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Ⅷ 婚約者が美人すぎる

 


「アイリーンと申します。よろしくお願い申し上げます。」


 初めてアイリーンに会った時の衝撃は忘れられない。父であるガラニス伯爵の後ろから少し恥ずかしそうに淑女の礼をした彼女は齢7つには見えないくらい完成してた。ウェーブのかかったプラチナブロンドに際立つ白い肌、薔薇色の愛らしい唇に透き通る蒼い瞳。人生で見た人物の中で最も端麗な人物であった。


 しかしその美しい容姿と洗練された身のこなしでどんなに気位の高いだろうかと心配したが彼女はどちらかというと楚々とした雰囲気の真面目な女の子だった。


 父親達は2人を庭園に追い出してささっさといなくなってしまった。恐らく書斎で今後の諸々を詰めていくのだろう。

 仕方がないので2人で庭園の中をぷらぷらと歩いてみる事にした。隣を歩くアイリーンを盗み見る。銀糸のような髪が陽の光に映えて輝くようだ。

 驚くほど整った顔立ちの少女がふと目線を上げると、バチリと目が合ってしまった。


「あ、えーと。良かったら座りませんか?」


 頷くアイリーンの為にベンチにハンカチーフを敷くとエスコートして座らせた。


「ありがとうございます。」


 頬を僅かに赤く染めて微笑んだ。潤んだ蒼い瞳がなんとも庇護欲をそそる。


「急に婚約と言われても困りますよね。私の能力のせいでごめんなさい。」


 しかしすぐにアイリーンは美しい眉を寄せた。


「変わった能力なのです。母方の血筋に現れるのですが知られている限り当家の娘にだけ伝わるそうです。」


「いや、私の能力もちょっと変わっていますから。」


 オーティスも、はははと笑って見せた。


「それに地味だし。」


「そんな…。でも皆と同じように防御魔法でも使えたなら誰かの為になったかもしれないのに。」


 ああ、同じだ。

 オーティスは自分の鼓動が早くなるのを感じた。

 この類稀なる容姿を持って産まれ、恵まれた立場だと思っていた少女もオーティスと同様に人とは違う能力に思い悩んでいるのだ。

 鑑定を受けてから気にしないようにしてきた。愚痴を言っても仕方がない。能力を受け入れて、磨いていこうと励んでいた。しかし人と違う事に、どうしょうもない孤独感を覚える事があったのだ。

