黒幕
倒れた竜の神の周囲には、まだ熱を帯びた風が漂っていた。
黒い巨体は地面に横たわり、静かに呼吸を繰り返している。
ホープたちは少し距離を取り、様子を見守っていた。
しばらくして――
竜の神の胸が大きく上下した。
巨大な翼がわずかに動く。
「……!」
ルークが小さく声を上げる。
セリアが弓を握り直す。
ガルドは盾を構えた。
サフィも緊張した表情で竜の神を見つめている。
やがて竜の神の瞳が、ゆっくりと開いた。
黒い瞳が周囲を見渡す。
そして巨体がわずかに持ち上がった。
大地が揺れる。
竜の神はゆっくりと体を起こそうとする。
一行に緊張が走る。
ルークが低く言う。
「……来るか?」
だが次の瞬間竜の神の瞳に宿っていたのは――
怒りではなかった。
静かな理性だった。
竜の神の視線が、ホープに止まる。
「……ホープ」
低く、落ち着いた声。
ホープは少しだけ笑った。
竜の神は深く息を吐く。
そして言った。
「礼を言う」
その声には、はっきりとした感謝が込められていた。
「我を……止めてくれた」
竜の神の視線が、ホープの後ろにいる仲間たちへ向く。
「そなたたちにも礼を言う」
「そして……謝罪する」
竜の神はゆっくりと頭を下げた。
巨大な竜が、静かに頭を垂れる。
「我が暴走で……」
「多くを危険にさらした」
その言葉を聞いてホープはほっと息を吐いた。
そして次の瞬間――
走り出した。
「竜の神!」
竜の神の首へ飛びつく。
そのまま抱きついた。
「よかった……!」
ホープの声は、心からのものだった。
竜の神は少し驚いたように目を細める。
だが、何も言わない。
ただ静かにそのまま受け止めた。
そのとき遠くから聞こえていた咆哮が、次第に消えていく。
竜たちの雄叫びが止まっていた。
セリアが周囲を見渡す。
「……戦いが」
ルークが続ける。
「止まってるな」
ガルドも空を見上げた。
「竜どもも落ち着いたみてぇだ」
竜の神が静かに言う。
「我が正気を取り戻したことで」
「他の竜たちも落ち着いたのだろう」
ホープは竜の神から離れる。
そして真剣な表情で尋ねた。
「竜の神」
「何があったんだ?」
竜の神はゆっくりと目を閉じた。
「……我は」
「感情を」
少し苦しそうに言う。
「乗っ取られていた」
サフィが驚いた顔をする。
ルークも眉をひそめた。
ホープは竜の神を見る。
「俺は」
静かに言う。
「竜の神のことを知ってる」
「こんなに怒るところ初めて見た」
竜の神は小さくうなずく。
「そうだろう」
「我は本来そのような怒りを持つ存在ではない」
竜の神の声は静かだった。
だがどこか苦しそうでもあった。
「怒りが溢れてきた」
「止められなかった」
「次第に自我が薄れていった」
ホープは首を傾げた。
「……何が起こったんだ?どうしてそんなことに」
竜の神は、しばらく沈黙した。
ゆっくりと口を開いた。
「……感情の神」
その名前を聞いた瞬間。
ホープの目が大きく見開かれた。
「……!」




