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第三部・魔界王国の野望編 (6_1)


 6



 スミノフに連れてこられたのは、がらんとだだっ広い部屋だった。周りに障害物などは何もなく、たしかに存分に戦えそうだ。


「さあ、戦いを始めようではないか――」


 スミノフは遠くで仁王立ちをしていた。そして、自信たっぷりな顔で続ける。


「どちらから来る? ふたり一緒にでもいいぞ」


「何を云う。私ひとりで十分だ――」


 そう応えて前に出ようとしたソーホーを、トモエは腕でかばって制止した。

「ダメだよ、ここは私が行く」


 トモエの言葉に、ソーホーは心外そうな表情を浮かべた。


「なぜだ。あいつはこの手で懲らしめてやらねば、気がすまん!」


「あなたの勇気には感心するけれど、今回ばかりは自分の力量をちゃんと考えた方がいい。あなたにとうてい敵う相手じゃない」


ソーホーは怒りで顔を紅潮させた。


「馬鹿にするな、いくらきさまでも、今のは容赦できる物云いではないぞ!」


 ソーホーは無理にでも前に出ようとしたが、トモエの腕をふりきることはできなかった。


「ディタと約束したんだ。あなたは私が守るって。無駄死にさせるわけにはいかない」


「まだ云うか――!」


 トモエは凛とした目をソーホーに向け、噛んで含めるように云った。


「聞き分けて、ここで、おとなしく見ていて、ね?」


「――分かったよ」


 ソーホーは意外なほどにあっさりと引き下がった。実はこれにはからくりがあった。トモエは目に相手がひるむ程度の魔力を潜ませたのだ。


「おまたせ――」


 トモエは笑みを含んだ表情で、前に歩み出た。


「ほぅ、えらく可愛いお相手じゃないか」


 スミノフがそう云うのも無理はなかった。トモエはスミノフの半分ほどの身長しかないのだ。しかし、スミノフは彼女の身体からにじみ出る強力な魔力を見逃さなかった。


「だが、それなりに力はありそうだな。ならば容赦はせん。さあ、戦いを始めようではないか!」


 スミノフは語気を強めたが、トモエは気をつけの姿勢のままであった。


「その前に教えてほしいのだけれど――」


「何だ?」


「あなた、ディタをさらって、その後はどうするつもりだったの?」


 スミノフはハハハハハ、と豪快に笑い声をあげた。何が可笑しいのだろうと、トモエは少し不思議に思った。


「この期におよんで、おかしなことを聞くものだ。いいだろう、冥土の土産に教えてやる。ディタ姫を人質として、レイシー王国を乗っ取り、魔物たちの国にするのだ。もし刃向うのなら、地上世界の国をことごとく滅ぼし、世界ごと侵略してやる。この地下世界に住む魔物たちを救ってやるためには、それしかないのだ」


「たしかにこの街の魔物たちの暮らしはひどいものだけれど――。でも、魔物たちの幸せのためだけにそんなことをしていいの? そのために、レイシー王国や地上世界に住む人々を犠牲にしていいとでも?」


 トモエは云った。自分たちの幸せのために、他者を不幸せにしていい法はないと思えた。だが、スミノフは首を左右に振り、「そうではない」と示した。


「それは地上世界の連中にもそっくり云えることだ。あいつらは我ら魔物を下賤な者として差別し、苦しむ者がいても目もくれなかった。自分たちさえ幸せならそれでいいと思っている連中だ。そんな奴らに、私が身を持って思い知らせてやるのだ」


「そうであっても、あなたにそこまでする権利があると思う?」


 トモエはなおも食い下がったが、スミノフはばっさりとそれを切り捨てた。


「ごたくはもういい――。それより、覚悟はできたか?」


 トモエは怪訝そうな表情になった。


「何の覚悟よ?」


「むろん、死ぬ覚悟だ!」


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