Ⅲ 幼き婚約
「アイリーン、お前の婚約者殿だよ。」
「初めまして。アイリーン嬢」
7歳の時、オーティスを初めて見た時の印象は取り立てて鮮烈なものではなかった。
オーティスは深い黒の髪と灰色の瞳の少年で特別目立つ容姿をしていたわけではなかったからだ。
「アイリーンと申します。よろしくお願い申し上げます。」
それでもアイリーンの幼い挨拶に穏やかに微笑んでくれたオーティスに好感を覚えたのだった。
婚約が決まってから程なくして2人の手紙の交換が始まった。9歳のオーティスと7歳のアイリーンの手紙の内容は家族の事や好きな食べ物など他愛もないものであった。
「アイリーン嬢はとても美しい字を書くんだね。」
「…え?」
手紙のやり取りをしてから初めてのお茶会でオーティスから褒められた時の衝撃をアイリーンは今でも覚えている。
口に運ぼうとしたティーカップを危うく落としそうになった事も。
「手紙を読んでとても綺麗な言葉選びをするし、文字も美しいし、とても素敵だなと思ったんだよ。」
アイリーンは真っ赤になった。幼い頃から、ひたすらに容姿を褒められる人生であった。容姿を褒められた事はあっても他の事で褒められるなんて滅多になかったのだ。容姿意外はひたすらに凡庸であると言うことはアイリーン自身が1番分かっていた。
例え、魔法の才がなくとも、音楽に造詣が薄くとも、礼儀作法が拙くても。いつだって周囲からの「アイリーン様はとてもお可愛らしいから少々欠点があろうとも問題はありませんよ。」の一言に守られ、縛られてきた。
初めて出会ったオーティスがアイリーンの中身を見てくれた。それが嬉しくて仕方なかったのだ。
「それに大変な読書家のようだ。7歳の女の子があんなに本を読んでいるとは。」
「…そんな。オーティス様の魔法への造形の深さ、私も大変尊敬しております。まだ学校入学前ですのに。」
「そ、そうかな?ははは…」
「ふふふ…」
初めてのお茶会はとても楽しかった。幼い婚約者達はそれからも手紙やお茶会、ときには近くの湖畔にピクニックに行ったりして交流を深めた。
そして婚約をしてから3年、アイリーンは10歳になった。
貴族の子女は10歳になるとティーパーティーなどに参加して同世代の子供達を交流を始める。デビュタントまではまだ時間があるがそれまでの練習のような場だ。アイリーンにも招待状が届くようになり、初めてのお茶会に参加する事になった。
「このドレス、少し派手すぎないかしら?」
アイリーンはターコイズ色のドレスを着て、姿見の前で腰のリボンをしきりに気にしていた。
「いいえ。お嬢様、こんなにシンプルなドレスで来るご令嬢は少ないですよ。お嬢様くらい整ったお顔立ちでないと地味に見えてしまいますから。それに、もうオーティス様がお迎えに到着されましたよ。」
「まあ…どうしましょう。」
初めてのお茶会でアイリーンは極度に緊張していた。
アイリーンの性格は容姿に反して堅実で保守的、加えて人見知りだったので初めてのパーティーはオーティスと共に参加する事にしていたのだ。
「アイリーン、よく似合ってるよ。」
「オーティス様も。」
慌てて階段をおり、客間に急ぐとオーティスはアイリーンのドレスと同じ色のタイをつけて待っていた。お揃いの色を纏い、少し気恥ずかしそうにお互いを褒める微笑ましい2人に両家の使用人達も笑みをこぼした。
「あと、アイリーンにこれを。」
オーティスから渡された箱にはターコイズをあしらった髪飾りが入っていた。
「ドレスがターコイズ色だと聞いていたからそれに合わせて作ったんだ。もしも良かったら使ってくれる?」
アイリーンは大きく頷くと、緩く巻かれたプラチナブランドの髪に侍女が髪飾りをつけてくれた。
「あ、あのどうでしょう?」
「えーっと。とっても可愛い。」
その後、少しぎこちないオーティスのエスコートで2人は馬車に乗り込むとパーティーに向かった。




