転倒
夜の森は危ない。
森だけではないが、視界が遮られ方向感覚を失う森は特に危ない。
それは、夜になると悪魔が活発化するせいでもある。
仮の拠点を決め、樹海にテントをはった俺たちは、それぞれ道具の整備などを行っていた。
それにしても、夜の森に黒のテントが大量に設置してあるのは奇妙なものだ。
自分のテントから出た俺は周囲を見回して、ふと思った。
空には禍々しく神秘的な満月が輝いていた。
小さなころ、よく家の庭からサラと眺めたものだ。
「......そういや、サラのやつちゃんとやってるかな」
いくら直接的な戦闘が少ない後衛だからといって、死亡率が0ではない。
補給品届けにくるときなどは、それこそ最前線に赴くことなるのだ。
「エリク・ラングナー.....君かな?」
背後から声がしたのでふりかえると、三十代くらいの無精髭を生やした男が立っていた。
「? そうですが。見張りがこんなとこにいていいんですか?」
さきほど述べたとおり、悪魔は夜になると活発化する。よって見張りは必須だ。
男は、肩をすくめると
「なに、別にサボってる訳じゃないんだ。昼間のお礼をしたくてね」
昼間?と俺は少し考え、悪魔から助けた人か、と察する。
「別にお互いさまですよ」
「まあそういってもらえると、ありがたいんだが」
男は、それにしても、と続ける。
「今日はやけに補給が遅いな、もうそろそり飯だってのに」
実は俺もそのことを気にかけていた、夜
の補給は9時ときいていたが現在は10時。
完全なる遅刻だった。
「なにもなければいいのだが......」
唐突。
夜の森に悪趣味な咆哮が轟いた。
「なんだ!? どうした!」
口々に呟いて兵士が自分のテントから出てくる。
そんな声に混ざって
「伝令! 後方より悪魔の大群が進行中です! 後衛右翼が壊滅! 隊列が破られました!」
は?
思考が止まる。
後方から悪魔? 後衛右翼全滅? 何をいっているんだ。
「デタラメをいうな! 悪魔は知性などもっていない! 後方からの奇襲なんて聞いたことがないぞ!」
「それに........!?」
はっとその場にいた全員が息を呑んだ。
後方、つまり俺たちの背後に無数の赤い光が写し出された。
「あ、」
誰が言ったのかは分からない。
だが、現状。
ーーーーーーーー最悪の事態が起きていた。
「何をぼさっとしているんだ! ラングナー! 戦闘準備だ! 羽を....っておい!?」
気がつけば俺は隣の兵士の羽をひったくって飛行を開始していた。
後衛右翼が壊滅? 嘘だろ。
右翼には..........サラがーーーーーー。
視界を遮っていた闇が月明かりによって、暴かれる。
そこには、狂犬じみた小さな狼たちが、群れをなしていた。
ただし、狼の顔はひとつではなかった。
ウオオオオオオン!
そんな遠吠えを合図に、数えられないほどの狼がこっちにむかってかけてくる。
「........まだ........邪魔だあああああああ!」
叫びをあげながら、むかってくる狼の頭を横に薙いだ。
しかしむかってきていたのは一匹ではない。
「っく!?」
突如横から現れた狼が、俺の左腕に噛みついた。
激痛が駆け抜ける。
俺は慌てて狼を振り払おうとするが、しっかりと牙が食い込んで離れない。
ーーーーーー嘘だ。
ーーーーーーーーサラが死んでるわけーーーーーー。
「邪魔すんなあああああああ!」
俺は自分の腕ごと狼の頭を刀で裂く。
激痛と大量の血液が溢れるが気にしない。
そのあとも飛びかかってくる狼をかわし、かわしーーーーーー。