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◆Christ Alarm◆2◆  作者: 五木 萩
6/31

◇魑魅魍魎の一端

***


闇より昏い黒がある

黒より昏い闇がある


深くも浅くも闇は闇

目を伏せようとも黒は黒


足を止めるな

振り向くな

追いつかれれば飲まれるぞ


***



【魑魅魍魎の一端】


「――…以上が、公式に記されている“今回の”この大陸の歴史です」


長々と、朗々と、若い男が語り終えて一礼した。


遥か頭上に光が見える。此処は窓のない塔の中か、それとも井戸のような穴の底か。それでも淀まぬ空気の中で、彫像のように立つ彼ら。


薄い明かりが落ちるフロアの中央で、白銀の蔦で編みあげたような安楽椅子に腰掛ける壮年の男が1人。

手摺りに頬杖をついた気怠そうな風情ながら、爛と輝く黄金の瞳に備える気品と威厳は、圧倒的ですらある。


その男に向かい、語りを終えた若い男が頭を下げる。男の唇が重々しく開いた。


「――…思ったよりも」


低く乾いた、無感動な声。


「粗末な末路だな」


若い男が同意するように頷き、長広の袖を揺らして一歩退がった。衣擦れの音さえ、淡く漂う光に溶ける。


椅子の男の前には、彼を半円に囲うようにして並び立つ影が5つある。


まず先ほどまで男の前に立っていた若者。中肉中背でごく平凡な容姿だが、どこか老成した風情がある。


その隣、岩のような巨躯の大男。毛深い褐色の肌と、何やら憮然としたような表情をその黄銅色の瞳に浮かべていた。


1人めの男の、大男とは逆側の隣。のっぺりとした中性的な顔立ちの、細く垂れた目が印象的な男。顔色が悪く、作り物めいた表情が貼りついている。


その隣。病的に細い体つきの少年はこの面々では明らかに最年少であり、その立ち姿はお世辞にも行儀が良いとは言い難い。落ち着き無く体を揺らし、鬱金の瞳がふわふわと視点を漂わせる。


