第一部・神さまは気まぐれ!?編 (5-2)
「お姉ちゃん……?」
トモエはおそるおそる云った。愛稀ははっという表情になった。
「あ、ごめん――。トモちゃんは、星夜くんのことをそんなふうに思っているんだね」
「どういうこと?」
「別に悪い意味じゃないんだよ? たしかに、凜くんが星夜くんみたいな立場だったら、私もトモちゃんみたいに思うかも。好きな人とは、色んなところに行って、楽しく過ごしたいもん。でもね……」
愛稀はここで少し言葉を途切らせた。そして、すぅ、と息を吸い込んでから続けた。
「立場が違うからなのかな。私は星夜くんのことは、どうしてもトモちゃんのようには思えないんだ」
ごめんね――、と愛稀は云った。
トモエはショックだった。別に、愛稀の共感や同意を得たいわけではなかった。けれども、彼女に共感してもらえなかったことは、トモエをとても寂しくさせた。
「……じゃあ、お姉ちゃんはどんなふうに思っているの?」
と、トモエは訊いた。
「うーん……。少し真面目な話になっちゃうけど、いい?」
トモエは緊張した面持ちで頷いた。愛稀がどのように思っているのか、彼女の本心を知りたかった。
「さっき、トモちゃんはこうも云ったよね。星夜くんがまともな生活を送れないのが可哀想だって。でも、それって本当に可哀想なことなのかな」
「可哀想じゃない?」
「私は必ずしもそうだとは思わない。だって、この世で普通に生きている人だって、幸せな人も不幸な人もいるでしょう。人の幸・不幸ってそういうことじゃないと思うの。人と違う困難を抱えていても日々を楽しく生きている人、私は何人も知っているよ。そんな人たちに、『可哀想ですね』とか『まともな生活できないんですね』なんて云ったら、その人たち怒ると思う。少なくとも私は、施設の利用者たちにそういう気持ちでは接してない」
「でも、星夜の場合はそういう人たちとは少し事情が違うっていうか――」
トモエは反論した。というよりも、星夜の場合は他のどんな人の事情とも一線を画しているところがあった。精神と身体が分離して、別個に確立している人間など、彼以外に見たことがない。
「うん、たしかにそうなんだけど、それでも星夜くんがそういう人たちと同じ支援を受けながらこの世界で生きているのは事実でしょう? 彼のことをそんなふうに表現するのは、他の施設の利用者も同じように云われているみたいで、私は好きじゃない」
「…………」
トモエは何も応えなかった。
愛稀はカップを手にとり紅茶をひとくち飲んだ。話の熱が冷めてきたらしく、ふたりの耳に店内のざわめきがふたたび聞こえてきた。
愛稀は先ほどよりも少し落ち着いた様子で続けた。
「ごめんね。仕事柄というか立場上というか、この辺の話になると、私ガラにもなくシビアに考えちゃうところあるから。でも、これは飽くまで私個人の意見であって、トモちゃんの考えを否定するわけじゃないよ。それに、星夜くんが実のところどう思ってるのかも分からないし。星夜くんには、その辺のこと訊いてみたの?」
「……訊けるわけないよ」
かすれた声でトモエは云った。訊いてみたとして、星夜がそのことを本当に願っていたとしたらどうするのだ。これは、実現することはほぼ不可能な望みなのだ。ひょっとすると、星夜を深く悲しませることになるかもしれない。
だから星夜でなく、愛稀に話してみたというのに、話さなければよかったとトモエは思った。愛稀の云うことが理解できないわけではなく、それどころか正論だとさえ思う。けれど、感情の部分で納得ができない。自分の願いとは、真反対のことを云われ、何だか非難されたような気分になった。むろん、愛稀にはそんな気はなかっただろうし、トモエの気分を害することもよく分かっていたから、何度も謝罪の言葉を口にしたのだろう。けれども、謝られたからといって気持ちが軽くなるわけでもない。
――そんなことを思い出すうち、つい先ほどあんな能天気なメールを送りつけてきた愛稀にだんだんと腹が立ってきた。誰のせいでこれだけ落ち込んでると思ってるんだ。そう思うと、トモエはやはり、彼女に旅行のおみやげを買う気もさらさら失せてしまうのだった。