第四部・破滅の救済編 (6)
6
一方そのころ、トモエが本来住んでいた現実世界――。
担任の市宮はテーマパークのベンチで頭を抱えていた。トモエがこのテーマパークで失踪して、まる2日になる。『氷の王国』というアトラクションに入っている最中に忽然と姿を消してしまい、誰もその後の彼女の足どりを知らない。とりあえずは、昨日に他の生徒は先に地元へと帰し、市宮ひとり残ってトモエを捜す形となった。もちろん、トモエの両親にも連絡したし、警察にも捜索願を出した。だが、それでも彼女の行方を示す手がかりは見つからない。
「ああ、どうすりゃいいんだ――」
市宮は嘆いた。両親から預かった大切な生徒が失踪してしまったというのは大問題だった。
「……トモエ、マダ見つからないノ?」
傍らで声がした。頭を抱えたまま、市宮は答える。
「ああ、どこに行ったんだか――。ン?」
ふと違和感がして、ぱっと声の方を見る。そこには、高島アイラが立っていた。
「た、高島!? お前なんでここにいるんだ!」
市宮は驚きのあまりベンチから立ち上がった。アイラは無邪気な笑顔をみせていた。
「だってェ――、トモエが心配だったんダモノ」
「そういう問題じゃない。鶴洲が失踪しただけでも大問題なのに、お前までいなくなったとなったら余計にみんなに心配をかけるじゃないか!」
市宮は声をいからせた。アイラは不満そうに唇をとがらせる。
「デモ、先生や警察ヨリ、私の方ガ、トモエを見ツケやすいと思ウナー」
「何をふざけたことを――」
市宮が云いかけた時、
「アイラちゃん!」
遠くから声がした。見れば、大学生くらいの年齢の女性と、中学生くらいの女子がこちらに向かって歩いてくる。
「あ、ハーイ!」
アイラは手をあげ快活に応えた。
市宮は大学生らしき方に見覚えはないが、中学生の方は見覚えがあった。直接教えたことはないので名前までは分からないが、たしかトモエたちと同じJ中学の1年生だったはずだ。
だが、市宮がその時ギョッとなったのは、彼女たちのためではなかった――。
ふたりの隣に、子犬くらいの大きさの物体が並んでいたのだ。その顔は映画で見た宇宙人のように奇妙で、得体の知れない様相を放っている。はじめは人形か何かだと思ったが、すぐにそうではないと気づいた。なぜなら、ふたりと同じく、それもこちらに向かって歩いていたからだ。
「こんにちは、市宮先生ですね?」
大学生らしき方が市宮に向かって挨拶をした。
「き、君たちは、何だ?」
市宮は驚きを隠せないまま、けれども何とか声を出した。
「はじめまして。私、トモちゃん――いえ、鶴洲トモエちゃんの知り合いで、日下 愛稀といいます。こっちは、妹の三都まどか。あ、名字は違うけど私の妹です」
「……何のためにここに来たのだ?」
市宮の問いに、愛稀は「はい――」と答えた。
「トモちゃんがピンチだと聞いたものですから。あ、私たちも同じくK県に住んでて、まどかもJ中学の学生なんです。本当はもっと早く来たかったんですけど、でも、私あんまり電車とかよく知らなくって、特急券買ったり、電車乗り換えたりするのもひと苦労で、色々迷っちゃって時間も余計に――」
長々と喋る愛稀の腰のあたりを、まどかは拳でパンパンと叩いた。無駄なことを云うなということだろう。愛稀もまどかの合図にはっと気づいたようだった。
「あ、ごめんなさい。私、話している間に話が脱線しちゃう癖があるんです。ひとつのことに集中していることが苦手みたいで。とにかく話を戻しますね――。トモちゃんのことを教えてくれたのは、ここにいる“もうひとりの星夜くん”です」
愛稀は傍らの小動物を指さした。
「もっとも、他の人には“宇宙の意志の権化”さんと呼ばれてるんですけどね――。とにかく、彼は私に云いました。トモちゃんがピンチだ、助けられるのは私たちしかいない、と」
市宮は愛稀の云うことがあまり理解できなかった。言葉や文章のつながりを追うことはできても、あまりに自分の了見とかけ離れたところから話をしてくるので、何をどう理解したらいいのか分からないのだ。それでも何とか理解できるのは、彼女たちが自分の知り得ない何かを知っているということだ。
「……鶴洲は今、どうなっているのだ。どうやって助けると――?」
「それは――」
愛稀は口ごもった。愛稀自身、“宇宙の意志の権化”に頼まれて駆けつけただけで、詳しいことはあまり分かっていなかった。
「それについては僕がお話しましょう――」
“宇宙の意志の権化”が云った。市宮は目を剥いた。存在自体が驚きなのに、喋るとなるともっと驚かされる。
「トモエは今、別次元の宇宙のある世界に赴き、そこにはびこる悪と戦っています。――このあたりは、あなたはあまり深く理解する必要はありません。何となくこういうことなのだ、で結構です。しかし、これはトモエにとってはじめての任務であり、おまけに僕たちの想像以上の戦いを強いられたようで、あの子はこの世界に戻ってくる力を失ってしまったのです。だから、我々の手で、彼女をこちらに連れ戻さなければなりません。そして、それができるのは、トモエと同じ魔法少女、或いは、それと同じような能力を有する者――。つまり、ここにいる彼女たちです」
説明されればされるほど、市宮には分からなくなってきた。ただ、観念したように静かに云った。
「……君たちに任せるより、ほかはないようだな」




