◆感傷、穿孔、災厄
【ANEMONE】
――…ゴーレムが戦闘向きなのだから、本人が身体を鍛える必要はないのではないか、と言われたことがある。
戦闘向きと言われれば、確かにそうなのかもしれないと思う。
グレンのゴーレムの名前はガルダ。獅子の身体に、鷲の顔。強靭な四肢と爪、鋭い嘴。ゴーレムだけならば恐らく、ファントム・コード中、現在最強。
しかしマリオンとしてはグレンは最強ではない。今現在ファントム・コードで最強のマリオンは、間違いなくロイドだろう。
ロイドのゴーレムであるブラックはかなり特殊で、普段からロイドの衣服として実体化している。単体で動くことはあっても単体で戦うことはない。戦闘においてはロイドの装甲となり、その抜きん出た身体能力を底上げする。
グレンはゴーレムが強力であるため、生身での戦闘能力は求められない。だが、だからと言ってゴーレムの性能に胡坐をかく気にはなれなかった。
ゴーレム自体を鍛えることは出来ない。ゴーレムの性能は主の精神に由来する。ゴーレムを鍛えようとするのなら、自身の根性を鍛えるしかないのだ。
常夜の天蓋の下、そのフロアの床は石ではなく、あえて枯らして柔らかくしてある芝生だ。転んだり倒れたりしても、平気なように。
そこは芝生の他には何もない。ただ平らかに広がる円形のフロアだ。広さは、小さな町の広場くらいはあるだろうか。
グレンは独り、そこで所謂ジョギングをしていた。時折走り方やスピードの緩急を変え、ただひたすらフロアの縁をなぞるように走り続ける。
ゴーレムにばかり頼るつもりはないが、頼らないつもりもない。だから生身での戦闘訓練にはあまり重きを置かず、もっぱら体力作りに励む。
ファントム・コードのアジトの中は季節に関係なく快適な温度が保たれている。トレーニングにはうってつけだった。
そんな空間の中で、額に玉のような汗が浮かび、顎に流れ落ちるまでになった頃、ようやくグレンは走り始めてから最初の休憩を決めた。
用意していた水筒を手に取る。少し休んだら、また再開するつもりだ。どうせ他にすることもないし、したいこともない。
任務がないと、正直グレンは時間を持て余す。余暇の使い方は下手な方だと思う。趣味があるわけでもないし、誰かと話すのも得意ではないから好きでもない。
ルルやエレナは一緒にいて楽な相手だが、だからと言って積極的に話に行こうとも思わなかった。だから今日はもう食事時くらいしか顔を合わせることもないだろう。
鍛練は嫌いではない。何もしないよりはよほど実益があるし、身体を動かしていた方が余計なことを考えずに済むから。
「――…あぁ」
そんなことを思ったから、一息入れたこの時になって“余計なこと”を考えだしてしまった。グレンは先ほど前を開いた服の裾で顔の汗を拭った。
「……走るか」
思考に追いつかれないように。
けれども久々のトレーニングでやり過ぎは賢くない。こうなると独りというのは都合が悪かったかもしれない。
それに、思考はすでにグレンを捕えてしまっている。
こうなっては、無理やり頭から振り払おうとするのは逆効果だろう。諦めて、グレンは芝生の上に胡坐をかいた。座禅のように、目を閉じる。
記憶を辿る。
偽りの星空の下で。
――…もう遠い。遠い気がしてしまう、たかだか数ヶ月前。
グレンが足を運んだ、同じ空の下で鮮やかに花を咲き誇らせる庭園。
*
仲間たちは度々、余暇にはそこに集い、その庭の主の淹れた茶や、ここで収穫された果物か彼の手作りの菓子で穏やかなひとときを過ごした。
グレンも今まで、数えきれないほどその庭に足を踏み入れてきた。だがその時まで、グレンは自分ひとりでそこを訪れたことはなかった。常に誰か他の人物と一緒だった。
その理由に心当たりはある。グレンはその庭の主と二人きりになる事を避けてきたのだ。
任務なら構わない。目的があるから。
だが、何の用もなく彼と向かい合うことを、グレンはなんとなく避けてきた。別に、その人物のことが嫌いなわけではなかったのだけれど。
――…その日、はじめてグレンはたったひとりで彼を訪ねて庭に入った。
ただ彼と話すためだけに。
そのとき彼は、優雅にさえ見える手つきで花を摘んでいた。穏やかな横顔には、普段と何も変わらない日常がある。
