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第四部・破滅の救済編 (3_1)


 3



 物事に二面性があるように、人の心にも二面性がある。


 誰かのことを想い願ったことでも、それは結局、自分のために外ならない。真の無償の愛というものはこの世には存在しなく、愛の本質とは傲慢で、利己的なものなのだ。


 誰かのことを思いやる心がある反面、他者を見下す心理というものも、人間には共存する。自分より上の人間を妬んでは、自分より下の人間を見つけては蔑み、差別する。人間の歴史において、差別はその対象を変えながらも、現代まで残っているのだ。


 トモエ自身も、そのことはよく知っていたはずであった。自分自身の身をもって。なのに、見て見ぬふりをしていた。真実の気持ちにふたをして、うわずみばかりの心で語ってきた。本当のことは、誰しも目をつぶっていたいものなのだ。


 だが今、そんな自分の影の部分が、否応なくトモエの心の中に湧き上がり続けていた。目をそらしたくても、絶え間なくその感情はトモエの胸を絞め続けた。そのような時の精神的苦痛は想像を絶するものがある。


「嫌だ、もうやめて……!」


 トモエは声にならない声で叫んだ。ふふふ、とディタは含み笑いを浮かべ、トモエの耳元で囁く。


「だめよ。これはあなたの罪なの。ちゃんと向き合わないとね」


 トモエの精神はもう限界まで来ていた。崩壊寸前である。その時、ふと心のどこかから声が聞こえた。



 ――ここで終わるつもり?――



 誰の声だろうと思った。マオでもなければイチコでもない。ただ、どこかで聞き覚えのある声だった。



 ――あなたの決意はこんなものじゃなかったでしょう?――



 負の感情で満たされている心に、まだこんな前向きな想いが残っていることが意外であった。


 ふいに、トモエははっきりと思い出した。この声の主、それは自分の分身とも云うべきものだった。別の次元世界で邪霊と化してしまった、トモエ自身の魂である。その魂は、トモエの救済の力をもって救われ、今では彼女自身の一部となっていた。その分身が自分に問いかけているのだ。こんなことでやられてしまうような、弱い心の持ち主だったのか、と――。


 トモエは深い闇の淵から舞い上がってくるような感覚を覚えた。暗闇だった視界が、徐々に光を取り戻してゆく。ふたたび全身へと力がみなぎり、ディタの呪縛を振りほどいた。


「…………!!」


 ディタは目を剥いた。トモエがこの局面を切り抜けられるとは思っていなかった。


 トモエはディタの顔をしっかりと見つめながら云った。


「……たしかに、あなたの云う通り、人の心は醜いものかもしれない。でも、完全なものじゃないからこそ、人は成長できる。これまでの過ちを振り返り、互いに歩み寄ることだってできる」


 ディタはそんなトモエをつまらなそうな目で見ていた。


「そんなもの、ただの理想論よ。もっとはっきり云うなら、まやかしにすぎないわ。自分の醜さを自分自身に隠すため、見せかけの希望にすがっているにすぎないのよ」


 トモエは強くかぶりを振った。そうではないと云い切れるたしかな自信があった。


「だからといって何もしなければ、何も変わらない。でも、自分を変えれば世界も変わる。正しく物事を見て、前向きな気持ちで行動すれば、必ず希望はある。私は知っているんだ。過酷な運命を背負いながらも希望を捨てず、少しでも世界をよくしようと、懸命に生きている人がいることを」


 その人の生きざまは、たくさんの人に影響を与えている。この私だってそのひとりだよ――とトモエはしめくくった。ディタはため息をついた。口をとがらせ、その表情はなんだか不服そうにも見える。


「そう、それがあなたの答えね。――なら、あなたが間違っていると、力づくで証明してみせるまでよ!」


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