らしきものを感じ取っており、迂闊な動きをしないようにする。
「………」
『ん…ふぅ…』
人らしき存在が粥を食べ終わると、光牙は頭を撫でてやり、その感触に嘗て飼っていた犬猫の事を思い出し、人らしき存在は撫でられているのが心地よかったのか、光牙の腕の中でそのまま眠りについてしまう。
『…その娘の名は久我睦美、儂は驍公と呼ばれておる、貴公の名は?』
『…浅野光牙だ、貴殿らは今後どうするつもりだったのか、聞かせてもらえまいか?』
突然の驍公の交信にも臆する事なく、光牙は自然と切り返す。
『来たのは良いが、行く宛がない、儂は神力でどうにでもなるが、睦美は生者故にそうはいかん、それにこの世界に来たばかりで何も知らぬ、図々しいのは百も承知だが…貴公を見込んで願う、どうか…睦美に貴公の家の箒と塵取を持たせてやってくれんか?』
驍公は頭を下げるような仕草を見せながら言う。
『断る』
驍公の言った意味に気付いた光牙は、表情一つ変えずに即答する。
『…逸るあまり言葉を誤った様だ、このままでは睦美がまた行き倒れる故、貴公に保護してほしい』
驍公は若干ムッとなりかけるが、すぐに元に戻って改めて頼む。
『…驍公殿の言う保護に含んだものが無いのならば考えましょう』
『…(面倒な奴よ…)』
『その前に…』
『何か条件をつけるのか?』
『この付近の荒れ具合、門徒衆の他に貴殿らも原因と見ますが…、勿論後始末はしていただけるのでしょうな?』
『何を当然の事を抜かしておるのだ?』
『どうなさるおつもりか…その意思を確かめたまでです、具体的にどう後始末をなさるのかも聞かせていただきたいのですが』
『知れたことよ、先ずはあの目障りな壁の残骸と中の建造物を残らず撤去し、然るのちに戦闘で荒れた地を整え、緑を植えて清気の流れを整える、勿論…不審がられぬ様に調整しながらやっていくがな、現地民の願いがあればその限りではないが…』
『…ならば証を見せていただきたい』
『注文の多い御仁だ、造作もないが…な』
驍公は地面に何かを込めると、驍公の周りに芽が生え、それは見る見るうちに木になるが、途中で成長が止まり、驍公がなにかを案ずるかの様になにかを込めるのをやめる。
『…ふ、力が出せませんか』
冷めた眼でその光景を見ていた光牙は、驍公が何か隠している事を確信し、少し態度を軟化させて言う。
『む…何故そう思ったのだ?』
『…貴殿が何故睦美殿を放置していたのか、少々わかってきた気がします』
驍公の様子を見ていた光牙は、ある事を前提に言う。
『ほう…察しが良いな』
『…あれだけ分かりやすく演出しておいて察しがどうもありません、要するに貴殿は睦美殿と契約を交わした守護霊の様な存在であり、運命共同体であることは分かりました』
『…そうだ、儂は睦美とある契約を交わし、互いに力を分け合っておる、謂わば精霊の様なものよ、儂が弱っても睦美は存在を失わぬが、睦美が弱れば儂も弱る。その睦美が飢え死に寸前までいったのだ、当然…儂も影響を受けて本来の力が出せん、…見ての通りな』
『…それともう一つ』
驍公は続けて説明し、光牙は鋭い目付きで驍公の眼を見据えたまま動かない。
『…貴殿はいつも睦美殿に振り回されていると見えますな』
『…お察しの通りだ、睦美にはいつも振り回されてばかりで退屈せぬよ』
光牙は悟り気遣うかの様な口振りで言い、驍公は少しだけ愉快そうに言う。
『…無駄話はここまでにして、そろそろ返答してもらおうか』
『…しばらくの間、久我睦美殿をお預かりしましょう、後始末の件は貴殿に一任します』
驍公は試す様な口振りで答えを求め、光牙は睦美を抱き抱えながら答える。
『…ふん、よかろう、しばらく睦美を預けるぞ』
光牙の言に驍公は若干不愉快そうに言い、自身は再びモザイクの様なフィールドを張り巡らせて姿を眩ませる。
