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◆Christ Alarm◆2◆  作者: 五木 萩
7/31

◆Welcome home.

***


花を手向けるべき感傷

感傷を穿つ槌

崩壊する塔

迷宮は我が子と敵を分かたない


ああ


ここにまた、ひとつの終わりが始まる


***



【Welcome home.】


その明け方、鋭い日射しが風のない地平を照りつけていた。

荒野、石の瓦礫が転がる遺跡。不意に影が過り、その上空に力強い羽ばたきの音が響いた。


「到〜着〜〜♪」


陽気な声を発した少年が、乾いた土に覆われた地面に降り立った。辺りを見渡し、おどけて回る。


「久し振りだなぁ、相変わらずの寂れっぷりっスね」


「秘密結社のアジトにはうってつけだろ」


背後に聞こえた声の主は、大柄でやや鋭い雰囲気の青年だ。

彼はその傍らでふらふらと立つ褐色の肌の少女を見やり、軽くその背中に手を当てて支えてやった。


「大丈夫か? ヴィヴィ」


「うぅ〜、酔った……」


「そ、そうか。悪いな」


「ん〜? いいよ、別に」


青年が謝った理由は、少女が酔ったのが青年自身が変身した獣の背中だからだ。


「船なら平気なんだけどなぁ……」


「グレさんは船に酔うけどね」


「おまっ……、それわざわざ言わなくても……」


「あ、それ聞いた」


「誰にだよ!?」


「キリエ」


ここ数日ですっかり息が合ったのか、3人の掛け合いはテンポが良い。

グレンが憮然とした表情で2人の前に立つ。しかし見ためほどグレンの気性は激しくない。機嫌を損ねたところで、別に怒っているわけではないから、後ろに続く2人の足取りも軽い。


彼らは廃墟の中をうろうろと歩き回る。はたから見ればただの徘徊にしか見えないその行為は、ファントム・コードのアジトの入口に到達するために必要な“儀式”だ。


「ヴィヴィっちはもう覚えた?」


「覚えるわけないだろ。まだ2回めなんだぜ」


朽ちて傾きながら互いを支え合う2本の柱が作るアーチ。そこがファントム・コードの入口になる。


「えっと、何回くぐったら変わるんだっけ?」


「4回めで変わってなかったら、どこかで間違えたってことになる。その場合は一からやり直しだな」


「どのくらいで覚えるもん?」


少女の問いに、男子陣2人が顔を見合せる。


「ボクまだうろ覚え」


「ルルはアジトには年に何回も来ないからな。お前も1人で出入りすることは滅多にねぇだろうし、無理して覚える必要もないだろうさ」


「あと何回出入りするかも分からないしね」


「何回、って?」


エレナが怪訝そうに振り返る。視線を向けられたルルが、邪気のない顔でおどけて目を丸くして見せた。


「だってボクはサポーターっスもん。ルビー・エーテルの世界崩壊を阻止出来たらお姉ちゃんと故郷に帰るから、もう此処に来る用事もないっス」


「姉ちゃん、いるんだ?」


「うん。ボクと同じファントム・コードのサポーターで、いまライズっちと一緒なんスよ。あっちの人らももうすぐアジトに帰って来るって言うから、すんげぇ久し振りに顔合わすの」


ルルの声にいかにも嬉しそうな響きが滲んだのを聞き、グレンの表情も和らぐ。

ルルとその姉のイヴは仲が良い。レックスとキリエのそれとは違い、ごくごく平凡な姉弟関係だ。その点で、傍から見ていて微笑ましい。


(本当なら、こんなのに関わるべき人間じゃねぇんだよな……)


ルルの言った、“ルビー・エーテルによる世界崩壊の阻止”。


正直を言うと、ルルと違ってグレンにはその先の自分のイメージがない。グレンはすでに故郷も家も、家族もない。此処の他に、帰るべき場所などない。

ならば世界を守ったとして、その先でグレンが得るものは何なのだろう。


(……そんなの、考えたって仕方ない)


