第四部・破滅の救済編 (10_2)
「でも、じゃあどうして、あなたはそんなことを願ったの」
トモエは尋ねた。“宇宙の意志の権化”は軽くため息をつく。
「考えてもごらんよ。彼があのままの状態でいれば、どうなると思う」
「どうなる、って――」
「彼はいわば、精神すなわち魂の大部分がユメのセカイに遊離して、肉体との連携がほとんど外れた状態だった。将来、肉体が滅びてしまえば、精神は帰る場所もないまま漂い続けることになる。そして、長い年月を経て、最終的にどうなるか、君にも分かるだろう」
「まさか――」
「そのまさかさ。いずれは僕と同じになる」
“宇宙の意志の権化”は、別の次元世界での星夜が、肉体が滅んだ後、長い年月を経て魂が具現化した姿だった。この世界での星夜も、ここままではいずれ同じ運命をたどっていたということだ。
「この次元世界の僕にはそんな運命をたどってほしくなかった。それが正直なところさ。ま、僕はもう、宇宙の理を守る存在として、生き続ける覚悟はあるけどね。でも、もうひとりの僕には、やっぱりヒトとしての運命をまっとうしてほしかったんだ」
「でも、それならば魂と肉体の連携を完全にしてもよかったんじゃない?」
トモエは云った。中途半端に強めるくらいなら、完全なものにしたほうがいいのではないかと思ったのだ。しかも、トモエが願った通りにもなる。
「僕も本当はそうしたかったけれどね。でも神さまが許してくれなかった」
「どうして?」
「『それが自然の摂理に反することだから』だそうだ。人はそれぞれ、自分の運命を背負いながら生きている。安易な救いの道を与えるのは不道理なんだろう」
じゃあ、あの時私が願ったところで、結局それは叶えてもらえなかったんじゃないか、とトモエは思った。
「とにかく今回のことは、僕にも他人事じゃない部分があった。でも、あとは君たち人どうしの問題だ。状況が変わればそれだけ弊害も起きる。この先、君たちが幸せな未来を築いてゆくために、君はもっと戦わなくてはならない。その相手は、これまでのような悪意の化身ばかりじゃなく、同じ人間かもしれないし、自分自身の心かもしれないね」
“宇宙の意志の権化”は花壇のふちからぴょこんと飛び降りた。
「じゃあトモエ、また会おう。とりあえずは、もうひとりの僕と仲良くやってくれ」
“宇宙の意志の権化”はそう云い残して去っていった。
「トモちゃん。こんなところにいたんだ」
しばらくして、愛稀の声がした。トモエは声の方を振り向いた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
愛稀は興奮した様子でこちらに駆け寄ってくる。
「大変。スタッフのみんな大騒ぎなんだよ。『星夜くんの様子が急に改善した』ってさ。みんな星夜くんのところに押しかけてきてね。あの子の周りは人だかりだよ」
愛稀の話を聞いて、トモエはさっき“宇宙の意志の権化”から聞いた「状況が変われば弊害も起きる」という言葉の意味が少し分かった気がした。星夜の様子が変化したこと自体はいいことだとしても、それに反応した周囲が原因で、何か問題に発展する可能性は十分にある。今は些細なことだったとしても、この先何があるかは分からない。歩きだせば新たな障害物にぶち当たるようなものだ。だが、だとしても、乗り越えて先に進まなくては未来はない。
「とにかく今のままじゃ、ちょっと星夜くんが可哀想だよ。トモちゃん、星夜くんを部屋から連れ出すの、手伝ってくれないかな?」
「分かったよ」
トモエは愛稀に応え、彼女と一緒に星夜のいる部屋へと急いだ。別世界の幸せを守る戦いは終えたが、自分たちの幸せを築く戦いは、まだ始まったばかりなのだった。