それがグレンには苛立たしかった。
視線に気づき、彼は顔を上げた。庭の入り口、蔓草のアーチの下に立つグレンの姿を見、彼は一瞬目を丸くする。
「グレン? ……珍しいな、ひとりかい?」
予想していたライズの指摘に、グレンは返事をしなかった。ライズはそれに気分を害した様子もなく、立ち上がって客の方に身体を向ける。
「何か用?」
「――…俺に、何か言うことはないのか」
低く、感情を殺したような声でそう問われ、ライズは少し首を傾ける。そして、蒼穹の瞳でグレンの腕を見た。袖の中に包帯の巻かれたそれが覗く。
「……怪我は平気?」
「――…そういう事じゃねぇよ」
ライズの手には赤や薄紫の小さな花。グレンには名前はわからないが、いかにもライズが好きそうな花だった。一重咲きの、はかなげな花弁。細い茎。
「……アーリーが死んだんだぞ」
絞りだすようなグレンの声に、ライズは泉のように静かな視線を返す。沈むでもない密やかな声音で、ただ
「――…そうだね」
とだけ応えた。
「……何でそんな平然としてんだよ、お前は」
「“何で”、って言われても……」
苦笑さえ浮かべそうな表情で、ライズは手にした花の匂いを嗅ぐように顔に近付けた。
「……性分だから、としか言いようがないよ。
けど悲しくないわけじゃない。それは分かってくれるだろ?」
そう、分かっている。ライズは決して薄情な青年ではない。ただネガティブな面を他人に見せないだけなのだ。
それはグレンも重々承知している。
――…けれど。
「アーリーは……お前のことが好きだった。お前だって憎からず思ってたはずだろ。
なのに、アーリーが俺を庇って死んだ。お前はなにも思わないのかよ」
「……意味がわからない」
ライズが、今度ははっきりと苦笑した。
「アーリーがグレンを庇って死んで、なんで俺がグレンに怒るの?
グレンが殺したわけじゃないだろ。仲間が仲間を守って死んで、なんで守られた仲間を怒るのさ」
「――…俺が聞きたいのは正論なんかじゃない」
「つまり、責められた方が楽、ってことかい? そういう慰めが欲しくてここに来た?」
皮肉に聞こえない皮肉を口にして、ライズは手にした花の花弁の縁を指でついと撫でた。一瞬、グレンが貫かれたような痛々しい表情をその目に浮かべる。
「――…そういう事じゃない、俺は――…」
「じゃあグレンは、本気で俺が本心ではキミに対して怒ってるって思ってんの? けっこう長い付き合いのつもりだったけど、グレンが俺の本音を見抜けてないってのはちょっとがっくりするな。
――…俺はアーリーの死を残念に思っても、その死に方を残念に思ったりはしないよ。
どんな形でも、“死”は“死”だろ。
グレンがアーリーに対して後ろめたい気持ちになるのは当然だし間違ってはいないけど、どうも君の言い方はアーリーの死を悼んでいるというより、アーリーの死に方を悼んでいるように見える。
アーリーが死んだことではなく、アーリーがグレンを庇って死んだことを。
……それはちょっと違うんじゃないの? 庇われたのが俺だったら納得したとでも言うのかい?」
グレンは息を飲んだ。
――…あぁ、その通りだ。
彼女はライズのことが好きだった。特別に。
なのに彼女は特別ではないグレンのために死んでしまった。
――…グレンにはそれが、申し訳ない。
「どうせ死ぬなら、俺の為に死んで欲しかったとでも?」
その通りだ。
なんて、身勝手な。
「……俺は」
「悪いけど、その点に関して俺はグレンに同情はしないよ」
辛辣な言葉とは裏腹に、ライズの表情は至って穏やかだ。グレンとの距離を縮めないまま、手にしていた花を差し出す。
「キミの後悔は間違いじゃない。
アーリーが犠牲にならずに済む道は確かにあっただろう。その責任はグレンにもある。けれどグレンだけの責任じゃない。
俺たちは全員で同じ責任を背負っているはずだ。だからグレンが俺に絡むのも間違いじゃない。
けど俺は遠慮なく反撃させてもらうよ。じゃなきゃキミは、このあと自己嫌悪で吐くかもしれないからね」
最後の一言が、余計だ。
だが。
「……吐かねぇよ」
その余計な一言が、確かにグレンの心を少しだけ救ったのだった。
*
かつて、彼女は言った。
(ライズにはね、特別はいない方がいいの)
(……何でだ?)
