第三章・魔界王国の野望編 (2_3)
「でも、それじゃあ――」
この子があまりに可哀想すぎる、とトモエは云おうとしたところだった。
「僕、平気だよ」
ミストというらしい少年は、そう云った。
「……え?」
「たしかに事故に遭ったのは不幸かもしれないけれど、今ではこうしておじいちゃんとふたりで生きていけるんだし。生きていられるってだけで、幸せと思わなきゃ」
ミストはそう云って、屈託の笑顔さえみせたのだ。
「う、うおおおおおおお……!」
急にソーホーがうめくような声をあげた。トモエはビクッとなった。
「わっ、びっくりした。ソーホー、どうしたの?」
「不憫だとは思わんのか。何ということだ、この国ではこんな不幸な子供がいるというのか……。それなのに、こんな身の上になっているのに、なんと健気なことよ。あいや、待てぃ! 老人よ、この金でこの子に精のつくものでも食べさせてやれ!」
そう云って、ソーホーは懐から袋を取り出し、ドランブイに差し出した。
「お前さん、こ、これは?」
ドランブイは驚いたふうで訊いた。
「金貨だ。わが国のお金なので通貨としての価値はないだろうが、れっきとした純金だ。売り払えば、それなりのお金になる」
「でも、いいのかい? 俺らは下賤な魔物じゃぞ」
「そんなこと関係あるか! どんな立場であろうが、子供が不憫なことには変わりはない。さあさあ、早くこの金貨を受け取るがいい」
「そうかい。それじゃ、遠慮なく……」
ドランブイはいくぶんか頭を低くしてそれを受け取った。
「お兄ちゃん、ありがとう」
ミストは純朴そうな声でソーホーに云った。ソーホーはその少年へと向き直った。
「おい少年、安心しろ。お前たちの平和な暮らしのためにも、スミノフを殺すのはやめる。それどころか、お前たちにもっといい暮らしをさせてやるよう、スミノフに云い聞かせてやる」
「本当?」
「ああ、約束してやる。こう見えて私は、オレジン王国の王子なのだ。任せておけぃ!」
はっはっは――とソーホーは高らかに笑ってみせた。今度はトモエが呆れる番だった。そんな簡単に約束してしまっていいものかと――。
「色々とすまねえな――」
ドランブイは云った。
「だが、やってもらいっぱなしってのも悪い気がする。こちらも何かお返しをしてやりてえが――」
「気にするな。それに、お前はさっき、魔物たちから我々を守ってくれたではないか。こちらがむしろそのお返しをした、ということでいいではないか」
ソーホーはそう応じたが、ドランブイは不服らしかった。
「いいや、あれは自分の身を守るためでもあったからな。他に何かできることはないか……。――そうじゃ、スミノフのいる城への道案内、それを引き受けてやろうじゃないか」
「道案内?」
トモエが訊いた。ドランブイはこくりと頷いた。
「そうじゃ。お前さんら、この世界に来たばかりで、このあたりはまだ不慣れじゃろ」
「なるほどな――」
ソーホーは腕を組み、目を閉じて、考えるようなポーズをとった。
「――それでは頼むとしようか」
ソーホーはドランブイにそう云った。
「任しといてくれ。へっへっへ――」
ドランブイはなおも不敵な笑みを浮かべるのだった。




