第四部・破滅の救済編 (7_2) 【本サイト限定公開】
閉じていた目を開くと、壮大な宇宙の中にいた。無数の星が光の筋となり通り過ぎてゆくのを見て、自分が今飛んでいるのだと分かった。
しばらく飛んでいると、やがて前方に光が見え、それが徐々に大きくなっていった。そして、その光に全身が包まれた時、彼女の目の前には違う風景が広がった。
顔をあげると、数人の人間 (うちひとりは人間かどうか怪しい風貌だったが) がじっとこちらを見つめていた。だが、愛稀はそんなことは気にもせず、彼らの下方へと視線を動かす。すると、彼らに囲まれるような形で、その場に倒れているトモエの姿があった。
「トモちゃん!?」
愛稀は叫んで、トモエのもとへと駆け寄った。
「あなたは――トモエさんのお仲間ですか?」
愛稀を見つめていたうちのひとりが、声をかけた。
「……そうだよ。あなたは?」
「私は、この国の王女、ディタといいます」
ディタからの自己紹介に、トモエははっと目を見開いた。
「てことは、あなたが、トモちゃんが助けた人なんだね」
「知っているのですか?」
「うん。“もうひとりの星夜くん”から聞いたから――」
愛稀は“もうひとりの星夜”すなわち“宇宙の意志の権化”が、何なのかディタには分からないであろう、ということには気を留めないまま話を続けた。
「でも、トモちゃんどうしたの? なんで倒れているの?」
愛稀はトモエの前にかがんだ。トモエはうつぶせになって眠っている。
「魔力を使い果たしてしまったのでしょう。彼女の心に住み、守っている魂がまだわずかに力を残しているから、トモエさんはまだ消えずにすんでいるのでしょうが――、でもそれも時間の問題でしょう」
ディタが答えた。
「そんな……。いつ倒れたの?」
「たった今。トモエさんが倒れて驚いたところへ、あなたが現れたんです」
愛稀はトモエの顔を覗きこんだ。その顔は穏やかそうで、苦悶の表情を見せられているに比べれば、愛稀の気持ちはいくばくかほっとした。
(夢でも見ているのかな――)
愛稀はトモエの頬を撫でた。眠っている彼女に語りかける。
「頑張ったんだね。さあ、帰ろう? みんなが待っているよ」
「だが、その方がトモエの仲間であるという保証はあるのか?」
ふいに、イエガーが云った。意外な指摘に、愛稀は一瞬耳を疑った。
「……え?」
「気を悪くしたならすまないが――、だがトモエは我々にとって恩人なのだ。信用おける人に託したい」
愛稀ははっとした。自分とトモエは旧知の間柄だが、ここの世界に住人たちは、そのことを知る由もないのだ。疑られても当然といえば当然だろう。
「でもどうしよう、はやく還らないと、魔法のバリアが解けちゃう」
愛稀は焦った。急がなくては、トモエどころか、自分の存在さえも消えてしまいかねない。
「安心せい」
ふと声が聞こえた。みながその方を向くと、黒づくめの老婆がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「アマレットさん……」
ディタが呟いた。アマレットはそれぞれの顔を見回しながら云った。
「神からのお告げがあったのじゃ。異世界から別の者がやって来るとな。神がお告げくださるような者が、悪い人間なはずはなかろう」
「きさま、神の声が聞こえるのか?」
ソーホーが驚いた様子で訊いた。
「直接言葉を聞きとるのではない。風の流れや、空模様から天からの啓示を読みとるのじゃ。わしの家系は、古くからそのようなことを行ってきたのじゃよ。――ともかく、これで分かったじゃろう。この者は信頼してよいと」
「――ありがとうございます」
愛稀はアマレットに丁寧にお辞儀をした。そして、トモエを背中におぶる。
「あの――」
ディタが云った。
「トモエさんが目覚めたら、ありがとうと伝えてくれませんか」
うん――と愛稀は応じた。
「トモちゃんの戦いぶりはどうだった?」
「本当によく戦ってくれました。この世界が救われたのは、トモエさんのおかげです」
「そう。よかった――」
愛稀は嬉しそうに微笑んだ。
「そして、これからは私たちが自ら頑張る番です。トモエさんのはたらきが決して無駄にならないよう、私たちの手で幸せを築いていきます」
「うん。頑張って」
「あなた方にも、幸せな未来があらんことを――」
ディタは胸元で手を組み祈った。
「ありがとう。それじゃあね」
愛稀は踵を返し歩きだした。空間に浮かぶ大きな空洞があった。それは、愛稀が先ほど通ってきた、次元の抜け穴だった。
愛稀はトモエを連れて、その空洞に足を踏み入れた――。




