第四部・破滅の救済編 (8)
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「トモエ――」
目を開くと、ぼやけた視界の先に、人間の顔が見えた。徐々にピントが合ってゆき、そしてついにはくっきりと見えた。
「星夜――」
トモエは呟くように云って、力なく笑った。そこにいたのは、平沢 星夜だった。穏やかな微笑みをトモエに向けている。トモエは瞬時に理解した。ここは、星夜の住む世界だ。
「よくやったね」
ううん、とトモエは首を横に振った。
「ぜんぜんダメだったよ」
「そんなことはないさ。君のおかげで、ふたつの世界が救われたんだ」
「星夜も見ていてくれたんだね」
そう云って、トモエは星夜の手を握った。
「でも、さすがにちょっと疲れたよ」
星夜もトモエの手をかたく握り返す。
「本当にトモエは頑張ったんだ。――これからは、ここで一緒に暮さないか」
星夜の申し出は嬉しかった。だが、トモエは再度首を横に振った。
「そう云ってくれるのは嬉しいけど……。でも私には、まだ向こうの世界でやり残したことがあるの」
星夜は諦めたように柔らかな笑みを浮かべた。
「――そう云うだろうと思っていたよ」
「あ、でも、私はもうあっちの世界での存在が消えてしまったのかも――。もしそうだったら、やっぱりここにいさせてもらってもいいかな?」
「いいや、心配はいらないよ」
と、星夜は云う。
「迷わずに戻ればいいんだ。本来君が生きてゆくべき世界へ――」
ふいに目まいがした。頭がくらくらっとして、水がよどむように視界がぼやけてゆく。トモエは思わず目をつむった。そしてそのまま、意識は波に呑まれるように、彼方へと消えていった――。
――
ふと身体が揺れるのを感じた。目を開けると、トモエは誰かにおぶさっていた。身体が揺れている理由を彼女は理解した。トモエを背負っている誰かが歩くたびに、その人の身体が上下に動くのだ。
「…………」
トモエは自分を背負っている人の横顔を見た。
「――お姉ちゃん?」
トモエはぽつりと云った。彼女を背負っているのは愛稀だった。
「あ、トモちゃん、目が覚めた?」
愛稀は囁くように云った。
「どうしてお姉ちゃんが……。ディタたちはどうなったの?」
「安心して。トモちゃんは無事任務を成し遂げたよ。それでもとの世界に還ってきたんだから」
「お姉ちゃんが私を助けてくれたの?」
「まぁ、そういうことかな――。もちろん私だけじゃなくて、アイラちゃんやまどかの力もあったけれど」
トモエは愛稀をナメる感じで前方を見た。すぐ近くに、アイラとまどか、“宇宙の意志の権化”、そして市宮が歩いていた。
「とにかく詳しい話は後でするから、今はもうちょっと休んでなよ」
「うん……」
トモエはその言葉に甘えることにした。眠りからは覚醒したものの、脱力感が残っており、まだ自分で歩くのは億劫だった。
「そうだ、お姉ちゃん」
「何?」
「今度、お姉ちゃんの働いてる施設に、また行ってもいいかな」
「もちろんだよ」
愛稀は嬉しそうな声で云った。
「星夜くんもきっと喜ぶよ――」




