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縊鬼

掲載日:2026/08/04

 

「どうしたんだトシオ、元気ないな。せっかく遊びに来てやってるのに」


「ワタル……実はオレ、『くびれ鬼』に取り憑かれてるんだ」


「『くびれ鬼』ぃ? なんだそりゃ」


 返事の代わりに、トシオは部屋の壁を指した。


「なんだあれ、ポスターじゃないか」


 そこに写っているのは、女の子だった。写真か、生成AIの画像なのかはわからないが。


「いや、くびれ鬼はオレにしか見えないんだ。だから画像を作ってみたんだよ」


「ふーん」


 ワタルはポスターをよく見た。


 ごく普通の、いや、むしろかわいい女の子がほほえんでいた。飾り気のないTシャツに、ショートパンツだった。

 丈が短いクロップドシャツで、腰の細さがよく分かる。


「へ~、腰が、くびれ(・・・)てるなあ。……あ、わかったぞ、トシオ」


「なんだよ?」


「腰がくびれてるから、『くびれ鬼』ってか?」


「ダジャレかよ。でもな、こいつがオレには見えるんだよ。こいつに取り憑かれてるんだよ」


 トシオは『くびれ鬼』を真剣に眺めている。


「ふーん、こんなかわいいお化けなら、別にいいじゃないか。でもさあ、トシオ、どうして取り憑かれたんだ?」


 ワタルは、とりあえずトシオに話を合わせる。


「どうしてって言われてもなあ……たぶんだけど、町はずれに『首吊り橋』ってあるじゃん? あそこを通ったときに憑かれたんじゃないかな」


「んなとこ行くからだよ。じゃ、オレ、もう帰るぞ。面白かったよ」


 ワタルはトシオの話をまったく信じていない。家に帰るころには、そんな話はすっかり忘れていた。



 ──だが、その数日後だった。ワタルがトシオの自殺を知ったのは。

 トシオは、自室で首を吊っていた。


 葬儀の後、ワタルは、トシオの両親に部屋を見せてもらったが、遺書も何もなかった。


 壁に目をやると、この前見たポスターが破り捨てられていた。



 ◇ ◇ ◇



 ──1週間後、ワタルはトシオが言った『首吊り橋』にやって来た。


(トシオ……お前、なんで自殺なんか……)


