第二部・異世界への召喚編 (9)
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しばらく経って、はるかかなたの空にオレンジ色の点が見えた。それが徐々にこちらに近づいてくるにつれ、その形が少しずつ確認できるようになってきた。それは、羽を広げて飛ぶ、鮮やかな色をした一羽の鳥であった。どうやら、イチコが帰ってきたらしい。
イチコはトモエたちのもとへと降り立つと、よろよろとなった。長い首をゆらゆらさせながら、ハアハアと息をつく。よっぽど疲れたようだ。
「ちょ、イチコ、大丈夫?」
トモエは立ってイチコへと駆け寄った。イチコは息も絶え絶えに答えた。
「だ……大丈夫――。だけど、猛スピードで、飛んで、きたから……」
イチコは足がカクンとなり、その場にへたり込んでしまった。
「イチコ、ご苦労じゃった。あとはわらわに任せて、ゆっくり休んでよいぞ」
「あ……ありがとうございます」
イチコはふらふらと立ち上がる。すると、その姿がすぅっと消えていった。
――じゃあ、あとは任せましたよ、マオさま――
トモエの脳裏で声がする。どうやら、彼女はトモエの心の中に戻ったらしい。
「それじゃあ、ふたりとも、そろそろ先を行こうか」
マオはふたりを促した。
「ちょ、ちょっと待ってよ、マオ」
「なんじゃ?」
「森へはイチコに行ってもらったんでしょ。イチコがいないんじゃ、意味ないじゃない」
「案ずるでない。わらわとイチコは半ば一心同体のようなものじゃ。イチコの経験したことは、わらわの記憶になる」
行くぞ――といって、マオは歩きだした。
「私たちも行こ」
トモエはソーホーを振り返った。
「あ、ああ……」
ソーホーはそう応えたが、その顔は未だに緊張していた。
――
大地を渡り、山をこえ、道中にあった小さな町で一度休憩をはさみながら、ずうっと歩いていくと、やがて木々が鬱蒼と茂る森が見えてきた。
「間違いない。あれが、ディサローノの森だ」
地図と森とを見比べながら、ソーホーは云った。
「やっと着いたのね?」
トモエはため息混じりに云った。ここまでの道のりは、本当に長かった。
「トモエ、安堵するのはまだ早いぞ。問題はここから、じゃ」
「分かってるよ。森を抜けて、地下世界につながる鍵を手に入れないと、だよね」
「そうじゃ。――ともかく、わらわが案内できるのはここまでじゃ。あとはそなたたちふたりで何とかせい」
マオはトモエとソーホーを交互に見た。
「道案内、ご苦労だったな」
ソーホーがマオに云った。初めはマオを怖がっていたソーホーだったが、今となってはかなり慣れたようだ。そんなソーホーに対して、マオは冷ややかな視線を送る。
「なんじゃ、初めはわらわを見てびくびくしておったくせに、えらく慣れたものじゃの――。まあ、そのくらい堂々としておらんと、お姫さまを助けることなどできんか。――まあ頑張れや」
ソーホーはむっとした表情でマオを睨んだ。
「相も変わらず無礼な奴だ。ほうびをとらそうと思っておったが、やめだ」
「わらわにほうびなどいらん。姫さまを救出したら、トモエにご馳走でも振舞ってやれ」
ソーホーの言葉に、マオも負けじと返す。
「ま、まあとにかくさ――」
ふたりの間にトモエが割って入った。放っておくと、このふたりは延々とねちねちつまらない云い争いを繰り広げていそうだ。
「森の中に入ってみようよ」
「――そうだな」
ソーホーが応えた。
「それじゃあ、健闘を祈っておるぞ」
マオはそう云い残して、姿を消した。トモエとソーホーは森に向かって歩いていった。