「…口伝と思考と本音の調整に若干の齟齬が出る、慣れんな、この交信法は」
驍公との交信を終えた光牙は、情報が身体中を巡って更新処理されていく感触に若干の不快感を示しながら呟き、睦美を抱き抱えたままネオンプラス4型のコクピット内に入り、ハッチを閉じて起動させる。
『ZEAX-04plus4、優性ND搭乗確認、■■■■搭乗確認、ネオンプラス4型…起動します』
「…(VNFSもこの子の違和感が分かるのか)」
VNFSが流す音声の一部に聞き慣れない認証音声が流れ、光牙はVNFSの性能に少々驚く。
「担当の方に報告する、調査にて何も発見出来なかったが、写真は撮っておいたのでそれを送る」
「おう、御苦労さん、ったく不思議な地点だよな、地表も地下も空中も何も無いんでやんの」
光牙は担当の兵に任務終了の旨を報告し、撮っておいた写真を担当の兵が乗るネオンプラス5型に送る。
「…結依菜、概ね分析通りだ、今から帰投するぞ」
「了解、神楽坂艦長と壱岐大尉に言うわ」
「手続きは任せる」
「うん、お疲れ、兄さん」
光牙は専用回線を開いて結依菜に報告し、結依菜は労いの言葉をかけて回線を切る。
「なかなか可愛らしい妹さんがいるね?」
「…もう気がついたか、今は危ないからしがみついていろ」
「はぁい」
空腹から解放されて気がついた睦美は、ひょっこりと耳を立てて言うが、光牙に頭を撫でられて耳を引っ込ませ、光牙の身体に身を預ける様にして包まる。
「…驍公とやらとのやりとりを聞いていたのか?」
「うん、驍公と私は情報を共有出来るからね。それ以前に貴方なら大丈夫だと感じたし、驍公も追い払わなかったから」
「…そうか、ならいい」
光牙の問いに睦美は即答し、ある仮定を立てつつネオンプラス4型を飛行させる。
「君も宜しくね」
「!?」
睦美は光牙の右後ろの方向を見て言い、光牙は何か居るのかと気になるが、すぐに頭を切り替えて操縦に専念する。
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エンゼル級降下当日…。
-ゴォォォォォォォ-
裏日本と表日本の境目からやや裏日本よりの位置に巨大な黒い影が落ちる…。
その黒い影はゆっくりと雲を突き抜け、対重力波外殻に生えている、数多の針みたいなユニットが発する振動によって生じた力場が黒い影の下方に分厚い不可視の壁を形成し、黒い影の下方に烈風が吹き荒れる。
烈風は晴天の海面を荒立て、停泊中の政府軍艦隊を煽る。
「降下地点確定、艦隊連環システムの同調を確認」
「最終シークエンス!艦隊!ブリッジ遮蔽!海面を制御、津波を発生させるな!」
各レキール級の艦長が何度も艦隊の配置を調整し、黒い影の降下による津波と振動による予想被害を無にするべく確認しあい、各艦が防御態勢に変形する。
「…まったく、カーヒュン中将も思い切った事をする」
対核・対空裂震隔壁によって厳重に囲まれた部屋の中で、ジャウキルは紅茶を飲みながら呟き、部下達に何かを命じる。
「報告ではガイツレイの司令官は宇宙での戦に敗北し、区切りをつけられたとか。それで堪忍袋の緒が切れたカーヒュン中将が降下してきたのですね…」
ジャウキルの姪であるレリオがジャウキルの紅茶を淹れながら言う。
「…実のところは大敗して区切りをつけさせられたのだよ、アレの不手際でねぇ。やれやれ…私が決戦の采配を握っていれば、今頃は衛連と幾多もの会談を開いて今後の協調について論じていた事だろうに…」
ジャウキルは紅茶の入った容器を持ち、そのままの姿勢で言う。
「あの司令官は紙上の兵法ばかりを論じ、実戦経験に乏しく人格にも問題のあるお方。それが衛連の精鋭とやりあったのですから…結果は火を見るよりも明らかでしたね」
レリオは部下に着席させられながら言う。
