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『サンキュッ!! 出雲うさぎ♡』〜今日からソウルメイトだよっ〜

掲載日:2026/09/06

1白兎が跳ねる夏

出雲の夏は、風が重い。日本海から吹き寄せる湿った空気が、山に突き当たって滞留しているかのようだ。


島根県出雲市立良縁(りょうえん)中学校2年C組の教室。


四半世紀前に作られたであろう天井扇風機が、カサカサと乾いた音を立てて生ぬるい空気を循環させている。


七月十五日、五時間目のホームルーム。


「えー、じゃあ、十月の修学旅行班決めだ」


担任の山根先生が黒板にチョークで大きく「3人組」と書いた。


その粉がパラパラと教卓に落ちる。


「京都・奈良の2泊3日。観光もホテルの部屋も、全部この三人班で行動してもらう。余った者は最終的にくじ引きだ。仲良い者と組むなり、交渉するなりして、今日の帰りの会までに名簿を提出すること」


教室が一瞬で沸き立った。椅子を引く音、甲高い歓声、机を寄せる音。


女子たちの視線が一斉に交錯し、見えない糸を探り合うような、特有のざわめきが空間を満たしていく。


私――大社結衣(たいしゃ ゆい)は、自分の机の端を爪でそっと撫でながら、視線をあえて窓の外へ向けた。


校庭の向こうには、濃い緑を湛えた北山山系が連なっている。


三人組。


私にとって、それは拷問に等しい数字だった。


二人なら、誰かがあぶれた時に妥協で組みやすい。


四人なら、ふたつに割れることができる。


けれど「三人」という奇数は強固な結束か、さもなければ一人を痛烈に締め出すための残酷な枠組みになりがちだ。


私には、その輪の中に入る権利も資格もないと思っていた。


スカートの裾を、そっと手繰り寄せる。


膝の裏側、ふくらはぎのあたりにある、白く盛り上がった古い傷跡。


小学生の頃、自転車で転倒してガードレールに強く擦り付けた痕だ。


それに前髪で隠すようにしているおでこと顎の周りの、絶え間なく生み出される赤いニキビ。


「大社さんって、いつも何考えてるか分かんないよね」


小学校のとき、そう言われて無視が始まった。


私の存在は、教室の背景にある空気のように扱われるか、あるいは不潔なもののように遠巻きにされるか、そのどちらかだった。


だから私は、自分を消す術を覚えた。


黒や茶色、灰色といった、風景に溶け込む服しか着なくなった。


教室では極力息を潜め、誰とも目を合わせないように下を向いていた。


「ねえ、結衣ちゃん」


頭上から、明るい声が降ってきた。


弾むような、太陽の光をそのまま声にしたようなトーン。


驚いて顔を上げると、そこには成瀬凛(なるせ りん)と、高橋楓(たかはし かえで)が立っていた。


二人とも、ソフトテニス部の主力だ。


凛は短めに切り揃えたボブヘアで、くるくると変わる大きな瞳が特徴的。


楓はすらりと背が高く、さらさらのロングヘアを後ろで一つに結んでいる。


制服のブラウスの袖は少し折られていて、校則の範囲内で最大限におしゃれを楽しんでいるのが分かった。


