Ⅴ 王子妃になんてなりたくない
「ご覧になって。ガラニス伯爵令嬢よ。」
「相も変わらずお綺麗ですこと。」
初めてアイリーンを知ったのはどこかのティーパーティーだったと思う。
その頃の私ソフィア・ドゥーカスはエイラン殿下の婚約者有力候補でパーティーの中でも注目を集める1人だったと思う。けれど、彼女を一目見ただけで次元が違うと感じた。
彼女はどこにいても、誰といても人々の耳目を集めてしまう。ただ、美しいだけでなくカリスマ性と言えば良いのか、1人だけ輝いて見えた。
女であるソフィアでさえそうなのだから男性なら尚更だ。
会場の同世代の大多数は彼女に見惚れているか、本気で恋しているか、もしくは心酔していた。
その日のアイリーンは柔らかな藤色のドレスを纏っていた。同世代の令嬢に比べると些か落ち着いた色味と装飾のないドレスだったが、かえってそれが彼女の美しさを際立たせている。
「ごきげんよう。ガラニス伯爵令嬢。ソフィア・ドゥーカスですわ。」
彼女の周りから人が僅かに引いたタイミングを見計らって声をかけてみた。
「初めまして。ドゥーカス公爵令嬢。ガラニス家のアイリーンと申します。」
伯爵家と比べて公爵家は格上だ。急に話しかけてきたソフィアを内心不審がっているかもしれないがソツのない挨拶が返ってきた。
ふうん。と相手の頭のてっぺんから足元まで値踏みをするようにみる。アイリーンもおそらく分かっていると思うが、貴婦人の笑みを保ったままだ。
髪型は至ってシンプル。輝くようなシルバーブロンドをハーフアップにして纏めている。お化粧もどちらかと言えば薄い。ドレスは確かに飾り気がないが身体のラインを綺麗に見せるようにかなりこだわっているように思う。そしてドレスがシンプルな分、アクセサリーはいくらか大ぶりだ。
彼女のドレスや装飾品は並の伯爵家のそれだった。
それなのに、ティーパーティーの主役は間違えなく彼女だ。
幼いころから才女ともてはやされたソフィアであったが、アイリーンにはなんとも言えない敗北感を感じた事を覚えている。
そしてそれから数年後。
ソフィアはエイラン殿下と正式に婚約し、次期王子妃となる予定であった。ちょうど同じ頃、貴族学校への入学もあり、ソフィアとエイラン殿下、そしてアイリーンも同じクラスだった。
「殿下、明後日ついに入学ですね。殿下と私、同じクラスでしたわ。」
「ああ。」
婚約が決まってから月に一度2人はランチかお茶をする事になっていた。
エイラン殿下があまりこの婚約に乗り気でない事はソフィアも分かっていた。お茶会でソフィアが話題を振っても不機嫌そうに相槌を打つだけ、ソフィアの事も興味無さそうなそぶりをするだけだ。
(私だってこんな第二王子と婚約なんて嫌でしたのに)
エイラン殿下は顔は悪くないが、あまり思慮深くはない。その上第一王子が優秀なので恐らく王になる事はないと幼少より拗ねていて王族としての勉強を真面目に受けていない。
その為、同世代の中で才女と評判だったソフィアが婚約者に選ばれた。つまりは殿下の足らぬ所を妃で捕捉せよ、という事だ。第二王子とはいえ王になる可能性はゼロではない。
ソフィアは紅茶を口に運びながらさりげなくエイラン殿下を見た。面白く無さそうに焼き菓子を口に運んでいる。
婚約者候補の中で1番地味だったソフィアが婚約者になったのが気に入らなかったらしい。加えて優秀故にソフィアはエイランについ小言を言ってしまう。仲が良くなるはずがない。
けれどどんなに気に入らなくても貴族の婚約とは家長が決める事が普通だ。ましてや王族と公爵家の令嬢、覚悟を決めているはずなのにエイランは本当に幼稚だ…。
「はあ…」
エイランの大きな溜息を聞いて、ソフィアは侍女に帰宅の合図をした。