「…あの人事について反対したのが私だけだったのがいけなかった、よもやアレを評価する者があれほど居たとはねぇ」
「…ですが、閣下も咄嗟にカーヒュン中将をかの司令官の補佐につける条件を皆様方に飲ませた辺りは流石でしたね」
悩んだ様に言うジャウキルに対し、レリオは不敵な微笑みを浮かべながら言う。
その微笑みに部下達は冷や汗を流し、それを見たジャウキルは一瞬だけ部下達を睨み、部下達は辛うじて平静を保つ。
「…保険だよ、今回の敗戦で徒労に終わったがね」
「………」
「アレは声ばかり大きい上に自分に媚びへつらう奴ばかりを重用し、自分の意にそぐわない者は排除する。カーヒュンは…保険のつもりだった。上手くアレを制御してくれればと思っていたのだが…、見通しが甘過ぎた」
ジャウキルは将兵達の様子を見て呟く。
「私の方は民が離散して地上の四国は人口が激減、安芸氏に義理立てした海賊は壊滅して海も荒れ放題、流通の混乱も酷い、とても勝ちとは言えん状態だ、アレと取り巻きどもは益々付け上がるに違いない」
「…閣下の案が通っていれば、艦隊を動かすことなく、被害らしい被害を出さずに済んだはずです、そろそろ…大掃除の頃合いではないでしょうか?」
レリオは先日聞いた命令を思い出し、ため息をついた後に凍てつくような口調で提案する。
「…私はこれでも軍人だからねぇ、上の決定には従っているが…、アレを含め、上で些か図に乗りすぎている連中を四国に招きたい気分だよ」
ジャウキルは征伐前に上の取り巻き達から言われた事を思い返しつつ、穏やかな表情をしたまま、凍てつく様な口調で言い、士官達が震え上がる。
「…やれやれ、これから数年間は四国で更に面倒事が続くねぇ…」
士官達が震え上がったのを見たジャウキルは、諦観した様な口調で呟く。
「…閣下、例の件はいかがなさいますか?」
「…アルサムに陽穿島へ向かう様に伝えたまえ、ハルツィスとは矛を交えずに彼の島で異変がおきていないかを調査するようにとね」
「はっ!」
ジャウキルは部下達に伝言を預け、伝言を預かった部下達は瞬時の内にレキール級から去っていく。
「それと淡谷艦隊には門徒衆に警戒する様に伝えたまえ、まだ裏日本のどこかにいるはずだからねぇ」
「はっ!」
同じ様にジャウキルは待機していた部下達にも伝言を預け、その部下達も瞬時の内にレキール級から去っていく。
「閣下、九州と山陽、山陰地方の運送屋がこちらに協力したいとのことですが」
「…今回は両方の不調整と不徹底が招いた事だ、これを機に関係を調整をしていきたいこと、そして私に二度は無いとも伝えたまえ」
「ハッ」
「…ふう、表世界には謎の巨人達、裏世界には無限に増え続ける門徒衆、存在するはずの生と消えた筈の生が交錯する表裏の境界、陰世界の入り口の巨人島、陽世界の入り口があるとされる陽穿島、表裏の世界にも現れ始めた芒霊と妖械、世に不可思議な事が起きすぎているねぇ…、…何の前触れか…、私の打開策では既に手遅れかもしれんなぁ…」
ジャウキルは虚空に向かって呟くと、次の瞬間には怪しい雰囲気を醸し出す者を血に飢えた野獣の様な目で睨みつけ、レリオと仮面の士官達がその者を拘束する。
「…パターン一致、念力による遠隔洗脳を強制的に受けた様ですね」
レリオが拘束した者の目の前に何かの棒を翳すと、その棒が黒く光る。
「…やれやれ、身近な者にこんな洗脳を仕掛けるとは、これは私に対する挑発かねぇ」
「…閣下の情報はごく限られています、おそらく眼中にないのでしょう」
「…前大戦の時もそうだったが、他の連中が容易く引っかかっているからといって、誰もが何の対策もしていないとでも思ってるのかねぇ、まあ…奴等は楽勝という暗示をかけられているからこそ、こんな真似が出来るのだろうが」