 それを彼女となら分かち合える気がした。


「でも、私の能力は将来この国のためになるかもしれないんです。私の母もこの力を活かして活躍していると聞きました。…だから私も頑張ります。」


 …そう思ったのに。彼女はオーティスの感じたより、強く、しなやかな女性だった。

 小さな両の手を握り、笑ったアイリーンの瞳には強い意志が宿っていた。

 だから、つい口走っていた。


「2人ならもっと。」


「え?」


 アイリーンは不思議そうな顔をして首を傾げた。


「あ、いや。私もです。私もこの能力を誰かの為に使いたいとそう、思います。」


「はい。」


 ふふふ、と嬉しそうにした彼女に見惚れてしばらく言葉を忘れた。会話もなくただ2人です鳥の囀りを聞いていた。


「大人になって結婚をしたら。2人でなら頑張れる気がします。」


 遠くを見つめながらアイリーンが言った。その横顔が少し幼く見えて。ずっと支えていこうと密かに誓ったのだった。



 時は流れ、2人は共に貴族学校に通う歳になった。その頃にはアイリーンの美しさは更に磨きがかかり、魅了の能力の有無に関わらず人々の賞賛を集めていた。


 対してオーティスは努力して吸収の能力を磨いていた。

 オーティスの師は将来の義父、ガラニス伯爵だ。ガラニス家の現在の伯爵夫人、つまり元伯爵令嬢も強い魅了の力の持ち主だ。

 そのガラニス家入婿の伯爵は当代一の制御魔法の使い手なのである。


 貴族学校の成績は、そこそこそれなりにと言った所だった。しかしそれはオーティスの努力不足などではなかった。

 学校の評価基準がどうしても攻撃魔法や防御魔法の能力を待つ生徒向けなのだ。

 オーティスやアイリーンの様な特殊な能力の者にはどうしても不向きであった。


 貴族学校では定期考査の結果が長く続く回廊に張り出されるようになっていた。

 オーティスは張り紙の中から自分の氏名を見つけた。成績は真ん中よりもちょっと上。悪くは無いが特段良くもない。叱責されはしないが褒められもしない微妙な立ち位置だ。


 座学の試験は決して悪くなかった。足を引っ張ったのが魔法の実技の試験だ。

 そもそも攻撃魔法や防御魔法に適性がないのに『対象物を防御魔法で保護しつつ、攻撃魔法を繰り出す試験』なんて良い結果が出せるわけがないのだ。


 オーティスは苦笑いをしつつ、諦めた気持ちで自分の教室へ向かおうと歩き始める。


「ガラニス嬢、試験はどうだった?」


「あまり良い出来とは言えないですね。平均点くらいでしょうか?実技が足を引っ張ってしまって…」


「攻撃魔法で少し離れた的を狙う課題?」


「ええ。残念ながら上手く当たらなくて」


 婚約者の声に気付き足を止める。どうやらアイリーンは同級の男子生徒と話をしているようだ。

 廊下の角に当たる場所にいるオーティスには2人共気がついていないようだ。

 2人は先刻のオーティスと同じように自分達の学年の成績表を見て話をしている。

 男子生徒はどうやらアイリーンに気があるようだ。アイリーンが異性から好意を寄せられている事は今に始まった事ではないのでオーティスも今更気にならない。


「力を入れすぎなければそんなに難しい事でもないんだよ。そうだ、良ければ今度私が教えようか?」


「…ありがとうございます。でも今度から自分で練習して頑張りますから大丈夫ですわ。」


 男子生徒からの申し出をアイリーンは丁重に断った。

 アイリーンはどんなに必死に練習をしても他の攻撃魔法の特性を持つ生徒たちには追いつかない。けれど、それが男子生徒には決して分からないのだろう。

 攻撃魔法の適性のないアイリーンが平均点を取るのにどれだけ努力をして来たのか。人より文献を読込み、同じ魅了の適性持ちの母にアドバイスを貰い、日々予習復習を欠かさず励む。決して怠けているわけではない。


「残念だな。もしも困ったら声をかけてくれ。」


 男子生徒はチラリとオーティスの学年の成績表を目線を送った。


「貴女の婚約者の成績では貴女に攻撃魔法を教えられないだろうから。」


 フンと鼻を鳴らし、侮蔑した目つきで言った。


「容姿だってさほど良いわけでなし、地味な伯爵家出身だ。その上成績も奮わないような婚約者で良いのかい?それならば学年五位の私の方が…」


「私の婚約者を悪く言わないで下さい。」


 アイリーンの氷の様な冷たい声が男子生徒の言葉を遮った。


「オーティス様は血の滲むような努力をされています。ご存知ないでしょう?」


「うっ…」


 アイリーンが潤んだ瞳でキッと睨むと、魅了の力が発動してしまったのか男子生徒はぐらっとよろけた。

 男子生徒の顔は紅潮し、ボーッとし始めた。


「私はオーティス様をお慕いしています。悪く言わないで」


「…はい、ガラニス伯爵令嬢…。」


 アイリーンから強い魅了の力が放出されているのが香りで分かった。男子生徒の目は虚になり始めている。


「…まずい」


 オーティスは思わず一歩を踏み出す。

 強い魅了の力の持ち主は強力なパワーを有する反面、その反面コントロールが出来ずに苦労する。魅了の様に人間の精神に抵触するような能力は暴走すると人に危害を加えかねない。特にアイリーンは先代、先先代に比べても圧倒的に力が強い。

 そのために婚約者にオーティス達魔法制御に優れた者が選ばれるのだ。貴重な力の暴走を止め、人々を守る為に…。


「アイリーン!」


「オーティス様…」


 アイリーンはハッとしたようにオーティスを見て、少し体の力が抜けた様に見えた。


「力が発動してしまっているよ、落ち着いて。」


 オーティスはアイリーンの肩に手を置き、吸収の力を発動させた。魅了の力を吸収していくと段々と呼吸の乱れが収まってきた。


「大丈夫かい?」


「ええ。迷惑かけてごめんなさい。」


「気にしなくていい。…さてと、そこの彼は体調はどうだい?」


 オーティスはふらふらと座り込む男子生徒に声をかける。


「良かったこれを。アイリーンの力の影響を少しでも和らげる様に調合してある。」


 オーティスはポーションを差し出した。


「…くっ。」


 男子生徒はオーティスを睨むとポーションをひったくりフラフラと去っていった。


「オーティス様、本当にありがとうございました。…それと、先程の話は聞こえてしまいましたか?」


「…何の話かな?」


「聞こえていないのであればそれで良いのです。」


 オーティスはニコニコとアイリーンに微笑んだ。互いの想いが同じだった。オーティスを理解してくれる唯一の存在がアイリーンなのだ。オーティスにとっては孤独から救ってくれた相手、それがアイリーンだったのだから。


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