歩みの先で、石のアーチが見透せぬ闇を縁取る額に変貌した。



『お帰りなさい、グレン=レイジング、ルル=ファルセット、エレナ=ヴィヴィッド。無事で何よりだわ』


常夜の天蓋、偽りの星空。その下に現れた浮遊する紅眼の少女は、愛らしい顔立ちをしていながら天使に例えるにはやや不気味な容貌だ。


「ああ、ただいま」


「久し振り、マリー嬢」


赤いスカートの裾を翻しながら、マリーは3人を見下ろした。


『とりあえず、召集したメンバーが揃うまでは待機という形になるわ。長旅で疲れているでしょうから、今日はもうゆっくり休んで頂戴』


「俺たちが一番乗りか」


マリーが首を振る。長い艶やかな黒髪がさらさらと揺れた。


『いいえ、18日前からジムサ=ウォーレンが待機しているわ』


新入りのエレナには聞き覚えのない名前だったが、グレンとルルはその名前を聞き、意外そうな反応を示した。


「ジム爺? すんごい久し振りだぁ〜」


「隠居したんじゃなかったのか」


『彼にはライズ=ブロッサムが先だって入手したルビー・エーテルのサンプル解析をお願いするつもりよ』


幼い声と大人びた口調。その流れるような言葉の中に、頭につかえて掛かる単語がひとつ。エレナが露骨に眉をひそめた。


「ルビー・エーテルのサンプル?」


グレンがそれを見、どこか苦笑に近いような表情でエレナに説明した。


「敵の技術者と接触して入手したらしい。少し前からライズが手元に置いてるそうだ」


マリーが捕捉する。


『ルビーの扱いは慎重を要するの。

ライズ=ブロッサムは早くルビーを手放したいみたいだけど、地道に運んで来てもらっているわ。彼は時折、自分の身ひとつでこちらに戻って来ているのだけれど、ルビーは所持しないようお願いしているの』


「ゴーレム化の移動? 持ったまま来るな、ってこと?」


『ええ』


ふと、エレナがグレンの方を見た。


「ゴーレム化の移動って、自分の身ひとつ?」


「おう、他人と一緒は無理だ。厳密には“移動”じゃねぇしな」


「ふぅん……」


理屈や原理を追及しても難しい話になりそうなので、エレナはもうひとつ、気に掛かっていたことを口にした。


「……技術者、って……、まさか、レインか?」


「まさか」


否定し、しかしグレンは続きを言い淀む。どうせいずれはエレナの耳にも入る話だろうが――…。


(余裕のある内に、おおまかな事情だけでも説明しておいた方がいいのかもしれない……。土壇場で初めて知るよりは)


意を決し、グレンは


「レックス兄とキリエの弟だ。そいつがレインの下にいるんだ」


と告げた。エレナがぎょっと目を瞠る。


「え!?」


そんなエレナの反応に、ルルが首を傾げた。


「あれ、ヴィヴィっち、知らなかったんだ。

キリりんってその弟の事で躍起になってて、聖地の任務をグレさんに任せて行っちゃったんスよ」


「そうなの!?」


そもそもエレナはグレン達と合流してからバタバタしていて、彼らと同じ任務にいたはずのキリエがいない理由を深く考えたりはしなかった。キリエがライズと一緒にいることや怪我をしたことは聞いているが、その詳しい経緯を訊ねようともしなかった。


「じゃあキリエが怪我したのって、まさか」


「ああ、その弟にやられたらしい」


「そんな……」


エレナはキリエと馬が合わないが、その身に起きた災難を聞き流せるほど冷淡ではない。苦手だが、嫌いなわけではないのだ。悲惨な話を聞けば、胸も痛む。


「な、なんで?」


無理もない疑問だ。


「レックスとキリエはあんなに仲が良いのに……」


「良い“から”ってのもあるんじゃない?」


ルルが軽薄になる手前の口調で、呟きのようなエレナの声に応えた。


「良い“から”?」


「だからさ、仲間外れみたいになっちゃったんじゃないスか? 意図的でなかったとしても、そういう事ってあるっしょ? 一方と仲が良いと、もう一方とは疎かになるっていうか。