(ライズは世界が嫌いだから、世界を好きになれるまで、ライズには特別なひとはいない方がいいの)
……それでいいのか、とグレンは訊ねた。
(アーリーは……あいつの特別になれなくてもいいのか?)
(うん)
彼女は笑った。屈託なく、晴れやかに。
(ライズは世界を嫌いだけど、世界を綺麗だと言ってるの。嫌いなのに、綺麗だって。
それって、すごく悲しいことだと思うの。
綺麗だ、って思うことが幸せじゃないってことでしょう?
あたし、ライズには幸せになって欲しいもの。
だからライズの特別になる努力をするより、ライズが世界を好きになって、好きなものを綺麗だって言えるようになる手伝いをした方がいい)
それは眩しいほど直向きで、悲しいほど一途な恋。
グレンはそれを知っていたのに。
*
「……俺が、邪魔をした」
グレンのせいではない。グレンが彼女に危害を加えたわけではないのだから。
けれど。
「――…ああ」
結局、彼女の心は報われていない。
小さく息を吐いたとき、ふと、耳に触れた旋律。
「――…」
一瞬だけ緊張した。ここには、マリオンが命を落とした時に鳴る鐘がある。
アーリーが死んだときも鳴った。ただ、そのときグレンはアーリーの傍にいたから、そのときの音色は耳にしていない。
いまグレンが聴いたのは、鐘と言うよりも鈴のような音色だった。よほど聴き覚えのある、軽やかな旋律の鉄琴のチャイム。
「誰か帰ってきたのか」
グレンが立ち上がる。
わざわざ出迎えに行く可愛げなど本来は持ち合わせていないのだが、そろそろ走り込みにも飽きてきた。切り上げるには良いきっかけだろう。
ふと、自分の姿を見下ろす。はだけた服の前は留め直せば済むとして、汗を吸って斑になった布地は少しばかりみっともないかもしれない。
「……着替えくらいはするか。誰が帰って来たのかは知らんが」
呟いて、芝生の床の端に足を掛けた。
そのとき。
グレンの耳に、悲鳴のような声が届いた。
*
【穿孔】
「あ〜あ、カトリ達、早く帰って来ね〜かな……」
建物としての壁と天井がない部屋の中で、2人掛けのソファーを独り占めにしながら寝そべるエレナが気怠そうに零した。
そのソファーと小さな卓を挟んで向かい合う座椅子に掛けていたルルが、手にしていた衣装から目を離して顔を上げる。変装用の衣装のほつれを繕っていたらしい。
「おや、聞き捨てならないっスね。ボク達だけでは退屈だ、と」
非難めいた台詞とは裏腹に、ルルの表情は楽しげだ。このとき部屋にはエレナとルルだけで、卓の上には盛られた果物と、その皮と種が落ちている。
「別に退屈、ってわけじゃないけどさ」
「まぁ、女の子は女の子同士の友達付き合いもあるだろうしっスね」
「お前たまに言葉遣いおかしいよな。まぁいいけど。
女の子同士っつ〜か、オレの女友達ってカトリしかいないけどな」
「あれ、キリりんは?」
「……まだ友達じゃない」
しかも、いつ友達になれるかは定かではない。嫌いではないのだが。
「カトリはなんか、安らぎが違う」
「安らぎ、とな」
「そう。なんか一緒にいて楽って言うか、あったかくなるんだよね」
「え〜、それでしかも可愛いんでしょ? 何か会う前から期待値の上昇が半端ねぇんスけど」
「手ぇ出すなよ」
「出さねっスよ。お姫様っスもん」
「ていうか――…」
言いかけて、しかしエレナは口を閉じた。