クラスの中心にいる、私とは住む世界が全く違う二人。


「凛と楓だけど……覚えてる?」 凛が顔を覗き込んできた。


「うん……成瀬さんと、高橋さん」


「成瀬さんとかウケる。凛でいいよ。ねえ結衣ちゃん、さっきのノート、見せてくれない?」


楓が指差したのは、私がさっきまで必死に腕で隠していた、使い古したクロッキー帳だった。


「えっ……これ、は……」


「授業中、チラッと見えちゃったんだけどさ」凛が目を輝かせる。


「うさぎの絵、描いてたでしょ? めっちゃ上手くない? 見たい!」


心臓が早鐘を打った。


見られた。


私の隠れ家、私の誰にも言えない秘密。


断る言葉を探したが、凛の真っ直ぐな瞳に気圧されて、私はおずおずとノートを開いた。


そこに描かれていたのは、出雲大社の境内にいるような白うさぎたちのイラストだ。


あるうさぎは祈りを捧げ、あるうさぎは手紙をくわえ、あるうさぎは少し照れくさそうに笑っている。


少女漫画風のキュートなタッチと、繊細な水彩のタッチを混ぜ合わせた短編の創作マンガ。


二人から「なにこれ、キモい」と言われる覚悟をした。


身を縮め、目をつぶった。


「……やっば」 楓の声が聞こえた。


「なにこれ! めっちゃ可愛んだけど! え、これ結衣ちゃんが描いたの? プロじゃん!」


「待って待って、このうさぎが着てる服、超可愛くない? このリボンどこで売ってんの!? えー! 結衣ちゃん、絵うま!」


凛が私の肩をバシバシと叩く。


その手の温かさが、制服の生地を通して直に伝わってきた。


「あのね……」私は声を震わせながら言った。


「これ、出雲大社のうさぎなんだ……。


毎日、夢に出てきて……『僕たちの絵を描いて』って言われてるような気がして……」


「神様の使いじゃん!」凛が大声を上げた。


「すご! 結衣ちゃん、スピリチュアル女子? 最高なんだけど!」


「ねえ、修学旅行」楓が私の顔をじっと見つめた。


「三人組でしょ? 私たちと組もうよ」


「……え?」 耳を疑った。


「私と凛さ、三人目誰にするか迷ってたんだよね。だって変な奴と組むと気まずいじゃん? 結衣ちゃんとなら絶対楽しいと思う。決定ね!」


凛が勝手に名簿用紙に私の名前を書き込んでいく。


大社結衣。成瀬凛。高橋楓。


黒板の前まで走っていき、山根先生に提出する二人の背中を、私はぽかんと眺めていた。


窓から入る風が、少しだけ爽やかに感じられた。


私の狭い世界の外側で、何かがゆっくりと、けれど確実に動き始めた音を聞いた気がした。


2友情はスムージー風味

「結衣ちゃん、部活入ろうよ! ソフトテニス!」


修学旅行の班が決まった翌日、放課後の教室で凛が唐突にそう言い放った。


「えっ、部活? 私、運動なんて全然……それに、怪我の傷跡とかもあるし……」


「関係ないって! フォームさえ覚えればテニスなんて誰でもできるし、何より夏休み、ずっと一緒にいられるじゃん!」


楓も頷く。


「そうだよ。結衣ちゃん、いつも放課後すぐ帰っちゃうでしょ? 私たちと一緒にテニスしようよ。焼けたくなかったら日焼け止め塗りまくればいいし、傷なんて誰も気にしないよ」


