XIV 呪いを武器に
「アイリーン様!!」
「ソフィア様!ご迷惑をおかけ致しました。」
「いいえ。迷惑だなんて。」
アイリーンは駆け寄って来てくれたソフィアに謝罪をした。本当はこの騒動に関して関係者一人一人に謝って歩きたい気持ちだがそれは難しいだろう。貴族はそんなに簡単に頭を下げてはいけないのだ。最も巻き込んでしまったソフィア様だけに留めておく。
その後国王陛下が壇上に立ち、状況の説明を行ってくれた。そこで語られたのはアイリーンを含め、ガラニス伯爵家に大変寄り添ったものであった。
曰く、ガラニス伯爵令嬢であるアイリーンと伯爵家に瑕疵はない。アイリーンは清廉潔白であり、決して奔放な令嬢ではない。婚約者がいることを知りながら、エイラン第二王子が一方的に懸想をしただけである、と。
こう言った騒動の場合、一般的に令嬢の方が醜聞に晒されるが国王陛下がキッパリと否定し、殿下の否を認めたことで表向きアイリーンや伯爵家が後ろ指を指されることはなくなった。
卒業式は殿下のスピーチが無かったかのように進められ、無事に最後まで行われた。他の卒業生の晴れの日に泥を塗ってしまったようで申し訳無かったが、級友達の反応はアイリーンの思ったものとは少し違った。
「お二人の熱い抱擁、愛に溢れて素敵でしたわ」
「えぇ、えぇ。本当に絵になるようで」
「私もあんな風に思い合える夫婦に憧れるわ」
アイリーンは急遽欠席したので知らないが、夜に行われたプロムではダンスの後に婚約者同士抱擁を交わすのが流行ったとか、流行らなかったとか。
エイラン第二王子殿下は王都から離れた地に謹慎となった。二度に渡る騒動で我が国の婚姻制度に混乱をきたした為だ。二度も聴衆の面前で頑なに断る令嬢を無理矢理自分の妃にしようとした事は王族の横暴と見なされてもおかしくない。表立って王位継承権の剥奪はされていないが、今後万が一の事が起っても彼に王位が移る可能性はゼロに等しいだろう。
それが殿下が地方に謹慎させられている表向きの理由だ。内実は初恋を拗らせ、失恋から立ち直れなくなっているそうなので休養を与えている面もあるそうだ。
そして殿下の主張した本人の意思に基づいた婚姻の推奨も今後は主流になって行くのかもしれない。
一方、王子妃になる予定だったソフィア様との婚約は白紙に戻った。
殿下に散々に言われたドゥーカス公爵家もそこまで言われて大切な娘を輿入れさせたくはないと突っぱねたのだ。
とはいえ、ソフィア様は王子妃教育を完璧にこなした人だ。王家の内情を知りすぎている。その為、下手に他国の王族や国内であっても高位貴族と婚約出来ない。そもそも一度婚約の流れた令嬢は傷もの扱いされがちで敬遠される。ソフィア様の婚姻はなかなか難しいと言われ、アイリーンは罪悪感に押し潰されそうになっていた。
「あら。そんな事を心配なさっているの?」
久しぶりにお茶会で会ったソフィア様はあっけらかんとしていた。
「良いのです。合わない相手に合わせて何十年も夫婦生活を送るのは苦痛ですもの。」
ソフィア様は嫌味も強がりもなく、憑き物が取れたかのように柔らかく微笑んだ。
「それに、私ずっとやりたかった事がありますの」
「やりたかったことですか?」
「えぇ。実は…」
ソフィア様は頬を赤らめて言った。
「私、法を学んで法務官になりたいのです」
「まあ!!」
「以前から思っていたけれど、先日の騒動をみて強く思ったのです。王侯貴族や力のある者が理由なく、理不尽に誰かを裁いて良いのか、と」
アイリーンは流石才女ソフィア様だと心の中でため息をついた。ソフィア様は先日オーティス様が殿下に理不尽に処刑だと宣言されたのをみてショックを受けたのだ。罪を犯せば罰せられる事は世の常だ。しかしながら、それが権力者の横暴であれば?持たざる者から命や財産を奪って良いのか?ソフィア様はずっと心のどこかにあった燻りを放置出来なくなっていたのだった。ソフィア様は両親を説得して試験を受け法務官の卵としての第一歩を踏み出した。そして公正公平な裁判制度の確立に尽力する事となる。
その後違った形で幸せに掴む事になるのだが、それはまた別のお話。
一方、アイリーンは騒動の後国王陛下と王太子殿下から呼び出されとある打診を受けた。それはアイリーンの母が担っていた使命の継承である。
つまり諸外国への使節団等に同行し、王国にとってより有利な条件で友好関係を構築していく為に尽力する事だ。無意識に僅かな量の魅了の力を放出しているのだろう。ガラニス家の者を同行させ、要人と接すると不思議とすんなり交渉を進める事が出来る、と言われていたのである。
そもそも本来であれば人々の精神に影響を与える可能性のある魅了の力はもっと危険視されてしかるべきなのである。あのような騒動の原因の一端を担ってしまったアイリーンは処分を受ける可能性すらあった。
それでは、何故アイリーン及びガラニス伯爵家に処分がないのか。
それにはガラニス家の令嬢や夫人達が脈々と繋いで来た、この使命の為だった。
「アイリーン、足元に気をつけて」
オーティスに差し出された手を取ってタラップに一歩踏み出す。今からアイリーンは使節団と共に船にのり海を越えてとある島国を目指すのだ。
貴族学校の成績がお世辞にも優秀とは言えなかったアイリーンだが、これには適性があったようだ。
座学についてはそこそこ頑張っていたので割と暗記物は得意だった。訪問する国の歴史や文化、気候に食生活、そして特産品…頭に入れておく事が必要不可欠だったがアイリーンは難なく出来た。
そして要人や関係者の顔と名前、好みなどを記憶することにアイリーンは人並み外れた才能があったのである。
「若奥様、本日のお召し物もお似合いですなあ」
船の船長に出迎えられ、オーティスと共に挨拶を交わした。
「ありがとうございます。この絹織物素敵でしょう?今回はこの織物を売り込みに行こうと思っていますの。」
そしてアイリーンはある意味広告塔であり、ファッションアイコンの役割もあった。
アイリーンがに身につけ、社交に出向いた物は国内外問わず話題になった。その為社交の際には王国側が売り込みたいと考えるドレスや装飾品を身につけて行き、帰りは相手方の売り込みたい商品を身につけて帰って来るのだ。
アイリーンはオーティスのエスコートでデッキに出た。見送りに来た人々に手を振る為である。
強い風が吹き抜け、アイリーンの帽子を攫おうとするのを手でおさえた。
「大丈夫かい?」
「ええ」
今日の白いドレスも、揃いの帽子も見送りの人々によってトレンドのひとつにされるのだろう。
「オーティス様?」
「どうしたの?」
「ふふふ、私、このお仕事がとても好きかもしれませんわ」
少し前まではただ、この美貌だけが取り柄だと思っていた。他の皆のように貢献できる能力も、頭脳もない。
ただ、見た目だけの人間だと。
美しいと言う言葉はアイリーンにとっては褒め言葉ではなく呪いの言葉だったのだ。
けれど、今は違う。その呪いを武器にアイリーンは生きていくのだ。
「私にも皆の為になる事が出来たのですね…」
穏やかな海を見つめ、アイリーンはオーティスと手を取り合ったのだった。
『美貌だけが取り柄の私』
完




