第一部・神さまは気まぐれ!?編 (5-1)
5
日下 愛稀。
地元の私立大学に通う大学生。
そして彼女は、トモエや平沢 星夜の知られざる秘密を知っている数少ない人間のうちのひとりであった。
トモエの秘密というのは、彼女が悪意の化身と戦う魔法少女であるということである。しかし、星夜の場合、もっと複雑な事情が隠されていた。それは、星夜という人間はこの世界だけではなく、ユメのセカイと呼ばれる別次元の空間に、もうひとり存在するという事実である。
平沢 星夜の生まれながらの性質は、彼の魂というべきものをユメのセカイへと遊離させ、その世界の下層へと閉じ込めてしまった。そのため、魂としての星夜は、その空間でしか生きることができない。トモエが逢っているのは、そのユメのセカイに住む星夜であった。
一方で、この現実世界の星夜は、魂が遊離し精神というものが抜け落ちた状態になった。そのため、彼は生まれつき一般の人が当たり前にできる生活を送ることができない。愛稀は彼の通う支援施設でボランティアとして働いていた。つまり、彼女はもうひとりの星夜と近しい関係にあるということになる。
自分が逢っている星夜と、現実世界の星夜には大きなギャップがある。トモエ自身そのことを理解していたし、それでもかまわないと思っていた。けれど、星夜と同じ時を過ごし、どんどん彼のことを好きになるに従って、トモエは少しずつ現状に満足できなくなる自分に気がついた。星夜はあの場所から移動することができない。つまり、世間一般の恋人たちのように、ふたりでどこかに出かけて遊んだりすることができないのだ。
――
「――最初はそれでもいいと思ったんだ」
ある日のこと。市内のカフェで、トモエはそんな自分の気持ちを、思い切って愛稀にぶつけてみた。
「私だけが星夜に逢いに行ける、決まった場所がある。ひとりじめできるような気にもなれるし、何より会えるだけで十分だと思っていた」
「それが違ってきたの?」
愛稀はそう訊いた。「うん」とトモエは頷く。
「だんだんと、何だか違うと思うようになってきたんだ」
「どうして?」
「例えばさ、お姉ちゃんには恋人がいるでしょ」
「うん。凜くんのことだよね」
「あえて名を云わなくてもいいの――。まぁ、凜お兄ちゃんがいるじゃない。今はお兄ちゃんアメリカに行ってるけど、以前はデートでお出かけとかもしたでしょ?」
「うーん、してたかな。研究所に研究のお手伝いに行ったり、バーに飲みに行って、凜くんからお酒の話を延々と聞かされたり」
トモエは拍子抜けした。彼女の描くデート像とはかけ離れていたからだ。けれど、話が脱線するような回答じゃないと、トモエは気持ちを切り替えた。ここで重要なのは、愛稀が恋人である鳥須 凜と、色々な場所へ行けるということだ。
「私と星夜にはそういう経験が一切ないの。逢える場所は、ユメのセカイの最下層。そこから一歩たりとも、星夜は動くことができない。私は星夜とデートというものを、恋人としてごく当たり前の行為を一度もしたことがないの。だからさ――」
「だから?」
「ときどき思うんだ。星夜がこの世界の人だったらどれだけいいだろう、って。私はもっと星夜と楽しい日々を過ごしたい。それに星夜だって、こっちの世界ではまともな生活を送れないなんて、そんなの可哀想じゃないか、って――」
「……そっか」
愛稀はそう応えたきり、黙ってしまった。その表情はいつもの彼女からは想像もできないくらい真剣なものであったので、トモエも少し驚いてしまった。