あなたへ届いて欲しいと願う
あなたがこの世にいないことが、僕はいまだに信じられないのです。
六年前に出会ったぼくらは、人見知りよろしく名前どころか顔さえもまともに覚えていない程度のクラスメートでした。僕は僕で、君は君で、それぞれ穏やかな友好関係を築き、いつのまにか友達伝いに少しずつ話すようになりました。
初めて話したあの日を覚えていますか。
あなたが書いた絵を、いままで見たことないような繊細な絵を僕は上手だと思い、無意識に「うまいね」と呟いていたのでした。そんな僕を、君は手を止めて見上げては決まったように「うまくないよ」とテンプレじみた台詞を並べたのです。
謙遜を。
高校生にしてこのレベルは高いだろうと、僕は笑いました。彼女は謙遜でもなく、本当に絵の質を恥じていたのに。素人の戯言だと君は感じたのでしょうか。言われなれてはいるのでしょう。
それでも君は「ありがとう」と照れ臭そうに笑ったのです。
嬉しそうに笑う君を思い返せば、ぽつりぽつりと何気無く交わした言葉さえ、一緒に笑ったあの一瞬さえ、なぜだかとても愛しく感じられるのです。
そんな君は、去年この世を去りました。
実感なんて沸かず、ただメールの文章で告げられた君の死と、通夜と葬式の日時と場所をぼぅっと見つめていました。卒業後、特別仲がよかったわけではない僕たちが連絡をとりあうこともなく、ただふと思い出したように君が管理していたサイトとTwitterを見て、元気であることを知りました。それと同時に君が深い悩みを出会ったあの時代から抱えていたことを知ったのです。
それでも何もしなかった僕。
君にメールのひとつさえ寄越せなかった僕。
そんな僕は、君の葬式に顔を出してもいいのだろうか。
ぼぅっと携帯を見つめていた僕に着信が届きました。彼女もまた、同じクラスメートで僕とも彼女とも仲がよかった友人でした。
反射的に携帯を耳に当てれば、小さな泣き声と、涙混じりの言葉。そのひとつひとつに相槌を打ちながら、言葉を探していました。徐々にぼやけていく視界と、頬に伝う涙の感触。下を向けば、フローリングに落ちていく涙の粒を視界にとらえました。
あぁ、どうして。
信じられないのに、信じたくもないのに、君がいないなんて、そんなことあるわけがないのに。
何もできなかった、いや何もしなかった僕に彼女の死を悲しむ権利なんてないのに、どうして君は、あんなにも可愛く笑える君が、なぜ、なんで今日この日に命を落としたのが君なんだろう。なぜ僕は、彼女のことを気にもせず今日までのうのうと笑って生きていたんだろう。
しても仕方のない後悔の念が押し寄せ、胸を苦しく締め付けて、涙腺を壊しました。
結局、涙につまって何の声かけもできないまま、僕たちは明日の葬式に待ち合わせして行くことを決め、くわしくはメールで、と約束をしてから通話を切りました。
後日、葬式会場には、知ってる顔、知らない顔、多くのひとが集まっていました。同年代の出席者が多い葬式は初めてでした。
大きく引き伸ばされた遺影には、君の笑顔が見えました。
昨日、彼女を思いだし彼女を知るため、Twitterにアクセスして、君が自殺したことを知りました。
だから僕は葬式会場では泣きませんでした。これは彼女が望んだ死だったのだと、人生に疲れはて休息を望んだ彼女の終着点なのだと言い聞かせて僕は泣き声に包まれる葬式会場で、ぐっとこらえ続けました。
ーーあなたがずっと好きでした。
休息を望み、自ら命を断った君が残した最期のツイートは、人生最期の告白。
いつかその人に届くだろうか。
広く広がるバーチャル世界の片隅に、ぽつりと残された小さな告白は。
届いて欲しいと願う。
願うことさえできない彼女の代わりに。
どこのだれか分からないあなたへ、君の告白が届く日まで、僕は君のいなくなった世界を否定し続けるのです。