二人の強引とも思える誘いは、しかし不思議と嫌な気がしなかった。


ずっと暗い部屋の中で一人で描いていた私の背中を、二人が両手で力強く押し出してくれるような感覚。


私は意を決して、ソフトテニス部に入部届を出した。


最初はラケットの振り方すら分からず、ボールはコートを大きく外れてネットの遥か上を越えていった。


けれど、私は昔から「観察する」ことだけは得意だった。


うさぎの石像の表情を細部まで観察して絵に落とし込むように、凛の軽快なフットワークや、楓のしなやかなサーブフォームをじっと見つめ、脳内で再現した。


「結衣ちゃん、飲み込み早すぎない!?」


一週間もすると、私の打球は正確に相手コートの深くに突き刺さるようになっていた。


「運動神経悪いと思ってたでしょ? 結衣ちゃん、目の良さと集中力がヤバいんだよ」 楓が嬉しそうに私の頭を撫でる。


夏休みに入った。


七月下旬の出雲は、太陽の光が容赦なく降り注ぐ。


しかし、今年の夏は、私にとってこれまでの十四年間の人生で最も鮮やかな夏となっていた。


部活が終わると、私たちは三人で自転車を漕ぎ出した。


「今日どこ行くー?」 凛がハンドルを握りながら叫ぶ。


「のぞみタウンで服見ようよ! 結衣ちゃんの私服改変計画第二弾!」 楓が追いつきながら笑う。


『希望(のぞみ)タウン』は出雲市内にある大型のショッピングモールだ。


かつての私なら、絶対に足を踏み入れなかったような、明るいアパレルショップ。


「結衣ちゃん、これ着てみて!」 凛が差し出してきたのは、淡いミントグリーンのオフショルダーのブラウスと、白のワイドパンツだった。


「え、私、こんな明るい色……今まで黒とか茶色しか着たことなくて……」


「だからこそだよ! 結衣ちゃんは色白なんだから、絶対パステルカラーが映えるって!」


試着室のカーテンを開けると、二人が声を揃えて歓声を上げた。


「ほら! めっちゃ可愛い!」


「ヤバい、モデルさんみたいじゃん。前髪もさ、ちょっと分けておでこ出そうよ。ニキビなんて気にすることないって。皮膚科の良い薬教えるからさ」


ミラーに映る自分を見る。


そこには、下を向いて影に隠れていた少女はいなかった。


服が変わると、姿勢が変わる。姿勢が変わると、視線が高くなる。視線が高くなると、世界が広く見える。


「結衣ちゃん、お金ある? 買いなよ、これ!」


「うん……買ってみる!」


買い物帰りに、私たちは人気の『GOENカフェ』に寄った。


出雲の縁結びにちなんだ、若者に大人気のカフェだ。


「私、多岐(たき)いちじくバナナスムージー!」凛が注文する。


「じゃあ私、シャインマスカットスムージー」楓が続く。


「私も……シャインマスカットのにする」


運ばれてきたグラスには、みずみずしい緑色のシャインマスカットがこれでもかと盛られていた。


ストローを吸うと、果汁の甘みと冷たさが口いっぱいに広がる。


「うわ、おいしい……!」


「でしょー! ここ、夏限定のスムージー最高なんだよね」


三人で机に夏休みの宿題のドリルを広げ、分からない問題を教え合いながら、スムージーを飲む。


「ねえ、インスタのリール撮ろうよ!」 凛がスマホを掲げる。


グラスを掲げて三人で笑うだけの、わずか数十秒の動画。 画面の中で笑う自分を見て、私はふと涙が出そうになった。


私、今、ちゃんと「中学生」をやれている。


誰かと笑い合って、同じ空間で、同じ美味しいものを食べている。


「結衣ちゃん、どうしたの?」楓が覗き込んでくる。


「ううん、なんでもない。マスカット、すごく美味しいなって」 誤魔化すように微笑むと、二人も満足そうに笑った。


3『縁結び導引神』因幡の白兎

私には、ずっと大切にしてきた習慣がある。


それは「神社巡り(パワースポット巡り)」だ。


同級生からは「地味」「おばあちゃんみたい」と言われるのが怖くて隠していたけれど、私にとって神社は、傷ついた心を洗う唯一の聖域だった。


小学生の頃、いじめられて誰にも言えず、泣きながら一人で通った出雲大社。


海の風が吹き抜ける日御碕(ひのみさき)神社。


松江まで電車に乗って行った美保神社。


果ては、津和野町の太鼓谷稲荷神社まで、一人で赤電に揺られて参拝に行ったこともある。


「結衣ちゃんってさ、パワースポット巡り好きなんだよね?」


ある日、部活休みの午前に、凛が言ってきた。


「うん……まあね」


「連れてってよ! 私たち、出雲に住んでるのに大社とかお正月くらいしか行かないし」


その日は三人で、出雲大社を訪れた。


参道の松並木を歩く。


