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現場検証の旅

その週末の夜、嘉子と細谷は東京駅に集合し旅行プランに沿って実際に現地に行ってみることにした。現場検証といったところだ。


小さめのボストンバッグを手に二人はここから新幹線で長野まで向かう。

今日はちょうど金曜日。

「金曜日ですから、車中でお酒を飲まれる方も多く臭いも……」嘉子達は車内で田中慶子に提案したまさにその通りの状況を目の当たりにしている。通路を挟んだ隣の席では中年男性と若いホステスのようなカップルが腕を組んで寄り添っていた。


「これはちょっとキツイですね」

細谷は小声でこぼした。

「えぇ、つまらない旅行というか初っ端から最悪ですね」

隣同士に座る二人は目を合わせ、軽く苦笑いをした。百聞は一見に如かずとはまさにこのことだ。アルコールの臭いにまぎれて時折「いかくん」の臭いが鼻下へ漂って来るのが誤算だった。


「それで早速なんですけど、私どもが把握している情報も嘉子さんに知っておいてもらった方が、というかいろいろご意見いただけたらと思って」

「どんな情報ですか」


「被害者の桜井和人ですが、女性関係が結構派手だったようなんです。社内の何人かにも手を出していたようで、ほら桜井和人ってなかなか顔が男前じゃないですか。さらにかわいい女性社員がいれば過剰に優しくしてたような人だったらしいんです」


「けど桜井さんって確かご結婚されてましたよね」嘉子は田中からっ聞いていた話を思い出した。


「要するに不倫ってことになるんです。その時当社はこちら案件をまだ承っておりませんでしたので、写真などの確証的な証拠は持ち合わせていません。ですがカウンター業務の吉田真理子という同じ職場の方と頻繁に会っていたという情報はつかんでいます」


「そしたらその吉田さんという人めちゃくちゃ怪しいじゃないですか。桜井さんが奥さんとなかなか離婚に応じないので、修羅場を迎えてしまったとは考えられませんか」

「大いにありえるとは考えています。ただ吉田真理子もアリバイがあります。なんせ一緒に社内旅行に参加してましたから」


「ですが動機から言って田中さんより怪しいですよね。それで吉田さんの人間関係はどうなんですか」

「そこは今あたっているところです。吉田真理子に好意を寄せている男性などを中心にですが」

「そしたら警察が吉田さんと桜井さんの不倫の確証が得られれば、今すぐ田中さんを釈放させることが出来るんじゃないでしょうか」

「それは、分かりません。それは最終的に警察が判断することですから。ただ我々はこの程度の情報は警察もすでに把握しているとは思っています。ですが、お客様からの要望とあれば念のためタレこみも可能ですが」


細谷は携帯を取り出し何やら誰かにメールを送信した。


「はい、タレこみ完了いたしました。田中慶子が釈放されればいいですね。それともう一件」


「今度は何ですか。ていうかメールは警察に直接送ったんですか」


「メールの宛先は申し訳ありませんが、当社の機密事項なのでお伝えすることは出来ません。

それでもう一件とは、桜井和人には一億円の保険金がかけられていました。受取人は彼の妻である桜井幸子となっています。保険の加入時期は三ヶ月前の四月です。よって桜井幸子が加害者である可能性も出てきます」


「けど奥さんが旦那さんを殺すなんて……だってご結婚されてお子さんもいたんですよね」


「実はさらに桜井幸子にも浮気をしていたという疑惑があります。息子の幼稚園の先生である角田元です」


嘉子は困惑した表情を浮かべた。

「なんかもの凄くややこしくなってきてるのですが」

「大丈夫です。弊社としては既に犯人の目星がついていますから」


そう言って細谷はパソコンを開いて何やらのデータの確認を始めた。そして嘉子は細谷から聞いた情報をもう一度整理することにした。今回の現場検証のために新しく購入した黒革のそれっぽい手帳に気付いたことを書き留め始めた。とりあえず人物相関図をまとめることにした。


細谷は嘉子がメモを取っている姿を横目に見ると「嘉子さんすっかり刑事みたいですね」と微笑んだ。

「そんな、刑事だなんて。私はただ早く事件が解決してスッキリしたいだけなんです」

嘉子の頬は照れたように少し赤く染まった。ボールペンで頭を掻いた。



嘉子と細谷が長野駅に到着したのは午後八時前だった。そして駅前ターミナルから旅館が手配した迎えのマイクロバスの後部座席に乗り込んだ。長野駅前は地方都市とはいえ、ホテルやオフィスビルなど東京と遜色が無いほど栄えていた。