 こんなことなら、あの時もう少し真面目に話を聞いていればよかった。そう思い、ここに来れば何かわかるかもしれないと来てはみたが……。


 人気ひとけがなく、小さな谷にかかる橋だった。昔から『首吊り橋』と呼ばれているが、由来は不明だ。


 橋の向こうの集落がなくなってからは、この橋を渡る者はほとんどいない。


「やっぱ、何もないよなあ」



 ──いつまでもいても仕方がない。

 ワタルは家に帰り、部屋に入るとベッドに寝転がった。


「ふう……」


おかえり(・・・・)。ワタル」


 その声に、ワタルは飛び起きた。


「だ、誰だ!? いつの間に、勝手に部屋に……」


 そこにいたのは女の子だった。だが、どこかで見た覚えがある。ワタルは目をこらした。


「……お、お前、トシオの部屋のポスターに写ってた子……!? トシオが『くびれ鬼』とか言ってたやつか?」


「いいえ。似てるけど、あれはあたしとは違う()。あの人は、トシオが死んだから、今ごろ転生してるんじゃないかな」


「転生? なんだよ転生って?」


「あたしたちはね、取り憑いた人が首を吊れば、魂が新しく生まれ変わるの」


「……え? じゃあ、お前はほんとうにくびれ鬼ってやつで、……もしかして、今度はオレに取り憑いたのか!?」


「あったりー」


「冗談じゃない。出てけよ!」


「ダメよ、ワタル、あなたがあたしを呼んだんだから」


「よ、呼んでねえし」


「あのね、あたしたちってさ、本人の許可がないと取り憑けないのよね」


「許可なんかするわけないだろ!」


「許可っていうか、ワタル、トシオの家でくびれ鬼を見たとき、チラッと『こんな女の子なら取り憑かれてもいいぞ』って思ったよね?」


「お、思ってねーよ、そんなこと」


「ダメダメ、ウソついてもダメ。自分の心にウソはつけないよ」


「……う」


 実をいうと、ポスターを見たときから、可愛い子だ、とワタルは思っていた。

 その子が目の前にいて、あどけない笑顔を見せている。


 幽霊は心に隙がある人間に取り憑くと、何かで読んだことがあるが……。


「じゃあ、お前の姿は、オレの願望を投影したもの……?」


「あったりー。……じゃ、おしゃべりはこのくらいにして、あたしといいことしよっか?」


「するって……何を?」


 ワタルはどきりとした。


「ねえ、ワタル。首を吊ろうよ」


「え、やだよ。何言ってんだよ」


「そんなこと言わないで、吊ろ」


「やだってば」


「吊ると楽しいよ?」


「そんなわけないだろ」


「あるよ。だって、あたしも吊ったことあるもん」


「え……じゃ、お前の死因って……」


「そ。だからワタルもあたしと同じやり方で死のうよ。ね、ね」


「いやだ!」


「あたしがやり方を教えてあげるからさ。いっしょにやろうよ。ねえーねえー、死のうよ」


「ふ、ふざけるな!」



 ──その夜も次の日も、くびれ鬼は語り続けた。ワタルの耳ではなく、脳内に。

 彼女の姿が見えるのも、声が聞こえるのも彼にだけだった。


 昼といわず夜といわず語り続け、首吊りを勧める。


「首吊ろうよ」


 まるで、『遊びに行こうよ』といわんばかりの軽さで、くびれ鬼はささやき続ける。


 何度も何度も言われていると、だんだんワタルは、ぼんやりと『首を吊ってもいいかな』という気分になってくるのだった。


(まずい……このままじゃまずい。なんとかしないと……)



 ◇ ◇ ◇



「ね、どうしたの? 本なんか読んで。そんなことより、首吊ろうよ」


 図書館を訪れたワタルが読んでいるのは、妖怪関連の本だった。


「ねえ、そんなのつまんないよ。首吊ろ? ワタル」


(……あった!)


『くびれ鬼』のページにはこう書かれていた。


 くびれ鬼とは、もとは縊鬼(いき、いつき、いっきと読む可能性もある)といい、首を吊って死んだ者の霊である。誰かに取り憑いて、自分と同じ死に方をさせることで転生できる。

 その内容は、くびれ鬼自身が言っている通りだった。


 ワタルが本に集中していると、くびれ鬼が耳元でささやく。


「ね、本なんか置いて、首吊ろ? ね」


「うるさい!」


 ワタルの声が、静かな図書館に響き渡る。何人かがこちらを振り向いた。


(対策はないのか……?)


 読み進めると、『くびれ鬼に取り憑かれた男が酒宴に参加しているうちに、しびれを切らしたくびれ鬼は、他の者に取り憑いた』とあった。


「おい、くびれ鬼」


「なあに? ワタル」


「お前、他に首を吊りたがっている人がいれば、オレから離れるのか?」


「あたしはワタルがいいな。でも、他の人でもいいよ」


(どうやら、それしか方法はないみたいだ。しかし、誰かが自殺するのを見過ごすのもな……。とにかく、こいつの言葉に耳を貸しちゃあだめだ)



 ──夜、睡眠中も、夢という形で彼女は語り掛けてくる。



(ね、首吊ろうよ、ね、ね)


(いいよ、もう……)


(いいの? じゃ、首吊ろっ)


(その『いいよ』じゃないってば)


 ──だんだん……変な気分になってきた。


(いいじゃない、首吊ろうよ、ワタル)


(……そうだな。……オレ、首、吊ろうかな?)


(そうだね、吊ろ吊ろ)


