第三部・魔界王国の野望編 (1_1)
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「痛たたたた……」
痛みの言葉を口にしながらも起き上がろうとしたトモエは、ふと身体に重みを感じた。見れば、ソーホーが自分の身体にのしかかり、ぐったりとなっている。
「ちょっと、ソーホー? どいてよ」
トモエはソーホーの肩をパンパンと叩いた。
「あ、ああ……」
ソーホーは頭をブルブル振って、起き上がろうとした。何気に腕を動かした時、手に何やらグニャリとした感触を覚えた。
「キャアッ!」
急にトモエが叫んだ。何だと思って、ソーホーははっとした。知らぬうち、彼女の胸をつかんでいたのだ。
「何すんのよ、エッチ!」
バシンッ――。トモエがソーホーの頬を思いきり平手で叩いた音だった。
「な、何をする。この無礼者!」
叩かれた頬を手でかばいながら、ソーホーは声を荒げた。
「“何をする”はこっちよ! 星夜にも触らせたことないのに、このヘンタイ!」
トモエもヒステリックな声で返す。
「ヘンタイとはなんだ、王子に向かって! あと星夜とは誰だ?」
「誰だっていいでしょ、このヘンタイ王子!」
「二度もヘンタイと云いおったな! 階段から落ちたのだから、不可抗力だろうが!!」
「何が不可抗力よ。あんたが滑ったのが悪いんじゃない!」
ソーホーの云った通り、ふたりは階段から転がり落ちてきたのだった。地下世界につながる階段を下りてきたが、徐々にあたりは暗くなってゆき、いつしか真っ暗闇になっていた。おまけにじめじめしていて足元も悪い。それで、転ばないかとトモエが心配になったところで、案の定ソーホーが足を滑らせた。当然、彼の前を歩いていたトモエも、一緒に階段を転げ落ちることと相成ったのだ。滑り落ちたところから地面まで距離が近かったことが、不幸中の幸いであった。もっと階段が長ければ、大怪我をしていたかもしれない。
はぁ――と、トモエは大きくため息をつき、ソーホーを上目遣いで睨みながら、
「まあとりあえず、この件は保留にしよう」
と、落ち着いたトーンで云った。ソーホーも同じようにトモエを睨みながら、
「そうだな」
と返した。ふたりとも、云い争っているような状況ではないと察知したのだ。
ふたりは立ち上がり、周りを見渡した。
「地下世界に着いたんだね」
「ああ。そしておそらくここが、魔界王国なんだろう」
暗闇というほどではなかったが、暗くじめじめした世界だった。空中にもやがかかっているためか、全体が濁って見える。地面も湿っていて、ついた手がぬめぬめとした。あたりは建物や外壁で覆われているが、どれもさびれている。寂しさと同時に、汚らしさも感じる、そんな世界だった。




