塩対応な恋人の本心は
――消えた。
その事実を理解した瞬間、目の前が真っ暗になる音がした。
三周年の今日という日に、サプライズの宿の予約が完了し、ようやく笑ってやれると胸をなで下ろしていた矢先だった。帰宅した静まり返った部屋には、香りのない冷たい空気だけが残されていた。
クローゼットを開ければ、あいつの服が何着かごっそり減っている。
頭が真っ白になり、心臓の鼓動が耳の奥でうるさく跳ねた。スマホの電源を入れたが「電波が届かないか、電源が入っていません」の冷たいアナウンスが繰り返されるだけだ。
「……っざけんな、どこに行った……!」
普段なら冷静さを失わないはずの自分が、声に出して悪態をついていた。
愛している。心の底から、溺れるほどに。
だが、俺のこのどうしようもない執着と独占欲は、歪んでいて、不器用だ。愛おしいと思うほどに、「俺みたいな不器用な男で、こいつは本当に幸せなのか」という劣等感が顔を出す。だからこそ、せめて不自由のないようにと仕事に没頭し、記念日のサプライズのために何ヶ月も水面下で根回しを続けていた。
……なのに、肝心の本人は、俺の冷たさに耐えかねて家を飛び出してしまった。
「俺がいなくても、この人は平気だ」なんて、あいつが泣きそうな顔で思っていたなんて想像するだけで、狂いそうだった。二度と戻ってこなかったらどうしようという恐怖が、俺の足を突き動かした。
仕事用のジャケットを引っ掴む余裕すらなく、シャツのボタンを掛け違えたまま飛び出した。行き先なんて一つしかなかった。数年前に一緒に眺めた、あの海辺の町の雑誌の切り抜きが、あいつのデスクの引き出しの端に大事そうにしまわれていたのを、俺は知っていたからだ。
*
たどり着いた海辺の町は、どこまでも冷たく静かで、そしてあいつがいた。
防波堤にぽつんと座り、縮こまっている後ろ姿を見つけた瞬間、張り詰めていた糸がプツリと音を立てて切れた。
名前を呼ぶ声がかすれる。
詰め寄り、折れそうな肩を掴み、震える声をぶつけた。
「――スマホの電源を切るな……!」
間近で見たあいつの瞳には、まだ不安と涙が揺れていた。
守りたい。誰にも渡したくない。今すぐこの場所で、誰にも見えないところに閉じ込めてしまいたいという、黒々とした溺愛と独占欲が喉元までせり上がる。
必死に絞り出した本音に、あいつが涙をこぼして「それならそうと、ちゃんと言ってよ」と縋ってきた。
――もう、限界だった。
頬を包み込み、貪るように唇を奪う。
甘い。涙の味がして、喉の奥が熱く焼けるようだった。冷え切っていたはずのあいつの唇が、俺の熱を受けて次第に柔らかく開いていく。もっと深く、もっと奥まで味わいたい。全身に触れて、俺以外の匂いで塗りつぶしてしまいたい。
朝までの「塩対応」なんて仮面は、とっくに海の底へ沈んでいた。
*
「……で、ほんとに明日までここにいられんの?」
旅館の和室。波の音が聞こえる部屋の布団の上で、俺はあいつを後ろから強く抱きしめ、首筋に顔を埋めた。
「うん、ちゃんと休み取ったから……って、暁、近すぎ……っ」
「近くねぇよ。まだ足りない」
耳元で低く囁きながら、はだけた浴衣の襟元から覗く白い肩に、唇を這わせる。
普段の冷静な仮面の下で、俺がどれほどあいつの裸身を妄想し、その喘ぎ声を独り占めしたいという黒い欲望を隠し持っていたか、こいつは知らない。触れるたびにビクリと跳ねる敏感な体も、俺の名前を呼んで泣きじゃくる顔も、すべて俺だけのものだ。
「さっきから、どこ触って……っ、」
「お前が勝手に家を出た罰だ。……覚悟しろよ、今夜は一睡もさせねぇから」
耳たぶを甘噛みすると、あいつが小さく甘い声を漏らした。
冷たい男だなんて言わせない。これからは毎秒、鬱陶しいくらいに愛を囁いて、その全身に俺の熱を刻み込んでやる。