木漏れ日が、石畳に美しい斑様を描いている。


「ねえ、結衣ちゃん。大社来たら、やっぱり『彼氏ができますように』とかお願いするの?」 楓が尋ねると、私は小さく首を振った。


「ううん。私は、神社ってお願い事をしに行く場所じゃないと思ってるんだ」


「え? そうなの? じゃあ何しに行くの?」


「普段の『感謝』を伝えに行くの」


私は立ち止まり、本殿に向かって深くお辞儀をした。


「今日無事に過ごせました、とか。凛や楓と出会わせてくれてありがとうございます、とか。日々の感謝を神様に報告して、自分の心を整える場所なんだよ」


二人は一瞬、ぽかんとした顔をした。


それから、凛が感心したようにため息をついた。


「なにそれ……結衣ちゃん、めっちゃ大人じゃん。カッコいい」


「うん。なんか納得。願い事ばっかり押し付けられたら、神様も疲れちゃうもんね」


私たちは境内に点在する、うさぎの石像の元へ向かった。


出雲大社の境内には、因幡の白うさぎにちなんだ石像が六十六羽も設置されている。


祈りを捧げるうさぎ、酒樽を担ぐうさぎ、ノートパソコンを開いているような珍しい形のうさぎ。


私はその一羽一羽の前に立ち、丁寧に手を合わせていった。


「ちょっと結衣ちゃん!」凛が驚いた声を上げる。


「六十六羽全部に手を合わせる気!?」


「うん。みんなそれぞれ表情が違うし、ここまで無事に来られた感謝を伝えたいから」


「ウケる! 結衣ちゃんのうさぎ愛、マジでガチじゃん!」


楓がスマホを取り出し、うさぎの石像に向かって手を合わせる私の後ろ姿を撮影した。


「でもさ、結衣ちゃんの描くうさぎの絵って、この石像たちに似てるよね」


「うん。実はね……」


私は二人に、ずっと言えなかった秘密を打ち明けた。


「私、ずっと一人で寂しかった時、夢の中に白うさぎが出てきてたの。そのうさぎがね、『絵を描いてごらん』って。


『勇気を出して、誰かに見せてごらん』って、言われてる気がして……。


だからあのクロッキー帳に絵を描いたの。そしたら、凛と楓が話しかけてくれて……」


私の言葉に、風がさっと吹き抜け、境内の樹々がざわめいた。まるで神様が頷いているかのように。


「それってさ……」凛が私の手をつかんだ。


「完全に、出雲の神様とうさぎが結衣ちゃんと私たちのご縁を結んでくれたってことじゃん!」


「そうだよ!」楓も目を輝かせる。


「うさぎが結衣ちゃんを助けてくれたんだよ。すごくない!?」


「うん……私、うさぎに、出雲の神様に、大感謝してる」


そう答えると、私の胸の奥にたまっていた冷たい塊が、すうっと溶けていくのが分かった。


4日本海の絆

八月に入ると、私たちの行動範囲はさらに広くなった。


ある日は、三台の自転車を並べて、宍道湖(しんじこ)の沿道をサイクリングした。


どこまでも続く青い湖面。


遠くに見える嫁ヶ島。


風を切って走る感覚は、まるで飛んでいるかのようだった。


「ヤバい! 気持ちいいー!」


凛がハンドルから片手を放して叫ぶ。


「落ちないでよー!」と笑う楓。


夕方になると、湖畔の白潟公園に自転車を止め、宍道湖に沈む夕日を眺めた。


空が、深いオレンジ色から、紫、そして濃紺へとグラデーションを描いて変わっていく。


湖面が黄金色にきらめき、私たちのシルエットを長く引き延ばす。


「綺麗だね……」


「うん。出雲に生まれてよかったって、こういう時思うよね」


またある日は、日本海側の海岸線を走った。


日御碕の白い灯台を目指して、アップダウンの激しい山道を汗だくになりながら漕いだ。


頂上から見下ろす日本海は、宍道湖の穏やかさとは対照的に、雄大で、濃い群青色をしていた。


切り立った断崖に打ち寄せる白い波頭。ウミネコの鳴き声。


「私、こんな景色、今まで一人でしか見たことなかった」


私はつぶやいた。


「一人で見ても綺麗だったけど……三人で見ると、もっと綺麗だね」


凛が私の肩を抱き寄せた。


「当たり前じゃん! これからはずっと三人だよ!」


夏休みの中盤には、浜田市にある『しまね海洋館アクアス』まで足を延ばした。


JR山陰本線に乗り、車窓から見える日本海を眺めながらのお出かけだ。


アクアスの目玉は、シロイルカの「幸せのバブルリング」。


白い大きなシロイルカが、水中で口から綺麗な円形の気泡を吐き出す。


それがゆっくりと広がりながら浮上していく様子を、私たちはガラスに張り付くようにして見つめた。


「すごーい! リング通った!」


「結衣ちゃん、また願い事叶っちゃうんじゃない?」


「うん。幸せ」