レリオとジャウキルが何かに気づいた様に言った後、ジャウキルは形容しがたいオーラを出しながら言う。
「「ひ…」」
穏やかな表情のまま形容しがたいオーラを出しながら笑うジャウキルを見た部下達は、皆が顔面を蒼白にして震え、仮面の士官達は冷や汗を流す。
「…レリオ、そろそろ…極阿や甲信守護同盟、九州独立連合との協定を模索してくれんかね?…前々から工作をしているのだろう?」
「…極阿に対しては…新極阿シティの拠点を失うことになりますが、よろしいのですか?」
「…元帥の取り巻き達が勝手に執り行い、未だに利権を貪って小競り合いを続ける拠点など要らぬよ、今は亡き善一殿もこの状態では眠る事も出来ん、それにいずれは奴に返さねばならん地だからねぇ、百一もこれを機に極阿の再統一と復興に励むことが出来るだろう、通商政策を進めるのは復興支援の後だよ」
「…ではそのように、九州は如何しましょう?」
「諸勢力との関係を維持しておきたい、この後は九州征伐を叫ぶ奴らが逸るだろう、私は四国に残って復興支援に励まねばならないので九州征伐には参加しない、今まで以上に関係を深めておきたいと伝えてくれんかね?」
「畏まりました」
「…血気に逸り過ぎる奴らには悪いが、この辺で痛い目にあってもらうとしよう、良い加減に目を覚ましてもらわんとなぁ」
「ならば…カーヒュン中将にも動いてもらいましょう」
「…そちらは任せよう、さて…九州には大友君を派遣しておこうか、戦死者が出過ぎない程度に…最低限の義理は果たさんとなぁ」
「ふふ、さぞかし…肝が冷える事でしょうね、彼は…」
ジャウキルとレリオは冷笑を浮かべながら言う。
「…神楽坂君にも動いてもらうかねぇ、テイロンは補給が済み次第、九州か陽穿島か淡路島に向かわせる様にしよう」
「そういうと思って、既に根回しを済ませておきました、後は神楽坂艦長が方向を決めるだけです」
「…あからさま過ぎたかね?」
「ええ、それはもう楽しそうに」
「…いかんな、また奴に笑われるねぇ」
レリオは微笑みながら言うと、ジャウキルは目を閉じて椅子の背もたれに体重を傾けながら言う。
この後、アルサム艦隊は陽穿島へ、淡谷艦隊は淡路島へ、大友艦隊は大分県に向かい、それぞれの戦いを始める事になる…。
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ジャウキルとレリオが戦略を進めている頃…
テイロン隊は…
「…本日より我が艦に配属になった者達だ、自己紹介を頼む」
「本日づけでテイロンに配属になった滝川杏奈少尉です、搭乗機はイムリース、精密射撃と音の探知には少々自信があるので以後宜しくお願いします」
「同じく、早乙女晃伍長です、一応ZWパイロットの資格を持ってるので、戦闘でも作業でも使って下さい、あとZWの整備や改造も出来ます」
「陣内勝則伍長です、早乙女伍長と同じくZWパイロットの資格があり、戦闘も作業も出来ます、自分は主に援護や工作に向いているので、そちらを意識していただければ幸いです」
先ず杏奈と早乙女と陣内の三人が礼儀正しく自己紹介をする。
それに続く様にして遼とレイスが前に出る。
「自分は周林光遼、階級は少尉、搭乗機はサフィニオンです、諸事情により四国征伐中に配属となりました。 宜しくお願いします」
「レイス・ウェイア少尉だ、サフィニオンに乗っている、周林光少尉と同じく四国征伐中に配属された、馴れ合う気は無いが迷惑をかけるつもりも無い、宜しく頼む」
礼儀正しい遼と冷めた態度のレイスが自己紹介を終えると、今度は暁達が前に出る。
「仁科暁だ、俺様の事は黄色の禽獣と言えば大体わかんだろ」
暁の言に杏奈と遼は僅かに目を鋭くさせ、レイスは意に介さない様子で聞き、光牙は僅かに表情を険しくする。
「篠原理斗准尉です、元は仁科小隊に所属していましたが、諸事情によりテイロンに異動となりました、宜しくお願いします!」
