第二部・異世界への召喚編 (12_2)
――トモエ、生きておるか?――
トモエのマオの脳裏に声がした。
「……マオ? もうだめ、死ぬ」
――ということは、大丈夫ということじゃな――
「――何でそうなるわけ?」
トモエは力なく笑った。死ぬというのはさすがに冗談だが、先ほどのアブソルートの一撃はあまりに強烈だった。痛みを通り越して、全身の感覚が麻痺している。どこの骨が折れていてもおかしくないと思う。
――トモエ、動ける?――
今度はイチコの声がした。
「その気力さえ起こらないんだ……」
――そっかぁ。それは困ったな――
イチコの言葉に、トモエは何やら含みを感じた。
「――どういうこと?」
トモエの問いにマオが答える。
――いや、な。あの腰抜け王子、ひとりであの怪物と戦おうとしておるのじゃ――
「何だって!?」
トモエはガバッと起き上がった。見渡せば、あたりは死屍累々だった。いや、本当に死んではいないだろうが、兵士たちは散り散りになってぐったりと動かない。トモエは現実に立ち戻った心地がした。そして、自分が痛みに悶えている間に、イエガーたちがやってきて、アブソルートにやられてしまったのだと理解した。
さらに、兵士たちとは別の方角――、ぐったりと座り込むイエガーのすぐ隣には、対峙する怪物とソーホーの姿があった。
「ソーホー! あなたに敵う相手じゃない。逃げて!!」
トモエは叫んだ。だが、ソーホーはトモエの言葉に応じることはなく、相手を見据えたまま動かない。
ソーホーは逃げてはならないと自分に云い聞かせていた。イエガーにこれ以上腰抜けとは云われたくなかった。それに、彼の言葉に目が覚める思いもしていた。自分が何のためにここにいるのか。愛する者を救うためだ。
アブソルートが拳を振り上げる。
「わわっ!」
ソーホーは焦って、身をひるがえした。振り下ろされた拳は、砂埃をあげながら地面へとめり込んだ。
「コノヤロー!」
ソーホーは剣を振りかざし、拳と腕のつなぎ目に向かってまっすぐに斬りこんだ。すると、腕と拳は、いともあっさりと分断した。
ソーホーははたと気づいた。この怪物の弱点。それは――、
「関節だ! トモエ、こいつの関節はかなり脆いぞ!!」
「えっ?」
ソーホーは、今度は肘の関節に斬りこんだ。すると案の定、前腕が二の腕から分断され、ズシンと地に落ちた。アブソルートは怒り狂ったように、ソーホーに立て続けに攻撃をしかける。ソーホーは見事な立ち回りでそれを回避していった。これまでの彼からは想像もできない動きだった。彼は、今度は相手のもう片方の腕を狙った。
「はああああああ!」
しかしアブソルートの腕は刃をすっとかわした。剣が地面にささった。間髪いれず、アブソルートはソーホーの頭上めがけて拳を振り下ろす。
「うわっ――!」
剣でガードする余裕はなかった。ソーホーは剣を手放し、その場から逃げた。しかし逃げた先は行き止まりであった。追いつめられたソーホー。アブソルートはすかさず突進した。もうダメだ、とソーホーは目をつむった。
――――。
(……あれ、攻撃がこない――?)
ソーホーはおそるおそる目を開ける。そこにアブソルートの姿はなかった。どこに行ったのだろうと、あたりを見回した。すると、意外なところにその姿を発見したのだった――。
「さっきはよくもやってくれたね――」
アブソルートの眼前で、トモエは好戦的な笑みをみせた。彼女はアブソルートを自分のもとへと引き寄せたのだ。空間を歪め、相手を自分の近くに瞬時に移動させる。トモエの得意技のひとつ、『近接ワープ』であった。
「関節があなたの弱点なんだよねぇ――!?」
トモエはワープを駆使し、自らをアブソルートの巨体の方々へと移動させた。首、肩、胴、足――、先々の身体の継ぎ目をめがけ、光のごとく刃をくりだす。
そして彼女が着地してから一拍後。アブソルートの身体はばらばらになり、ことごとくその場に崩れ落ちた。
「や、やった……?」
トモエは荒い息をつきながら呟いた。目の前には巨大な岩がごろごろと並び、もはや怪物の面影はない。状況的にみて、勝ったということだろう。
その刹那――、どこからか光のシャワーがこちらへと注がれるのを感じた。
「……?」
トモエはそのシャワーが来る方角を振り向いた。そこには、アマレットが立っていた。彼女の手元から、強烈な光が放たれている。光のシャワーは、そこから降り注いでいるらしい。そして、よくよく見れば、その光を浴びているのはトモエではなかった。目の前のアブソルートの残骸であった。
異変が起きたのはその直後であった――。