アクアスの売店で、私は小さな白うさぎのぬいぐるみを三つ買った。


「これ、お揃いね。修学旅行のバッグにつけよう」


「やったー! 結衣ちゃんとお揃い!」


夜には、地元のお祭りや花火大会にも行った。


凛と楓が私の家にやってきて、髪をセットしてくれた。


「結衣ちゃん、おでこ出すと本当にかわいい。ニキビもすっかり引っ込んだしね」


楓がヘアアイロンで私の前髪を流してくれる。


ストレスや不安から生じていた肌荒れは、二人と過ごす充実した日々の中で、いつの間にか綺麗に消え去っていた。


足の傷跡も、凛が買ってくれた可愛いロングスカートや、スポーツウェアを堂々と着こなすことで、全く気にならなくなっていた。


私服はすっかり明るい色ばかりになった。


ピンク、イエロー、ミントグリーン。


花火大会の会場。


ヒュードロドロ……ドカン! 夜空に巨大な光の大輪が咲く。


その光が、私たちの顔を赤や緑に染める。


周りの男子生徒たちが、チラチラとこちらを見ているのに気づいた。


「ねえ、あのアクアスの時の動画見た? C組の大社さん、めっちゃかわいくなってない?」


「マジで? 成瀬と高橋といつも一緒にいるやつだろ? ヤバ、モデルみたいじゃん」


聞こえてきたヒソヒソ声に、凛が私に耳打ちしてニヤリと笑う。


「ほらね! 結衣ちゃん、男子からの視線すごいでしょ! モテ期到来じゃん!」


「やめてよ、恥ずかしい……」 顔を赤くする私を見て、凛と楓が楽しそうに声を上げて笑った。


暗闇の中、私の心は打ち上がる花火よりもずっと高く、鮮やかに弾けていた。


5縁結びの子神様との出逢い

夏休みの終わりが近づいた、八月下旬のある日。


私は一人で、出雲大社を訪れていた。


二人は今日、家族とお出かけだと言っていた。


静かな境内の空気を吸い込む。


一ヶ月前とは、私を取り巻く世界が全く違っていた。


仲間ができた。


自分を好きになれた。


毎日が楽しくて、明日が来るのが待ち遠しくなった。


「神様、うさぎさん。本当にありがとうございました」


拝殿の前で、私は深く頭を下げた。


帰り道、境内を出てすぐの参道で、小さな人だかりができているのに気づいた。


気になって覗いてみると、段ボール箱が一つ、道端に置かれていた。


「あらまあ、捨てられちゃったのかしら」


「かわいそうにねえ」


通行人の声を聞きながら箱の中を覗き込むと、そこには―― 真っ白な、手のひらに乗るほど小さな子うさぎが、縮こまって震えていた。


赤い瞳。ふわふわの毛並み。


そのうさぎが、ふっと顔を上げ、私と目が合った。


夢の中で、何度も私に語りかけてきた、あのうさぎの目だった。


「……うさぎさん?」


私が手を差し出すと、子うさぎは警戒することもなく、自分から私の手のひらにちょこんと乗ってきた。


その小さくて温かい命の鼓動が、掌を通して直に伝わってくる。


「お嬢ちゃん、そのうさぎ、飼えるかい? 誰かが置いていっちゃったみたいでね……」


近くの土産物屋のおばさんが心配そうに声をかけてきた。


「はい! 飼います! 私が、絶対大切に育てます!」


私は迷わず、その小さな命を抱きしめた。


スマホを取り出し、凛と楓にメッセージを送る。


『大変! 出雲大社の参道で、白うさぎを保護したの! 家で飼うことになった!』


すぐに二人から返信が来た。


凛:『マ!?!? 神様の使いじゃん! 今すぐ結衣ちゃんの家行く!!』


楓:『名前何にする!? 絶対見に行く! 運命すぎる!!』


私はうさぎを胸に抱きながら、夕暮れの出雲の街を歩いた。


風が吹き抜ける。


今度の風は、少し涼しく、秋の気配を含んでいた。


十月には、修学旅行が待っている。


京都と奈良。


この三人で、どんな思い出を作ろうか。


どんな景色を見て、どんな美味しいものを食べて、どんな風に笑い合うのだろう。


胸の奥が、期待でいっぱいになった。


我が家に到着し、自分の部屋の窓を開ける。


遠くに、宍道湖の湖面が夕日に照らされて美しく輝いていた。


抱っこした白うさぎが、鼻をヒクヒクさせて、その景色を私と一緒に眺めている。


「ご縁を結んでくれて、ありがとう」


私はうさぎの柔らかい耳を優しく撫でた。


うさぎは嬉しそうに、私の腕の中で小さく鼻を鳴らした。


私の十四歳の夏。


閉ざされていた私の世界は、出雲の神様と白うさぎ、そしてかけがえのないふたりの友達の手によって、眩しいほどの光の中に鮮やかに解き放たれたのだ。

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