細谷は送迎車が走り出すとすぐに旅館の名前が書かれた半被はっぴを着た運転手に話しかける。

「ちょっとお聞きしますけど、七月二日におじさんの旅館に泊まった方が殺人事件に遭われたんですよね」

「東京から来たあの団体さんのことですか」

初老の男性は後部座席を見ることなく、口調も少しうっとおしそうだ。

「そうです、何か変わったところはありませんでしたか」

「変わったことっていうか、あの人たちにはあんまりいい印象は受けんかったな」


「何かお気に障るようなことがあったんでしょうか」

「いやーっていうかお客さん、あの人たちの知り合いかなんかなのかい」

「実は同じ会社で働いている者です。今日は亡くなった桜井さんにお花をって思いまして」

「そうかぁ、気の毒にな。ただあの人たちはバスの中でもうそりゃひどいことずっと言っててな。だから良く覚えてるんだけどさ」

「えっ、どういうことですか」細谷は前のめりに運転席の方へ身を傾けた。


「なんでもよ、来るときの新幹線が最悪だとか、うちの旅館のお湯がぬるいんだなんて、もう節操も無く騒いでて、さすがに俺もイラッとしたっつーか」

「それでイラッとしてどうされたんですか」

「そんならうちに泊まんなくていいって言っちまったんだよ。けどそしたら旅館の対応も最悪だなんて、逆にもっと盛り上がっちまってさ。人をバカにするのも程ほどになって思ってよ。ほんと今の若い人たちってばよ」

「そうでしたか。すみませんうちの社員がご迷惑をお掛けしてしまいまして」

「いやぁいいんだよ。あんたが悪いとかじゃないからさ。きっと政治とか教育問題とかいろいろあんだろうよ東京にはさ」マイクロバスは街を抜け街灯のない山道へと入って行く。


「それで他に気になることとかありませんでしたか」

「気になることっていったら、あれだな。黒縁のメガネかけた女の人がいじめられてるように見えたかな。なんでもこの旅行を計画したのが彼女みたいで、それでバスの中で歌を歌えとか下手な方がいいとかさ」

「そうでしたか……」信号待ちのタイミングで細谷はバッグから田中慶子の写真を取り出して運転手に見せた。

「そうそうこんな感じだったかな、もうすぐ旅館に到着だよ」


駅から十五分位走ったところで、二人は旅館に着いた。何てことない二階建て一軒家のような建物が見える。旅館というよりは民宿と言ったほうが良いかも知れない。「ホテルマウンテン」とカタカナで木版の表札に書かれているのが、なんともいろいろと残念だ。


嘉子と細谷二人はフロントでチェックインを済ますと、時間も遅かったので、割烹着を来た旅館の従業員の勧めで部屋には行かずにそのまま食堂で夕食をとることにした。というか早く食器を片付けて家に帰りたいとの事を直接言われてしまった。


「田中さんいじめられてたみたいですね」嘉子はクリームシチューをすすりながら向かいに座る細谷を見た。

「そのようですね。弊社の事前調査では勤務時間中のいじめなどは無かったとの結果でしたが」

「けど、あの人たちの態度とかちょっと酷くないですか。旅館の従業員の前で旅館をけなすようなこと言ったみたいですし」

嘉子はこう口にすると、あまりのモラルのなさにイライラ度が増していくのを感じた。シチューをすくうスプーンを持つ手の動きが自然と早くなる。


「一ついえることは、嘉子さんはこの件に責任を感じなくて良いということですよ。この旅行が例えどんなにつまらないものだとしてもそれはお客さんからの要望に沿ったものですし、旅館の人に迷惑をかけたというのはそれとは関係なく会社の民度の問題だと思いますから」

細谷は嘉子の愚痴めいた発言をこう一蹴すると、嘉子とは逆に淡々とシチューをスプーンですくい上げる。そして渋い顔をする。あまり美味しくないためだろうか。


一方嘉子は細谷の正論というか模範的な回答に何も返すことが出来なくなってしまった。おかげさまでイライラはどこかえに消えて行ったのだが、ただもう少し話に乗ってくれてもいいのにと考えた。