 ──いつの間にか手にしていたロープで輪っかを作り、はりくくり付けると、ワタルはその輪の中に頭を入れた。


 踏み台が倒れる音がする。同時に、ワタルの首に一気に体重がかかる。



「うわあ!」



 ──ワタルは飛び起きた。



「はあ、はあ、……夢か」


 いやな夢だ。パジャマは汗で濡れていた。


「……ん? あいつは?」


 いつもなら、目覚めたとたんに、くびれ鬼が語りかけてくるはずだった。

 ワタルが部屋を出ると、家は静まり返り、両親もいない。ワタルは、居間にあった朝刊を広げた。


「あっ!」


 新聞に、近所で自殺があったことが報じられていた。『○○市××町で』と書かれているが、それはワタルの住む町だ。


「まさか……おい、くびれ鬼!」


 ……返事はない。


「もしかしてあいつ、ついにしびれを切らして、別の人間に取り憑いたのか?」


 確かめようがないが、声が聞こえないということは、やつは離れたに違いない。


 自由になった。

 ワタルは歓喜して外へ出る。見慣れた街並み、景色が、いつもと違って見えた。


 行き交う人すらも、生気に満ちているようだ。


 ワタルは、つい見知らぬ人にあいさつしたくなった。

 いつもはしないのだが、気分が高揚しているせいなのだろうか。手近な人に声をかけた。


「ねえ、首を吊りませんか?」


 奇妙なセリフが、ワタルの口から出た。


(わ、何を言ってるんだ、オレは)


 通行人は怪訝けげんな顔すらしない。ワタルを無視して歩き去った。


(あんなことを言ったら、変なやつと思われて、そりゃ無視されるわな)


 そう思いながら歩いていると、今度は同級生のルミがやってきた。ワタルは声をかける。


「ルミちゃん、首を吊らない?」


(あれ? また変なこと言ってる、オレ)


 だが、ルミはワタルを見もしない。


(あれ? ちょっと、ルミちゃん)


 ワタルはルミを追い越し、正面に立った。


「ねえ、ルミちゃん、首吊ろうよ」


(あ……まただ、口が勝手に。もしかして、オレ、もしかして……?)


 ルミは反応せず、そのまま歩いていく。ぶつかる、と思った瞬間、ルミはワタルの体をすり抜けた。


(体が透ける……? ……じゃ、さっきのは夢じゃあなかったんだ。オレ、幽霊になってるのか)


 ──まだ夢を見ているような気分だ。そのまましばらく街をさまよい、やがて何かに誘われるように、ワタルは『首吊り橋』に向かって行った。


 ──


 ふだんは人気ひとけのない場所に、誰かがいる。見覚えのある人間(・・)が。


「……あ、ワタル」


「トシオじゃないか」


「ワタル、お前もくびれ鬼になったのか」


「なったのかって……じゃあトシオ、お前もかよ?」


「そうだよ。オレ、取り憑かれて、首を吊って、くびれ鬼になってたんだ」


「そうだったのか……だから、オレも……」


「じゃあ、ワタル。オレはもう行くよ」


「行く? どこに?」


「転生するのさ。お前が来たからな(・・・・・・・・)


「え? どっ、どういうことだよ、トシオ」


「知ってるんだろ? くびれ鬼は、取り憑いた相手が同じ死に方をすれば、転生できるんだ」


「……え? じゃ、じゃあ、まさか、オレに取り憑いていたくびれ鬼は、トシオ……お前だったのか?」


あったりー(・・・・・)


「トシオ、お前、よく友達にそんなことが出来るな」


「悪いけど、自分の意思ではどうしようもないんだよ。ま、そういうわけで、オレは行くから、ワタル、お前は頑張ってくれ」


「頑張るって、何を?」


「ここにいて、物好きな誰かが来るのを待つんだよ」


「え……。だ、誰かが来れば、取り憑けるのか?」


「いや、来た人間が『取り憑いてもいいよ』って思わなきゃだめだ」


「そんなやつ、いるわけないだろ!」


「そうだな。だから、オレは運が良かったよ。お前がいて」


「そんな……お、おい、待てよ……トシオ!」


 トシオの姿が消えていく。

 後には、ワタル1人が取り残された。



 ──それ以来、ワタルはこの首吊り橋でひたすら待ち続ける。

 ごくまれに、誰かが来ることもある。だが、物珍しそうに橋を見ると、すぐに立ち去っていく。


 それでもワタルは待ち続ける。

 彼には待つしかないからだ。


 今でも彼は、首吊り橋で待ち続けている。


 いつまでも。



 了



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― 新着の感想 ―
くびれ鬼の設定が面白かったです。(´ω`) 私も 腰のくびれ だとばかりに思っていましたら、ちゃんと首吊りの方だったんですね。 友人は彼の気を惹く姿になったわけですから、なかなか悪知恵が働きますよね。…
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