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第四部・破滅の救済編 (5)


 5



「……結婚できないって、どうしてだ?」


 衝撃の告白に、ソーホーはおそるおそる訊いた。


「これを見て――」


 ディタはそう云って、驚くべき行動に出た。彼女は、その場でおもむろにドレスを脱ぎ始めたのだ。そして、その豪華な召し物をまるで布切れか何かのように地面に放り投げる。そしてあらわになったディタの首から下――、その姿を見て、一向はさらに驚きを隠せなかった。


 彼女の肌はやわらかそうで、まるで絹のように白く滑らかだった――かと思いきや、そんなことはなかった。向かって左半分はたしかにその通りであったが、右半分はうろこのように黒くごつごつとした皮膚で覆われていた。まるでスミノフや魔界王国で見た魔物たちと同じように。


「ディタ、その姿は……」


 ソーホーが呆気にとられたように云った。


「これは私が魔物なったことの証。こうなることは、実は覚悟の上だったわ。一度魔物になった者が、ふたたび人に戻れたところで、すべてが元通りになるわけではないの」


 ディタは覚悟を決めたような、神妙な面持ちで云った。


「――ね、こんな姿になった私を、あなたは愛せないでしょ?」


「何をいうんだ――」


 ソーホーは即答した。


「どんな姿になろうと、ディタ、君が君であることに違いはない。そもそも、人も魔物も違いはないと教えてくれたのは、他ならぬ君じゃないか」


 ディタは唖然となった。ソーホーの言葉を、そして一糸の迷いもない毅然とした態度を、意外に思ったのだ。


「こんな姿になった私を、愛してくれるの――?」


 ソーホーは強くうなずいて応えた。


「当たり前じゃないか。そんなことで私の愛はゆらぎはしない。――君はどうなんだ。そんな姿になったからといって、私のことを諦められるのか。愛せなくなるのか」


「そんなこと――あるわけないじゃない」


 ディタは唇をかみしめ、今にも泣きそうなのをぐっとこらえているような顔をする。


「ならば、共に歩いていこう。君の背負ったものを、私にも背負わせてくれ。そして、君の理想をいつかきっと、叶えてみせようではないか」


「ソーホー……」


 ふたりは強く抱きしめ合った。


 目の前の幸せな光景を眺めながら、トモエは今回のことを思い返してみた。そして、はたと気づいた。大切なのは、相手をまっすぐに見て、歩み寄ろうとすることなのだ。だが、人はなかなかそうはできない。思いこんだり、世間の風評に左右されたり、相手を自分の思い通りにしたいと思ったりしてしまう。それが、物事を曲解させ、間違った方向へと動かす要因となる。そして、偏見や差別はそういうところから生まれてくるのだ。それではいけない。物事をまっすぐ見る目を養い、本当に正しいことは何なのかを考えなくてはならないのだ。ディタやソーホーやイエガー、そしてスミノフはそのことに気づいかたからこそ、新たな第一歩を歩み出すことができたに違いない。


 トモエが今悩んでいること――すなわち平沢 星夜の件についても、同じことが云えた。トモエは星夜と現実世界でも一緒に過ごしたいと望んでいた。しかし、それは裏を返せば、「彼に普通になってもらいたい」ということでもあった。トモエは、今の星夜の現状を心のどこかで許容できず、周囲に見せられるような彼になってほしいと願ってしまっていた。もちろん、意識してそんな傲慢な考えをしていたわけではない。だが実は、心の奥底で彼女はそのことに気づいていた。だから、もっともらしい理由を云い訳に誤魔化そうとしていたのだ。自分自身の本心さえも――。


(本当に願うべきところはそこじゃない。必要なのは、私と彼が互いに幸せに生きられるような道を模索することだ――)


 トモエはそう思った。今だからこそわかる。日下 愛稀は、前に話した時、おそらく自分にそういうことを伝えたかったのだろう。彼女は自ら進んで福祉の世界に入り、星夜以外にも多くの被支援者と接してきた。彼らが生きやすい世の中について、彼女は彼女なりに考え続けてきたに違いない。


 トモエは心の目が開けた気がした。霧のように心を曇らせていた迷いが消えてゆく。自分の曲がった視線に気づき、新たな道にピントがかちりと合った瞬間だった。もちろん歩みだせば、そこには新たな苦難が待ち構えていることだろう。だが、ひとつひとつ乗り越えてこそ、幸せは少しずつでも見えてくるものに違いない。


 その時、トモエは周りの光景がぐにゃりと歪むのを感じた。全身の力が急激に抜けてゆき、意識も遠ざかってゆく。


(……そっか、気づいてももう遅かったんだ)


 トモエは思った。世界を救うため力を使いすぎたことに対する代償が、今まさにトモエにおしかかろうとしていた。がくりと膝をつくと、次第に地面が目の前に近づいてくる。だが実はその逆で、自分が地面に近づいているのだと、トモエは気づいていた。


「トモエさん……!!」


 近くにいるはずのディタの叫び声が、やけに遠くに聞こえた。


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