感情の神
竜の神はゆっくりと目を閉じ、そして再び開いた。
黒い瞳の奥には、もう先ほどまでの狂気はなかった。
ただ、どこか重い記憶を思い出すような色があった。
「……あの日」
竜の神は静かに語り始める。
「奴が来た」
ホープが眉をひそめる。
「奴?」
竜の神はゆっくりと続けた。
「感情の神だ」
空気が少しだけ重くなる。
竜の神は遠くを見つめながら話す。
「奴は我の前に現れ」
「こう言った」
声が低くなる。
「天上界もこの世界もすべて焼き尽くそう」
サフィが思わず声を上げた。
「……え?」
竜の神は続ける。
「そして言った新しい世界を作ればよい」
「竜たちが住みやすい世界を我と共に」
ルークが小さく舌打ちする。
「ずいぶん勝手な話だな」
竜の神はうなずいた。
「当然、我は断った」
その声には、はっきりとした意志があった。
「調和」
「均衡」
「安定」
竜の神はゆっくりと言葉を並べる。
「それが神々の約束だ」
「世界は一つの種族のものではない」
「すべての命のものだ」
ホープは静かに聞いている。
竜の神は続けた。
「断ったあと奴は笑った」
その声は少しだけ低くなった。
「そして我の感情を乗っ取った」
サフィが息を呑む。
竜の神はゆっくりと首を振った。
「怒りが溢れてきた」
「止められなかった」
「次第に自我が消えていった」
周囲に静かな沈黙が落ちる。
ホープは何も言わなかった。
ただ、難しい顔をしていた。
腕を組み、地面を見つめる。
何かを考えているようだった。
サフィがそっと声をかける。
「……ホープ」
ホープが顔を上げる。
サフィが少し不安そうに聞く。
「その感情の神って知ってるの?」
ホープはすぐには答えなかった。
少しだけ空を見上げる。
風が静かに吹く。
やがて――
ホープは口を開いた。
「……知ってる」
仲間たちが一斉にホープを見る。
ホープは続けた。
「一度だけ話したことがある」
ルークが驚いた顔をする。
「会ったことあるのか?」
ホープは小さくうなずいた。
「でも」
少し苦笑する。
「話はまとまらなかった、物別れだ」
セリアが静かに言う。
「どんな神なの?」
ホープは少し言葉を探した。
そしてゆっくり言う。
「俺は神と人間の子だ」
少しだけ間を置く。
仲間たちは黙って聞いている。
ホープは続けた。
「そして」
静かに言う。
「感情の神は」
「神とエルフの子だ」
その言葉に――
ルークの目が見開かれる。
「……は?」
ガルドも驚いた顔になる。
「神とエルフ?」
サフィも目を丸くした。
「そんな……」
セリアも静かに息を呑む。
「半神……」
だが竜の神だけは、静かにホープを見ていた。
その事実を、すでに知っているようだった。