レックス兄の方はあからさまに弟妹をえこひいきしたとは思えないけど、キリりんはなんか弟を押し退けてレックス兄にくっついてたっぽくない?」


「……なんか、想像出来るかもしれない」


「でしょ? そうなるとレックス兄とキリりんの仲の良さって、弟にしたら面白くなかったかもよ」


グレンが少し苦い表情で口を挟んだ。


「他人の家の事情だ、推測だけで話をするなよ」


ルルがちらと舌を出して首をすくめる。少しおどけた仕草になった。


「だね。野暮ったっスね」


「それにレックス兄はキリエと弟が小さい頃に家を出てるんだろ。多分ただの単純な兄弟関係じゃないぞ」


「そりゃ単純な兄弟関係だったら、弟が姉貴に重傷は負わせねぇだろうよ……」


ため息まじりにそう言いながら、エレナは軽く頭を掻いた。

グレンの言う通り、確かに本人のいない所でいかにもデリケートそうな話をするのはエレナの性にも合わない。この話はここで切り上げよう。

エレナは星空の下で浮遊する少女を見上げた。


「えっと、マリー、さっき言ってた“先に来てる奴”って今どこにいんの? アイサツくらいはしておこうかな」


マリーは焦点の分からない紅玉の瞳で頷いた。


『ジムサ=ウォーレンなら資料室にいるわ』


「資料室?」


『ええ、貴女は足を運んだことがなかったわね』


「うん」


ルルがひょいと前に出てエレナの隣に並んだ。


「じゃ、一緒に行こうよ。ボクも久々にジム爺に会いたいし。ねぇ、グレさん」


「まぁ、顔を見せない理由もないしな」


そう言ってグレンがエレナの肩を促すように軽く叩き、フロアの端を示した。頷き、エレナとルルが並んでグレンの背に続く。

彼らを見送り、マリーがふわりと赤いドレスを揺らしながら、光る織物の糸をほどくようにしてその姿を消した。



【MarionetteDwarf】


まるで巨大な器の底にいるようだった。


ファントム・コードのアジトには階段や廊下が存在しない。宇宙か夜空のような空間の中に、それぞれ独立した“籠”と呼ばれる大小さまざまな球体もしくは半球体の部屋が星のように点在している。

大抵の“籠”は上半分を切り取られた半球体で、断面は平らだ。その断面をフロアとして生活空間にしている。


しかしエレナがグレン達と初めて降り立ったその巨大な“籠”には断面がなく、お碗のような窪みの部屋、まさに文字通りの“籠”だった。


ぐるりと円形に部屋を囲う壁は階段状になっており、丸く抜かれた天井に向かって広がってゆく。その階段に見えるものは、ひとつひとつが人の背丈ほどの高さの本棚だった。


「――…すっごい……」


見渡す限りの書物。整然と棚に並べられた、かつてセナ砦でイリアスが指令室に使っていた書庫とは比べようもない蔵書の数。

感嘆しながら壁の本棚を見上げて呆けるエレナの横で、グレンが階段のひとつの上に動く人影を見つけた。


「ジムサ!」


張りのある声で呼びかけられ、しかし弓のように腰を曲げてのそのそと歩くその人物は、こちらの方をちらとも見ない。


「あ、駄目だ。アレ、聞こえてないわ」


「耳も遠いからな……」


そう言ったグレンがエレナに向かって、曲線を描いて彼らを囲う本棚の壁の継ぎ目を指差した。そこには狭い隙間があり、まともな人間用の階段がある。行こう、と言う意を汲み、エレナが頷く。


遠目に見ても、本棚に沿って歩く老人はかなりの年齢に見えた。少なくともエレナが今までまともに接してきた老人の中では最高齢だろう。とは言えエレナが会った老人など数は知れているが。


