第一部・神さまは気まぐれ!?編 (8)
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一行が次にやって来たのは、大きな水族館だった。
「集合時刻までゆっくりと見物していい」
という市宮の言葉通り、クラスの面々は各々好きなように海の生き物の観察をしている。
トモエ、アイラ、由梨の3人も、色々と見学しているところであった。
海に住む魚やイルカなどがいる水槽を通り、奇妙な外観の水生生物たちを眺め、今度は海辺に住む動物たちを紹介するブースに出た。ペリカン、ペンギン、フラミンゴ、カピバラなどの動物が展示されている。
「へぇ、こんな動物もいるんだ――」
水族館だから、魚類や貝類といった水生の動物ばかり展示されているのかと思いきや、意外にもこういう動物もいるのだった。
「そうだね――。そういえば、アシカショーっていうのもあるらしいよ。次にあるのは……15分後だって。私、それ観に行きたいな」
由梨が水族館のパンフレットを見ながら云った。
「もう少しダネ。コノヘン、もうちょっと見回ってカラ会場ニ行コウ」
アイラと由梨はカピバラやフラミンゴのいるあたりを軽く見回って、向こうのペンギンのいる檻へと向かっていった。対照的にトモエはその場にとどまっていた。目の前のカピバラがなぜか妙に気になったのだ。カピバラは檻の中に2匹いた。トモエはじっと眺めながら、その方へと近づいてゆく。ふと、1匹と目が合った。
「――トモエ」
突然カピバラが名を呼んだ。
「うわあああっ!」
トモエは叫び声をあげた。当然である。目の前の動物が、いきなり喋ったのだ。
「大きな声を出すな。周りの人に見られてるじゃろうが」
その声とその喋り方には覚えがあった。
「もしかして、マオなの?」
トモエはその場にかがんで、声をひそめた。
「その通りじゃ」
「何で、そんな格好してんの。てか、何でここにいるの?」
マオは本来、トモエの心に住んでいるはずだった。それが神殿にいたと思えば、今度はカピバラの姿になって檻の中にいる。変化がめまぐるしすぎて、トモエは混乱するばかりであった。
「いや、あの後神さまが会合から帰ってきての。神殿の留守番をしてくれたお礼じゃと云って、わらわたちをこの世界に蘇らせてくれたのじゃ」
トモエは呆けた様子で、「へぇ……?」と返した。頭が状況に追いついてくるまでに、しばしの時間がかかった。やがて、頭が環境に馴染んでくると、トモエにはやっと別の疑問が浮かび上がってきた。
「――てことは、今イチコもここにいるの? そこにいるもう1匹のカピバラの方?」
「いや、ここにいるのは正真正銘のカピバラじゃよ」
マオは平然とした様子で答えた。
「私はこっち」
ふいに、隣の檻から声がした。見れば、一匹のフラミンゴがこちらに顔を向け、バタバタと羽を動かしている。
「てか、ふたりとも何でそんな姿を選んだの。人の姿のままでもよかったのに」
当然の疑問であった。あえて動物の姿になる理由が分からない。
「いや、神さまがそれはダメだと云ったのじゃよ」
「なぜ?」
「ありきたりでつまらないから、だそうじゃ」
「そんな理由で……」
トモエは呆れてしまった。気まぐれにもほどがある。
「じゃが、わらわはこの姿が気に入っておるぞ。見よ、このフサフサした毛並。今の世はいいものじゃの。わらわが生きておったころにはなかったモノがたくさんある。こんな珍しく、愛らしい動物なぞついぞ見たことはなかったわ」
マオは満足げだった。少しはしゃいでいるようにも思える。
「――イチコは何でその姿を選んだの?」
「うん? ただ何となく。マオさまの隣の檻だし」
イチコは対象的に、落ち着いた様子であった。
「でもさ、この世に甦ったとして、どうやって生きていくの? この水族館で一生飼育員さんのお世話になるつもり?」
「ばかいえ」
マオは吐き捨てるように云った。
「これは、云わば世を忍ぶ仮の姿じゃ。この世に甦ったといっても、あっちの世界とのつながりが切れたワケではない。行き来ができるようになったのじゃよ。じゃから、あっちの世界、例えばそなたの心の中にいる時は、わらわたちは人間の姿のままじゃ。むろん、この姿でなら、この世のあらゆる場所に現れることもできる」
「便利な身体になったってことだよ」
マオに続いてイチコが云った。
「さしあたっては、そなたの旅行に同伴しようかと思っておるが」
「ぜーったい来ないでよっ!」
トモエは噛んで含めるように云った。恐ろしいことを云うものだ。こんなものにつきまとわれた日には、トモエは学校中の注目の的ではないか。
「トモエ……、ひとりで何ぶつぶつ云ってんの?」
はっと振り向くと、アイラと由梨が眉をひそめてトモエを覗きこんでいる。
「オマケに急ニ叫び出シたりシテ。大丈夫?」
「な、何でもない。何でもないの」
トモエは慌てて云った。
「そう? もうすぐアシカショー始まるよ。行こ?」
アイラと由梨に促され、トモエは立ちあがった。冷や汗が止まらない。歩きながら、ふと檻の方を振り返ると、マオとイチコがさぞ可笑しそうにこちらをじっと眺めていた。トモエはキッとふたりの方を睨んだ。