もくもくと食事を進める中、しばらくして嘉子がデザートのスイカを食べていると、細谷が話を再開した。

「この時間帯は確か食堂で宴会でしたよね」

「そうだったと思います。というのも田中さんはセクハラが蔓延してほとんどの会社で中止になっている昔の社員旅行のようなコテコテの宴会をご希望されていましたから」

「ちょっとその時の状況を訊いてみましょうか」

細谷は近くにいた従業員と思われる五十歳位の女中の方へ小走りに寄り、何やら訊き始めた。


五分程だろうか。細谷は席に戻ってくるなり、女中との話の内容を嘉子に話し始めた。

「どうやらその日のメニューは、カレーライスだったようですよ」

「カレーですか。そんなはずは、私は確かお刺身と鍋を手配しましたけど」

嘉子は自分に過失があったかどうかを思い出す。空を仰ぐように食事手配時の記憶を遡った。


細谷は状況を悟り、優しい笑顔を嘉子に向けた。

「嘉子さんの手配ミスではないですよ。訊いた話ですが当日の朝にお客さんから直接連絡があったとのことで。急な変更だったから良く覚えているとのことでした。それとお酒はビールなしの日本酒の熱燗だけ出されたようです」

「カレーに熱燗ですか。それってどうかん考えても組み合わせが悪いというか……もうすぐ夏なのに」

「つまらない旅行の延長でしょうかね。詳しいことは分からなかったのですが、午前十時頃女性の方からオーダー変更の連絡があったそうです」


「それで宴会の様子とかって。そこでも田中さんはやはりいじめられていたのでしょうか」

「宴会というか八時三十分の定時に皆さん集合されて、カレーライスを食べ始めたとのことです。お酒に手をつけた方も少なく、食事が終わるとその後皆さんバラバラに席を立たれていったようです。温泉に入る方もいれば、町の方へ出かけられた方もいたそうです。

それと宴会の雰囲気は良く覚えていないそうです。女中さんは奥でテレビを見ていたとのことでして。ですから宴会に田中慶子含め誰が主席していたのかはちょっと分かりませんでした」


「それはそうと誰が夕食をカレーライスに変更したんですかね。普通は旅行会社を通してそういった変更ってするものなんですが……。料理の差額の返金等もありますし」


すると細谷は携帯電話を開いて、何かを確認し始めた。確認が終わると「どうやら田中慶子の会社から夕食変更の電話がかけられているようです。その日彼女は確か午前十時に出社してましたから、彼女が自らメニューの調整をした可能性もありますね」

嘉子は誰がメニュー変更の電話をかけたかなど気にもならない程、探偵の捜査の手際の良さにあっけを取られていた。細谷以外に一体何人の探偵がこの件に関っているのだろうか。自分とは年もそう違わないであろういわゆるデキる女性の対処スピードに圧巻だった。



食事を終えると嘉子は一人部屋に戻る。部屋のドアは南京錠の付いた一枚のふすまであり、中にはテレビが一台と布団が一枚敷かれていた。トイレと風呂と洗面所は共用らしい。風呂以外のそれらは部屋の前の廊下を出たところにあった。小学校にあるそれに似た横長の4つ蛇口が並列した銀色の流しが洗面所なのだろう。部屋の隅にボストンバッグを下ろし一通り荷物を整理するとすぐに、一階にある大浴場へ向かった。部屋にいてもなれない仕事に気持ちが悶々とするばかりであった。

「はぁーほんと今日は一日いろいろなことがあったな」

五,六人入れば一杯になるだろう湯船に浸かりながら振り返った。


気になる点はいくつかあった。まずは旅行中に田中が同僚からいじめられていたこと。嘉子は田中と旅行の打ち合わせをする度に、徐々にではあるが態度が明るくなっていくように感じていた。その理由は、今回の旅行のプランが社内で受け入れられ、同僚から期待され始めた自信からではなかったのか。それとも他にいじめられる理由が何かあったのだろうか。


