第三章・魔界王国の野望編 (2_2)
「――なるほどねぇ」
トモエはドランブイの話を黙って聞いていたが、彼が話をいったん止めたので、今度はこちらから言葉を切り出した。
「魔物たちの中にも階級があって、いちばんいやしいとされている者たちが、より恵まれている者たちのものを奪おうとすると、こういうことだよね?」
ドランブイはこくり、と頷いた。
「そういうこった。俺だってどちらかといえば身分は低い部類だが、はいつくばって生きるくらいの権利は認められている。だが、連中はそれさえもない。誰にも認められない反面、やりたい放題なのじゃ」
ドランブイはいったん話を区切ったが、ふたたび続けた。
「まあ――これで分かったじゃろうが、スミノフ王は決して己の私利私欲のために、地上世界へと侵攻したわけではない。王は必死なのだ。この国に住む魔物たちに、より豊かな暮らしをさせてやりたいとな。地上世界はここよりも格段に豊かな環境じゃし」
「だからといって、他国の平和を乱したり、姫をさらったりしていいわけじゃないだろう」
ソーホーは吐き捨てるように云った。
「そりゃそうだ。――だが、王も焦っているのだろう。民衆の幸せを願うあまり、かえって自分の心に悪魔を飼ってしまったのじゃ」
「きさまらだって同類だ。スミノフが地上世界を征服すれば、より豊かな暮らしができる、そう思ってるんだろう」
ソーホーの言葉に、ドランブイはゆっくりと首を横に振った。
「そんなことはねえ。俺らにとっちゃ途方もない夢だよ、そんなことは。下っぱの魔物は、日々の生活を送るだけで精一杯で、そんな夢物語を考えてる余裕もねえのさ。考えてるとしたら、もっと恵まれている連中だろうな。富や権力を持っている奴らは、もっと豊かになりたいと思うもんだ。そういう連中が、王さんをそそのかしたのがそもそもの発端かもしれん。――だが王さんは、俺らにとっちゃやっぱ恩人なんだよ。だから、できることなら殺さねえでもらいてえんだ」
ソーホーは不満そうな顔を浮かべていた。勝手なことを抜かすな、と云いたげな表情だ。
「きさまらには恩人でも、我々にしたら悪魔だ」
「たしかにそうだ。だから、王さんの心に巣食う悪魔を除くことができればいいんだが……」
ドランブイが悩ましそうに云ったところで、
「やってみようか?」
そう応えたのはトモエだった。
「お前さん、それができるのか?」
「やってみないと分からないけど。でも、魔法少女である私の力は、悪意の浄化。浄化の本質は、心や魂の救済。スミノフの心が悪意に完全に支配されていなければ、彼を変えることもできるかもしれない」
トモエは云った。そんな彼女を、ソーホーはギロッと睨んだ。
「悠長な話だ。こちらはふたりがかりな上に、スミノフ一派はとても強大な相手だぞ。何より、ディタも助け出さなくてはならないんだ。君はアマレットにも同じことを云っていたが、敵を殺さないようになんて甘っちょろい考えが、通用するとは到底思えない」
そこへ、部屋の奥の方から何やらゴトッという物音がした。3人ははっとその方を見る。すると、暗い部屋の中から、いびつで不揃いな足音がして、次第にそれが近づいてきた。そして、ランプのかすかな明かりに照らされ、それは姿を現した。
それを見た途端、トモエとソーホーはギョッとなった。
それは見るも無残な姿をした少年であった。右側の目はつぶれ、耳は引きちぎられた痕がある。腕も足も片方がもげていた。その足のつけねには木の棒が無造作にさしこまれており、びっこを引きながら歩いてくる。いびつで不揃いな足音の理由がようやく分かった。おまけに、その傷口のいずれもが、膿んだように青色に膨れ上がっていた。
「……あなた、どうしたのそれ!?」
トモエは息をのみ、手を口元に押し当てたままで云った。
「事故じゃよ」
ドランブイがぽつりと云った。
「……え?」
「これは、わしの孫でミストというが、去年不慮の事故に遭ったのじゃ。両親は即死。この子も重傷を負った」
「病院には行ったの?」
トモエは訊いた。傷口があまりにひどい状態になっており、適切な手当てをされていないように感じたのだ。ドランブイはゆっくりと首を横に振った。
「このあたりに病院はねえよ。ここをそれほど豊かな街と思うな。病院など、ほんの一部の上流階級の連中が行ける程度のもんで、俺たちなんぞ、手に届くもんじゃねえ」




