第三部・魔界王国の野望編 (7)
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背後の猛烈な気配に、ソーホーは振り返った。大量のスミノフの手下たちが、彼をじっと睨みつけていた。
「な、何だきさまら」
ソーホーが問うと、魔物のひとりが答えた。
「王さまがあのちっちゃいのと戦ってる間に、俺たちがお前の相手をしてやる!」
「ほう――。だが、この私に敵うかな」
「ほざけ!血祭りにあげてやる!」
魔物たちはすごんだ。
「イキのいい奴らめ。よかろう、相手をしてやる。……だが、逃げ出すなら今のうちだぞ?」
「逃げるものか、お前こそさっさとこっちに来い!」
「…………」
ソーホーは黙ってゆっくりと部屋から歩み出た。廊下には魔物たちがずらりと控えている。とっさに、ソーホーはその場から逃げ出した。
「あっ、逃げるな、このヤロー!」
魔物たちが追いかけてくる。ソーホーは全力で走ったが、たどり着いた先は行き止まりであった――。ソーホーは壁を背に立つ。
「ケケケ、逃げ場を失ったな。覚悟しろ」
魔物たちがじりじりと近づいてくる。フッ、とソーホーは笑みをみせた。
「ふん、断じて逃げだのではない。作戦だよ、これは」
「バカをいえ、怖気づいて逃げ出したんだろ」
「そうではない――」
ソーホーは剣を抜き、かまえた。
「こういう状況の方が、私は燃えるんだ」
――
スミノフは怒りに震えていた。
「キサマ、ぶち殺してくれる……」
スミノフは押し殺したような声で云った。トモエはスミノフに対して、斜にかまえて立っていた。まっすぐな目でスミノフを見つめている。
「もうやめた方がいい。あなたは私には勝てない」
「ほざけ!」
スミノフは激高した。瞬時にトモエへと迫る。
(速っ――)
突然のことに対処ができなかった。トモエはスミノフの意のままに掴まれ、窓の外に向かって投げ飛ばされた。
ガシャアアアアアアン!
頭のすぐ近くでけたたましい破砕音がする。急に世界の動きがスローモーションに変わった。真っ暗な天空にガラスの破片がきらきらと輝いている。体勢を整える余裕があったことが幸いだった。トモエは空中で宙返りをして、地面へと降り立った。
(まだあれだけの力を残していたなんて――)
あまりの速さに、浄化の力が間に合わなかった。この先、あれだけのスピードで攻撃を繰り出されれば、どうしようもないという危機感があった。
スミノフが飛び降りてきた。トモエはとっさに身がまえる。だが、スミノフは尋常な様相ではなかった。荒い息を肩で吐き、目は血走り、膨れ上がった身体は硬直して小刻みに震えている。
(悪意の化身のパワーに身体がついていけないんだ)
トモエは直感した。先ほどの戦いで相当身体を酷使していたらしい。もう限界は超えていると思えた。
「もうやめて。これ以上やったら、あなたの身体が壊れてしまうよ」
「だまれ……! キサマとだけは決着をつけんと気がすまん――」
トモエの忠告などスミノフは聞き入れようとせず、一歩前に出た。しかし、その足元はおぼつかない。来るかと、トモエは剣をかまえた。その時――、
「ぐ、ぐわああああああああ……!」
突然、スミノフは苦しみの雄叫びをあげた。その場に倒れこみ、それでもなおうめき声をあげもだえ続ける。彼の目、口、鼻、耳、そして傷口――、至るところの穴という穴から、黒いもやのようなものが浮かび上がってきた。トモエはそのもやに、邪悪な情念が潜むのを感じた。間違いなく、それはスミノフの身も心も支配していた邪霊の本体であった。
「トモエさん!」
名を呼ばれ、はっと後ろを振り返った。ディタとドランブイがそこに立っていた。
(いつの間に……?)
トモエは思った。ディタは安全なところにかくまうよう頼んでおいたはずだ。なぜここにいるのだろうか――。
――トモエ、まずいぞ――
マオの声がした。
「まずいって何が?」
――馬鹿、目をそらすな。敵の方を見てみろ――
トモエはスミノフの方を向き直った。スミノフの身体から飛び出した気体は同じ場所に集まって、集合体を形成していた。
――こやつ、方向性を持っておる――
「どういうこと、何が云いたいの?」
トモエはまどろっこしそうに訊いた。抽象的な云い方ではなく、具体的に説明してもらいたかった。
――こやつの意識は今、ひとつの方向に向いておる。それはつまり、使い物にならなくなった古い入れものを捨て、新たな身体に乗り移ろうということじゃ――
「その身体ってのは――」
突然、黒の気体が飛んだ。トモエの横をかすめ、向かった先は――、
「ディタ……!?」
トモエが振り返った時には、邪霊は彼女の全身を包みこんでいた。