そしてもう一つは夕食がなぜカレーに変更されたのかだ。コテコテの宴会の方がカレーライスよりもつまらなく感じる社員は多いだろうに……。

小さなことだが細谷の携帯電話に逐一入ってくる情報元も気にはなってはいた。


「……ヘクション」

寒い時期では全くないが嘉子は寒くなって来たので、考えても埒の明かない問題は諦めて、湯船から出ることにした。

ここの温泉は何といってもお湯がぬるいことで有名なのだから。



その頃東京では、警視庁捜査一課の三田刑事と林刑事は引き続き長野県警の依頼を受け訊き込み調査を続けていた。


「やっぱりダメか」

そう言うと三田は乗用車のシートでタバコに火を付けた。被害者桜井和人の妻である桜井幸子に犯行時刻のアリバイがあったのだ。

「いやー被害者が死んで、保険金も入るし一番得するのが彼女なんですけどね」林が三田の隣でかったるそうに口を開いた。

「こらっ、仏さんに死んだなんて言い方ないぞ。死んだ人にも敬意を払ってだな、亡くなったとかってちゃんと言え」

「そういう三田さんだって死んだって使ってるじゃないですか」「なんだと……」


桜井幸子は事件当日の朝も通常通りの午前九時に息子を直接幼稚園まで届けた後、近くで午後一時までずっと近所の奥様方とランチを楽しんでいた。ファミリーレストランの防犯カメラにもその模様はしっかりと映っていた。


「誰か共犯者がいたんじゃないですか」林はそう言いながらおもむろに車内のサイドシートから身を起こした。

「そうか、それはあるな。で誰だ」

「ほら例えば田中慶子とか、実は裏でこっそり繋がっていて保険金の一部を受け取る約束をしてたとか」

「なるほどな、確かにそれはあるな」

三田はタバコを片手に腕組みをし林の考えに頷いた。

「でしょ三田さん、俺凄くないっすか。天才でしょ」

「偉そうにするな馬鹿。で天才的には次に何をどのように調べれば事件が解明される手はずなんだ」三田は林のひらめきに感心しつつも、林については認めたくない部分も多々あるため、嫌味を込めた質問をする。

「そりゃー、訊き込みですよ。刑事は足っすからね」

「ってかちょっと待てよ、田中慶子は旅行に参加してたから直接は殺せないよな」今度は三田が立場を逆転し勝ち誇った。

「じゃあ被害者を突き落としたのは誰っすか」そう言う林は不満げだった。



翌日の午前十時過ぎに、三田と林は田中慶子などが勤めている「フォーカストラベル」という旅行会社に出向いた。被害者桜井和人が生前勤めていたところでもある。


また、林は昨日の夜に、桜井和人と吉田真理子が不倫関係にあったというタレこみを偶然にも入手していた。林の携帯メールに匿名で送られてきていたのだ。


 デパートの五階に構える店内にはカウンター窓口が五つ並ぶ。日曜日だからか、店内はごった返しているといった表現がちょうど良いだろう。カウンターの担当者はとても忙しそうに動き回っている。

三田は店が忙しいのは承知で店舗の責任者に訊き込みの協力を仰いだ。事情聴取は各社員が時間をずらして取っている休憩時間中であればという条件で許可を受けた。


 しかし何人かの社員から事情は訊いてはみたものの、不思議と桜井と吉田の関係について証言は得ることが出来なかった。

ただ興味深かったのは、意外にも桜井が逆に田中慶子に好意を寄せていたはずという声が多かったことだ。

状況としては普段部下の仕事にあまり興味を持たない桜井ではあったが、こと田中慶子のこととなると叱責したり、みんなの前で過剰に褒めたりと至るところでの反応が他と違ったらしい。

ちょうど小学生の男子が好きな女の子にちょっかいを出すような感じだったとのことだ。また会社の花見の席では集団から離れたところで、桜井が田中に二人きりで何かを迫っていたという情報も上がった。総じて感覚的なものになるが、同僚から田中はあまり良くは思われていないようだった。



 そうこうしているうち、吉田真理子の休憩の番になった。訊き込みスペースとした事務所脇の非常階段へと繋がる通路にカツカツとヒールの音を立て彼女は現れた。金髪で背の低いヤンキーっぽい感じの女性だった。


「私は桜井さんとは何の関係もありません」

吉田の第一声はこうだった。三田はこちらが何も訊いていないにもかかわらず、いきなり桜井との関係の話が出てきたことに違和感を感じた。そして意地悪く吉田に訊く。


「なぜ桜井さんとの関係についてこちらから訊いてもいないのに話し始めたのですか」

吉田はムッとした様子で反論した。

「そんなの刑事さん達がみんなに毎回この話ばっかり訊いてくるからに決まってるじゃないですか。そんな風に他のみんなに訊くとそういうな噂ってすぐ職場に広がるんです。少しは私の立場とかを考えてくれませんか」


