第一部・神さまは気まぐれ!?編 (2)
2
トモエの家は春に半壊し、ついこの間、立て直しが終わったばかりである。まだ新居の匂いの残る部屋で、トモエは荷造りをしている最中であった。
「トモエ」
ドアの向こうから声がした。
「はい」
トモエが返事をすると、ガチャリとドアが開き、母親が入ってきた。
「これ、旅行のおみやげ代。七千円だったでしょ?」
「ありがとう」
トモエは母親が差し出してきた七千円を受け取った。それから、母親は「はいはい」と素っ気なく返して部屋を出ていった。
トモエの母親は、実は本当の母親ではない。本当の母親はすでに亡くなっており、彼女は父が再婚してできた継母であった。これまでトモエとの仲は険悪といってもよかったが、今年の春ごろから徐々に関係を修復し、今では普通に会話することくらいはできるようになった。まだぎこちない感は否めないが――。
しかしそれでも、春にあったあの出来事から、トモエ自身の心境に変化があり、彼女の身の回りの環境にもさまざまな変化が起こってきたのはたしかだった。色々なことがいい方向に進んでいる。彼女はそう信じていた。
(でも――)
トモエははぁ、とため息をついた。
(どうしようもないこともあるんだよなぁ……)
それは、彼女のボーイフレンドに関することであった。諦めざるを得ないと分かっていることでもあった。それなのに、彼女の胸は、そう思うたびにしめつけられるのだ。
例えば、たった今母親にもらったおみやげ代で、誰に何を買おうかと考えてみる。この人にはキーホルダーなんかがよさそうだ、あの人にはお菓子かなぁ、などと考えるうちは楽しいのだが、いざボーイフレンドのことを思い浮かべた時、彼女はふっと寂しい気持ちになるのだった。彼におみやげを買ってあげること、それは彼にとって何の意味もなさなかった。なぜなら、旅行先のおみやげというのは、もらった人間が、こんな場所に自分もいつか行ってみたいというわくわく感があるからこそ、もらえて嬉しいものなのだ。ハナッから行けないことが分かっている人にあげたところで、あげた当人ももらった相手も、空しい気持ちになるだけだろう。
彼女の今一番願っていること。そして、叶わないと分かっていること――。
(彼とお出かけがしたい。デートして、楽しく過ごしたい)
決して贅沢な願いだとは思わない。クラスの中にも、彼氏がいる子は何人かいて、ふたりでどこそこにいったとかいう話を、楽しそうにしているのだ。けれども、トモエはそんな当たり前のことさえできないのだった。それは、トモエのボーイフレンド、平沢 星夜の生まれながらの性質にあった。彼はその特性のため、ある空間に閉じ込められてしまい、そこから移動することができないのだ。
(星夜を外に連れ出すこと。旅行先で神様にお願いしたら叶えてくれないかな――)
そんなふうに思ったその時、ビビッと彼女の脳裏を通り抜けるものがあった。それは邪悪な気配だった。それは、またこの街に奴が姿を現したことを意味していた。悪意の化身、“邪霊”が。
「やれやれ、こんな憂鬱な気分の時に。空気読めっつーの……」
トモエはゆっくりと立ち上がる。前の空間が一瞬歪んだかと思うと、彼女は庭の方へと瞬間的に移動していた。物陰からスニーカーを取り出し、履き替える。そして、気を集中させ、邪霊がいる方角を確かめる。そして、その方へと彼女は急いだ。