悲劇
凄惨、とは眼前の光景を説明するためにある言葉なのではないだろうか。
狼の追撃を、ふりきった俺は一人夜の森に立ち尽くす。
テントがいくつも張られた、後衛右翼の仮拠点だった場所は見るも無惨に死体の山と化していた。
血の独特な鉄の臭いが、はなをついた。
「あ......ああ......」
頬に流れる冷たいものをぬぐおうとして、自分の左腕が無いことを思い出す。
状況は絶望的。
それでも、俺はサラが生きていることを信じて一歩一歩歩いていく。
地面に横たわる死体見るたびにサラであったらどうしよう、と恐怖がおそう。
しばらくあるくと、そこだけ避けるように死体が無い場所があった。
不思議に思って近づいてみる。
「.......人影?」
暗くてよく見えないが、しっかりと人影があった。
どうやら死んではいないらしい、その証拠にその人間は横たわっていない。
「あ.......ああ!」
近づくにつれ、あれはサラだと確信していく。暗闇のなかでも、彼女の特徴的なポニーテールは見間違えない。
彼女は、生きていた。
俺はその事実だけで、涙を流していた。
「おい、サラ!........っ!?」
驚愕。
一瞬目を疑った。
「いや、まさか......そんなわけ.....」
だけど、
だけれど、
彼女には、いくら目を凝らしても
ーーーーーー下半身がなかった。
暗闇でよくみえなかった部分が鮮明にみえだす。
俺はあまりにも凄惨な光景に、吐き気を我慢できなかった。
巨大な蜘蛛。
それが、巣をはってサラを空中にくくりつけていたのだ。
さらに、やつはサラの下半身を今、食っている。
「うおええええええ!」
勢い余って地面に膝をついてしまう。
嘘だ! 嘘だ!嘘だ!
彼女はサラではない!
そう自分に言い聞かせる。
ボト。
何かが目の前に降ってきた。
「.............あ....し?」
血まみれの左足。
他でもない。
サラ・エリーストのものである。
ーーーーーこんなはずではなかった。
俺は掃討団で、エリートで、サラの婚約者で、
上を見上げると、蜘蛛の赤い目と目があった。
「..........あ」
こんなはずじゃ.........!!
ーーーーーーこんなはずーーーーーー。
蜘蛛の足が俺の腹を貫いた。
8月9日のことである。
その日、俺は エリク・ラングナーは。
ーーーーーー死んだ。