「それは失礼致しました。ですがこの件についてお話を訊くのは今回が初めてですからあしからず」

三田はあくまで冷静に対応した。吉田は訝しげな表情を浮かべた。

「ただ、念のため申し上げますがこちらも好きで訊いているわけじゃないんですよ。というのも匿名ですがそういったタレこみがありましてね」


「もぅ全く誰なのこんな根も葉もない事を言ってるの」 

吉田は両手を脇の横に持ち上げ、怒った様相をアピールした。


すると林はビジネス鞄に手を入れ一枚のA4の紙を取り出し吉田に手渡し訊いた。

「これでも桜井さんとの間に何もなかったと言いますか」

吉田の携帯電話の発信履歴だった。その脇には桜井へ送ったと思われるメールの内容も記載されている。林が警察署を出発する前に印刷してきていた。


林は話を続けた。「いやー、こういったものが私に匿名で届きましてね。警察としても調べれば分かることではあるんですが……。それで職場の皆さんにあなたと桜井さんのことを訊いていたわけなんですよ」


吉田は書類を目にするとあっけにとられていた。「私は今日もベッドで一人、あなたは家族と……」という一文が送信時間と共にしっかり印刷されていたからだ。


「今回は桜井さんがお亡くなりになりご愁傷様です。まず我々はこういうべきでしたかね」

今度は林の横から三田が吉田に迫っていく。

「これを見てもまだ、吉田さんは桜井さんと何も無かったとおっしゃいますか」


「実は……」

吉田は観念したかのように腕を組み真相を話し始めた。


「私は刑事さんがおっしゃるように桜井さんを愛していました。けど殺してなんかいません。桜井さんが亡くなった時間は同僚とみんなでトンネル見学をしていましたから。これがアリバイです」


「アリバイは分かりましたが、他に気になることとか桜井さんに恨みを持っていた人とかに心当たりはありませんか」


「っていうか不倫って、人を殺す程のことですか。なんで私が疑われるのかがほんとに心外なんですけど。ただ私は当日の夜に桜井さんと奥さんをドッキリで会わせる手配はしましたけどね」


「ど、どういうことですか」

林は吉田の話があまりに突然だったので思わず訊き返した。


「だから、旅行の夜に私が桜井さんを誘い出したんです。彼がカレーライス嫌いなのを知っていて、それで旅館に直接電話して食事をカレーライスに変更してもらったんです。そうすれば彼は否応なしに外食をするでしょ。

そして私から彼には田中慶子の名前で駅前のホテルを予約してると耳打ちしたんです。チェックインをして部屋で待つようにと。

私は桜井さんが田中慶子とも付き合っているのも知ってましたから」


「すると吉田さんはあなたから田中の名前を出せば、桜井さんが当日田中とどこかに消えてしまうことなく、重要な案件だということを悟った上で、一人でホテルに来ると踏んでいたわけですね」


「踏んでいたという表現が合っているかは分かりませんが、私とは奥さんと離婚を前提に浮気をしていながら、さらにもう一人と浮気をするなんてホント人間のクズだって思ったんです。こんな男と不倫してた自分が惨めで悔しくて……」


「それは壮絶な三行半のつけ方ですね」三田はあっけに取られた。


吉田は更に話を続けた。開き直っているというか、堂々とした態度には関心を得る。

「悔しかったんで……これ位はしてもいいですよね」


「それで桜井さんの奥さんの幸子さんはその日長野まで行ったんですね」


「それは知りません」


「えっ、でも一緒に計画をされてたわけですよね」


「私にとっては、その後のことなんてもうどうでもいいんです。桜井が奥さんから別れを告げられようが、慰謝料を請求されようが。ただ酷い別れ方であればあるほど良いとは思ってましたけどね」


「すみません、もういいですか」

吉田は刑事達にこう言うと、一礼もせずツカツカとまたカウンターへ戻って行った。

三田と林は吉田真理子の壮絶な復讐の方法にあっけにとられた。不倫などするものではない。これが二人の刑事の出した共通の感想だった。


林はノートに書いた訊き込みから取ったメモを見返しながら話す。

「いやー最近の貞操というか、女性は恐ろしいですね」

「もしこの証言が真実だとしたら桜井もホテルでは散々な目にあったことだろうよ。けどな、自業自得っていったらまあしょうがないような気もするけどな」


二人は上司に訊き込みから得た状況を報告し終えると、被害者桜井和人の妻である幸子に再び会いに行くことにした。当日長野駅前のホテルに行ったかどうかを確認しなくてはならないからだ。


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