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Ⅵ 麗しき学友

 



「ごきげんよう。アイリーン様。一緒にランチでもいかが?」


「ソフィア様、是非ご一緒したいですわ。」


 入学をしてからソフィアは自然とアイリーンと話す事が多くなった。第二王子の婚約者を輩出した筆頭公爵家と中堅どころの伯爵家の令嬢、これまでは家格に少し差があった為あまり関わることが無かったが、クラスメイトになってからグッと距離が縮まった。


 カフェテリアで2人は魚料理を注文し、席に着いた。周囲の人間がチラチラとこちらを見てくるのが分かる。皆の視線はアイリーンに注がれていた。


「ソフィア様、先日はこの本をお借りしてありがとうございました。とても興味深かったです。」


「それは良かったわ。…あら、栞が挟まれていますわよ。」


 ソフィアは返された本に銀の栞があるのを見つけてアイリーンに手渡した。


「まあ、私ったら…失礼しました。」


「素敵な栞ですね。」


「これは…昔オーティス様に貰ったものですの。」


 アイリーンは華やかな容姿の見かけによらず真面目な令嬢だった。それは勉学に留まらず、人間関係にもだ。

 学校の大多数の男子学生が彼女に淡い恋心を抱いているようだったが、彼女は全く靡かなかった。なにより婚約者からのプレゼントを頬を染めて嬉しそうに見つめる愛らしい姿を見れば彼女の一途な想いは明らかだった。


 羨ましい、と思う。

 アイリーンは誰よりも美しく、カリスマ性もあり、その上心の通い合った婚約者までいる。

 ソフィアよりも王子妃に相応しいのはアイリーンなのではないか。家格やその聡明さはソフィアに軍配が上がるものの、アイリーンには天賦の才があるように思えるのだった。


「ガラニス伯爵令嬢ここにいたのか!」


 にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべ、親しげに手を上げながらアイリーンに声をかける男子生徒…もとい第二王子であり、ソフィアの婚約者が足早にやってきた。


「殿下、ごきげんよう」


 ソフィアとアイリーンは声を揃えて挨拶をした。

 エイラン殿下はアイリーンにはわずかに顔を赤らめて嬉しそうに挨拶を返す反面、ソフィアがいた事に気付くと僅かに眉を顰めた。

 流石に婚約者と密かに好いている女性が共にあるのは居心地が悪いのだろう。


「そうだわ。私所要があるのでした。申し訳ありませんが、お先に失礼致します。」


 食事を終えていたアイリーンは何を思ったのか婚約者達に気を遣ったのだろう、席を立つ。女神のような微笑みを残して軽やかに去って行った。


 残されたのは仲が良いとは決していえないエイラン殿下とソフィアの2人。ソフィアは努めて冷静を装い残っていたお茶に手をつけた。エイラン殿下は恨めしそうにソフィアを睨むとおもむろに封をされた書状をソフィアに放ってきた。


「…これは?」


「母上からだ。妃教育について書かれているそうだ。励めよ。」


 お前が言うか?と言ってやりたい衝動に駆られたがグッと飲み込む。


「畏まりました。」


 王妃からの書状には1月後から専属の教師をつけるとあった。とはいえ公爵家の長女であり、産まれた瞬間から高位貴族に嫁ぐ事を義務付けられていたようなソフィアにとってマナーや一般教養、王子妃に必要な素養は基礎中の基礎としてその身に叩き込まれている。

 妃教育の教師は最初の3回でそれを理解し、次のステップに進む事となった。

 次のステップ。それは王族にのみ伝わる極めて重要事項を学ぶ事だった。

 例えば公にされていない国王直轄地でとれる金やダイヤモンド、石炭など鉱物についてや隣国との密約の詳細、さらには貴族に密かに下賜された王女のことまで。


 知らなければいけないが、決して知っている事を悟らせてはいけないアレコレについてソフィアは秘密を守る宣誓をしてから学んでいった。


 そしてその日は机にとても分厚い皮表紙の本をドンと置かれたのだった。

 本の表題はなく『閲覧禁止』とだけ銀で刻まれている。


「どうぞ。」


 教師はそう言っただけだった。自分で読み、記憶をしろと言う事だろう。ソフィアは息を大きく吐いてから本を捲る。

 表紙を開くと小さく『貴族名鑑 別冊 警戒すべき35家』と書かれている。貴族名鑑は貴族の家柄であれば皆が邸宅に用意してある。社交の際に相手に失礼のないようによくよく読み込むのだ。しかし別冊があるとはソフィアも知らなかった。別冊を読み進めるといくつかの家名が現れた。


 ーーーパパス伯爵家

 謀反の疑い。

 その後、子息が人質として王家に幽閉。


 ーーー 子爵家

 横領の前科あり。

 減封。


 ーーーエイトス侯爵家

 子息が側妃と不義の関係となり、子供まで作ってしまった。

 側妃は幽閉、本人は処刑、当主は爵位を返上。




 ーーーガラニス伯爵家…


 警戒するべき35家の1番最後に記載があったのは麗しい友人の生家だった。

 ガラニス伯爵家は経済力や軍事力、どれをとってもそこそこ…と言ったところだし、王家にとって忠義の家だ。

 しかし他の34家が過去に謀反の疑いがあったり、脱税をしていたのが理由として挙げられるなか、ガラニス家は毛色の違う理由だった。


「魅了…」


 ソフィアは本のページを指で追いながら呟いた。

 曰く、ガラニス伯爵家直系の令嬢は強力な魅了の魔力を宿してしまうらしい。そして本人の意思に関係なく他人、特に男性を魅了してしまう。魅了された者は正常な判断をする事は出来なくなり、自分に不利益な事であっても彼女達の為になるように行動してしまうのだとか。故に過去何度が国内が混乱に陥ったことがあり、ガラニス伯爵家の令嬢と王族の婚約は厳禁。国益に反する事態を避ける為だという。

 相反するように彼女達の力は外交には非常に役に立つ。諸外国との交渉の場にはガラニス家の女性を連れて行く事は珍しくないそうだ。


 分厚い本を読みながら、アイリーンに熱を上げている第二王子(おバカさん)を思い浮かべた。

 ソフィアよりかなり先にこの本を読んでいるはずなのに覚えていないのだな、と苦笑する。


「令嬢が結婚適齢期になると魅力の力を強く受けた男性がたびたび問題を起こす…と。」


 婚約破棄をするくらいガラニス家の令嬢に夢中になったり、無理矢理令嬢を奪おうとしたり…。ちなみに直近だとアイリーンの母の代、夫となる予定の現伯爵の生家に侯爵家の令息が小隊を率いて行き、あわや内戦になる所だったとか。


 その為、王家はガラニス家に密約を結ばせていた。

 令嬢の力が発現する前、10歳前後には婚約を済ませること。その相手は王家が推薦する可能性もあること。その代わり、万が一魅了を受けた男性達が問題を起こしてもガラニス家には責任を負わさないこと。


「ふう。」


 ソフィアはため息を一つついた。

 そして、その美しさに羨望の思いを抱いていた彼女の事を思う。


「貴女も大変なのですね…。」


 ソフィアは苦笑いをして静かに本を閉じたのだった。




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