(そういう仲とは違うもんな……)
エレナの頭に浮かんでいたのは、赤紫の瞳の少年だった。
エレナの目から見ても、歌鳥とクリスの間には何か特別な絆がある。
けれどそれは、世間一般で言う男女の情とはあまり似つかわしくない種類のものに見えた。
「クリスも帰って来るんだよな……、っつぅか、クリスは此処に来たことないんだから、“帰って来る”って言うのはおかしいか」
「あぁ、噂の期待の新人さん?」
エレナが上半身を起こして首を傾げた。
「そうなの?」
「うん。ルビーの耐性がある上にメチャクチャ強いんでしょ?」
「強いなんてもんじゃねーよ。女みたいな見た目してるけど」
「あ、そんななの?」
「そんななの。下手したらオレより女に見えるぜ」
「じゃあかなりのもんっスね」
その返事に頷きかけて、エレナは一拍置いてルルの顔を見た。その視線に気づき、ルルが不思議そうにエレナを見返す。
「? なに?」
「……いや、別に……」
……追及するのはやめておこう。なんだか柄にない展開になりそうな気がする。
「そういや、今日は朝飯の後からグレンを見ないな。ジム爺んトコ?」
「さぁ? 修練場で鍛練でもしてんじゃない? アレで努力の人だから」
「あ、修練場なんてあんだ?」
あるよ、と言って、ルルが針に通った糸を歯で噛み切った。
「行ってみる?」
「……んにゃ、いいや。邪魔したら悪いし」
エレナが卓の上の果物に手を伸ばした。ルルが仕上がりを確認するかのように衣装を広げる。
そんな他愛のない空気の上に。
「?」
エレナが顔を上げた。四方と頭上に広がるのは、オーロラたなびく満天の星空。
「今、なんか楽器みたいな音がしなかった?」
「え?」
ルルがエレナに倣って空を仰ぐ。耳を澄ますと、確かに――…
「あぁ、誰か帰って来たんだよ」
聞こえてきたのは軽やかな鉄琴のチャイム。漂うような柔らかな旋律。
「そうなの?」
「うん。まぁ、此処はもともと人の出入り自体が少ないスからね。あんまり聞き馴染みがないっスか」
「……そういや、オレが此処にいるときに誰かが入って来るのは初めてだ。送り出したりはあったけど」
そう言って、エレナがソファーから腰を浮かした。
「カトリ達かな」
「どうっスかね。ちょっち玄関までお出迎えに行ってみますか」
ルルの言う“玄関”とは、歌鳥やエレナが初めて此処に入ったときにマリーに出迎えられたフロアのことだ。
その提案に頷いて、エレナが軽い足取りで部屋の縁へと駆け寄った。
「よっ、と」
特殊な移動手段にももう慣れて、ためらいなく飛び降りる。重力を無視しながら羽根のように緩やかに落下するのは、周囲の美しい景色も相まって気分がいい。
音も立てずに、エレナの足が大理石の床を踏んだ。間違いなく目指したフロアに着いたことを確認する。
果たして其処には人影があった。しかしエレナには見覚えのない人物だった。
年齢は30代になるかならないか。いかにも健康そうな身体つきの男性だ。
その彼がこちらに顔を向ける前に、エレナの後ろから続いてきたルルの声が響いた。
「シャンっち! 久し振り〜! そういや技術関係にも召集がかかってたんスよね」
その親しげな声音。駆け寄るルルの視線の先で、男が笑って片手を上げた。
その男の背後、フロアの中心、大理石の蔦で編み上げられた鳥の巣に似た台座のオブジェ。
