Ⅳ 魅了の力
「オーティス様、あんなに人がいますわ。」
会場である侯爵家の邸宅に近づくと続々と馬車が乗り付け、同じ年くらいの子女が馬車から次々に降りていた。
人見知りのアイリーンは馬車の窓から外の様子を伺い、生まれて初めてこんなに人が集まるのを見て緊張を隠せずブルブルと震えた。
「大丈夫だよ。きっと友達もできるさ。」
既に2年前にパーティーデビューしているオーティスは余裕があり、アイリーンを安心させるように微笑んでくれる。
馬車はゆっくりと進み、順番になるとドアが開かれた。オーティスは先に馬車から降りると震えるアイリーンの手を取り、エスコートしてくれた。
すると、スッと緊張が身体から抜けたのが分かる。強張りが緩まり、淑女らしい微笑みをする事が出来た。
「…みて、ガラニス伯爵家のアイリーン嬢。」
「あれが噂のご令嬢か。」
「本当、噂通り綺麗な方ね。」
馬車から降りた瞬間、周囲がざわついた。アイリーンに子女達の耳目が集まるのが分かる。値踏みをされているように感じて俯きたくなる。
「アイリーン、髪飾りを見せてくれる?」
「え?」
アイリーンは顔を上げてオーティスをみた。
「うん、やっぱりその髪飾り似合ってるよ。それからその髪飾りにはアイリーンがパーティーを楽しめますようにって魔力を込めているからね。」
オーティスは俯きがちなアイリーンを勇気づけるように言って笑った。そのまま主催者に挨拶をしてから会場に足を踏み入れた。
「初めまして。ガラニス伯爵家のご令嬢ですわね?」
アイリーンは1人のご令嬢からさっそく声をかけられた。みれば数人のご令嬢が輪になって談笑をしているようだった。するとオーティスが優しく背中を押してくれたので精一杯にこやかに微笑んで輪の中に入った。
「初めまして。ガラニス家のアイリーンと申します。」
それからはご令嬢とのお喋りに興じた。貴族のお喋りはただの世間話ではない。その中で腹を探りながら、自分達に有利に持っていけるように情報交換をしているのだ。10歳そこそこの子供達にとってもそれは例外ではない。令嬢達は大人達を真似て口元に扇を当てて微笑み合う。
「ときに、第二王子殿下の婚約者選びが始まったってご存知?」
「そのようですわね。貴女、立候補なさいな。」
「まさか。うちは子爵ですよ。」
「筆頭はあの方なんだとか。」
1人のご令嬢が会場の中央にいる1人にチラリと目をやる。
「まあ。将来の王子妃にご挨拶しておいた方が良いかしら。」
冗談を言いながら令嬢達は抜け目ない。アイリーンは慣れないので相槌を打ったり、微笑みを浮かべたりして様子を見ることにしていた。
「やあ、お嬢様方。」
「きゃあ。メルクーリ様!!」
しばらくすると数人の令息達のグループが声をかけてきた。
令嬢達の興味は噂話から将来の夫探しにシフトしたようで、それぞれ狙いの殿方と話を始めた。1番目立つ格好をしているメルクーリ侯爵家の令息に1番多くの令嬢が集まっている。家柄、経済力、容姿と三拍子揃った有望株なのだとか。
婚約者のいるアイリーンには夫探しは必要ないが、貴族にとって社交は必要不可欠、更にガラニス伯爵家は他国との外交の場に駆り出される事もよくあるのでその練習と思うことにする。手持ち無沙汰なので少しずつ紅茶を口にしながら淑女の微笑みを貼り付けたまま、会話に参加していた。
「初めまして、ガラニス伯爵令嬢」
そんなアイリーンの正面に現れたのは先程のメルクーリ様だ。両脇に1人ずつ令息を従えている。
「ごきげんよう。お初にお目にかかります、ガラニス家のアイリーンです。」
「噂は聞いておりましたが、本当に綺麗な人だ。お茶会は初めて?」
メリクーリ様の発言に両脇の令息も大きくウンウンと頷く。
「はい。慣れないものでお恥ずかしい限りです。」
「いやいや。ここだけの話、貴女が会場で1番ですよ。」