「前篠勇治准尉といいます、篠原准尉と同じく元仁科小隊所属、味方の援護が得意なので宜しくお願いします」
「相楽愛梨少尉です、元仁科小隊に所属、その副隊長を務めていました、暴走機関車な上司ともども、宜しくお願いします」
暁に続くようにして理斗、勇治、愛梨の三名が自己紹介し、愛梨が最後に訂正しながら締めくくる。
「…(仁科死兵小隊…、常に最前線の激戦区に投入され、驚異的な戦果を挙げ続けたが、近くの友軍が必ず壊滅している事から死神と呼ばれ、味方殺しもやらされていたことから粛清小隊の別称もついた部隊か)」
「…(へえ、これがあの悪名高き仁科暁とそのメンバーだったのね、…道理で手強かった訳だわ)」
愛梨の言に遼は予め調べておいた情報を引き出して思案し、杏奈は妙に納得したように鼻で笑う。
すぐに好戦的なガンを飛ばす暁の視線を塞ぐ様にして、理斗、勇治、愛梨は暁がガンを飛ばしそうな人物の間に立つ。
「………」
「………」
理斗は前方のレイスに対して申し訳なさそうにするが、レイスは理斗達など眼中に無いという様子である。
「………!」
「………」
勇治は緊張していたが、前方の遼は勇治を気遣うように態度を軟化させ、それを見た勇治は安堵したのか、硬い姿勢が徐々に柔らかくなっていく。
「………、………っ」
「………?」
愛梨と杏奈はお互いを探り合う様にして見ていたが、杏奈が愛梨の体格に目を移した途端、杏奈は視線を逸らしてしまい、急に視線を逸らした杏奈に対し、愛梨は少し不審に思うが、杏奈の体格を見た次の瞬間には察していた。
暁は愛梨、理斗、勇治によってガン飛ばしを悉くブロックされて舌打ちし、その様子を見た神楽坂と壱岐は苦笑を浮かべる。
「…艦長、次はこの者を」
「ふむ、進めてくれ」
「はい、浅野」
壱岐の促しを受けた光牙がヤツレイと睦美を前に進めて自己紹介をさせようとするが、光牙が言うより先に睦美が前に出る。
「………(光牙さん以外の人と思念波の波調が合わない…、どうやって自己紹介すれば良いんだろう…)
「…んと、私は久我睦美という、こちらに在わす浅野光牙殿に保護された民間人だが、訳あってテイロンと行動を共にする事になった、宜しく頼むぞ、それで…隣にいる少年がヤツレイ・ウェ・クオン、階級は少尉だそうな」
「…(…あ、久我さんも思念波を使えるんだったっけ)」
睦美はまず自分の自己紹介を簡潔に済ませ、次に隣でどうしようか迷っているヤツレイに代わって自己紹介を進める。
「ヤツレイ少尉はZWラケスティヲの他、ネオンプラス5型にも搭乗するパイロットだ、こう見えても腕は仁科中尉、周林光少尉、ウェイア少尉の三名には及ばずとも、滝川少尉、相楽少尉ら数名に劣らないものを持っている」
睦美の後に続く様にして光牙がヤツレイの紹介を進めていき…
「尚、ヤツレイ少尉は声帯に異常があって喋れない、よって筆談か手話、表情、仕草で意思疎通を図るので配慮するように、…質問はあるか?」
壱岐が補足を入れ、何か聞きたそうな者たちの空気を察して質疑を挟む。
「…艦長、ヤツレイ少尉もZWパイロットとの事ですが、連携戦闘や作戦行動に問題は無いのですか?」
遼はもっともらしい質問をする。
「ヤツレイ少尉はハンデこそあるが、人の言うことを聞く姿勢を持っており、無理に逆らう様な真似はしない、よほど道理に合わぬ事を言ったり、支離滅裂な命令をしない限りは大丈夫だ、まあ、若さ故の行動はあるかもしれんがな」
「ふ、承知しました」
遼の質問に神楽坂は冗談交じりの口調で答え、遼は納得したように微笑みを浮かべながら下がると、続いて睦美の方を見る。
「久我睦美さん、先ほどの訳とは何か聞かせて貰えないか?」
訳ありに引っかかりを感じていたレイスが睦美に質問する。