そして、さらにその隣。列の端に立つ紅一点。どこか冷ややかな、妖艶な美貌の若い女。青磁色の長い髪を高く結い上げ、波打たせながら背中に流す。


このたった6人の“民”。


「ひとつ、よろしいでショウカ?」


イントネーションの不自然な話し方で、細目の男が口を開いた。


「申せ。アトバシュ」


「ハイ。先日、ワタシは《尊師》に“仕込みは万全”と申し上げマシタが、その発言の撤回をお許し頂きタイ」


「構わぬ。何の不都合があった」


「はい」と、男が恭しく前に出る。


「つい先日、《影の下》で張り巡らせていた《網》の一部がいつの間にか断ち切らレテおり、《虹色の唄》の回収が滞ることを避けられナクなりまシタ。

見識の至らなカッタ未熟をお許しくだサイ」


アトバシュの詫びる言葉にも、黄金の眼の男は眉ひとつ動かさない。


「許す。もとより時間など惜しくはない」


「有り難キお言葉」


「だが、“断ち切られた”とは穏やかではないな。

――…原因の目星くらいはついておるのか?」


「おそらく、別の何かに回収されたカト」


ちらと、端に立つ女の目が動いた。その瞳と黄金の瞳が、瞬きのような間に視線を交える。


「――…《虹姫》か」


「おそらクハ」


「ならばそなたに落ち度はない。あれを始末しなかったのは私だ。あの様子では、現す頭角もないと思ったのだがな」


控えめに、女が口を開いた。涼やかな声が響く。


「――…周囲が覚醒を誘発しているのやも知れません。《拒絶の女王》の眷属然り、《ダブル・コード》然り、そして」


「ユーリン=ウィルバー」


男の低い声が、短くその名を奏でた。


「黒幕がおるな。乱れた歴史の流れを整え、それらを引き合わせている存在がある」


男がゆったりとした動作で立ち上がった。


「シエラ。調査せよ。おそらくそなたが適任だ」


「はい」


女が一礼する。その様子に一瞥もせず、男は続けた。


「アトバシュ。《唄》の回収は引き続きそなたに任せる。手段は問わぬ。期限も設けぬ。好きに致せ」


「かしこまりまシタ」


「他の者は休むなり2人の補助につくなり、各々思うように行動せよ。

私はしばし眠りに入り、この歴史に蓄積された叡智を巡る。戻りはいつになるか判らぬゆえ、待つ必要はない。

留守の間に起こることは、すべてそなたら自身の意思と判断に任せる」


男がすぅ、と目を伏せた。目の前に立つ彼らが深々と頭を下げる。


「行ってらっしゃいませ、《尊師》」


しばし、霞の如く漂うような薄明かりのフロアの上に沈黙が流れた。



「シエラ」


呼び止められ、女は石造りの廊下で振り向いた。


「何ですか、アトバシュ」


「ちょっとイイ?」


「ええ」


汚れて黒ずみ、くすんだ灰色の壁と天井。その光景の中に、朱色の振り袖を来たシエラの姿は毒々しいほどに際立っている。


それに大して、アトバシュは趣こそシエラのそれと同じ装いをしているが、周囲の風景に溶け込んでしまいそうな、くすんだ暗灰色の服を着ている。


「正直、どう思ウ? 私タチの目的、共通スル点が多いと思わないカ?」


「ええ」


「そこデ、だヨ。ココはひとツ、共同作業といかないカ?」


「共同作業?」


アトバシュが満面の笑みで頷く。見る者に警戒心を抱かせるような、胡散臭い笑顔だ。

しかしアトバシュと長い付き合いのシエラから見れば、それは普段と変わらぬアトバシュの顔だ。不快を抱くことはない。


「互いの効率を損わないというのなら、断る理由はありません」


「ウン、なら決まりダ。ちょっと、コッチ来てくれル?」


アトバシュの手招きに応じ、シエラが袖を揺らしてその後に続いた。



アトバシュとシエラが向かった先で待っていたのは、劇場めいた一室でこちらにかしずく黒ずくめの観衆たち。

ステージのように一段上がった場所に現れた2人の姿を見ないまま、しかし感歎のような息遣いがあちらこちらから漏れ、その空間の中に見えないさざ波を立てた。


それに何ら感慨を抱く様子もなく、アトバシュは平然と、シエラは冷淡にステージの上から黒ずくめの人間の群れを見下ろす。


「え〜と、こないだワタシと話したコは“ドレ”?」


「せめて“ダレ”か“ドコ”かになさいませ」


たしなめる声さえも氷を撫でるように冷ややかで平淡なシエラを、アトバシュは意に介した様子もない。顔を上げない観衆を見下ろしながら、おどけた調子で指を振る。

その指先が、ある1人の頭の上に止まる。他の観衆と何ら変わることのないその黒い長衣のフードを被った頭が動き、恭しく顔を上げてアトバシュとシエラの方を見た。


「ウン、やっぱりキミだ。ちょっと悪いんだケド、こないだワタシに教えてくレタお話をこちらのゴ婦人にも話してあゲテ」


その男はステージに最も近い前列に並んでいたため、顔を上げただけでその顔のつくりまでが見て取れる。

それは男の方でも同じことで、2人を見上げる目には畏れと崇拝が満ち満ちていた。