再び、両脇の令息は大きくウンウンと頷く。
「そんな…。」
社交辞令だとわかっていても、すこし照れてしまう。そもそもアイリーンはその見かけによらず、家族とオーティス以外男性に免疫がないのだ。目が合うだけで緊張していまう。
貴族の令嬢としてはあまり褒められたものではないが、頬が赤らむのが分かる。ゆっくりと手にした扇子で顔周りを隠し、僅かに上目遣いで令息達を見た。
「ぐっ…」
両脇の令息達は苦しそうに一言発すると倒れてしまった。
「うっ…」
メルクーリ様は拳を口元を当て、一歩後退するに留まった。
「きゃー!人が倒れましたわ!!」
2人の令息が急に倒れてしまった為、会場は騒然としてしまった。
「大丈夫ですか?」
焦ったアイリーンが倒れた令息に声をかけると、2人は薄っすらと目を開けた。
「だ、大丈夫…、がっ…」
しかし、アイリーンと目が合うと気を失ってしまったようだ。
「アイリーン、落ち着いて。」
暖かな手のひらがアイリーンの肩に置かれた。
「オーティス様…」
振り返るとそこにはオーティスが柔らかく微笑んでいた。
肩にある温もりと穏やかな声に安心して緊張がフッと解ける。
主催者の家の執事達がわらわらと集まって来て、倒れた令息達を別室に案内し始めた。令息達の意識もあるようでようやく場の空気も落ち着いてきた。
「アイリーン、大丈夫?疲れたなら、少し早いけど先に失礼しようか?」
「いいえ。大丈夫です。」
アイリーンは小さく首を振ってから微笑んだ。
しかしながら、令息が倒れたり慌ただしかった為か通常よりも早くお開きとなった。
挨拶周りを済ませると2人は再び馬車に乗り込み、向かい合わせに座る。迎えの馬車で混雑していたが、比較的早く出る事が出来た。
しばらく走り喧騒を抜けるまで2人は話をしなかった。窓の外を見ながらアイリーンは小さく呟いた。
「…ごめんなさい。」
「…何故謝るの?」
「私のせいでしょう。あんな騒ぎになってしまったのは。」
アイリーンは俯いて自分の白い掌を見た。
「最近、ついに力が発現してしまったみたいです。きっとこれから今日みたいな事が何度も起こると思います。周囲の方にも、オーティス様にもご迷惑おかけする事になってしまいますね…。」
オーティスはアイリーンがポツリポツリと搾り出すように言葉を紡ぐのをただ、静かに聞いていた。
そして不安な気持ちを吐き出し終わるといつものように穏やかに微笑んだ。
「アイリーン、隣に座ってもいいかな?」
「え、ええ。もちろんです。」
アイリーンは席の左に少しずれると、オーティスは右側に腰を下ろした。
「大丈夫だよ。」
暖かな手が、アイリーンの冷えた白い手を包み込む。ふわりとした優しい熱がアイリーンを包んでいく。
「アイリーンは大丈夫。僕もきっと貴女を支えるからね。」
見つめる灰色の瞳が酷く綺麗だと思った。
僅かに胸が高鳴るのが分かったけど、先程他の令息と話した時のように緊張したり、顔が赤らんだりはしない。くすぐったくて、でも心地の良い、穏やかな時間だった。
「…ありがとうございます。」
「僕たちは婚約するんだ。当たり前でしょ?」
ああ。本当に良かった、とアイリーンは思った。
少し人とは違う容姿をしていて、不思議な力を持っているけれど。オーティスはそんなアイリーンの事を普通のただの婚約者だと思ってくれている。
他の誰にも見せていない自分を全て知っているのに肯定してくれる人と将来夫婦になれるのなら、こんなに幸せなことはない。
ゆっくりと馬車が止まった。どうやらいつの間にかアイリーンの邸宅に着いたようだった。オーティスが再び手を取り、立ち上がらせてくれた。
「あの…オーティス様?」
「うん?」
「私、オーティス様の事を心よりお慕いしておりますわ。」
ーーー後にオーティスは語る。この時のアイリーンの麗しさと言ったら言葉に出来ない程であったと。