「ふむ、訳というのは…私が少しばかり思念波が使えるばかりに研究対象だか思念波動能力の量産だかで面倒な事になってね、解剖なんかされるくらいならと…それで逃げ出してきたところを浅野少尉に保護された訳さ」
「…む…」
レイスの質問に神楽坂が代わりに答えようとするが、先に睦美が答えた為に言葉を飲み込む。
「…例の思念波動能力研究の裏にあった闇か…」
「…余計な詮索だった、気分を害したなら謝る」
睦美の言に遼は呟き、レイスは睦美の言と表情から何かを察して謝罪する。
「いいさ、訳あってと思わせぶりな事を言った私が浅慮だったね」
「…すまない」
睦美は平然を装って言うが、レイスは睦美が言い終わる前に頭を下げる。
「………」
神楽坂は光牙とヤツレイの方を見る。
『ヤツレイ、神楽坂艦長に何か言うことはあるか?』
『あ、特に何もありません』
「…ヤツレイ少尉からは何も無いようです」
「そうか、自己紹介は以上だ、壱岐大尉、後は頼む」
神楽坂は光牙の言を聞いて言い、壱岐が後を引き継ぐ。
『すっかり調子が戻ったようだな』
『おかげさまでね』
光牙はすっかり元気になった睦美の姿を見て思念波を飛ばし、睦美は笑顔で答える。
『…思念波動能力者量産計画だが、俺かヤツレイの記憶を見たのか?』
『見たというより、光牙が教えてくれた事と皆の記憶が繋がって見えたのかな?鮮明だったからすぐに分かったよ』
光牙はふと気になった事を睦美に問い、睦美はありのまま感じた事を話す。
『…流石だな、…暫くは俺達と行動を共にしてもらうぞ、それと部屋割りは聞いたか?』
『うん、光牙と同じ部屋だよね?』
『!?』
睦美の笑顔を見た光牙は、微笑みながら思念波を飛ばすが、睦美の思念波を受けた途端に衝撃を受ける。
『浅野少尉が保護したのなら、同じ部屋で面倒を見るべきであろうと神楽坂艦長が額を押さえながら言ってた』
『…ミラルス中尉と壱岐大尉の戯言を聴いたのか、俺は結依菜と同室にと提案したのだが…、まあ仕方があるまい』
睦美の答えに光牙はラバンと壱岐が悪ノリで神楽坂艦長の耳に提案を聞かせている光景が頭に浮かび上がり、少々呆れ返る。
『あ、僕も光牙さんと同じ部屋らしいです、神楽坂艦長にZコードを見せたら既に決まっているって』
『あの爺様…神楽坂艦長の恩師か何かなのか?…ってお前が知るわけないか』
『うん…よく知らないや』
光牙は先日会った柘榴博士の姿を思い出しながら思念波を飛ばし、ヤツレイはかぶりを振りながら思念波を飛ばす。
「…(この三人…思念波?か何かで話でもしているのかしら…、内容がわからないから少し…悔しいわね)」
「…(…滝川さん、勝己先輩の弟さんと睦美さんとヤツレイ君を見て不機嫌そうだけど…もしかして…)」
三人が思念波でやり取りをしている光景を見ていた杏奈は、やや怪訝な表情をしながら思案し、杏奈の表情から僅か感情を感じ取った愛梨は、杏奈の眼を見て微笑む。
「…何…?」
「んふふ、何でもないよ?」
「…はぁ?」
微笑みかけられた杏奈は不機嫌そうな口調で愛梨に尋ねるが、愛梨は優しく微笑みながら言い、杏奈は愛梨の態度に僅かに毒気を抜かれる。
「…(…コイツら、大丈夫そうだな)」
横で愛梨と杏奈のやり取りを見ていた暁は、二人が上手くいきそうな感じなのを確信しつつ、遼とレイスにガンを飛ばす。
「皆も既に聞いているだろうが、テイロンは修理と補給が済み次第、九州、陽穿島、淡路島のいずれかに向かう、九州には九州独立連盟、陽穿島にはハルツィス率いる白鷹隊、淡路島には門徒衆が居る。何れも手強い相手だ、今の内に休息を取っておくように」
それぞれがやり取りを続けている中で、壱岐は今後の行動について説明していたが、光牙、遼、レイス、愛梨、理斗、勇治以外はあまり真剣に聞いていなかったという。