そこから光が発せられ、幼い少女の姿が形作られてゆく。
『お帰りなさい、シャンティ=ブライ――…』
――…マリーの声が、不自然に途切れた。
「ルル!!!!」
エレナの悲鳴染みた声が聞こえた。
――…ルルは一瞬、確かに衝撃を感じた。
ぐらりと、足元が揺らいだのを感じた。
目眩かな、と思ったのは、視界の一部が暗んだからだ。目の前の男の下半身が真っ暗だ。
男は笑ったまま、片手を上げたまま固まっているように見えた。おかしいな、と思った。
ルルは視線を下げた。それでも視界の一部は暗いままだ。
おかしいな、と思った。見たままを素直に捉えるのなら、ルルの腹には黒い“何か”がぶつかっている。
そしてそれは目の前の男の腹の辺り……暗く染まったその辺りにもぶつかっている。
まるで、2人で黒い丸太の両端を腹で押し合っているみたいだ。なんて滑稽な。
不意にルルは咳き込んだ。その拍子に、喉の奥から溢れた。
(血?)
なぜ。
ルルには理解出来ない。エレナが悲鳴をあげた理由も分からない。
ルルの目に映る黒い“それ”がルルの腹にぶつかっているのではなく、ルルの腹を貫いてその先端を背中から突き出させていることなど、ルルは気付かない。
だって、この太さのものが簡単に人間の身体を貫くはずがない。当たった瞬間に押し倒されるだろう、ふつうは。
ふら、とルルの足がよろける。
この状況を理解してはいけない気がした。理解した瞬間に、現実は感覚になってルルを襲うだろう。
目の前で笑顔のまま固まっていた男の身体が、黒く染まった腰の辺りから“折れて”倒れた。
足はしかと床を踏んで立ったまま、重さを失ったかのような上半身がさかさまになって、男の額が床に当たった。
それはまったく現実感を欠いていた。人間には見えなかった。
ルルが倒れた。エレナが駆け寄る。
「――…ルル!! しっかりしろよ!! おい!!!!」
血溜まりが広がってゆく。滑らかな床に、滑るように広がってゆく。
倒れたルルとその傍らに膝を着いたエレナの上で、ルルを貫いた黒い“それ”が躍った。散った血玉が紅い真珠のようで、星空に映えた。
折れ曲がった男の、蝶番の箱のようにぱっくりと横に割れた腹。そこにはただ黒い空洞があった。空洞しかなかった。
(――…あぁ、お邪魔すルヨ)
まるで場違いな声がした。
エレナが顔を上げた。
その目に映ったのは、男の腹の空洞の中からするりと現れた、見知らぬ男。
「ヤレヤレ、なかなか狭い道だったネ」
ズシャ、とシャンティの身体が完全に倒れた。その中から現れた見知らぬ男は、まるで物見遊山のような自然体で辺りを見回す。
「オヤ、ずいぶん綺麗な所なんダネ」
「――…!」
エレナには何が何だか分からない。男を見上げながら、凍り付いていた。
その膝に、ルルの傷から流れ出た血が触れた。その感触でエレナは我に返った。
(止血――…!!)
エレナが薄手の上着を脱ぎ、ルルの傷口にそれを被せた。
ルルは仰向けになったまま、虚ろな視線で空を見ている。喘鳴の混じる息とともに、半ば開いた唇から溢れる血。
そして、その傍で浮遊する少女は身動ぎひとつなく、漂うこともなく静止していた。シャンティと呼んだ男を出迎えたときの、幼いながらも艶めかしい微笑のままで。
突如あらわれた正体不明の男が、ひらひらと揺れる裾をひとつ払った。
*