「いくつの爺さん? あんなんで解析とか出来んの?」


グレンとルルが顔を見合わせる。


「まぁ耳はともかく、頭の方はまだしっかりしてんだろ。じゃなきゃマリーが任せやしねぇよ」


「そりゃそうか」


緩い傾斜の階段を上がり、グレンが再び老人の背中に声を投げ掛けた。


「久し振りだな、ジムサ」


「――…おぉ……」


ようやく振り向いた顔は、長い眉毛と髭でつくりがよく見て取れない。


「グレン、かえ」


「おう」


「ボクもいるよ〜」


「おぉ、ルルもか。ほんに久しいのぉ」


老人の声は柔らかく、それだけで顔がほころんだのが判った。


「しばらく見ん内に、また大きゅうなったの」


「あ、そぉ? 前に会ったのって、いつだったっけ」


「俺は前に会った時とそう変わってないと思うんだが……」


他愛ない親しげな会話。ふと、老人の眉の下で視線が動き、少し遠慮がちに離れて立つ娘を見つけた。


「新顔じゃな」


「――…あぁ……」


どう自己紹介したものか迷っていると、エレナとジムサの間に立っていたグレンが繋ぐように口を開いた。


「ヴィヴィだ。《虹姫》の身内ってことでファントム・コードに入った」


「《虹姫》、かえ。カトリじゃな」


老人が返した言葉に、エレナが目を丸くした。グレンとルルも意外そうにジムサを見る。


「会ったのか?」


「ここに来る前に、一度な。ちょうど通り道じゃったきに。

あれはほんに可愛らしい娘じゃったの」


ジムサのその言葉に、エレナはまるで自分が褒められたかのように嬉そうな表情を見せた。それを見て、ジムサがつられたように微笑む。


「いいなぁ、ボクまだ会ってないんスよぉ。自分の組織の“お姫さま”だっていうのに」


ルルが声と仕草だけで不貞腐れて見せた。表情じたいには言葉ほどの不満は見られない。

しかし、グレンはそんなルルを宥めるような声を掛けた。


「《虹姫》はこちらに来てまだ日が浅い。会ったことのある面子の方が少ないぞ」


そのグレンの言葉に、声を掛けられていないエレナが首を傾げた。


「グレンって、カトリのことまだ《虹姫》って呼んでんの?」


「え?」


「《虹姫》って、名前じゃねぇじゃん。なんかよそよそしくねぇ?」


「あ、グレさん、シャイだから。あんまり女の子と距離縮めたくないの」


グレンが答えるより先に、ルルのフォローが入る。しかし、むしろそれに対してグレンが少し狼狽えた。


「違っ……、違うぞ、ヴィヴィ。俺は別に――…」


「……“オレは女じゃねぇの?”、なんて言わねぇから心配すんな」


先ほどのルルの言い方だと、グレンと親しくなったエレナは彼にとって“女の子”ではない、ということになる。それでグレンは慌てたのだが、エレナの方はまったく気にしていない様子だった。