「恐れながら――…、直接御尊顔を――…」


緊張のあまり吃る男に、シエラが冷ややかな視線を落とした。


「過分な敬意は不要です。我々は何より効率を優先します」


「はっ――…、はい、その――…」


シエラの玲瓏な声とその美貌に気圧されたか、男はさらに舌をもつれさせる。シエラは表情を変えず、しばし男が落ち着くのを待つスタンスを見せた。


しかし。


「ん〜……」


アトバシュが顔に笑みを貼りつけたまま、ステージから下りて男の前に立った。


「どうしたのカナ? こないだはもう少シまともにお話シしてたヨネ?」


「は……、はっ! 申し訳――…」


「ウン、もう少シお話のジョウズなコにお願イしようカナ?」


言うが早いか、アトバシュの前に跪いていた男の全身が、ぞ、と一瞬で黒く染めあげられた。

もともと黒い長衣の装いの男の肌さえも黒く染めた“それ”は、おぞましく蠢く無数の百足蟲だった。


男の全身、その輪郭が黒い歪な毛糸玉のように変じて崩れ、消失するまでわずか数秒。

悲鳴さえ聞こえなかったせいか、彼が絶命したのだという事実を周囲が認めるまで数秒。


整然と跪く彼の同類達はその凄惨な光景に、声こそあげなかったが、恐怖と畏れに慄えあがった。その反応をまったく無視し、アトバシュが笑って観衆を見渡す。


「サテ、代わりにダレがお話してくレル?」


凍り付いた空気の中、黒ずくめの彼らは彫像のように動かない。シエラがステージの上で溜め息を吐いた。


「殺す必要はなかったでしょう」


「だッテさっきのコがこの場に居たままジャ、代わりを頼んデモ代わりのコが気兼ねしちゃうでしょうヨ」


「ならば部屋から出せば済む話でございましょう。ご覧なさい、無駄に怯えさせてしまっています。これでは円滑に進む話も進まな――…」


「宜しいでしょうか」


シエラの声を遮って、涼しげな男の声が響いた。アトバシュの斜め前方で跪いていた男が、顔を上げてステージを見上げている。


「差し出口をお許し頂けるならば、私が先ほどの者の代わりに御説明を」


男の表情はその声と同様に涼しげで、他の同胞達と違って動揺の欠片もない。シエラは透かすように男を眺めた。


「――…聞きましょう」


アトバシュが満面の笑みを浮かべ、男を見る。


「何だイ、見所のあるコがいるじゃなイカ」


「恐れ入ります」


「おイデおイデ」


アトバシュの手招きに男は気後れなく立ち上がり、周囲の空気を置き去りにしてステージの前まで進んだ。跪き、朗々と語り始める。


「この歴史において、運命を影から操作している組織が存在します。名前を《ファントム・コード》。

それは《白い血の民》即ち《サード・マリオン》と敵対し、《虹姫》を確保し、《ルビー・エーテル》による世界崩壊の阻止を狙っているとか」


「――…なるほど」


シエラがちらとアトバシュの方に視線を流した。


「わたくしの拝命した“調査”は、ここでほぼ完了するわけですね」


「ウン、《尊師》の仰っていた“黒幕”というノハ、十中八九、その《ファントム・コード》とかイウ組織のことだロウ」


「あとは確認だけ……」


「ソウ。そしてワタシは“回収”のため二」


「向かうべきは?」


問いかけはアトバシュではなく、ステージの下で跪く男に向けられた。


「恥ずかしながら、場所は目星さえついておりません。

しかし手段ならば案がございます。ただ、これは我々の持つ技術では机上の空論でございまして」


男は顔を上げ、真っ直ぐにシエラの目を見た。


「御方がたの御力添えなくしては」


「――…」


不遜な男だ、と思う。

言いたいことは理解した。この男は、自身の考える案とやらをシエラやアトバシュに実行させようと言うのだ。


それは実現可能という点のみに焦点を当てた提案。他意はないだろう。自身らには技術がないから、それを持つシエラ達に任せようという、ただそれだけの意図でしかない。


だがそれは、敬意を失した提案であると断じられても仕方のない発言だ。手足であるべき彼が、脳にも等しいシエラ達に行動を求めるなど。


だが、この男はその発言の危険性さえ承知の上で提案してきている。しかも、その危険が可能性でしかなく、実際にシエラやアトバシュの不興を買うことはないと確信している。


不遜な男だが、アトバシュはそれを気に入った様子でニコニコと笑っている。シエラもまた、眉ひとつ動かさないながらも男の姿をまじまじと眺めた。


「――…宜しいでしょう。我々は何よりも効率を優先します。

その提案、臆することなく申し出た貴男を評価しましょう」


「有難き幸せ」


「名を聞いておきましょうか」


さながら氷の女王を前に、男は真っ直ぐに顔を上げて微笑した。


「エドガー=アンセムと申します。シスター・シエラ」


***

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