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第四部・破滅の救済編 (10_1)


 10



 久々に来た支援施設で、トモエは驚きを隠せなかった。


 愛稀に連れられ、やって来たのは、利用者たちの集まる一室だった。数人の利用者たちに混じって、星夜はいた。壁際に置かれた木製の長椅子に座っている。彼は、トモエたちの姿を認識したらしく、こちらへと顔を向けた。そして、トモエに対して、にっこりと微笑んでみせたのだ。


(え、うそ。今、笑った?)


 トモエは思わず息を飲んだ。この現実世界において、星夜は周囲を認識しない、あるいは認識していても反応を示さないという特性をもっていたはずだ。それが、自分に対して笑いかけてくれたのだ。トモエは星夜に向かって歩いていった。星夜は座ったままの体勢で、両腕をトモエに伸ばしてきた。そして、彼はトモエの手をとった。


「私が来ない間に、ここまでできるようになってたの?」


 愛稀はうしろから「ううん」と云った。


「こんなの初めてだよ。トモちゃんが来てくれたからかな……」


 愛稀も驚いているようで、呆然とした口調であった。


 トモエはあらためて星夜の顔を見た。星夜はぎこちなくはあるが、満面の笑みでトモエを迎えていた。トモエには何だかこみあげてくるものがあった。


「ちょっと、ごめん――」


 トモエはそう云って、部屋を出ていった。



――



 中庭のベンチでトモエはうずくまっていた。


 ユメのセカイで会う星夜とのギャップを感じることに抵抗があり、施設に通うことを何となく躊躇っていた。これではいけないと思い、足を運んでみたら、思いもよらず、星夜は満面の笑顔でトモエを迎えてくれた。ここまでできるようになっているとは想像もつかなかった。もちろん、彼女が当初彼に抱いていた望みからは程遠い。それなのに、どうしてこんなにも泣けてくるのだろう――。


「トモエ」


 声がしたのでその方を見ると、“宇宙の意志の権化”が近くの花壇のふちに立っていた。トモエは指で涙を拭った。


「どうなっているの?」


 トモエは訊いた。唐突な質問にも見えたが、“宇宙の意志の権化”はその意図をよく分かっていたようだった。


「この次元世界での僕のことかい?」


 “この次元世界での僕”――、彼は星夜のことをそう表現した。その言葉通り、“宇宙の意志の権化”は、別の次元世界で生まれた星夜であった。


「私、あの時神さまに願い事はしなかったはず。なのに、どうして――」


「代わりに僕の願いを叶えてもらったんだよ」


 トモエにかぶせるように、“宇宙の意志の権化”は云った。


「あなたの願い?」


「そうさ。君の願った通りにはなってないだろう。彼と、他の友人たちと同じような付き合い方ができるようになりたいというのが、君の願いだったはずだ。でも、僕が願ったのは、彼の魂と肉体の連携を少しだけ強めることだった。たまたま、君の願いと僕の願いの方向性が一緒だったってだけさ。望みの程度は違ったけどね」


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