XⅢ 魅了の暴走
殿下は大声で言うとそのまま「うわぁぁぁぁぁ」と絶叫した。
魅了の力は精神に抵触するのだ。魅了の力が発動していない時だってアイリーンに熱を上げていた殿下の精神はかなり浸透されてしまっているはずだ。
「ちょっと、通してくれ。娘の元へ行かせて欲しい」
「このままでは殿下が…」
伯爵とオーティスは極力アイリーンの近くに行きたいともがくが騎士たちに行く手を遮られる。
とはいえ、騎士たちも魅了の影響を受けているようで動きは鈍くなりつつある。
「殿下。殿下はこの学校で私を気にかけ声をかけてくださいました。その慈悲深いお心は決して忘れませんわ。けれど、私はオーティス様が好きなのです。失礼をお許し下さい。」
アイリーンは心を落ち着かせようとするかのように息を大きく吸い、両の手を握り祈るようにしてゆっくりと話した。しかし。
「アレクサンダー伯爵家の次男と言ったな?そんな男、いつだって処刑出来る力を私は持っている!!」
「そんなっ。ダメ!ダメです!!」
激昂し、騎士たちに合図をしようとする殿下の手をアイリーンは反射的にとってしまった。
「?!?!?!」
本来であれば不敬であると叱責を受けかねない事象であるが、張本人である殿下は顔を紅に染めて、目を白黒とさせ始めた。
「まずいなんてどころじゃない!!」
ガラニス伯爵が叫んだと同時にオーティスも身体が勝手に動き飛び出した。目を白黒させていた殿下はついに小刻みに震え始めている。
オーティスは制止しようとする騎士たちの間を必死にもがいて抜け出そうとする。
「アイリーン、アイリーン、アイリーン!!」
必死に婚約者の名を呼んだ。アイリーンを止めなければ。殿下の精神が壊れてしまう。
そうなればアイリーンの心だってきっと壊れてしまう。幼い頃から見てきた。繊細で、人の痛みの分かる令嬢だ。彼女が傷付くのをオーティスは見たくない。
親同士の、もっと言えば国が決めた婚約だったが今では大切なひとだ。
オーティスは無我夢中で手を伸ばす。指先まで必死に彼女に向けて伸ばした。
「ガラニス伯爵夫妻並びにオーティス・アレクサンダーを解放せよ!」
王太子殿下が周囲の人間を蹴散らしながらこちらに向かって来るのが分かった。
オーティス達を囲っていた騎士たちはエイラン殿下の専属だが、流石に王太子殿下からの命令にやや動揺をしたようだ。加えてアイリーンの魅了の影響も少なからず受けている。そんな僅かな綻びの隙間を縫ってオーティスは飛び出した。
「アイリーン!!!」
オーティスはアイリーンの元へ駆け寄り、その細い肩を些か雑に掻き抱いた。
そして即座に吸収の力を使う。初めてこんなにも強く抱いた婚約者の髪から、首筋から魅了の力を感じながら吸収する。エイラン殿下の騎士たちが慌てて捕らえようと迫ってくるが、王太子殿下の騎士たちがそれを阻止してくれている。
「オーティス様…」
アイリーンの早かった呼吸がやっと整い、落ち着いてきたのを感じる。それと同時に漂う魅了が薄くなって来たことも理解した。
「大丈夫?」
「はい…これが守ってくれたのかしら?」
アイリーンは白く長い指を開いた。そこにはターコイズのあしらわれた髪飾りがあった。
「これは?」
「オーティス様がその昔下さったのですよ?お茶会を楽しめますように、と。」
アイリーンは少し口を尖らせて言った。
「そうだったかな?」
「私はお守りにずっと持っていたのです。これがあると心が落ち着いて、魅了の力を抑える事が出来るように思えて」
吸収の力を使い始めたばかりの頃に魔力を込めた物なので今も効力があるのかは疑問だ。しかしあれで力を多少なりとも抑えていたのかと思うと末恐ろしい。
少し落ち着いて周囲を見渡す。義父であるガラニス伯爵は魅了の影響を軽減させるポーションを数本王太子殿下に渡していた。そしてそのままポーションはエイラン殿下や周囲で流れ魅了に当たってしまった者たちに投与された。後から聞いた話によると最近嫌な予感がしていたので伯爵は10本はポーションを持ち歩いていたとか。ちなみにオーティスも師である伯爵に倣い、数本のポーションは常時持ち歩いていた。
卒業生やその保護者達も何事かとガヤガヤと騒いではいたものの、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
そしてオーティスは気がついてしまった。オーティスとアイリーンを見つめるたくさんの目線に。
「あっ、あっ!!アイリーンごめん!!」
聴衆のど真ん中で婚約者とは言え、未婚の令嬢と抱き合ってしまったのだ。
「ふふふ。婚約者通し仲が良いのは良い事じゃない?ねえ、貴方?」
「あ、ああ」
状況が落ち着いた為か、ガラニス伯爵夫人も近くまでやってきて、夫妻は顔を見合せて言った。
「ほんとーに申し訳ない」
ガバリと頭を下げたオーティスの耳もにアイリーンは形の良い唇を寄せた。
「良いのです。オーティス様は私の婚約者だと皆にアピール出来ましたもの」
「ふふふ、あらあら」
ガラニス伯爵夫人に嫋やかに笑われながら、オーティスは慌てて手元にあった自作のポーションを飲み干したのだった。




