Ⅸ 卒業のとき
オーティスとアイリーンの婚約披露パーティーから約半年後。
エイラン殿下、ソフィア様、そしてアイリーンが貴族学校を卒業する時が来た。
卒業生にとっては毎日通った学舎との別れの時だ。アイリーンも朝からソワソワしながら準備をしていた。
紺碧の制服の上に同じ色のガウンを羽織る。
侍女が念入りに手入れをして結いあげてくれた髪の上にアカデミックキャップを被った。
この制服を着るのも今日が最後だと思うと何とも感慨深い。姿見の前に立って、くるりと回ってみる。
入学式の日にも初めての制服にドキドキして姿見の前でくるくる回ったものだ。
『コン、コン、コン』
自室のドアをノックされる音にアイリーンは応じる。やってきたのはアイリーンの父と母、つまりはガラニス伯爵夫妻だ。
「アイリーン、卒業おめでとう」
淡い蒼色の瞳を細め父が優しく笑った。
「アイリーンがついに学校を卒業だなんて」
自分と同じプラチナブロンドのアイリーンの髪を母が優しく撫でた。
「ありがとうございます。卒業出来るのはお父様とお母様のおかげです。今まで育てて下さり、ありがとうございました」
アイリーンが礼をすると両親は少し驚いた顔をしたが、顔を見合わせて笑い合っていた。
「こんなに立派になって。」
「卒業式でこれでは半年後の結婚式では大泣きしてしまうかもな」
卒業後、半年の準備期間を経てオーティスとアイリーンは結婚式をする予定だった。今日の卒業式にはアイリーンの両親は勿論、オーティスも来てくれると言っていた。婚約者も多忙なので今日は直接学校にやってくるそうだ。
「お嬢様、そろそろ出発の時間です。」
侍女頭も家族団欒の時間にニコニコと笑いながらも、きちんと時間を告げてくる。
「それではお父様、お母様行って参ります」
「気をつけて。最後に教授や学友と楽しんでおいで」
「私たちも後でいきますわ」
部屋を出て表に用意された馬車に向かう。
見送りに出てくれた母に手を振り、父のエスコートで馬車に乗り込もうとした時、父は顔を寄せ、耳元で言った。
「今日は何か騒動が起こるかもしれないよ」
「え?」
「このネックレスを念の為に着けておきなさい。制御の魔力を込めてあるからね」
父に手渡されたネックレスはアイリーンの瞳と同じ水晶のような石のついたものだった。
ガタンと音を立てて動き始めた馬車の中、アイリーンはネックレスを首にかけた。
ーーー卒業式の前はまずはお世話になった教授達に挨拶に向かうのが通例だ。教授達が集まる控え室に挨拶に回り、その後卒業式までの短い時間で学友達と語り合う。
「アイリーン様」
「ソフィア様!!ご機嫌よう」
婚約披露パーティーの直後はソフィア様からも丁重な挨拶とお詫びの品を頂いたり、少しギクシャクとしていたが今では元通りだ。寧ろソフィア様は婚約者なだけで無関係なはずなのに申し訳ない思いだった。
「アイリーン様はガウンもキャップもとてもお似合いになるのね」
そう言うソフィア様のキャップに付いたタッセルは他の生徒の白とは違う、鮮やかな青だった。
青はこの国で知性の象徴でもあり、その色をキャップに付けるのは首席の証だ。
「今日はソフィア様が代表で答辞をされるのですよね?緊張しませんか?」
「私は大丈夫ですが…あちらの方がきちんと出来るかが心配ですわ」
アイリーンの問いかけに、ソフィア様は声を小さくして言った。ソフィア様の目線を追いかけるとエイラン殿下がいた。
同級生とバカ騒ぎをしている殿下のキャップのタッセルには王族の象徴、紫のタッセルが付いている。
学校の卒業式では成績に関係なく、卒業にあたる王族は皆の前でスピーチを行う。今後数多行うスピーチの予行練習的な位置付けだ。
「スピーチの内容も教育係に全て書かせたみたいだし、練習されている様子はないし、大丈夫かしら?」
「実はしっかり練習されているかもしれないですよ。本番にお強いのかも。」
アイリーンの言葉にソフィア様は苦笑いを返した。
「私は先頭で入場するからそろそろ講堂に向かわないと。殿下も前方に並ぶはずだからお声かけしなくては。アイリーン様、後ほどプロムで」
「ええ。それでは後ほど」
ソフィア様はエイラン殿下に声をかけて去っていく。
殿下もソフィア様に着いて行こうとした時、チラリとアイリーンを見た。そして拳を胸に当て、何やら合図をして笑っていた。
「私に何か合図していた…?」
アイリーンは意図が読めずに首を傾げる。
「アイリーン様、そろそろ行かないと遅れますわ」
「いけない。遅刻したら大目玉だわ」
級友に声をかけられ整列に並びながらもアイリーンの疑問は晴れなかった。