グレンが安堵の息を吐くのを見ながら、エレナが苦笑に近い表情を浮かべた。


「それにお前、キリエだって平気だもんな」


「まぁ、あいつとは長い付き合いだからな――…」


「……ふぅん」


「ま、付き合いで言ったらジム爺が一番だろうけどね〜」


ルルの軽口に、ジムサが曲がった腰を少し伸ばした。


「儂はお前さんらが生まれる前からファントム・コードにおるからのぅ。儂より古株なのはマリー嬢だけじゃ」


「実質、最古参だよな」


「へぇ……」


エレナが改めて目の前の老人の姿を見た。物語に出てくる土の小人を彷彿とさせる容貌、雰囲気。

高齢者と接した経験に乏しいエレナには、余計にジムサが特殊な人物に見えた。



【水晶の心臓】


ジムサは造獣師だということなので、そちらの話題が持ち上がるのは当然といえば当然の流れだった。


「レックスの師匠ってことは、原初型も普通のも造れるってこと?」


ライズの庭のテラスでテーブルを囲いながら、エレナが向かい合う小人のような老人に訊ねた。老人は眉と髭で表情を隠したまま、頷く。


「《種子》があればの」


「そういやレックスに聞きそびれてたんだけど、その“シュシ”って、結局なに?」


庭の主が不在で、しかもグレンとエレナはホスト役には向いていない。自然、ルルにお鉢が回るわけだが、数ヶ月ぶりにここを訪れたルルは茶器を探すのにもひと苦労だ。


「ライズっちのことだから、変なところには置かないと思うんだけどな〜……」


「あいつ、新しい棚やら何やら作っては、しょっちゅう置き場所を変えるらしいぞ」


「マジすか〜」


苦戦しているルルの背中にグレンが声をかける。手伝おうにもグレンも日用品の配置までは知らないので、一緒に探すはめになる。


そんな2人をよそに、今日が初対面のエレナとジムサは茶のない席に着きながら話を続けた。


「《種子》言うのは――…、まぁコレは半端じゃが……」


そう言っておもむろに懐を探り始める。そして皺だらけの手で、テーブルの上に“それ”を置いた。


「硝子玉?」


「んにゃ、水晶じゃよ」


包んでいた布からこぼれ落ちてテーブルの上を転がりだそうとした“それ”を、エレナの指が止める。

指先に伝わった感触は、これ以上ないほどに滑らかで見事な球体のものだった。大きさは、エレナの2本の指で摘み上げられる程度。


「すっげぇ綺麗――…」


光に透かすと、その透明度は尋常ではなかった。泉に湧く水でさえ、これほど澄んではいまい。


「それに獣の血を与えると、ゴーレムの《種子》になる」


「血を?」


「うむ。そして出来上がるゴーレムは、その《種子》に血を与えた獣の姿になるんじゃ」


「――…へぇ。これは血を与える前の“素”ってこと?」


ジムサが頷く。


「血を与える、って、どんなことすんの? まさか漬物みたいに浸すわけじゃねぇだろ?」


「そん水晶は掘り出して丸く削り出す間に呪言を彫りこんである。彫っては削り、彫っては削り。

そうすると、表面の文字は削れ落ちても、呪術は水晶の奥まで届く。もともと水晶は呪術に向いた素材じゃからの。


そん水晶に獣の血を垂らすと、彫りこまれた呪術で血を吸い込んで中に取り込むんじゃ。出来上がりはなかなかの見栄えじゃぞ」


「見栄え、って」


そこに、ようやく目的のものを見つけだしてきたルルとグレンがやって来た。ルルが盆に人数分の茶器を載せている。


「ボクは見たことあるっスよ〜。確かに綺麗だった。まぁるい透明な水晶の中にまぁるい赤い宝石が浮いてる感じ」


「“紅い瞳”に比喩されることもあるな」


明らかに煮出し過ぎの色をした茶がエレナの目に入ってきたが、文句を言う立場でもない。黙ってカップに口をつける。


「それって量産出来るの? 人間の方は一生に一体しかゴーレムを持てないらしいけど、《種子》の方は一匹の獣から一個とか決まってるわけ?」


「んむ。《種子》は一匹の獣から一個じゃ」


「……血を採るとき、まさか殺す?」


「んにゃ、殺す必要はないぞえ。人間の方も、死ぬほどは採らんからの。

まぁ処置を誤れば、獣の方も死に至る。これも人間の方と同じじゃな」


「――…あぁ、つまり獣の血を吸わせた《種子》に、さらに人間の血を吸わせるってこと? それが原初型じゃないゴーレムの造り方?」


「まぁ、そうなるのぅ。勿論、創作過程には複雑な術式があるが、おおまかに言えばそういう事じゃ。


血とは即ち、その生き物の生命の断片じゃな。その生命を、呪術と媒体で補強して繋ぐのが現代ゴーレムじゃ。

現代ゴーレムは、ひとつの個体を2種類の血で造る。それ故、創作時のリスクも少なく出来上がりも安定するが、やはり性能は原初型ゴーレムには及ばぬ」


「個性もないしね」


ルルが自身の失敗の尻拭いのように、渋味の強い茶をすする。


「現代ゴーレムって、なんかつまんねっスよね。どれもこれも同じ感じで。

その点、原初型ゴーレムは面白い。持ち主の個性とかが反映されるし、性能にも個体差があったりして、見てて飽きねっス」


「個性、ねぇ……。ライズのは本人が器用で何でも出来るから、ああいうゴーレムになったのかな」


「かもな」


エレナの呟きにグレンが小さく同意したが、ジムサの意見は少々違った。


「原初型ゴーレムの能力は、主人の“能力”ではなく“精神”が影響する。

器用というのはあまり関係がないのぅ。まぁ、器用であることが性格に由来するものならば、無関係でもないか……」


例えば、とジムサが茶器に口をつけないまま椅子に掛けるグレンを示した。


「幻獣の形だったり飛翔する型のゴーレムは、主人が思春期前後に造ったものが多い。まだ常識や現実に囚われていない年代ゆえかのぅ」


「夢見てる年頃?」


「その言い方はやめろ」


グレンが嫌そうに顔をしかめた。

しかしそう言われてみると、原初型ゴーレムに主人の個性が表れるというのは頷ける気がした。


騎乗と飛翔の両方を可能とするのは同じだが、グレンのガルダ(獅子鷲)は猛々しく、キリエのデウス(天馬)はどこか優雅だ。

ライズのサンディ(黒蝶)は、どこか掴み所がないという点で主に共通している。


「そういやルルは? ゴーレムは持ってねぇの?」


「うん。なんかファントム・コードって、ルビーの耐性がない人間にはゴーレムを造らないんスよ。伝統的に」


「ふぅん……。何で?」


後半はジムサに向けた言葉だった。老人は小さく首を振る。


「マリオンは前線要員なんじゃよ。ファントム・コードではそういう認識なんじゃ。

しかしルビーの耐性を持たない人間を前線に出すわけにはいかん。そういうわけで、サポーターにゴーレムは持たせないんじゃ」


「ボクは欲しいんだけどね〜。情報収集とか移動とか、絶対便利になるのに」


「なかなかのモノが出来上がりそうだよな。お前、見かけより根性ず太いし」


そう言って、グレンがようやく濃い茶をひとくち口に入れた。その渋さに内心顔をしかめたが、面には出さない。


「別に持たせてもいいんじゃねぇの? 前線に出さなきゃいいだけの話だろ?」


エレナの疑問に、ジムサが眉と髭の下で苦笑した気配がした。


「何事にも形式は必要なんじゃよ。例外は作らないに越したことはない。

若い内はルールなんぞ煩わしいかもしれんが、それによって守られるものも確かにあるんじゃ」


「う〜ん、ジム爺が言うと重みが違うね。

……ところで、ヴィヴィっち」


改まって名前を呼ばれ、エレナが訝しげにルルの顔を見返した。


「何」


「お茶淹れてくれる? なんかもう、ボク自信ない」


ルルのしゅんとした様子に、エレナが苦い表情を浮かべた。


「ず太い根性はどこ行ったわけ?」


***

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