EP.1 出会いと約束
「早く死んでしまいたい。」
これは、生物が共通して持つ、根源的な欲求だ。
我々生物は、天から命を授かったその瞬間から死に向かっている。これは、もはや死を望んでいるのと等しいのではないか。
そんなことを考えると、私の顔を朝日が照らした。
その朝日は、昨日まで私の肌を焼いていた陽光と同じ光のはずなのに、今までよりも明るく、それでいて儚さを孕んだ光のように感じられた。
徹夜明けの朝は、ぐっすり眠った朝のように体が軽い。太陽に集中を邪魔された所在なさからか、それとも単に朝はこうしろと脳が覚えていたのか、それすら私には分からない。体とは違い、徹夜明けの頭は鉛のように重い。
ともかく、私は今日一日を生きる為の準備を終えた。さっきまで死ぬことについて考えていたはずなのに。
現実とは、逃避なんだと思う。生きていくだけなら、何も感じず、何も考えず、その辺の虫や草を食べればいい。学校も、家も、この社会というものも、結局は生き死にからの逃避であり、ただのゲームに過ぎない。私のような人間は、きっと、そのゲームの敗者だ。恋人どころか友達もいない。何か突出したものもない。私の人生は逃避にもならない。だから昨晩は死について考えていたんだと思う。
ところで私は今、数学の授業を受けている。徹夜明けの頭には辛い内容だ。眠くもなってくる。それは横の席に座っている女子生徒、佐藤美桜も同じようだ。彼女は眉間に皺を寄せ、ペンの先を腕に押し当てている。
そんな様子を何となく眺めていたら、彼女が大きい瞳を勢いよくこちらへ向けてきた。高く結んだポニーテールが快活に揺れる。
「ねぇねぇ、ゲームしよ」
佐藤が私に向かって小声で言った。
何を言っているのだこの人は。私が半目になっていると、佐藤は私に向かって、
「いっせーのーで2!」
そう言ってきた。何を言っているのだこの人は。
普通は「指スマ2!」だろうが。
授業終了のチャイムが鳴った。その刹那、
「いやー、さっきは大変だったね〜」
佐藤が言いながら明るく微笑む。先程の数学の時間に彼女が私に仕掛けてきたゲーム。それにノることが出来なかった私に怒った佐藤美桜が少し大きい声を出してしまった。先生がこちらを見た時、佐藤の手は指スマでやる気満々だった。あとは察しがつくだろう……。
あの時ほど私がクラスメイトからの視線を集めたのは初めてかもしれない。
そして、今もかつてないほど大量の視線を集めている。何故ならば、普段言葉を発することも珍しい私が、容姿端麗、明るくて人当たりがよく、頭脳明晰……ではないが、クラスの人気者の佐藤と話しているからだ。
「いやー、今まで話したこと無かったけど、悠真君って面白いんだね!」
自分は一言も発言していない。このままだと次の授業の準備ができないし、周りの視線で動悸がうるさい。
正直、早くどこか違う人の所へ行って欲しいと思った。
「……次の授業の準備しなきゃだし、みんな見てるしそろそろ……」
「えー!もう少し話したかったな!悠真君がそう言うなら仕方ない……」
佐藤美桜は自分を世にも珍しい見世物のように見つめていたクラスメイトの元へ駆けていった。
そして週末の予定を確認しあっている。いま気がついた。今日は金曜だ。
土曜日、読む本が無くなり、ちょうどお金がなかった私は珍しく近所の図書館に来ていた。
本棚の本を物色していると、図書館という空間に似合わない、底抜けに明るい声が聞こえてきた。
「あれ?悠真君じゃん!奇遇〜!」
ゆっくりと振り返ると、クラスメイトの佐藤がいた。純白のワンピースが今にも消えてしまいそうな透明感を演出していて美しい。この騒がしい声さえなければ。
「その手に持ってる本何〜?」
「あぁ……これは、『旅のラゴス』っていうsf小説だよ」
「へぇ〜。sfは私読まないな〜」
感心したような佐藤に私は聞いた。
「佐藤さんって、本読むんだ」
「そうだよ!私は理数系はボロボロだけど、国語はできるんだから!」
『ドヤッ』という効果音が聞こえて来そうな、見事なドヤ顔を佐藤は披露してくれた。
「本の話ができる人って周りにいないから嬉しいなあ……そうだ!明日、一緒に読書会しよう!本当は今からやりたいけど、この後予定あるんだよね〜」
「別にいいけど……」
こちらが困っていることなんか気にもとめず、彼女は、
「LINE交換しよ〜!後で細かいこと送るね!」
流れで、クラスの人気者の女子とLINEを交換して、別れた。
あれ?これってもしかして……
その日の夜は寝付けなかった。
彼女から先程送られてきたメッセージを見返す。
「明日の9時に駅前集合で!」
こちらの都合なんて一切考えていない、豪快なメッセージ。だけど不思議と、不快な感じはしない。
そりゃ寝付けないに決まっている。普段休日に家族以外と行動することもほとんどないのに、いきなり可愛い女子と2人きりときた。ドキドキしっぱなし。
気がついたら、朝になっていた。しかし、この前の徹夜のような鬱屈とした気分ではなかった。あるのは純粋な高揚感と、これってデート……?
という、一晩中私の頭の中を支配していた思考だけだった。
読んでいただきありがとうございます!
続きも制作中ですのでお楽しみに!!




