◇ふたりのあらすじ
【ふたりのあらすじ】
彼女は他人の心を見ようとするあまり、それ故に孤独だった。
その少女には、両親がいなかった。
父親は彼女が生まれてすぐに失踪し、母親は彼女が小学校に上がる前に亡くなった。
母親を失う少し前から、少女は伯父の家に引き取られていた。そこには母方の祖父母と、伯父夫婦と、従姉弟2人が暮らしていた。
祖父母は自分達の娘によく似た少女を溺愛したが、嫁とその子ども達とは折り合いが悪かった。
少女は、祖母が少女を褒めるのは少なからず伯母への当て付けを含んでいることに気づいていた。
当然ながら、伯母は少女を好ましく思わない。本当に、当然ながら。
自分の行いに関係なく、自分の存在が他人を不快にさせていることに、少女は長年傷ついていた。
そうして、数年。
祖父が亡くなり、そして祖母も亡くなった。
春の終わり、祖母の通夜。
夜風の縁側と忌中の提灯。2ヶ月程度しか着ていないセーラー服はまだ肌に馴染んではいなかった。
その夜、庭から玄関に回ったところで、少女は唐突に意識を失った。
目を覚ましたとき、そこはすでに彼女の知る《世界》ではなかった。
リーヴダリル帝国、南方セヴァルスタ諸島。その本島中部に位置するそこは、セナ砦と呼ばれていた。
圧政を施く領主に対抗するレジスタンスによって制圧されたばかりのそこで、歌鳥は“彼”と出会った。
恐ろしく透んだ赤紫の瞳をもつ、無垢そのもののような少年と。
***
彼は他人の心を理解することが出来ず、それ故に孤独だった。
名もなきレジスタンスにおいて比類なき豪勇を誇るその少年は、無垢ゆえに信念というものを持っていなかった。
武器をとったのは、レジスタンスを率いるのが彼の育て親だったから。戦場で敵を倒すのは、敵が彼を殺そうとするから。
彼は幼い頃、人間社会の外にいた。それゆえか、彼は人間と他の生きものの線引きが曖昧だった。
食べるために獣を殺す彼は、生きるために人間を殺す。自身の生命を脅かす存在に対して、機械的なまでに非情だった。
戦場で敵に情けをかけたことなど無い。そもそも命乞いをされたこともない。
彼は必ず一撃で敵を屠る。それは意識的ではなく反射的な行動で、だからこそ一層始末が悪い。
好むでもなく、厭うでもなく、ただただ自然に、彼は敵の心臓に刃を突き立てる。
彼はそういう少年だった。
少年が“殺意なき殺戮者”になることを恐れた彼の育て親は、彼に戦線離脱を宣告した。
敵に情けを乞う機会さえ与えないことは情けを与えないことと同じであり、それは敵と同じ思想だと断じ、彼に戦いの意義を問うためにあえて彼を突き放したのだ。
そしてそれと同じ日に、少年、クリスタルは“彼女”に出会った。
夜空と同じ濃紺の瞳をもつ、今にも消え入る幻のような少女と。
***
少年は初め少女に関心がなかった。
少女はいっとき、少年を畏れた。
心の触れ合いは、ほんの些細な出来事の積み重ねだった。
少年の嘘偽りを知らない無垢と、少女の脆さ。
少女は自身の孤独を受け入れ、それゆえ俯瞰で他人の心を測る。
そして他人を傷つけないために、先に自身が傷つくことを選んできた。他人を傷つけたとき、彼女はより大きな傷を負うから。
それが歌鳥という少女の在り方だった。
少年は他人の心を測る術を知らず、それゆえ自身の孤独を受け入れる。
少年にとって他人とは、理解しようとしても理解出来ないものだ。
だから少年にとって他人の心は探って測るものではない。ありのまま、表れているものが他人の心。だから敵意を向けられれば、少年にとってそれは敵以外のなにものでもない。だから自分が傷つく前に敵を殺す。
それがクリスタルという少年の在り方だった。
守るべきは心。
守るべきは命。
少女は少年に、孤独を受け入れない人々は他人との“違い”を“間違い”と認識することで争うのだと語った。
少年は、孤独を受け入れているにも関わらず他人の心を測る彼女に、その意味を問い掛けた。
方向性が異なるだけの、きっと本質は同じ孤独。
少年は他人を気にするあまり自身を傷つける少女に、彼の心を測る必要はないと告げた。
自身を傷つけてまで他人を傷つけない彼女は、彼の敵にはなり得ない。だから、彼は彼女を厭わない。
ありのまま、少年は少女にそう告げた。
それはきっと、少女がずっと求めていた安らぎ。
それが嬉しくて、少女は初めて他人の前で声をあげて泣いた。
そしてそれは、少年にとっても特別な出来事だった。
少女は少年が今まで出会った人間の中で最も優しく、最も脆かった。
誰にも似ておらず、誰とも違うその少女は、その点においてのみ、少年が初めて出会った彼と“同じ”本質の孤独。
少年は他人の心を理解出来ない代わりに、自分の心が理解されないことを知っている。だから、彼は偽りなく自身の心を言葉で表す。
それにより、少年は少女の孤独を癒した。きっと、他の誰かではそれは出来なかった。
この日から、2つの孤独は互いの“特別”になった。
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