第四部・破滅の救済編 (1)
地上世界はどんよりと暗く閉ざされていた。
夜だから、という理由ではない。見上げれば、とぐろを巻く大蛇のような暗雲が、うねるように重なって空を覆っていた。この世界自体が、強力な悪意に侵されているようだった。魔物と化したディタの放つ妖気が、さすがにこれほどまでに強力なものだとは、想像もしていなかった。だが、考えようによっては、それもうなずける話であった。長年、地下世界が悪しきものを一手に引き受けていたのだ。当然、悪意は長い年月を経て凝縮され、それが外に出ればかなりの脅威となるのは想像に難くない。
「おお、おお、おぬしたち、戻ってきたか」
こちらへと駆け寄ってくるのは、森を守る魔女・アマレットであった。
「何が『おお戻ってきたか』だ。我々を騙しやがって――」
ソーホーは口を尖らせた。
「それはすまんかったと思うが――、そんなことより、マズいことになっておる。ディタ姫の放つ妖気がすさまじく、今にこの世界全体を覆いつくすぞ。そうなれば、ここは地下世界と同じような状態になってしまうじゃろう。今までこの世界で培われてきた文明や文化は全部崩壊してしまう――」
アマレットもさすがに危機感を感じているようだった。
「ディタは?」
トモエの問いに、アマレットは遠くの方を指さして答えた。
「あちらの方へと飛んでいった。おそらく、故郷であるレイシー王国に戻っていったのだろう」
「私たちも急がなきゃ」
走り出そうとするトモエを、アマレットは止めた。
「待ちなされ。来た道を戻るつもりか?」
「そうです」
トモエは答えた。レイシー王国からここまで来るのには、迷いながら来たのでまる1日かかってしまったが、急げば半日くらいに短縮できるかもしれない。だが、アマレットはかぶりを振ってみせた。
「それだと時間がかかりすぎる。事は一刻を争うのじゃ」
アマレットは杖をレイシー王国の方角に向けた。すると、前の空間が水がかきまわされるように震えだし、そこに大きな穴ができた。
「これは……?」
「おぬし、アブソルートとの戦いの時にワープを使ったじゃろう。それと同じような原理じゃよ。つまりは、魔法によって空間の一部にワームホールを作り、彼方の空間とつないだのじゃ。ワープのように一瞬でたどり着くことはできんが、それでも時間は数段に短縮できるはずじゃ。ま、要は通常の道とは別の場所に、もうひとつ道をつないだようなもんじゃな」
「高速道路みたいな……?」
トモエの発言に、一同は「……?」というような顔をした。“高速道路”という概念が、この世界の人々にはないのだろう。
「――とにかく、早くレイシー王国へと向かうのじゃ。事は一刻を争うぞ」
アマレットは気を取り直したように云った。




